初恋の人4
もし困っていないのだと告げたら、どんな顔をするだろう。
それを伝えられるだけの勇気があれば、こんな回りくどい真似はしていないのだが。
「あ、待って」
紅茶のカップに手を伸ばすと、クロエ嬢が上からそっと手を重ねた。
咄嗟に手を引っ込めなかっただけ褒めて欲しい。
「砂糖とミルクを入れるわ」
「クロエ様、流石にそれは……」
角砂糖を何個も放り入れ、容赦なくミルクを注ぐ。
アメリア嬢がやんわりと制止するも時すでに遅しだ。
「あの、ご無理なさらずとも――」
「甘い」
口の中に広がる甘さについ頬が緩む。
俺の反応を見たアメリア嬢が固まっているようだが、大して気にはならなかった。
普段ならストレートで我慢するが、クロエ嬢のお陰でとびきり甘い紅茶が飲めたのだから。
「本日はザッハトルテでございます」
「生クリームはたっぷりね」
スポンジの間にはアプリコットジャムが挟まれており、よく冷えたチョコレートでコーティングされている。
フォークを刺すと柔らかいスポンジの感触が伝わる。
まずは何もつけずに一口食べた。
「だから、クリームを?」
「お父様が甘過ぎるのは苦手なの。でもお母様はとびきり甘いお菓子がお好きなのよ」
生クリームは特別甘く作ってあるようだが、ケーキと合わせると絶妙なバランスだ。
しつこくないのはジャムの酸味があるからだろう。
「なら、宰相にはマダム・ウィズダムのクッキーが口に合うだろう」
気さくなご婦人が経営する紅茶専門店だが、趣味でクッキーを出している。
茶葉を練り込んであるから、甘いものが苦手でも食べ易いと評判だ。
「紅茶クッキーが人気だが、塩ココアのクッキーも美味しい」
うっかり有塩バターで作ってしまったのが最初だとか。
ご婦人が一人でやっている店だから週末しか空いていないが、通いつめる内に顔を覚えられてしまった。
今は店が空く日を事前に教えてくれたり、閉店後に不揃いのクッキーを分けてくれたりする。
「本当にお菓子が大好きなのね」
クロエ嬢が微笑ましげに俺を見つめている。
浮かべた笑みがあまりに綺麗で、つい見惚れてしまった。
「……ああ、好きだ」
君が。
そう告げられたらどんなに良いだろう。
無論、この気持ちを告げるつもりはない。
彼女を困らせるだけだと分かっているからだ。
「ふふ、可愛い」
思わずアメリア嬢を見上げると、小さく首を振った。
まさか面と向かって可愛いなんて言われるとは思いもしなかった。
何とも反応に困って紅茶のカップに手を伸ばす。
「あら、褒め言葉よ?」
可愛らしく小首を傾げて言われても、全く理解出来ない。
少なくとも、こんな大男を捕まえて言う言葉ではないだろう。
クロエ嬢の方がずっと可愛いと思う。
「そんな事を言うのは、君ぐらいだ」
「じゃあ、可愛い貴方を独占出来るわね」
遠慮なく触れてきた手が頭を優しく撫でる。
俺はどうしたら良いか分からずに、ただされるがままになっていた。
もしお待ち下さっていた方は有難うございます。私生活が落ち着いたので、少し頻度を上げられそうです。




