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ワルキューレ⑥

【1944年8月 ソビエト社会主義共和国連邦 ロシア社会主義共和国 モスクワ 最高総司令部】


ワシレフスキーの失脚後、スターリンの代理役(最高総司令官代理)はアントーノフが担っていた。

スターリンの考えや構想をまとめ具体化するのがアントーノフの仕事だった。

1944夏季攻勢の重点は中央軍集団に置かれる。バルト海とウクライナで大規模な陽動戦を行い中央から予備兵力を引きはがした後に、全力を挙げて中央軍集団を始末する。


アントーノフは攻勢にのりきではなかった。

スモレンスクで大打撃を受けた後でこのような連続大攻勢が可能とはとても思えなかった。

いまは内に専念して力をためる時だ。

しかし、帝国の新情勢がアントーノフの安定策を許さなかった。

ついに帝国が割れた。

フランス、ベルギーで帝国西部軍が蜂起し、パリで新政府の樹立を宣言した。

元参謀総長のベック将軍が国家元首(最高執行官)に、退役元帥のヴィッツベーレン将軍が国防軍最高司令官に、社会民主党のレーバー党首が首相に就任し、新政府の体裁を急ピッチで整えている。

新政府はナチス独裁体制の打倒と連合国との即時休戦を宣言した。

ベルギー軍政府長官(駐留軍司令官兼行政長官)ファルケンハウゼン大将、フランス軍政府長官シュテルプナーゲル大将、ロンメル軍集団司令官(第一軍麾下)ロンメル元帥、ノルマンディー守備軍(第一軍)司令官ブラスコヴィッツ上級大将が新政府支持を表明している。


対するヒトラーは新政府を「ユダヤ的ボリシェビキによる国際的反動テロ」と断定。

腹心のヒムラーSS長官とOKW(国防軍総司令部)総長のカイテル元帥に反乱軍の即時鎮圧を命じた。

ナチ派の国防軍部隊と武装親衛隊の連合部隊からなるライン軍集団が組織され、SS上級大将のハウサー将軍が司令官に就任。OKW作戦部長のヨードル上級大将が参謀長に、OKW官房長のウォーモリント大将が副司令官にそれぞれ就任している。

ノルウェー駐留軍司令官ディートル上級大将、南東総軍(ギリシャ、ユーゴスラビア、地中海沿岸部を管轄)司令官ヴァイクス元帥、国内予備軍司令官フロム大将がヒトラーに忠誠を誓った。


赤軍と対峙中の東部軍は内戦には参加せず中立を保っていた。北方軍集団、中央軍集団、南方軍集団いずれにも大きな動きはない。OKHもポーランドに拠点を移して不干渉の立場を貫いている。

ドイツは三つに分裂していた。ファシストと反乱軍が西方防壁で対峙を続ける中、OKH麾下の東部軍が赤軍の攻勢に備えている。

兵力面では東部軍を握るOKHが圧倒的に有利だった。

しかし、OKHも東部軍も内戦非干渉を掲げいまのところ中立の立場を崩していない。

内戦参加勢力だけを比較するとファシスト政権が反乱軍相手に数の優勢を保っていた。ライン軍集団だけで70個師団100万人を数え、一般親衛隊の民兵組織を含めると300万の大兵力を確保している。

対する反乱軍の兵力は90万人にも満たない。

ただ実戦用の重装備部隊と正規の参謀組織を豊富に揃えているのは反乱軍であり、装備・練度・戦力運用では明らかに有利だった。

軍事的な総合的力量は反乱軍がやや優勢といっていい。

政治経済面では中央省庁と財界、地方自治体、警察権力を抑える政権側が全面的優勢を確保している。


スターリンは内戦に干渉したがっていた。

戦局を動かす千載一遇の好機とみている。参謀本部や前線司令部もおおむねスターリンの方針に同意を示した。

書斎に呼び出され考えをとわれたアントーノフは三つの選択肢をスターリンに示した。一つは内戦の混乱に乗じてドイツ東部軍の撃滅に乗り出すこと。二つ目は限定攻勢を行いOKHからなんらかの譲歩をひきだすこと。三つ目はいずれかの勢力と手を結び和平を結ぶこと。


スターリンが選んだのは一とニの間だった。一を目指す大攻勢を行いつつ状況が不利ならば限定的な戦果を挙げる二に移行する。一が成功すればそのまま東部軍を押しつぶしてしまう。

