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黄作戦

「おめでとうヴェストハーゲン少尉。いや今は少佐か?君のおかげで既存の六個装甲師団に加え、新たに十個装甲師団の編制が決まった」


発表会の後、俺はヒトラーの強い希望により特例措置で少佐に昇進。

さらにヒトラーの私的な司令部である国防軍総司令部(OKW)にも籍を与えられた。ドイツ軍の統帥部は陸軍総司令部(OKH)と国防軍総司令部(OKW)に分かれている。

OKHはプロイセン時代から数百年間続く伝統的な陸軍の統帥部であり、ヒトラーといえどOKHの指揮権や人事権には干渉できない。

軍事指揮権は陸軍に委任されるという伝統は、帝政時代からヴァイマル共和国時代までずっと遵守されてきた、いわばドイツ政府と陸軍の誓約である。そのため、ドイツ陸軍は国家の中の国家とも呼ばれることがある。


一方で陸軍のそうした伝統は独裁者であるヒトラーからすれば、不満と不安しかなかった。

独裁政権を支える要である国軍が完全なコントロール下にないのだ。そこでヒトラーは国防軍総司令部という自分専用の司令部を作り、指揮権を二分。

OKHには陸上戦の指揮を任せ、OKWは三軍の指揮をとることになった。

こうした事情があるのでOKHとOKWは常に仲が悪い。


「だが改革はこれからだぞ少佐。1940年度の予算は対英戦を重視した海軍の潜水艦隊、空軍の戦爆部隊が最も割合が高い。我々装甲科の予算はニ番目だ。陸軍はともかく、それに合わせた空軍の改革はほとんど進んでないのが現状だ。新型戦車の開発も難航している」


「一つよろしいですかグデーリアン大将。フィンランド政府から鹵獲したソ連製戦車を入手することは出来ないでしょうか?」


「理由はなにかね」


「ソ連軍は縦深作戦という我々の陸軍ドクトリンと似通った軍事思想を持っています。彼らの主力戦車も縦深突破用に最適化されているはずです。ソ連製戦車をフィンランド経由で入手し、新型戦車開発に役立てるというのはどうでしょう」


「なかなか面白い話だ。だが、名目上我が国とソ連は同盟国。あからさまな行動はできんだろう。一応陸軍総司令部に話は通しておく」


1939年11月30日、ソ連はフィンランドへの侵攻を開始した。

俺のいた世界だと冬戦争と呼ばれている戦争だ。

独ソ不可侵条約の締結により、フィンランドはソ連勢力圏とされ、スターリンはヒトラーの目が西にむいてるうちに、条約の成果をえようとしたのだ。

史実同様、ソ連軍は苦戦し、1940年になっても決着はついていない。

いずれフィンランドと共闘してソ連と戦う以上、いまのうちに縁を深めておいても損はしないはずだ。

対ソ戦を考えている陸軍総司令部は俺の案を了承、フィンランド政府と交渉し、秘密裏な武器貸与を条件に鹵獲したソ連製戦車の引き渡しを合意させた。


1940年2月初旬、フィンランド政府から鹵獲したT34が十二両送られてきた。

解体して調査した結果、帝国の主力戦車である四号戦車ではT34に到底かなわないことが判明。

衝撃を受けたグデーリアンは「戦車委員会」を設置。

T34の徹底した解析と新型戦車開発計画の全面的な見直しを命じた。

避弾経始を取り入れた傾斜装甲や大口径の主砲といったT34の特徴を取り入れた中戦車の開発計画が始まり、正式採用された車両にはPz.Kpfw.V(五号戦車)の名称が与えられることが決まった。



【1940年3月10日 第三帝国 ベルリン 陸軍総司令部 】


「少佐。対フランス戦計画『黄作戦』の詳細を見たかね」


「はい。我々の改革案を真っ向から無視するような内容でした」


陸軍参謀総長フランツ・ハルダ―大将の立案した『黄作戦』は一言で言えば、第一次世界大戦で実施されたシュリーフェンプランの踏襲だった。

地勢が平坦で大軍が行軍しやすいベルギー領内を通過して、北東方面からフランスに攻め込む

なんの工夫もない歩兵主体の平押し作戦だ。

装甲師団の役割も歩兵師団の援護に限定されてしまう。


「私も頭に来たのでね、A軍集団参謀長マンシュタイン中将と一緒に陸軍総司令部へ直談判してきたのだよ。もちろん相手にもされなかったがね。だが、どうもそれで終わりそうにない。探りをいれてみたところ、陸軍総司令部はマンシュタイン中将解任の線で動いていることがわかった」


「マンシュタイン将軍をですか?!」


「そうだ。頑迷な陸軍総司令部のアホどもは脳みそが腐りきってるらしい。このままでは我々の改革案など葬りさられてしまう。そこで、君の出番だ。OKWの参謀将校である君なら、OKHの指揮系統に縛られずに動ける。総統閣下と直接面会し、我々の計画案を直接売り込んでくれ。面会の手筈は整えてある。」


マンシュタインとグデーリアンが考案した作戦計画は史実だと「マンシュタインプラン」と呼ばれている。

歩兵主体のB軍集団をベルギーに攻め込ませ、英仏連合軍の主力をひきつける。

B軍集団を囮に、装甲師団を主力とするA軍集団が車両の通行が不可能だと思われている、アルデンヌの森から奇襲を実施。

連合軍の防衛線を食い破って、英仏海峡まで到達。

ベルギーの連合軍主力を孤立させる。


史実だと1940年1月に『黄作戦』の機密書類が敵に鹵獲されるメヘレン事件が発生し、作戦計画の修正を強いられた陸軍参謀本部がマンシュタインプランを代替プランとして採用している。

だが、こちらの世界だと機密書類の流出は生じていない。

その分、すでに制定された『黄作戦』の変更は難しくなっている。


「面会にはOKHから陸軍総司令官ブラウヒッチュ大将、陸軍参謀総長ハルダ―大将が参加する。彼らは当然、君の発表を潰そうと躍起になるだろう。私も最大限サポートするが、説得の成否は君次第だ。失敗は許されんぞ。」


随分な難題だが自分から改革案を持ちかけた手前、逃げ出すわけにはいかない。

気が重いがやるしかないだろう。

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