涙花〜本当の言葉〜
涙花、最終章です。この終わり方に賛否両論あると思いますので、一応閲覧注意報を出しておきます!!
毎日のように仕事が終わると、俺を忘れ続けるアリスに会いに行く。今日はアリスの花屋で買った想い花の種を鉢植えに蒔く。アリスからは育てるのは難しいと言われたが、俺はアリスを想い続けていれば咲くと思っていた。
この花を咲かせる事が出来れば、もしかしたらアリスは俺を思い出してくれるかもしれないという、儚い希望を込めて。
次の日にまたアリスの花屋に顔を出すと、アリスはいつものように笑って出迎えてくれた。だが店の奥に薄ピンク色の想い花が鉢植えに植えられていた。その事実に呼吸が止まり、震える声でアリスに想い花の事を聞く。
「あの……奥にあるのは想い花ですよね?……一体誰に?」
アリスは嬉しそうに、俺にとっては残酷な言葉を放つ。
「昨夜、幼馴染のアジールにもらったんです。それも庭いっぱいに想い花を咲かせて……。知ってます? 想い花は咲く直前の夜が良いんです。闇夜の月明かりの中、薄霞のように光って凄く綺麗なんですよ」
……知ってる。全部、全部アリスから教えてもらってきたのだから。幼い頃から何度も、何度も。アジールは孤児の俺と違って裕福な家に生まれ、何だって持ってる。
アリスは光だった。俺は幼い頃、孤児で周りより小さくて弱くて周りからよく虐められていた。そんな俺をいつも助けてくれたのはアリスだ。アリスは俺に色んな事を教えてくれて、いつも沢山の花を貰った。俺にはアリス自身が綺麗な花に見えていた。
そんなアリスはよくアジールに髪の色を馬鹿にされ、泣いていた。アリスの髪は薄ピンク色の髪をしていて俺はいつもアリスに綺麗だと言い続けた。大きくなったら、アリスを守れるよう強くなって幸せな家族を築きたいと本気で思っていた。
なのに、俺はアリスを忘れてしまった。周りからはしょうがないと慰められるが、俺はそんな自分が許せない。
「ねえ、オリヴァー。アリスさん、涙花を食べたんでしょう? 私達よりを戻さない? 毎日会いに行ったところでアリスさんは……」
「すまない、エレノア……。俺はそれでもアリスがどうしようもなく好きなんだ……仮に忘れ続けられたとしても……アリスの幸せを見届けるくらい許されるだろ?」
「……馬鹿な人ね」
エレノアに力無く微笑み、アリスの元へ向かう。アリスの店にはアジールが居て、アリスが笑いながら話していた。湧き上がる感情になんと名前をつければ良いのだろうか。遠くからアリスの笑顔を見つめ続け、俺は暫くその場に立ち尽くし動けなかった。
誰もいない家に帰る。家は小さいが、庭が広くて戦争から無事に帰って来たらアリスと一緒に住もうと、アリスの好きな花を一緒に沢山咲かせようと出立前に買った家だ。
涙が自然と流れ、想い花の種を蒔いた鉢植えに落ちる。アリスを想い、アリスとの思い出、アリスとの未来、次々と涙が溢れ落ちる涙は鉢植えを濡らし続けた。
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それからも毎日のようにアリスに会いに行く。アリスにとっては俺は初対面の人だ。それでもアリスの笑顔を何度も何度も目に焼き付け、家に帰り大切な人を傷つけ、悲しませた事を思い知る。アリスはどんな気持ちで涙花を咲かせたのだろう。
今日もまた涙を鉢植えに落としてしまう。そんな日々が何ヶ月も過ぎてゆく。そんなある日、アリスの花屋に行く途中、アジールから話がしたいと声をかけられる。人目の無い場所に移動し、アジールは俺に真剣な目で話し始めた。
「今夜、俺はアリスにプロポーズする。……お前はどうする?」
一瞬、息がつまり言葉が出なかった。でも、俺には何も出来ない。ただアリスの幸せを見守る事しか出来ない。
「どうするも……俺はアリスの幸せを見守る事しか出来ないだろ……アリスに会うのは今日で最後にするよ。想い花を咲かせたお前なら……きっとアリスは大丈夫だ……」
「……そうかよ。……本当にお前ら馬鹿だよな」
「どう言う意味だ? 俺ならまだ分かる。でも、アリスの事も馬鹿にするのは……許さない」
「はっ、特にアリスは馬鹿だ。涙花を食うなんて、逃げただけじゃねぇか……食わなかったらアリスは俺の手なんて取らなかったのに。もうその時点で俺の負けだろ……。伝えろよ、ちゃんと。後悔しないように……」
