第二次モスクワ会戦②
【1942年7月16日 ヴャジマ 中央軍集団司令部】
「北方戦区全域で敵の攻撃が始まりました!」
「南方戦区・ミハイロフ要塞陣地が敵攻撃部隊と接敵。第43軍団が応戦中!」
「第2航空艦隊の出撃準備完了。これより第43軍団の援護を開始します!」
「南方戦区全域で交戦ポイント拡大中!」
「軍団規模の敵機甲部隊を三群確認!南方戦区へと接近中!」
対砲兵射撃成功の熱も冷めぬ内に次から次へと戦況報告が舞い込んでくる。司令部に漂っていた楽観ムードは霧散し、参謀達は情報の整理に追われていた。
ついさっきまで味方を示す青の矢印が地図上を占めていたが、今では赤軍を示す赤い矢印で地図一帯が塗りつぶされていた。途方もない大軍に攻撃を受けている。
「戦況を報告せよ」
中央軍集団司令官ボック元帥の問いに参謀長のトレスコウ少将が答える。
「はっ。敵は北方戦区と南方戦区の双方で同時に攻撃をかけてきました。南方戦区の敵部隊は2個軍と3個戦車軍団。北方戦区の敵は1個軍と1個戦車軍団を確認しています」
「現在、北方戦区では第8軍団が応戦中。さらに第42軍団麾下の第129歩兵師団が戦列に加わっています。南方戦区では第43軍団がミハイロフ要塞陣地に展開、第9軍団がカシーラ要塞陣地に展開し、敵機甲部隊の突破を阻止しています。第7軍団と第13軍団は予備として後方に待機中です」
「北方戦区は第九軍だけで防げそうかね?」
「今の所は。しかし、現時点で6個師団中4個師団の戦力が戦闘に参加しています。後方で温存されているのは、わずか2個師団…。今後の損耗次第では敵第一梯団の突破を許すかもしれません」
開戦前に最も懸念された北方戦区は第九軍の第8軍団(第8、第28、第161)と第42軍団(第87、第102、第129)が固めている。
モスクワ=ヴォルガ運河が天然の障壁として存在するため、赤軍の攻撃は運河の及ばないカリ―ニン要塞陣地に集中した。第九軍も4個師団をカリ―ニンに集中することで突破を防いではいるが、損耗は激しい。
「即応師団の配置はどうなっておる?」
「第31装甲擲弾兵師団と第34装甲擲弾兵師団がルジェフで待機中です」
「両師団はいつでも出撃できるよう、投入可能位置まで前進させるのだ」
「はっ」
第二梯団撃破を優先する陸軍参謀本部案では第二装甲軍は一個師団の戦力も第一梯団迎撃には割かないことになっていた。
しかし、中央軍集団参謀部の強硬な反対もあり、第九軍の損耗を抑えることを目的にした図上演習が何度か実施された。演習の結果を鑑み、陸軍参謀本部は第二装甲軍から2個装甲擲弾兵師団を割き、予備として第九軍の指揮下に編入することを認めた。
第一梯団に突破されそうになった時のみ、即応師団として出動することになる。
「南方戦区の第5砲兵部隊から入電!『敵一個戦車軍団を捕捉。推定、T-34中戦車200両~250両。KV-1重戦車50両~70両』これより誘導路に引き込み制圧射撃準備に入るとのことです」
南方戦区からの報告に司令部幕僚達は色めきたつ。
南方戦区には対戦車誘導路がある。敵機甲部隊を殲滅する絶好の機会だろう。
ボック元帥が声を張り上げる。
「よしっ!ここが勝負どころだ。敵機甲部隊をギリギリまで引き付けろ。焦ることなく確実に仕留めるのだ」
【1942年7月16日 南方戦区 ミハイロフ要塞陣地 第43軍団 第5砲兵部隊司令部】
