第1章8 『理解者』
「アンタは『自由』が欲しいとは思わないのか?」
現国王にため口を聞いている俺もどうかしてる、今更取り繕っても意味が無いと思って素で話してる。王とは絶対的権威を手にしながらも自らの自由を失い、国の為に働き続けなければならない。
時には民を味方に付け、その反対も存在している。民を裏切って国を持ち上げようとした王は、暗殺されたりもする。王は常に民の事を考えて国をより良くする為に行動をする、それを気に入らない上官などは内部で動き回り革命すら起こそうとする。
そう、一番安全だと思っていても命を落とす可能性があるんだ。俺は知ってる、そうなった事で命を失くした国王を。それも身近な人間だって事も知ってる、天秤の真ん中に居るのはいつも王だと思ってた。
でもそれは違ってた、真ん中に居たのは国民で皿に乗っているのは現王と時期王。国民が暴徒化すれば国は崩れ荒れ果てる、自由が無くストレスしかない王になんかなりたくない。
「僕は王である事に不満は無い、自由なら後からでも手に入るじゃないか」
「そんな悠長な構え方じゃ殺されるかもしれないぞ!?」
「ヴァルド様! 失言です!」
ステレアは立ち上がり頭を下げる、だけど俺は間違った事を口にしたつもりは無い。ウィードは少し息を吐きながら考えている、嘲笑うような視線なのが癪に障るけど。
頭を下げたままのステレアに『いいよ、頭を上げなさい』と優しく声を上げる。初対面でこんな事を口にしてる俺はおかしい、ちょっと熱が入りすぎた。
「確かに君の言う通り、いつ殺されるかわからない。だがそれは国王として背負うべき対価、そうじゃないかい?」
「権威の対価が命って、そんなのおかしいだろ」
「君はちょっと偏見が強い、ようは考え方だよ」
偏見、俺の思ってきた事は一方的な言葉はだって言うのか? 王は国民の為に死ねってことか? なんだか俺までわからなくなってきた、俺が間違ってるのか?
ウィードはゆっくりと立ち上がり、外の景色が見える窓際へ歩いていく。その風格は王そのもので、一切の隙もなく決めた事を簡単には変えないような、そんなオーラを醸し出してる。
「君は国王=死、と考えているように見える。確かに人より早くに死期を見る事になるだろう」
「あぁ」
「王は国民が全てだ、彼等無しに国は栄えない。死期が早いならそうなるまでに全力を尽くさないとダメ、そうだろ?」
さっきとはちょっと雰囲気が違う、その窓の向こうには何が見えているんだ? 多分俺が見てもただの街の風景しか見えないだろう、でもウィードにはそれ以外にも見えるし聞こえているんだ。
それを可能にするのが『王』としての能力であり、ウィードの国作りとしての努力。俺もやるはずだった王の仕事を逃げずにやり遂げているからこそ、人とは違う目線で見えてくるものがあるのだろう。
「すみません、出過ぎました」
「いや、いいんだよ。君のように強く言う人間は数が少ない、王に逆らえばどうなるかわからないからって、意見を言う人間が居ないんだ」
「でも、やっぱり自由に動けないのは辛い。俺は自由に動ける事の良さを知ったから」
「ふ、そうかい」
顔はこちらを向いていない、視線はずっと窓の向こうにある。でもちょっと笑ったように見えた、俺の方が子供見たいでなんかムカつく。反抗期って言われたらそうかもしれない、国を飛び出すって事は家でみたいなもんだよな。
気持ちが少し落ち着いてきた俺はゆっくりと立ち上がる、この人になら言っても大丈夫だと思う。あとの事はどうにかなるかもしれないし、この気持ちを理解してくれるのは同じ立場の人しかわからないだろう。
「俺はヴァルド」
「さっき聞いたからね、知っているよ」
「違う、俺はヴァルド・ヴァンデミエール」
「ヴァンデミエール、そうか、だからあんな質問を」
あんまり驚いていない? 普通なら驚くか変な声を出しそうなのに何故? 王子だって話したりしてないはずだし、バッジだって全部屋敷に置いてきたはずだし、知らない内に話してたか?
ステレアに視線を向けるが『私は知りません』と首を振る、じゃあどっかで会ったのか?
