表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/149

スモレンスクの戦い④

【1941年6月16日 ソビエト社会主義共和国連邦 ロシア社会主義共和国 第二装甲軍 第十八装甲師団司令部】


森林道に突入した第十八装甲師団は、埋伏に備えて慎重に進撃した。

帝国の装甲師団は一般的に一個戦車連隊と随伴する二個自動車化歩兵連隊、そして工兵大隊、支援自走砲大隊など各種支援大隊で構成される。

ネーリングは戦車連隊ではなく自動車化歩兵連隊と工兵大隊を先に進ませた。

もし対戦車部隊などの伏兵を確認すれば、自動車化歩兵がこれを制圧し排除する。工兵部隊は地雷原の有無を確認する。


先行する自動車化歩兵連隊は何度か埋伏していた赤軍歩兵部隊の肉薄攻撃を受けた。埋伏部隊の存在は司令部に漂っていた楽観論を打ち砕いたが、どの攻撃も小規模で容易に蹴散らすことができた。それでも戦車連隊は自動車化歩兵と各種支援大隊で周囲を厳重に固め、警戒を緩めることはなかった。


そして、先行していた自動車化歩兵連隊が森林道を塞ぐ敵狙撃師団と大規模な戦車部隊を確認した。報告によると赤軍はT34を横一列に並べてトーチカ代わりに使い、後方に重砲部隊と対戦車部隊を展開させているとのこと。また周囲の樹木線に埋伏部隊は確認されなかったという。

無線諜報の結果、敵の軍司令部がこの阻止線を抜けた先にあることもわかった。


報告をきいたネーリングは思わず頬を緩めた。森林地帯にいるにも関わらず、赤軍はこれほど大きな戦力を隠すことなくむき出しにしている。先ほどの小規模な埋伏をみる限り、もともとは大規模な埋伏攻撃を仕掛ける予定だったのだろう。

それが、我が師団のあまりに速い進撃により、埋伏が間に合わなかった。スピードを優先して森林地帯に突入したことが結果として、敵の作戦を瓦解させたのだ。


ネーリングは早速、各戦車指揮官と幕僚達を指揮車両に集めて作戦を説明した。さすがにT34と対戦車部隊が展開している地点に正面から突っ込めば大きな犠牲が予想される。そこで装甲戦力を二分し、戦車連隊の主力と一個自動車化歩兵連隊を迂回させて、背後と側面を突かせる。すでに偵察隊の報告に基ずき敵の背後に通じる迂回路は確保してある。前後から挟撃すれば正面の敵は容易に打ち破れる。

その時、ネーリングの作戦をきいていたアリスが異議を唱えた。


「少し待ってください閣下。これはやはり敵の罠かもしれません」


アリスの発言に全員が注目する。

ネーリングが続きを促すと、彼女は驚愕すべき内容を口にした。


【1941年6月16日 ソビエト社会主義共和国連邦 ロシア社会主義共和国 予備戦線軍 第二十一軍司令部】


埋伏部隊の指揮をとるイワン・コーネフ中将にも百戦練磨のドイツ軍相手に単純な埋伏攻撃など通用しないことはわかっていた。

司令部は簡単に埋伏で敵を叩くというが、経験不足で突っ込むことしか知らない味方の戦車兵と違って、ドイツ軍装甲兵は狡猾だ。

森林道に突入しても彼らは油断せず、装甲擲弾兵にこちらの埋伏部隊を狩りださせようとするはず。

ドイツ軍を森林地帯に誘いだし罠にかけるためコーネフは周到な準備をしてきた。


「参謀長。敵の動きはどうか?」


「150両近い戦車と100台以上の輸送トラックが阻止線の近くで集結中です。閣下の予測なさった通り、敵は迂回して阻止線の背後を突くつもりのようです」


「ここまでは想定通りだな」


最初に小規模な伏撃を実施したのも、大規模な部隊を露呈させたのもドイツ軍を誘いだすための罠だった。急速な進撃にこちらが対応できていないと敵に誤認させるための。


そして餌として包囲殲滅に絶好な地理条件と軍司令部を提供した。

迂回路を使えば背後を突ける地点にあえて阻止線をはり、その先に軍司令部を置いた。すでに解読された暗号文を使うことで司令部の正確な場所は傍受させてある。

こちらの装甲戦力を包囲殲滅できる上に司令部を一気に覆せる好機だ。この誘惑にはさすがのドイツ軍も耐えられないだろう。敵の第十八装甲師団は間違いなく戦力を二分して前後からの挟撃を狙うはずだ。


制空権も航空偵察能力も失い、電子戦能力でも劣る赤軍が情報面で唯一ドイツ軍に勝っているのが地の利だった。

赤軍はスモレンスク近郊のこの森林地帯を小さな沼地から小さな道に至るまで把握している。どこをどう進めばいいのかも熟知している。コーネフはこのアドバンテージをいかして迎撃作戦をたてた。

一個装甲師団を丸ごと捕えて全滅させる作戦を。


「しかし、よろしいのですか閣下?なにも本当に閣下ご自身が囮になる必要はないでしょうに」


「本物の司令部だからこそファシストをおびき出せるのだ。ここで臆病風に吹かれて失敗でもしたら、それこそ目も当てられん」


敵をおびき寄せるための餌である第二十一軍司令部は囮用の偽司令部ではなく、コーネフを含めた司令部幕僚が勤務する本物の司令部である。デコイの司令部でもよかったのだが、コーネフは本物にこだわった。無線が不足する赤軍は司令部にも無線機能が欠け、連絡手段は有線に限られる。故に作戦を指揮するには、司令部を前線に近い場所に設置する必要があった。


無論、技術的な問題だけではない。

どちらにせよここでしくじればコーネフにも祖国にも未来はないのだ。ならば自身の生命をチップにしてでも大きく勝つ選択を選びたかった。


「敵が阻止線への攻撃を開始しました」


「よし。全部隊に通達。作戦通りに行動せよ」


開戦以来祖国が味わったあらゆる雪辱をはらすため、森林に潜む赤軍の全部隊が手ぐすねをひいてドイツ軍を待ち続けた。



壮絶な殲滅戦の始まりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