黄作戦③
「壊滅的な一撃を与えるための時間と空間を得るには有機的な機動が不可欠となります。隠密かつ迅速に不意を突けるような一撃でなければ、作戦は成功しません。敵に立ち直る暇を与えては、突破口を封鎖されて、逆にこちらが殲滅されるでしょう。敗北時の責任を恐れる余り、勝利獲得に必要な行動をとらない方がよっぽど危険です」
落ち着け。
ヒトラーはアルデンヌからの奇襲案には賛同している。
装甲師団の自由な機動を欠いては奇襲は成功しないとわからせれば、説得は不可能じゃない。
「そのような危険を犯す必要性がどこにあるときいているのだ!」
「先ほど陸軍総司令官閣下はアルデンヌからの奇襲はともかくとおっしゃりました。それはつまり、奇襲案に一定の理解と評価を下さったからではありませんか?奇襲を成功させるには、有効かつ自由な機動が大前提となります。後続の歩兵師団に拘束されては、一番大切な機動が阻害されことになりますよ。」
「歩兵師団と連携すれば装甲師団は確固たる打撃力を生み出せる。突破すると言うなら打撃力を軽視するべきではない」
怒り心頭のブラウヒッチュと違ってハルダ―は冷静さを保ったままといつめてくる。
「剛」と「柔」で役割を分担しているのかもしれない。
「基本的に装甲師団は迂回して、敵との交戦を避けて前進を優先します。突破口は英仏軍のいないアルデンヌである以上、機動力を犠牲にしてまで打撃力を優先する必要はないと小官は考えます」
ヒトラーは話をきいても考えこんだままだ。
説得するには決定打に欠けるか。
ここでグデーリアンが助け船をだしてくれた。
「実働部隊の指揮官として意見を言わせてもらうが、装甲師団の適切な運用法は戦況によって変わる。今、この場で決めることではない。いかがでしょう総統閣下?装甲師団の運用は戦況に応じて、現場指揮官の裁量に任せるということにしては?アルデンヌの奇襲という点では全員の考えが一致出来たと私は考えますが?」
「・・・マンシュタイン君。君はどう思う?」
「グデーリアン大将のご意見に賛成です。アルデンヌ森林地帯に敵がいないのは確実として、英仏海峡に進撃するまでどの程度の戦力と衝突するかは現時点では不明です。現場指揮官の裁量に任せるのがベストでしょう」
再び考え込むヒトラー。
重苦しい沈黙と緊張が場を包む。
十分ほど考え込んだ後、ヒトラーはようやく結論を口にした。
「・・・『黄作戦』は続行しよう。ただし、アルデンヌ奇襲を取り入れた新たな作戦案としてだ。計画案の修正はOKHが実施せよ。装甲師団の運用はグデーリアン大将の言う通り現場指揮官の裁量に任せる」
数日後、陸軍総司令部からアルデンヌ奇襲案を盛り込んだ新たな『黄作戦』が発令された。
【1940年3月13日 第三帝国 ベルリン 陸軍総司令部 】
「いまいましい若造めが!総統閣下のお気に入りだかなんだか知らんが、伝統ある陸軍があのような者に壟断されては世も末だ。そうは思わんかねハルダ―大将」
「たかが一介の少佐一人に目くじら立てても仕方があるまいブラウヒッチュ大将。それよりも私が危惧するのは総統閣下だよ。閣下は明らかにOKWを使ってOKHの指揮権を抑制しようとしている。あの坊やはOKWと総統閣下に利用された偶像に過ぎん。むしろ我々にとって真の脅威は…」
「総統ご自身…」
「そうだ。むしろヴェステンハーゲン少佐は我々にとって利用価値がある。OKWに籍を置くとはいえ、元をただせばOKHの参謀将校。我々の側に取り込み、OKWに対する牽制として使うべきだろう。少佐の後ろ盾であるグデーリアンもOKH将校である以上、OKWに専断されることを良しとはすまい。改革案とやらをOKHで認めてやり、我々の側にひきこむのだ」
「なるほど。OKHで先に改革案を実施すれば、OKWや総統閣下の干渉を防ぎ、なおかつ我々も今のポストを維持できるというわけか」
「その通り。大切なのはOKHが指揮権を保ち続けることにある。陸軍のドクトリンが「変わる」のはいい。ただし、「変える」のは我々だ」
「ならどうする?若造には参謀本部で適当なポストを与えておくか?」
「いや、フランス戦の結果次第でいいだろう。勝てば昇進させてやり、我々主導の改革をやらせる。負ければOKWの責任を追及する道具として使う。結果がでるまでは下手に大きな手柄を立てないよう、適当な軍に配属させておく」
「勝とうが負けようが腹は痛まないというわけか。そいつはいい」
二人の笑い声が執務室に響いた。
【1940年4月20日 第三帝国 ケルン 第十八軍司令部 】
西方攻勢が目前に迫る中、俺は陸軍参謀本部から第十八軍作戦参謀に命じられた。
前回のポーランド戦が連隊参謀だったことを考えると、軍参謀に任命されたのは喜ぶべき出世だろう。ただ、第十八軍の役目はアルデンヌからの奇襲でもベルギーでの陽動でもない。
ベルギー陽動作戦の支援であるオランダ征服という地味な任務だった。
てっきり花形であるグデーリアン指揮下の装甲部隊に配属されると思っていたので、少々がっかりだ
しかも、地味なわりに任務は困難そのもの。
オランダは水路が縦横にはりめぐらされ、装甲部隊の進撃に全くむいてない。
防衛線となる河川や運河がそこら中にあるので軍隊の展開そのものが難しい。
英仏軍がオランダに入れば、ベルギーのB軍集団は英仏軍主力に側面から回り込まれ、包囲される危険が生じる。
故に攻撃が困難な地域を迅速に確保するという難事業が要求される。
その方法を俺が考えなければならないのだ。
さてさて、どうしたものか。
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