俺はアジールの言葉を最後まで聞かずに、誰もいない暗い自分の家へと走る。家には青色に淡く輝く想い花が鉢植えに一輪咲いていた。俺は鉢植えを大事に抱えてアリスに会いに走る。
アリスに会ったら伝えよう。全部、何度も飲み込んだ言葉を。
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「いらっしゃいませ……兵士さん? 大丈夫ですか? 何か急ぎの用事でも……」
息を切らした兵士さんが、大事そうに抱えていた鉢植えを私に突き出してきた。鉢植えには青く淡く輝く想い花が咲いていた。私はその花に息を飲む。こんな想い花は見たこともない。
「……アリス、傷つけてすまなかった。ずっと……ずっと言いたかった。……ただいま……愛してる。この花を受け取ってくれ。その後は捨てようが、売ろうがどうにでもしていいから……」
「……兵士さん?」
「……アリス、どうか幸せにな」
そう言った兵士さんは、私が鉢植えを受け取ると、泣きながら笑って帰っていった。私は受け取った鉢植えをテーブルの上に置き、ぼんやりと青い想い花を眺めていた。
「いるか? アリス……何、泣いてんだよ」
「分からないの……どうしてこんなに涙が出るのか……」
「アリス、その花を食え。それが答えだ」
「……アジール?」
「いいから食え!!」
私は震える手で青い想い花を食べた。すると、私は兵士さん……オリヴァーとの昔の大事な思い出や、今までの記憶、オリヴァーがどんな想いでこの花を咲かせたのか、洪水のようにオリヴァーの感情が流れ込み、両手で涙でグチャグチャな顔を覆う。そんな私にアジールは私の手を引っ張り、立たせて背中を押す。
「まだ間に合う。行けよ……今度は逃げるなよ。ちゃんと向き合え」
「……アジール……ごめんなさい……ありがとう」
「お前がどんな選択をしようが構わないって言っただろ……馬鹿、早く行け」
私は想い花の種が沢山入った袋を掴み、走り出す。途中で躓いて転んでも、息が苦しくて止まりそうな足を無理矢理動かしてオリヴァーがいるであろう家へと向かう。帰って来たら二人で暮らそうと言ってくれた家へと。
そして家へと着くと、オリヴァーが家に入ろうとしていた。私はそんなオリヴァーの腕を強く掴む。オリヴァーは私と同じく涙で顔を濡らし、驚いていた。
「……アリス? どうして……」
私は困惑するオリヴァーの腕をそのまま引いて、裏庭へと向かう。そして庭の何もない花壇に持っていた想い花の種を全部蒔き、花壇の中心に入る。そして、私は涙を流しながら心のままに話す。
「オリヴァー……ごめんなさい。私、努力しなかった。辛くて、悲しくてオリヴァーを諦めた……私、いっぱい大切な人を傷つけた。独りになった気になって、汚いものばかり拾って傷つけた……オリヴァーの幸せなんて自分勝手に理由をつけて……愛されているって特別な事を当たり前と思って……ずっと言えなくてごめんなさい……生きて帰って来てくれてありがとう……おかえりなさい」
ポタポタと私の涙が地面に染み渡り、足元から色取り取りの想い花が月明かりに照らされ、次々と咲いていく。オリヴァーは涙で顔をぐちゃぐちゃにして膝から崩れ落ち、両手で顔を覆って嗚咽を漏らしている。
「……アリス、アリス、好きだ……どうしようもなく好きなんだ……」
私は沢山の色に染まった想い花を摘み、オリヴァーに差し出す。
「オリヴァー……こんな私でも……私と一緒に生きてくれますか?」
「ああ……!! これからはずっと……!! ずっと一緒に……!! ただいま、アリス……」
オリヴァーに花束ごと強く抱きしめられる。二人とも土で汚れ涙でぐちゃぐちゃになりながら、月明かりの中抱きしめ合っていた。
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「ひっでえ、顔してんな。今日くらい店休めよ」
「……アジール、私」
「何も言うな、分かってる。背中押したのは俺だしな」
「アジール……ありがとう」
いつものように店に飾る花をアリスの花屋で買い、アリスは泣き腫らした顔で笑う。
「一番馬鹿だったのは……俺か」
オリヴァーとアリスの背中を押さなければ、今頃俺はプロポーズをして、アリスは受けいれてくれていたはずなのに。でも、これで良かったのだと思う。俺はアリスに背を向け手を振る。
後悔などしていない、自分が選んだ事だ。泣くことなどない……。俺は一筋流れた涙を拭った。
読んで頂きありがとうございました!!