南方要塞地帯は3つの要塞陣地(ミハイロフ要塞陣地、カシーラ要塞陣地、トゥーラ要塞陣地)で構成され、ミハイロフ要塞陣地とカシーラ要塞陣地が第一線陣地として赤軍の攻撃を受け止める役割を担う。
第一線陣地の片割れであるミハイロフ要塞陣地は赤軍第31軍の猛攻を受けていた。
「前哨部隊から連絡。軍団規模の敵機甲部隊が誘導路へと接近中です」
前哨からの報告に砲兵部隊指揮官は思わず笑みをこぼす。
「やはり間隙部を狙ってきたか。直ちに対戦車中隊を配置につかせろ」
前哨部隊は敵の動向を探ると同時に、敵偵察部隊の侵入を防ぐ役割も持つ。ダミーの陣地や砲座を作るのも彼らの仕事だ。
開戦まで陣地を秘匿出来たのは前哨部隊の働きによるものが大きい。おかげで敵戦車を撃滅する誘導路の存在を隠すことが出来た。
各要塞陣地の間隙部は防衛線の中で最も弱い部分だ。当然、赤軍は守りの固い要塞陣地に正面から突っ込むことはせず、間隙部を狙ってくると予測された。
間隙部を対戦車誘導路として利用すれば、効率良く敵機甲部隊を殲滅出来る。
「カシーラ要塞陣地の第6砲兵部隊にも協力を要請しろ。破壊砲兵任務群の集中砲撃で敵機甲部隊を殲滅する好機だと。空軍にも無線をつなげ」
ザイドリッツ作戦に備え、中央軍集団麾下の各兵団は防御偏重・砲兵重視の編成に切り替わっている。各軍団には軍団内全ての砲兵(師団砲兵、軍団砲兵、軍直轄砲兵)を統括・指揮する砲兵部隊司令部が設置され、砲火力の集中的運用が可能になった。
部隊間で無線ネットワークが形成されたことで、他軍団の砲兵部隊司令部や空軍の対地攻撃部隊とも迅速に連携をとることができ、状況に応じて火力投射量を調節できる。
第5砲兵部隊だけで軍団規模の敵機甲部隊を相手にするのは荷が重かったはずだ。
空軍の偵察部隊からは敵機甲部隊の詳細な情報が続々と入ってくる。司令部の指揮下にある19個砲兵大隊、105ミリカノン砲396門、150ミリ榴弾砲132門が対戦車火制地帯に正確に照準を合わせる。
「全部隊配置につきました!」
「第6砲兵部隊も準備が完了したようです!」
「よしっ!全部隊、同時弾着射撃用意!対戦車地雷の起爆と同時に砲撃を開始する!」
T-34が誘導路に入り込んだ瞬間、対戦車地雷が起爆する。キャタピラを砕かれたT-34が右往左往する中、第5砲兵部隊麾下の全砲門が一斉に火を噴いた。同時にカシーラ要塞陣地の第6砲兵部隊も砲撃を開始する。上空からは対戦車仕様のシュツーカ連隊が容赦なく機関砲を浴びせる。
誘導路は一瞬にして炎と鉄の地獄と化した。無数の砲弾、ロケット弾が豪雨のように降り注ぎ、T-34は次々と爆散していく。側面、上空、背後から叩きつけられる火力により、赤軍戦車軍団は猛烈な勢いで攻撃能力を減衰させていった。
無論、これで赤軍の進撃が止まることはない。うち漏らされた一群は多数の砲火を受けながらなおも前進し、是が非でも突破を図ろうとする。
運よく防御砲火を抜けられた一群には、至る所で待ち伏せるパンターと三号突撃砲が襲い掛かった。
3時間近い激戦の後、赤軍第6戦車軍団はようやく後退した。戦場で燃え尽きたT-34は250両を数え、9割の戦車を撃破した。文句なしの大勝利に将兵は歓喜した。
しかし、喜んでいる暇はなかった。新手の第8戦車軍団が接近中だったのだ。
第5砲兵部隊は休む間もなく、新たな戦いへと突入していった。




