西方戦役①
1940年5月10日午前1時、ドイツ軍の西方攻勢『黄作戦』が幕を開けた。
開戦と同時に第二航空艦隊、第三航空艦隊麾下の航空機が一斉に飛び立ち、オランダ、ベルギー、フランスにある七十か所の飛行場へ爆撃を開始する。一日目の爆撃で、オランダとベルギーは空軍力の大半を喪失。
B軍集団は陽動のため、オランダ、ベルギーへの侵攻を開始した。
【1940年5月10日 オランダ王国 B軍集団 第十八軍司令部】
昔から欧州列強の侵略対象になってきたオランダにとって最大の切り札は「洪水」である。
低地地帯にあるオランダは河川の決壊を意図的に実施することで、東部地域で行動不能地帯を作り出し防衛線を作り出すことが出来る。
そうすることで、ユトレヒト以西の国家中枢部を防衛してきた。
こうした経緯があるので、オランダ軍の防衛線は東部に集中している。
「キュヒラー大将。我が軍はマーストリヒト地峡を経由して、アルベール運河沿いに進撃。南方から直接ホーランド線を攻めるべきです。南方からならば主要な防衛線を無視して、直接オランダの国家中枢部を叩けます」
「うむ。だが、アルベール運河の渡河地点はベルギー軍のエバン・エマエル要塞が押さえている。ここを第六軍が抜かなければ我々も進撃出来まい」
エバン・エマエル要塞はベルギー軍が対独戦に備えて建造した永久要塞である。
コンクリートと鋼鉄で出来た頑丈な掩体に、120ミリ砲二門、75ミリ砲十六門を搭載した同要塞は当時の軍事常識としては難攻不落とされている。
キュヒラー大将が懸念するのも無理はない。
だが、ドイツ軍はグライダー部隊による奇襲攻撃でわずか一日で要塞を陥落させてしまう。
「大丈夫です。我が軍は最低でも一日以内にエバン・エマエル要塞を落とすでしょう。あの要塞は上空からの攻撃に対する耐性がありません」
「なにっ?!一日だと?」
「はい。ノルウェー作戦でも空挺降下による奇襲攻撃は短期間で敵拠点を無力化しました。とりあえず一日待ってみましょう」
「ふーむ。わかった。二日待とう。ただし、二日待って落ちなければ、運河からの攻撃は諦める」
「はっ」
史実同様、グライダーに搭乗した降下猟兵の奇襲により要塞内はその日のうちに制圧された。
橋梁を確保したドイツ軍は最初の関門を突破。
第六軍はディール河に急行し、第十八軍はアルベール運河沿いにオランダ南部地帯に侵入した。
同時に第二十二空輸師団に属する降下猟兵がメールダイク、ドルドレヒト、ロッテルダム周辺の橋梁を制圧。
第十八軍唯一の装甲兵力である第九装甲師団が橋梁経由で、一気にロッテルダムになだれ込んだ。
東部と首都周辺に戦力を集中させていたオランダ軍は腹背を突かれて、完全に崩壊。
俺はオランダ全軍とオランダ政府に対して降伏を勧告した。
ウィルヘルミナ女王と一部高官はイギリス海軍に保護され、ロンドンに亡命したが、オランダ政府は5月11日に降伏。
史実より四日はやくオランダ制圧が終結した。
これで俺の任務は終わりだ。
後はA軍集団が史実通り動いてくれればいいだけだが、一つ心配なのはダンケルクだ。
史実だとヒトラーの命令により進撃を停止した結果、イギリス軍主力を逃してしまっている。
A軍集団にいるグデーリアンにはそれとなくヒトラーの命令を無視するよう忠告したが、大丈夫だろうか?
【1940年5月11日 フランス共和国 パリ ヴァンセンヌ城 陸軍最高司令部 】
「なにをぐずぐずしておる!直ちにディール計画を開始したまえ!ベルギー王国政府からすでに救援要請がでておるのだぞ!?」
・陸軍最高司令官
・陸軍参謀総長
・国防副大臣
・連合軍最高司令官
四つの肩書を持つ男モーリス・ガムラン元帥は電話越しに怒鳴りたてた。
電話の相手は北東方面軍司令官ジョルジュ大将。
ジョルジュは心底呆れた口調で応対している。
「元帥閣下。それは本当なんでしょうな?ベルギーの国境守備隊は今だに我々の越境を認めようとしませんぞ」
「ばかもん!これは王国政府からの公式要請だぞ!直ちに政府に確認させてディール計画を発動するのだ!」
「そのベルギー政府と先ほどから連絡がつかんのですよ。ベルギー軍参謀本部とも一時間前から音信不通状態。それどころかベルギー軍は我が軍が使うはずの橋梁や鉄道を破壊しながら北西方面に退却してますぞ」
「うるさい!ベルギー軍と共同でディール河に到達するのが貴官の任務である!それが出来ないのなら指揮権を剥奪する!」
「・・・わかりました。直ちにディール計画を発動しましょう。ベルギー兵が邪魔したら強硬突破します。これでよろしいですな!」
ジョルジュ大将は怒りの余り、返事を確認する前に電話を切った。
イギリス大陸派遣軍を含むフランス第一軍集団がベルギーにむけ前進を開始したのは五時間後のことだった。
フランス軍は司令部間に無線が常備されておらず、命令伝達はナポレオン時代のように伝令によって行われる。
ドイツ軍が百歩動くごとにフランス軍はようやく一歩を踏み出すような有様だった。