アントーノフはスターリンの望み通り多方面連続攻勢を企画・立案したが、作戦の行く末に疑いを抱いていた。

規模だけは大きいがこの攻勢に作戦的・戦略的意味は存在しない。あるのは賭博的要素だけだ。

参謀将校としては一ではなく堅実な二を推したかった。大金を賭けておきながら不利になれば賭け金を減らすなどというイカサマはかえって身の破滅を招く。


ウクライナでの陽動作戦は佳境を迎えていた。

ドイツ軍の予備を完全に引きはがすには本物の脅威を南に与える必要がある。

ドネツ湾曲部を食い破りウクライナ工業の中枢たるハリコフを奪い取りドイツ南方軍集団の補給機能を完全に麻痺させる。さらには長躯西進してドニエプルの渡河地点を抑え後背路自体を遮断してしまう。

南翼に本物の脅威を与え続ければ中央で本攻勢が始まってもドイツ軍は予備兵力を動かせなくなる。


そのためには堅固なドネツ防衛線を正面から破らなければならなかった。

そして、ドネツを破るには本攻勢で使用する親衛軍、親衛戦車軍、打撃軍、突破砲兵軍団等の主力部隊を惜しみなく投じなければならない。

一方で本攻勢の成否はこれらの数少ない主力精鋭部隊の働きにかかっていた。

スモレンスクで多くの精鋭を失った赤軍には複数の突破部隊を用意するだけの余裕がない。

貴重な親衛軍が陽動で消耗すれば本攻勢は失敗してしまう。かといって親衛軍を消耗させなければ陽動自体が成功しない。

これが赤軍の抱える本質的逆説を照らし出していた。


ドネツ湾曲部では血みどろの戦いが続いている。

ドイツ軍はスラウィヤンスクとバラクレヤという二本の支柱に立て籠もり、赤い奔流を幾度も撃退していた。アントーノフは事態を打開するため虎の子の第6親衛戦車軍の投入を決めた。

スモレンスクで一度壊滅した第6親衛戦車軍は数少ない生き残りと教導部隊の教官を元手に軍機能を取り戻し、新しい戦車軍団と新装備を与えられて完全な再建を遂げていた。

第6親衛戦車軍の猛烈な突撃はドイツ軍防衛線をバラバラに引き裂き、スラウィヤンスクとバラクレヤの結合点に深々と楔を打ち込んだ。



だが、成功は長続きしなかった。

ドイツ軍は縦深帯に何層にもわたる複合的防御陣地を構築しており、対戦車・対歩兵障害物をはじめとする奇抜で意地の悪い仕掛けをいたる所に仕掛けていた。地雷源、対戦車火力点、有効な砲撃管制、そして強力な機動予備兵力が前進するソビエト軍将兵に手ひどい損害を与えた。

第四装甲軍司令官マンシュタイン上級大将が7個装甲師団2個機械化師団の大装甲兵力で連続的な機動反撃に乗り出すと、第6親衛戦車軍は壮絶な戦車戦にひきずりこまれた。

この戦車戦にうち勝つには貴重な本攻勢用兵力(第2親衛戦車軍と第8親衛軍)を投入するしかない。

アントーノフは賭け金を三倍に増やすことに決めた。

完全自動車化した対戦車旅団や新型重戦車旅団を数多く編合していた戦車軍は善戦し、以前のような一方的な展開にはならなかった。

それでも、ドイツ軍装甲部隊の熾烈な反撃はしばしば味方戦車軍の士気を粉砕し、指揮機能を麻痺らせ、攻撃衝力を衰えさせた。

マンシュタインの反撃は大量の戦車資源と対戦車資源の投入でかろうじて粉砕したが、ドネツ湾曲部はドイツ軍の手に残った。スラウィヤンスクとバラクレヤもボロボロとはいえ健在だ。

第6親衛戦車軍は四分の一にすり減った戦車と共によろよろと後退した。第2親衛戦車軍、第8親衛軍も深い傷を負った。


ドネツの突破にはあとひと押しが必要だった。

手元に残った第12親衛軍と第5親衛軍を投じれば陽動任務は完了する。ただ、最強の予備兵力を握るヴェステンハーゲン中将はこれだけ陽動をかけたにも関わらずワルシャワから微動だにしていない。

これでは本物の脅威を与えても無視されるかもしれない。彼はいつでもこちらの賭け金を台無しにすることができる。

いっそのこと計画を変更しこのまま南を主攻勢にしてしまうのもありだ。

上手くいけば全親衛軍の壊滅と引き換えに南方軍集団の殲滅を狙える。その代わり本命の攻勢は中止に追い込まれるが。

陽動を中途半端に切り上げすり減った賭け金で本攻勢に挑むか、全ての賭け金をいまここで全て費やすか。

どちらにせよ分が悪い。

ギャンブル嫌いのアントーノフはすでに損切りを考え始めていた。


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