↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

56/149

第二次モスクワ会戦①

【1942年7月14日 南方戦区 西部戦線軍 第一梯団打撃部隊 第31軍 第276狙撃大隊】


クルトィフ上級中尉とマルキドノフ曹長は向こう側のドイツ軍陣地をながめていた。すでに全ての準備が整い、二人が所属する大隊も出撃陣地での集結を終えている。攻勢開始日は兵士達には知らされていないが、どの兵士もその瞬間が近いことには気づいていた。


「敵は高地の向こうに隠れていやがる。向こうからは丸見えだが、こっちからはまるで見えん。ファシスト共がなにをしているのか、砲兵陣地がどこにあるのかさっぱりわからん」


「偵察隊はなにをやっているんです?」


「連中は前年の戦いであの世に行っちまった。空軍の連中は攻撃機で偵察任務を代替してる始末だ。これでは、我が軍の砲兵は敵を捕捉できん。我々が流血をもって敵の火点を暴かなければならんらしい」


「勘弁してくださいよ…」


本来なら、攻撃開始前に敵砲兵を味方砲兵が壊滅させなければならない。制圧するのが無理でも、最低限敵砲兵を抑えておかなければ、味方の攻撃部隊は陣地からでた途端に敵の猛砲撃にさらされる。


しかし、敵陣地の詳細をつかめなければどうしようもなかった。

味方の出撃陣地からは砲兵陣地や防御区画の場所すら分からず、味方の航空機は陣地に近寄ることもできない。ファシストは実に巧妙に砲兵陣地の所在を隠している。

敵陣地を暴くには、隠された敵砲火の中に飛び込み、手探りで進むしかない。


二人の大隊は全軍の先鋒として突破口を形成する第一梯団麾下の打撃部隊に所属していた。突破作戦の成否は大隊や連隊規模の統合兵科部隊で構成された打撃部隊の働きにかかっており、まずは打撃部隊麾下の小集団が小さな突破口をこじ開け啓開していくことで作戦は始まる。

第一梯団の打撃部隊に参加出来るということは最精鋭の証だ。しかし、同時に損耗が大きい困難な任務に投入されるということでもある。

最初に突っ込む彼らにとって、突っ込まなければ分からないという状況は、とてつもなく嫌なものだった。


【1942年7月16日 モスクワ防衛線 中央軍集団】



迎え撃つ準備は完了した。

火点にも掩蔽豪にもくまなく兵士が配置され、各口径の火砲が捕捉した赤軍砲兵に照準を合わせている。

通信兵は各部隊と観測所の間にケーブルを張り巡らし、後方では急降下爆撃機と戦闘機が出撃の日を今か今かと待ち構えている。

砲兵の照準から野戦ケーブルの一ミリに至るまで検査に次ぐ検査を受け、全ての欠陥が修正された。


7月14日はなにもなかった。15日も赤軍に動きはなく、中央軍集団司令部は攻撃開始日は16日だと確信した。15日の午後11時30分、哨戒部隊が闇夜に紛れて地雷原に忍び込んでいた敵工兵を捕えた。尋問の結果、赤軍の攻勢開始時刻は16日の午前4時だと判明。

航空偵察や無線諜報による解析も同様の結論を示しており、赤軍より一時間前に砲撃を開始すべく、各砲兵指揮官は慌ただしく闇夜の中を動きまわった。

そして、午前2時57分。砲撃開始のカウントダウンが始まった。

各指揮官の腕時計の針が午前3時を指すと、その瞬間、10000門の火砲が一斉に火を噴いた。

同時にシュツーカの大編隊が轟音を上げて出撃していく。

数万発を超えるロケットと砲弾が捕捉していた標的に吸い込まれていき、砲火の嵐が砲兵陣地、掩蔽豪、集結地点を正確に叩き潰し、何もかもを燃やし、破壊し、吹きとばしていく。

1時間30分余り続いた猛烈な対砲兵射撃は、赤軍攻撃部隊の砲と迫撃砲のほとんど全てを制圧してしまい、黒煙が立ち込める赤軍陣地から反撃の砲声が響くことはなかった。



【1942年7月16日 赤軍南方戦区攻撃部隊 西部戦線軍司令部】


出撃前の最後のタバコを楽しんでいたその瞬間、天地を引き裂く轟音とともに爆炎と閃光が陣地内に溢れかえった。

とてつもない規模の破壊が荒れ狂う中、赤軍将兵は掩蔽豪にしがみつき、ひたすら嵐が去るのを待った。

そして嵐が去った時、味方の砲兵部隊は火柱と黒煙を上げて、そのほとんどが沈黙していた。

あまりの惨状に前線司令部はパニック状態に陥り、各部隊からは悲鳴のような報告が流れ込んでくる。


「第49砲兵連隊、損失67%!」


「こちら第3突破砲兵師団司令部っ!第364砲兵連隊、第55砲兵連隊との連絡がつかない!」


「第5突破砲兵師団応答ありません!」


「第6軽砲兵連隊との通信途絶しました!」


「こちら第31軍司令部だが師団砲兵の72%が戦闘不能!作戦続行の是非を問いたい!」


「第296砲兵連隊長戦死!各大隊長とも連絡がとれません!」



一つ明らかなのは、敵の対砲兵射撃により味方の支援砲撃部隊が壊滅したということだった。



「・・・閣下、最高総司令部に予備の投入を要請しますか?」


参謀長の問いかけにコーネフは首を横にふって答える。


「ダメだっ。司令部予備を突破戦で使い潰せば第二梯団の躍進攻撃が厚みを欠く。第一梯団は予定通り攻撃を開始する」


「しかし、それでは敵の防御砲火に生身の歩兵が突っ込むことになります」


「戦車、自走砲を突破地点に集中させよ。装甲車両で歩兵を守るのだ」


通常なら狙撃師団が戦車が通るための突破口を作る。しかし、支援砲撃部隊を欠いた状態で歩兵が突撃しても肉壁にすらならない。そこで、戦車・自走砲部隊が歩兵と共同で突破口を形成する。啓開用の機動戦力が消耗することになるが、歩兵が一方的に殺戮されることは避けられる。


コーネフの命令が下ると、待機していた第一梯団の第31軍、第20軍が動き出した。

支援戦力の第6戦車軍団、第8戦車軍団、第8親衛機械化軍団(T-34中戦車600両、KV-1重戦車300両)が道中で合流し、南方要塞地帯へと殺到していく。

プルカーエフのカリ―ニン戦線軍も同時期に第一梯団を出撃させており、予定より3時間遅れ、赤軍は総攻撃を開始した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。