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第二次モスクワ会戦⑦

【1942年8月17日 北方戦区 スプツォフ ホリト機動集団】


ルジェフ要塞陣地を放棄したホリト機動集団は最後の仕事に取り掛かっていた。

再び赤軍に追い付かれる前になんとか事をすまさなければならない。ヴャジマへと続く道路、橋、鉄道を破壊するため、工兵大隊が計画的に配置され、味方が通りすぎるのを待っている。


ここまでの道のりは決して平坦ではなかった。

殿を担うA戦隊とB戦隊の区分けは撤退戦の過程で無茶苦茶になり、今では各中隊が独立して後退行動を行っている。

連隊長、大隊長の戦死者が相次いだことで、大きな戦闘単位の維持が不可能になったのだ。

生き残った部隊は中隊毎に再編成され、撤退時の障害は各中隊の裁量で対処する。

指揮官のイニシアチブを重視し、下級将校の練度が大変高いドイツ軍だからこそ、可能な行動だった。

こうした柔軟な行動が上手くいき、ホリト機動集団は赤軍の激しい追撃を受けながら、秩序だった後退に成功。ルジェフ要塞陣地に引き下がり、第九軍が後退する時間を稼いだ。


第九軍の退避が完了した時点で、ホリト機動集団はルジェフを放棄、現在に至っている。

この仕事さえ終わらせれば、全ての任務を完了させたことになるが、アリスの気は重かった。

事前に住民を退避させたカリ―ニンと違って親独派住民の退避は進んでいない。ここで自分達が撤退路を塞げば、彼らはルジェフに取り残され、売国奴として凄惨な報復を受けることになるだろう。


「最後尾の中隊が通過次第、全ての橋を爆破せよ」


「しかし、閣下。いまだ住民の退避が完了していないようですが…」


「今の我々にそんな余裕はない。それは君が一番わかっていることだろうハーネ少佐?」


カリ―ニン要塞陣地の陥落により、北方戦区の戦いは固定防御から機動防御に移行した。

この方面を受け持つ第二装甲軍はヴャジマに殺到してくる赤軍を殲滅すべく罠を張っている最中だ。

時間を稼げなければ作戦そのものが瓦解し、今までの犠牲全てが無駄になる。

住民の安否を優先できるような戦況ではない。


「はい…。その通りです」


アリスは自分に言い聞かせるように呟いたが、後味の悪さは消えなかった。



【1942年8月17日~25日 南方戦区 ドイツ第四軍】



南方戦区は阿鼻叫喚の地獄と化していた。

西部戦線軍第二梯団は温存していた二個突破砲兵師団をカシーラ要塞陣地にむけ、同陣地を守る第7軍団は顔もあげられない程の砲火に襲われた。

中でも第256師団は第5軍、第33軍に集中砲火を浴びせられ、ほとんど全滅の危機に瀕している。


師団長ガイスラー少将が戦死。連隊長のケーニンガ―中佐が指揮を受け継ぐも、足を吹き飛ばされ、負傷してから三日目の朝には息絶えた。

赤軍の攻囲は増々重厚となり、第7軍団自体の損耗率も75%に達した。

それでも、ドイツ兵は果敢に戦い、赤軍の諸隊が肉薄するつど、猛烈な砲火を浴びせて撃退した。陣地帯の周りは敵味方の死体で埋め尽くされ、大地は真っ赤に染まった。



隣接するミハイロフ要塞陣地の状況も酸鼻を極めた。

同陣地を守備する第43軍団(第131師団、第134師団、第252師団、第17師団、第76師団)に赤軍は三個軍(第29軍、第39軍、第5戦車軍)で討ちかかり、とんでもない量の鉄量が陣地内にうちこまれた。

敵の戦車や歩兵が肉薄する時だけは敵の砲火がやみ、ようやく一息つけるという有様で、要塞設備のほとんどが破壊された。


赤軍の攻撃開始から35日目。

第131師団、第134師団の2個師団が事実上全滅。奮戦していた第17師団、第76師団、第252師団も孤立を避けるため撤退を余儀なくされ、撤退の道中で第252師団が壊滅した。

ミハイロフ要塞陣地は赤軍の手に落ち、5個師団を数えた第43軍団は2個師団相当に激減した。

この危機に第四軍司令官クルーゲ元帥は迅速に対応した。


「すぐに奪還したまえ。トゥーラの第9軍団(第137師団、第263師団、第292師団)をむかわせる。やつらに主導権を渡すな」


撤退中の第43軍団はクルーゲの命令を受けると、第9軍団と合流し、即時逆襲を開始した。

クルーゲは南方戦区が崩れれば、全ドイツ軍が崩れることをよく理解していた。南方戦区に襲い掛かっている赤軍は北方戦区よりもはるかに多い。

要塞陣地で十分な打撃を与えるまでは、第九軍のように要塞陣地を明け渡して機動防御に移るわけにはいかなかった。目の前の赤軍をそのまま通せば、第三装甲軍の機動防御では対処できない。


今は一歩も引かない死守こそが唯一の戦略目的であった。

獲られた拠点は即座に取り戻し敵に犠牲を強要しなければならない。

奪還に向かった第43軍団と第9軍団は15個砲兵大隊を展開、逆襲の猛砲火を浴びせた。第四軍の要請を受けた第1航空師団の急降下攻撃機部隊も攻撃に加わり、地上の目標を粉砕していく。


ドイツ軍の猛砲火に大損害を受けながら、赤軍はミハイロフ要塞陣地に固執した。

わずかな期間に要塞陣地を修復、第47狙撃軍団、第131狙撃軍団を守備兵力として送り込み、頑強に抵抗したのだ。

戦闘は惨烈を極めた。赤軍は接近してくるドイツ軍の諸隊に激しい銃砲火を浴びせ、最初に取りついた第17師団主力は戦闘開始後一時間で雪のように溶けた。

続いて攻撃した第76師団も師団長が負傷。機関銃に射すくめられ、バタバタとなぎ倒された。

血みどろの戦闘は7時間続いた。

各師団の戦車大隊と砲兵大隊が一点に攻撃することでようやく活路を開いたが、陣地内に充満した赤軍の戦意はなおも旺盛で、頭上から鋼鉄のシャワーが降り注ぐ。


それでもドイツ兵がひくことはなかった。一秒でもはやく奪還しなければ、陣地内の敵は増強され手が付けられなくなるからだ。

突撃しては押し返され、一時的に陣地を占領してもすぐに奪還される。


しびれを切らした第四軍司令部は虎の子の第212砲兵師団を差し向けた。10個砲兵大隊、1個ロケット砲連隊、1個自走砲連隊の増援は戦局を一気に変えた。

赤軍はこの絶大な火力に屈し、行きずまり、後退し、崩れたった。激しい追撃を受けた2個狙撃軍団は事実上全滅、戦闘開始から二日目でようやくミハイロフ要塞陣地の奪還に成功した。


しかし、赤軍も黙ってはいない。取り返された要塞陣地を再び奪うべく大軍を差し向ける。

血で血を洗う死闘はなおもおさまる気配をみせなかった。


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