コント#1『銀行強盗』
この作品は以前投稿させていただいた『コント#0.5『銀行強盗』』(URL→https://ncode.syosetu.com/n3827gj/)の完全版になります。ボケが二人に増員したり、二回目のジンバブエドル後にも展開があったり。短縮版よりも二倍以上のボリュームになっていますが、何卒よろしくお願いします。
地方の銀行。窓口業務に従事する男Aと男B。なんてことない平日の午後。
A「暇だな。お客さん全然来ないし」
B「そりゃそうだろ。今日は実際に銀行強盗が来たときの訓練なんだから」
A「確か二時からって話だろ。実はここだけの話、強盗役はちゃんと劇団員を雇ったらしいぜ」
B「マジかよ。そういうのって社員がやるんじゃないのかよ」
A「支店長の友達が劇団をやってるらしくてな。今月ピンチだからって泣きつかれたらしい」
B「そうか。どんな演技してくれるのか楽しみだな」
時刻は午後一時半。店内には老婆が一人のみ。彼女も劇団員だろうか。お茶を飲んでホッとしている。
自動ドアが開いた。中肉中背の男Cが一人入ってくる。黒いニット帽に、ほのかに目が見えるサングラス。白いマスク。絵に描いたような銀行強盗の出で立ちだ。
A「来たよ来たよ。銀行強盗が。さすが気合入ってるな」
B「いかにも本物って感じがするな。時間にはまだ少し早いけど、これも訓練の一環だろ」
笑いをこらえきれない二人。Cが窓口にやってくる。
A「いらっしゃいませ。お客様。本日はどうなさいましたか」
Cは何も言わずに、黒いバッグを無造作に机の上に置いた。
C「ここに5000万詰めろ。10分でやれ」
色めき立つ二人。
A「うわ、本当に来たよ。何から何までベタだな」
B「再現ドラマみたいだな。声も低いし、さすが劇団員」
C「おい、お前ら何やってんだよ。さっさと金持って来いよ」
B「分かりました。お客様、通帳と印鑑はお持ちでしょうか」
C「持ってたら、こんな真似しないだろ」
事実、Cはまったくの手ぶらであった。
A「お客様、スタンプカードはお持ちでしょうか。ただいま、一回の入浴につき、三つスタンプを押させていただいております」
C「スーパー銭湯かよ」
B「本日、二六日ですので、特別にスタンプ六つ押させていただきますが」
C「だからスーパー銭湯かよ。お前らふざけてんのか。こっちは本気なんだぞ」
Cはポケットから拳銃を取り出した。銃口が鈍く光る。
C「いいからさっさと金持ってこいよ」
Cは銃口を天井に向けた。引き金を引くと銃声がした。
C「警察呼んだら、お前らもこうだからな」
A「分かりました。ただいま用意します。おい、B。5000万、持って来い。あと、俺が時間稼ぐから、お前はその間に警察に通報しとけ」
B「分かった。くれぐれも気をつけろよ」
そう言って、バックヤードに消えようとするB。
C「おいおい、ちょっと待て。お前ら俺の言ったことが聞こえなかったのか。警察に通報したら撃つって言ったよな」
A「だってマニュアルにはそう書いてますし」
C「だからって言われたとおりにするか、普通?目の前に本物の銀行強盗がいるんだぞ」
B「お客様、大事なことを言い忘れてました。一回のお取引で引き出せる金額は1000万円までが限度になっております」
C「なんでお前は通常の手続きにこだわるんだよ。状況が分からないのか。いいからとっとと5000万持ってこいって言ってんだよ」
Cが二人に銃口を向ける。
A「分かりました。おい、B。5000万持ってこい。ここは言われたとおりにしよう」
B「本当にいいのか?」
A「ああいいって。俺とお前の仲だろ」
A,恥ずかしそうに頭を掻く。
B「そうだな。この場は頼んだぜ、相棒」
A,バックヤードに行こうとするも立ち止まって、振り返る。悲しそうな顔。
B「なあ、A。お前、無事に生き延びれたらどうする?」
A「その時は、街の外れにでもパン屋を開けたらいいな。もちろんお前と一緒に」
B「お前らしいや」
Bはドアの向こうに消えていった。
C「なんだったんだよ、今の小芝居は」
A「で、どうですか。最近、劇団順調ですか?」
C「は?」
A「いやだから、劇団の話ですよ。結構厳しいって聞きましたよ。お客さんあまり入ってないって」
C「いや、俺劇団員じゃねぇし。銀行強盗」
A「え?何十枚も皿を回したり、扇子で顔を隠して,素早くお面を入れ替えたりする方じゃないんですか?」
C「中国雑技団じゃねぇか」
A「ものすごく体柔らかいんですよね。こう海老反りになってつま先が床につくみたいな」
C「それも中国雑技団じゃねぇか」
A「パスポートの有効期限大丈夫ですか?」
C「だから中国雑技団じゃねぇつってんだろ。お前やっぱふざけてんだろ」
Cのこめかみに力が入る。Aは両手を挙げた。バッグを持ったBが戻ってくる。