「何故驚かないのか、そんな顔をしているようだよ。実は昨日なんだが、とある国の王子が逃亡したと連絡を受けたんだ」
「まるで指名手配だよな」
「いえ指名手配ですヴァルド様」
見事なスピードでツッコミを入れてくるステレア。まさか逃亡した話がこんな所まで届いていただなんてな、父さん達はそれだけ心配なのか、それとも国の未来が大事だから俺を早く見つけないといけないのか、どっちなんだろう。
思えば小さい時の記憶は曖昧な感じで、映像として見ようとするとモヤと言うかモザイクが掛かったみたいでわからない。なんでだろう、過ごしてきたはずの過去を上手く思い出せない、あんまり良い思い出とかなかったのか? 今すぐ思い出せるのは両親二人は全然遊んでくれなかった記憶。
思い出そうとしてもわからないな、逆に疲れてきた。
「あの、俺達がここに居ることは黙っていて欲しいです」
「それは構わないけど条件があるんだ」
「条件?」
お金とか取られたりするのか、それともこの国で働けとかだろうか。どっちにしても無理だ、お金はまず無いしこの国以外も見てみたいってのが本音、その二つは絶対に断る。
「万事屋なんだよね? 依頼をいくつか頼みたいんだ」
「それが条件?」
「もちろん黙ってるし、ここを出る時に旅賃を少し出す。破格の依頼料だと思わないかい?」
その条件なら全然良い、それより旅賃も少しだがくれるだなんて最高じゃないか。俺はステレアの顔を見ると『お望みのままに』と小声で承諾を得た、どうなるかと思ったけど取り敢えず無事にこの国より先へ進めそうだ。
ウィードの依頼の詳細を聞くと、『魔核動の調査』『壊れた設備の修理』等で調査以外なら難しい事は無さそうだ。さらに泊まれるようにと部屋をあてがってくれた、至れり尽くせりとはこの事を言うのかな。
長い会話もウィードの急用により終わりを迎え、俺達は明日から依頼を遂行する為に用意された部屋へ向かった。
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日も落ちたプリュヴィオーズの街、建物の脇を通る水路が星の光で反射し幻想的な世界を作り出していた。流れる水は穏やかでありながら、光も生み出し街全体をまるで神域のような空間。
俺は部屋の窓を開け放ち、なんとなく一番強い光を生み出している星を見る。ロマンチストとかじゃないけど、晴れた夜の星空って心を癒してくれる気がする、こんな風に別の国で星を見る事なんて本当は無かったはずだ。
自分の国から出ていかなければまず無かった、そんなゆったりとした時間がほとんど無かったから。
「風邪を引いてしまいますよ」
「ステレア、あの強い星。綺麗じゃないか?」
「あれはアルタイルです」
「え、お前星座わかるの?」
まさかステレアが星座を理解してるとは、むしろ俺はさっぱりだから名前を言われてもわからないけど。星座と言ってもこの大きな大陸は魔核が出現したことで四季が国ごとにバラバラだ、プリュヴィオーズとヴァンデミエールは季節で言うなら夏に入る。
それ以外は知らない、と言うかプリュヴィオーズの季節が夏だとわかったのも寒くないってだけの感覚だ。
「昔星座の本を読んだことがありますので。あちらがこと座のベガ、はくちょう座のデネブ、そしてわし座のアルタイル。それら三つを線で繋げると夏の大三角です」
「ほえー、わかんねぇけどそうなんだな」
「星には神話がありますし、その手の本を読むと結構楽しいものですよ」
適当な返事をしながら星を見上げる、その横でステレアは微笑みながら星について話をする。今までそんなことお首にもださなかったのに、珍しいこともあるんだな。これも星空の力かなんかか?
でも今昔って言ったよな? こいつは過去の記憶が無いはずなんだけど、
「ステレア、お前今昔とか言ったけど思い出したのか?」
「え? …………わかりません、今ふいに出てきたので。申し訳ございません」
「いや、謝るなよ。そっかー、星ってすげーんだな」
星を見ているステレアを横目で見てみる、楽しそうな表情をしながら光り輝く一点をじっと見つめている。普段はキツい奴だけど、こうして見ているとお姫様見たいな感じがする。
自分でも痒い事言ってる自覚はしてる、でもそれくらい今のステレアの表情は俺から見ると眩しくて、優しくて、一人の女の子なんだってわかった。