第二次モスクワ会戦④
【1942年7月27日 ヴェリキエ・ルーキ 第二装甲軍戦闘指揮所】
戦闘指揮所に呼びだされたアリス・ハーネ少佐はグデーリアン上級大将から新しい任務を切り出された。
「北方戦区の戦局悪化と歩兵戦力の不足を鑑み、ルジェフに待機中の2個装甲擲弾兵師団(第31、第34)で独立機動集団を編成、直ちに前線に投入すべしとの決定がなされた。第九軍は限界を迎えている。戦略予備戦力として温存しておく余裕はない。そして、独立機動集団の作戦参謀に任命されたのが君だ、アリス」
第九軍の苦境はアリスも耳にしている。
第九軍は第42軍団(第67師団、第102師団)を投入して、戦線を立て直そうとした。カリ―ニンに急行した2個師団は迅速に展開し、防衛線の穴を埋める作業に奮闘した。第67師団は損耗の激しい第151師団(第8軍団麾下)を支え、対戦車部隊と自走砲部隊を並べて赤軍機甲部隊を徹底的に叩いた。
第102師団は第28師団(第8軍団麾下)と協力して、突破口を塞ぎ、赤軍の波状攻撃をことごとくはね返した。
激戦の末、赤軍は200両以上の戦車を遺棄して後退していった。
一方で代償は大きかった。攻勢の矢面に立った第8軍団麾下の各師団損耗率は4割を超えている。
とくに第151師団は9個大隊中7個大隊が死傷した。第8師団と第28師団は最精鋭の第一波師団だけあって、兵員の損耗は抑えられているが、疲労や装備の摩耗は深刻な域にまで達している。
敵の攻勢が止まっている間になにかしらの手をうたねばならない。
「現在のところ各戦線は膠着状態にある。だが、敵は攻勢を諦めたわけではない。戦力を再編すれば必ず再攻勢を仕掛けてくるはずだ。それまでに、北方戦区を重点的にテコ入れしておかねばならん。独立集団の仕事は二つ。一つは第一梯団の攻撃を防ぎ切ること。二つ目は敵第二梯団の攻撃時に要塞陣地放棄を前提にした柔軟な機動防御を実施すること。困難な任務だが、貴官の勇戦に期待する」
アリスは頭の中で自分に課せられた任務の確認を始める。
敵第二梯団の攻撃が開始された場合、恐らくカリ―ニン要塞陣地を維持することは難しい。
要塞を主体とした固定防御から、装甲部隊を主体にした機動防御に切り替わるはずだ。
要塞を放棄する際、機械化していない歩兵師団は撤退の道中に敵機甲部隊に捕捉される可能性が高い。
自分の仕事は歩兵師団が安全圏まで退避するまで、敵機甲部隊の進撃を押しとどめること。そして、退避が完了次第、第二装甲軍本隊が埋伏する地点まで敵機甲部隊を誘導しなければならない。
困難な任務だ。護衛対象に拘束された装甲擲弾兵は、本来の機動性を活かせず、敵機甲部隊の格好の標的となる。いわば、足かせをつけた状態で数に勝る敵を阻止することが求められる。
唯一の安心材料は第31装甲擲弾兵師団と第34装甲擲弾兵師団が陸軍の最優良部隊である第一波師団であることだ。
十分な訓練と経験を積み、全軍の中核をなす彼らなら、自分が適切な作戦をたてる限り、困難な任務ものりきれるはず。
「全力を尽くします」
アリスは姿勢を正すと毅然として答えた。
北方戦区の運命は自分にたくされた。なんとしてでも成し遂げてみせる。
【1942年7月28日 ゴーリキー 最高総司令部】
ジューコフは各軍から上がってくる報告に眉をひそめていた。
作戦進捗状況は予想外に進んでいない。
西部戦線軍第一梯団は3個戦車軍団を使い潰したにも関わらず、突破に失敗。その後も第31軍と第20軍が攻勢を続行したが上手くいかず、第20軍には11万6174人中6万8524人が死傷。第31軍も同様の被害を受けており、もはや第一梯団は使いものにならなかった。
カリ―ニン戦線軍も1個戦車軍団を失い、第一梯団に攻撃能力は残っていない。
「同志最高総司令官代理閣下。機甲部隊に予想以上の損失が出ています。現時点で1655両の戦車を喪失。第一梯団麾下の戦車・機械化軍団は壊滅状態です。ここは予定を繰り上げて第二梯団の攻撃を開始すべきではないでしょうか?」
シチェメンコ参謀長の問いかけにジューコフは不機嫌そうに応じる。
「同志参謀長。敵装甲軍に動きはないのだろう?」
「はっ。北方戦区で2個機械化師団の増援を確認した以外はとくに目立った動きはありません」
当初の予定だと第一梯団の攻撃で突破口を確保しながら敵の機動予備をひきつけ、その隙に第二梯団が主攻撃を成功させる手筈になっていた。
それが、ファシストの先制砲撃で全てが狂った。
支援砲撃部隊を失った第一梯団の攻撃はことごとく失敗。機動予備を引き付けるどころか、突破口一つ確保出来ていない。
今の状態で第二梯団が攻撃を敢行すれば、突破戦で消耗した後に敵装甲軍の機動打撃をまともに食らってしまうだろう。
「これ以上このペースで損失を受ければ我が軍はまずいことになる。それを承知で言っているのか?」
「もちろんです。幸いにも第二梯団麾下の支援砲撃部隊は先の対砲兵射撃によるダメージが比較的軽微です。第一梯団と違って十全な支援火力が保障されます。また、第二梯団の機甲兵力は西部戦線軍だけで総計7個戦車軍団に達します。例え、敵装甲軍の機動打撃を受けても互角以上に戦うことが可能です。南北のどちらかで敵の要塞陣地を抜ければ、我が軍の勝利は確定します」
シチェメンコの答えは合格点に達していた。今では敵砲兵陣地の詳細も判明している。砲兵戦で遅れをとることはないだろう。砲火力の支援が機能すれば、突破戦の消耗も抑えられる。
が、満点には及ばない。
「足りんなあ同志。ファシストは狡猾だ。単純な攻撃などいくらやってもうまくいかんよ。こちらも揺さぶりをかけてやるのだ」
「揺さぶりですか?」
「そうだ。第二梯団の攻撃開始後に、時期を見計らい中央戦区攻撃部隊が総攻撃を開始する。さらに、空挺軍をモスクワ市内に投下し、中央での突破を試みる。北、中央、南で同時に重点を形成することで敵の戦域対処能力を分散させるのだ」
ドイツ軍守備兵力は南北に集中している。第二梯団の攻撃でさらに圧力をかけ、その上で中央戦区での突破を試みれば、形の上では完全な奇襲になる。そのまま突破できればそれでよし。
他の戦域からの兵力移動で対処されてもよし。その分、南北での突破成功率が上がることになる。
カリ―ニン戦線軍から割いた2個軍は元々、中央戦区に配置してある。さらに西部戦線軍からも1個軍を割き、1個空挺軍を加えた上で攻撃すれば、十分だ。
「同志参謀長。私が言ったことを踏まえた上ですぐに作戦計画をたててくれたまえ。準備が完了次第、ファシスト共にとどめをさす」
「はっ!」