B「お待たせしました。お客様、こちら5000万円になります」
Bがバッグを机に置く。Cがチャックを開くと、中には、見慣れない肖像画の紙幣が入っていた。
C「なんだよ、これ」
B「こちら5000万ジンバブエドルになります」
C「なんだ、ジンバブエドルって!大体、日本円に直すといくらなんだよ」
B「100兆ジンバブエドルが大体0.3円なので、5000万ジンバブエドルだと大体1000万分の15円になりますね」
C「そんなに少ないのかよ」
A「ちなみにジンバブエドルは2015年に廃止されたので、もう使えませんけどね」
C「なら、正真正銘の紙クズじゃねぇか。なんだ、強盗に紙クズよこすって。舐めてんのか。もう一回、行ってこい。今度はちゃんと5000万持って来いよ」
A「分かりました。B、もう一回行って来い」
B「いいのか、A。だって、お前には故郷に残してきた妻と娘が……」
C「変な小芝居やめろ。さっさと行けよ」
Bはバックヤードに消えていった。AとCはまた二人残される。
A「なぁ、お前さ、最近どんな役やってんの?」
C「なんでため口になってんだよ。それに劇団員じゃねぇつってんだろ」
A「いや、俺も最近やれてなくてさ。これ」
そう言うと、Aは両手で何かをつまむような仕草をした。ひっくり返すようなその仕草は、何かを上げるようにも見える。
C「は?なんだよ、それ?」
A「だから、お前どれくらいの役まで作れたことある?俺、小三元や清一色ぐらいまでしか作れたことなくてさ、国士無双や九連宝燈ってどうやって作れんだろうな」
C「役ってそっちの役かよ。なんで急に麻雀の話になってんだよ。お前やっぱふざけてんだろ」
CはAに銃口を向ける。Aは再び両手を挙げる。タイミングよく帰ってくるB。バッグは凹んでいる。
B「お客様、お待たせしました。こちら5000万になります」
C「その割にはバッグ全然膨らんでねぇけど」
B「運ぶ手間が面倒かと思ってカードで用意させていただきました」
C「普通こういうのって現金じゃねぇか?まぁいいや。後で確認するから。入ってなかったら命はないと思えよ」
Cはバッグを開けた。中には青いカードが入っている。Cはそれを取り上げる。
C「へぇ、クレジットカードか。気が利いてるじゃねぇか」
B「いえ、マイレージカードです。5000万円分、マイルで貯めておきました」
C「なんで、マイルでよこすんだよ!こんなの飛行機に乗る時にしか使えねぇじゃねぇか!」
B「でも、これだけのマイルあれば世界を軽く十周はすることができますが」
C「そんなに旅行行かねぇよ!バックパッカーじゃねぇんだからさ!」
A「でも、公演で世界各地を巡るんじゃないんですか?」
C「だから中国雑技団じゃねぇつってんだろ!お前らやっぱふざけてんだろ!いいから、さっさと5000万持って来いよ!」
A「分かりました。おい、B。今度こそちゃんとやろうや」
C「今度こそって何だよ」
B「分かった。でもいいのか、A。お前、結婚相手を故郷に待たせてるんじゃ……」
C「くだらねぇ小芝居はいいんだよ!それと結婚してるのかしてないのかはっきりしろよ!いいから早く行け!」
Bは三度バックヤードに消えていった。AとCはまたまた取り残される。Aは大きなあくびをした。
C「お前すげぇな!なんでこの状況であくびできんだよ!」
A「いや、もう話すことねぇからさ。どう?何か、最近面白いことあった?」
C「なんで友達みたいなテンションで聞いてくんだよ!そうだな、これ昨日のことなんだけど……」
A「あ、話すんだ」
C「別にすることねぇからな。道を歩いていたら、後ろから『こんにちは』って話しかけられたんだ。普通俺に話しかけられたと思うだろ。で、振り返って『こんにちは』つったら、相手は電話してたんだよ。その時の恥ずかしさったらなかったぜ」
A「それで、それで?」
C「……終わりだよ」
室内は静まり返る。少しの間。
A「うっわ、つまんねぇ」
C「いや、お前から話振ってきたんだろうが!せめて笑えよ!俺がスベったみたいになってんじゃねぇか!お前、ふざけるのも大概にしろよ!」
C、やはりAに銃口を向ける。A、やはり両手を挙げる。B、やはりタイミングよく出てくる。今度はバッグはパンパンに膨らんでいる。
B「お待たせしました。お客様、今度こそ5000万円になります」
C「やっとかよ。待ちくたびれたぜ」
バッグのチャックを開けるC。中に入っていたのは……。
C「これ、ジンバブエドルじゃねぇか!もういいわ!お前らと話していてもらちが明かねぇ。なるべくしたくなかったけど、手荒な手段に移させてもらう」
そう言うと、Cは老婆の元へ詰め寄っていった。おもむろに手を掴んで引きずり上げる。勝手に連れてこられた老婆は、ひどく怯えているように二人には見えた。銃口が老婆に向けられる。
