火星作戦
【1941年11月15日 ソビエト社会主義共和国連邦 ゴーリキー 西部戦線軍司令部】
モスクワへ。
これが首都を失うという屈辱を味わった全ソビエト人民の総意であり、祈りであり、願いであった。
スターリンと赤軍参謀本部はモスクワ奪還に空前の重点を置いた。
現在、全狙撃師団の39%、全戦車師団の45%、全砲兵大隊の47%、全航空機の30%がモスクワ方面に集結中だ。
政府、党、軍が一体となり国の全てを挙げてモスクワ奪還に乗り出そうとしている。
極めて異例なことに、功績をあげた者には最高峰の勲章を与えるとスターリン本人が兵士達に約束した。
今やモスクワは聖なる目標だった。首都モスクワの陥落という惨劇が諸民族を団結させ、共産党の戦争指導体制をより強固なものにしたのだ。
モスクワを守っていた時よりもモスクワ奪還に燃える今の方がはるかに士気は高い。
モスクワ奪還の総指揮を任された最高総司令官代理ゲオルギ―・ジューコフ上級大将が最初に手をつけたのは赤軍の再編成だった。
奇襲で壊滅的打撃を受けた赤軍はその編成を極度に単純化していた。機械化軍団をはじめとする「軍団」は全て解体し、各狙撃師団から後方支援部隊(高射砲、対戦車砲、ロケット砲など)を切り離したのだ。
基幹戦力を序盤で失った影響で各軍司令部は作戦用の後方支援部隊を失い、各師団や各軍団から戦力を引き抜かざるを得なかった。
こうした新編成の狙撃師団は単独の継戦能力が著しく低下、モスクワ防衛戦でドイツ軍装甲師団に押し切られる大きな要因となった。
ジューコフの仕事は、この歩兵と野砲をかき集めて対戦車砲と戦車を付け足したような単純な編成を変えることから始められた。たんに兵士と兵器を集めて敵にぶつけるだけでは、資源の浪費にしかならないのだ。
1941年秋になるとウラルやシベリアに避難した工場群がようやく稼働を始め、1942年春までに膨大な兵器を生み出すことが約束された。
ジューコフはこの新たな富をふんだんに投入することで軍の再編成に乗り出す。
軍レベルでも師団レベルでも高射砲、対戦車砲、多連装ロケット砲、自走砲などの後方支援組織を勢揃いさせ、ただの歩兵部隊だった狙撃部隊をより複合的な諸兵科連合部隊へと発展させた。
新編成の狙撃軍は各種支援組織と機動用の戦車軍団・機械化軍団(ドイツ軍の装甲師団に匹敵)を併せ持ち、第一梯団として突破口を確保する任務に従事する。
また狙撃軍の基本単位となる狙撃師団もより複合的な編成となり、歩兵・戦車・工兵・砲兵を組み合わせた統合兵科編成の連隊や大隊で構成されるようになった。
第二梯団として主攻を担う機動兵力も大幅に拡充され、戦略単位での機動を行う戦車軍の新設も決まった。
戦車軍は2~3個戦車師団、6個自動車化狙撃師団、各種支援部隊で構成され、200~300の戦車(T-34七割、KV-1三割)と350門の牽引砲兵、3万5000人の兵員を持つ。第一、第三、第四、第五が1942年春までに編成される予定だ。
この新しい戦車軍は単独で100~200キロ機動可能で、新規編制の狙撃軍と共に攻勢の主役として期待されている。
そして、これらの攻勢部隊を専属で支援する突破砲兵師団と突破砲兵軍団が用意された。
【突破砲兵師団の編成】
・76.2ミリ速射砲×72門
・120ミリ重迫撃砲×120門
・122ミリ榴弾砲×60門
・152ミリ榴弾砲×80門
・カチューシャ・ロケット砲×24両
【突破砲兵軍団の編成】
・76.2ミリ速射砲×144門
・120ミリ重迫撃砲×240門
・122ミリ榴弾砲×124門
・152ミリ榴弾砲×160門
・203ミリ榴弾砲×96門
・カチューシャ・ロケット砲×72両
狙撃軍や戦車軍は自前の支援火力に加えて、最高総司令部から攻勢用の突破砲兵師団や突破砲兵軍団を与えられる。突破砲兵部隊は独自の司令部を持ち、あらゆる作戦単位での集中的な運用が可能となっている。極端なことをいえば大隊規模の敵陣地を潰すために全ての砲口を向けることも可能なのだ。
新編成の部隊が生成され次第、赤軍はモスクワ奪還作戦「火星作戦」を開始することになっている。
ジューコフはゴーリキーの司令部で西部戦線軍司令官コーネフ大将とカリ―ニン戦線軍司令官プルカーエフ大将から準備の進捗状況をきいていた。
「・・・現在までに第31軍、第20軍、第5軍の配置が完了しております。第33軍と第3戦車軍は隷下師団の新編成が始まったばかりですので、配置の完了は来年の春になるかと。残りの第29軍、第30軍、第39軍は司令部の移設すら完了していません」
「カリ―ニン戦線軍も同様です。第41軍、第43軍の配置は完了しましたが、第3打撃軍、第4打撃軍、第22軍、第5戦車軍の配置は最低でも来年の夏までかかると思われます」
「作戦は来年の7月~8月を予定しているのだ。作業を急がせたまえ!」
「「はっ!」」
「それで、ファシストの配置はつかめたのか同志プルカーエフ?」
「我々の掴んでる情報によるとファシストはモスクワ正面に兵力を集中させているようです。ですが、敵の陣地秘匿は巧妙でして、反撃用陣地や後方陣地、砲兵陣地までは掴めませんでした」
「攻撃してみなければ陣地の全貌は分からないということか…航空偵察はどうなっている?」
「敵空軍の警戒監視が激しく上手くいっておりません。パルチザンからの情報も遮断されており、敵兵力の詳細は現時点では不明としか…」
ジューコフが唯一懸念していたのは偵察部隊の不足だった。
開戦前までは陸軍も空軍も専門の偵察チームを持っていたが、大戦序盤の奇襲によって壊滅してしまい、現在でも再建されていない。
正面戦力の復活と新編成が優先された結果、偵察部隊を含む情報、輸送、医療の各部隊は再建が後回しにされている。
赤軍の偵察能力は依然として低いままだ。
むろん、参加する兵力の強大さをかんがえれば偵察部隊の不足など些事にすぎない。
モスクワ奪還作戦には二個戦線軍14個軍が参加予定だ。モスクワ防衛戦の参加兵力のおよそ三倍。しかも、中身の師団や軍は全て新編成の最高戦力。
これだけの戦力を叩きつければ、いくらドイツ軍が精強でも鎧袖一触になぎ倒されることだろう。




