第二次モスクワ会戦⑥
6時間に及ぶ激戦の末、赤軍の第一波追撃部隊を退けた。
挟撃された敵正面攻撃部隊は有効な反撃を成しえぬまま、みるみるまに敗退した。
後続の狙撃師団群も戦車群を屠った打撃部隊に側面を突かれ、敗走同然に後退していく。
街道は破壊された戦車の残骸で埋め尽くされた。
――――なんていう物量…これが追撃部隊の一部だっていうの?…。
そう、これで終わりではない。
死力を尽くして、ようやく敵の第一波を撃退したにすぎないのだ。味方の被害も決して少なくなく、使える火砲は十数門に減った。弾薬、燃料の消耗も激しく、兵士達の疲労の色も濃い。
長く苦しい撤退戦はこれからが本番。敵の第二波はすでに80キロ先にまで迫っている。
第一波を撃滅した今こそ、撤退の好機だ。
アリスは部隊編成を撤退行動に最適化するため、麾下の部隊をA、B、C、Dの四つの戦隊に分割した。
A戦隊は戦車大隊、自走砲中隊、支援装甲中隊から成り、最後尾を受け持つ。
B戦隊は装甲擲弾兵連隊、装甲砲兵連隊、突撃工兵中隊から成り、A戦隊の側面を守る。
敵に捕捉された場合、A戦隊とB戦隊が追撃阻止部隊として敵を迎撃することになる。アリス達参謀部はB戦隊に入った。
C戦隊は負傷者や衛生部隊、補給部隊などの非戦闘部隊で構成され、AB両戦隊とD戦隊の間に位置する。
D戦隊は装甲偵察大隊から成り、先鋒を務める。
この陣容でホリト機動集団は撤退を開始した。
撤退開始から15時間後、赤軍の第二派追撃部隊が追いついてきた。戦車400両、兵数8万の大部隊だという。こちらの兵力は第一波追撃部隊との戦いで消耗し、戦車の数は100両を下回っている。とてもじゃないが勝てない。
「さて。どうするハーネ作戦参謀」
「第一波迎撃時のような奇襲はもはや通用しません。逃げましょう」
「第九軍は昨日ルジェフを通過したばかりだ。逃げるといっても限界があろう」
現在でも補給部隊は撤収作業を進めており、ルジェフ近郊には多くの地上部隊と後方部隊が取り残されている。
「はい。ですので、ルジェフで踏みとどまります。ルジェフには防衛用の要塞陣地があり、補給物資、重火器も豊富です。第九軍が退避する時間をルジェフで稼ぐのです」
――――私達の防衛ラインが突破されれば、撤退中の第九軍は間違いなく全滅する。なんとしてでも、持ちこたえ撤退作戦を完遂させないと…!
ルジェフ要塞陣地は鉄道線と幹線道路を抑える要衝としても機能し、ここを突破しない限り、赤軍は前進できない。各種装備や設備も充実しているので防衛戦にはうってつけの場所でもある。
機動戦が出来ない以上、陣地を頼りに戦うしかない。ルジェフから西へ続く幹線を守りきれば、第九軍は助かる。
「よし、君の言う通りにしよう」
ホリト大将はアリスの提言を受け入れると、各部隊にルジェフへの後退を命じた。
ルジェフまで逃げ切れるかどうかは微妙な所だ。敵機甲部隊の先鋒は猛スピードで追ってきている。
戦局は混乱し、赤軍追撃部隊の位置も第九軍の撤退作業の進捗状況も不明だ。
危惧した通り、撤退の道中で最後尾のA戦隊が旅団規模の敵機甲部隊に食いつかれた。直ちにB戦隊も合流して、敵機甲部隊を叩きにかかる。
2時間ほどの戦闘で撃退に成功したが、その後も大隊~旅団規模の敵機甲部隊に何度も食いつかれ、そのたびにA戦隊とB戦隊は足を止めた。敵を叩いては離脱し、追いつかれては足を止め敵を叩く。
敵を撃退するたびに損害と疲労が蓄積されていく。
敵本隊も少しずつ距離を詰めてきていた。
そして、撤退開始から三日目。
アリスの視界に平原を埋め尽くさんばかりのソビエト軍戦車が姿を現した。
【1942年8月16日 ゴーリキー 赤軍最高総司令部】
カリ―ニン要塞陣地の陥落により、鉄壁のモスクワ要塞陣地に大きな間隙が生じた。
赤軍はそこから強力な快速部隊を注ぎ込んでいる。この勢いでルジェフを抜き、街道沿いにヴャジマへと殺到し、中央軍集団の後方を遮断、モスクワ戦線の背骨を完全にへし折る。
4個軍を擁する中央軍集団を葬り去れば、ドイツ東部戦線は崩壊に向かうほかない。
このモスクワの地で一気に戦機を決するのだ。
ジューコフは将軍達を容赦なく駆り立てた。しぶとく、抵抗していたホリト機動集団も追撃部隊が粉砕した。残存部隊はなおもルジェフに立てこもり、頑強に立ち塞がったが、強引に押し潰した。
第九軍も敗走同然に後退中であり、ヴャジマへの道は完全に開けた。機動予備としてマークしていた、第二装甲軍麾下の師団も二手に分かれて後退しつつある。
ドイツ軍北方戦区は完全に崩壊したとみていい。
「プルカーエフに伝えるのだ。カリ―ニン戦線軍は補給を考慮することなく、ヴャジマへと進撃せよ。ヴャジマ=スモレンスク街道を遮断して、ドイツ中央軍集団を孤立させよと」
ジューコフは最高総司令部予備の第6「スターリン」機械化軍団、第1機械化軍団をプルカーエフに与えた。両軍団共に赤軍随一の精鋭部隊であり、通常の機械化軍団よりも2個戦車旅団増員されている。
この2個軍団に歴戦の勇者であるカツコフ少将が指揮する第3機械化軍団を加えた大機甲兵力(T-34中戦車500両、KV-1重戦車300両)でヴャジマを突く。
その後方には第四打撃軍と第五戦車軍(3個戦車軍団)が続き、最終的打撃を与えるための陣容は整った。
南方戦区ではコーネフの西部戦線軍がミハイロフ要塞陣地を落として、後方のトゥーラ要塞陣地に殺到しつつある。中央戦区でも両戦線軍から抽出された攻撃部隊が激しい圧迫を加えており、もはやドイツ軍に北方の危機的状況を覆すための予備兵力は存在せず、他戦区から兵力を割く余裕もない。
艱難辛苦を乗り越え、ついにファシストのウォー・マシンにとどめをさす時がきたのだ。