C「いいか、今度こそちゃんと5000万持って来いよ。じゃねぇと、この女の命はないからな」
Cの表情には迫力があった。サングラスの奥の目が光る。
A「すいません。ちょっと検討させてください」
C「何が検討させてくださいだ!さっさと5000万持ってくればいいんだよ!」
怒鳴るC。二人はCに背を向けて小声で話す。
A「おい、とうとう人質まで取り出したぜ」
B「どうせあのおばあちゃんも劇団員だろ。拳銃もモデルガンだろうし。焦る必要ねぇよ」
C「何ひそひそ話してんだよ。5000万持ってくる算段はついたのか?」
A「そのことなんですけど、うちではどうしても用意できないかと」
C「なんで用意できねぇんだよ。銀行なんだから金くらいあるだろ」
A「いや、用意できないのではなく、用意したくないというか」
C「用意したくない、だ?」
B「だって、このまま素直に渡したら、何かつまらないじゃないですか」
C「何言ってんだよ」
A「僕らもう他人じゃないですよね。こんなに話してますし、友達と言っていいんじゃないかと」
C「はぁ?」
B「連絡先交換しません?ラインやってますよね?」
A「これが終わったら、また三人で遊びましょうよ。ラウンドワンでも行って」
C「お前らすげぇな。普通、この状況で強盗犯と友達になろうとするか?友達認定のハードル低すぎんだろ」
A「あ、ラウンドワンが嫌でしたか?あまりはっちゃけたくないタイプですか?」
C「そういうことじゃねぇんだよ」
B「じゃあ、代わりにお風呂行きましょう、お風呂。いいスーパー銭湯知ってるんですよ。なんと入浴料が五百円で、十種類のお風呂が楽しみ放題。休憩場も広いですし、ねぇ、行きましょうよ」
C「グイグイ来るな。それにいきなりスーパー銭湯の方がハードル高いだろ」
A「あそこのサウナはいいですよ。体の芯からじっくり温めてくれますし、頼めばロウリュもしてくれます」
B「それに、マッサージやあかすりもできますし、食事のメニューも充実してます。日ごろの疲れを癒すにはもってこいですよ」
C「お前らスーパー銭湯大好きだな!回し者かよ。いいからこの状況が分からないのかよ!こっちは人質取ってんだぞ!」
Cは老婆に銃口を向けたままだ。
A「あなた、こんなことして恥ずかしくないんですか?」
C「はぁ!?」
B「あなた、もう立派な犯罪者ですよ。強盗未遂ですよ」
C「おい、なんだよ。いきなり真面目になりやがって」
A「銀行強盗しても何も良いことないですよ。すぐに逮捕されて拘留されて」
B「刑務所に入れられるか、よくても罰金。多額の費用が掛かります」
A「それに、強盗をしたら社会的信用も失うんですよ。それもあなただけじゃなく」
B「大切な人がどれだけ傷つけられるか、あなたは想像できますか」
A「自分自身のためにも、そしてあなたの大切な人のためにも」
B「やめよう、銀行強盗」
AB『エ-シ-』
C「うるせぇよ!なんでCM風になってんだ!もういいわ!お前らと話しててもきりがねぇわ!強盗する気も削がれたし、もう帰るわ。ったく命拾いしたな」
そう言って、拳銃をポケットに収めるC。苦虫を嚙み潰したような表情をしている。踵を返してドアに向かうCをAが呼び止める。
A「あの!今度会うときはタオル忘れないでくださいね!」
C「スーパー銭湯はもういいつってんだろ!お前らともこれっきりだ!バーカ!」
B「またのお越しをお待ちしております!」
C「二度と来るか!ったくどうなってんだよ、この店は……」
Cはドアをくぐって帰っていった。緊張が解け室内は安堵に包まれる。老婆もホッとした表情を見せている。
A「ようやく終わったな」
B「ほとんど本物に近いリアル感だったな。さすが劇団員」
A「あんなに鬼気迫る表情で来られて、内心ビビったぜ」
B「俺も俺も、本当の強盗だったらどうしようかって思っちまった」
A「でも、もう訓練終わったっつうのに、あのおばあちゃんまだ帰ってないな」
B「ちょっと、俺言ってくるわ。もう終わりましたよって」
Bが受付から出ようとしたその時だった。黒いニット帽にサングラス。白いマスクと、先ほどと全く同じルックスの男Dが入ってきた。さっきと比べると少し背が高い。
D「ここに5000万詰めろ。10分でやれ」
黒いバッグを無造作に置くD。
A「どうしたんですか。もう訓練は終わりましたよね?」
B「あ、もしかして第二回ですか。支店長もなかなか変わったことするなぁ」
二人は動じない。Dは少しためらった後、サングラスとマスクを脱いだ。
D「あの、劇団あさがおの佐藤です。これから、銀行強盗が来た時の訓練と聞いたのですが」
A「え?さっきやりましたよね」
D「さっき、ってなんのことですか」
Dの発言に二人は顔を見合わせる。
B「じゃあ、さっきのってもしかして……?」