第一章7 『爺さんの息子』
今俺達はプリュヴィオーズ城の正門前で口をポカーンと開けたまま固まって居た、正確には俺だけが開いた口を塞がらない状態なんだけど。
国を象徴し国を見守る建物として、デカイのは当たり前ではあるがヴァンデミエールと比べると、綺麗さが全く違う。ヴァンデミエールは建物の老朽化こそ無いが、建築的に古くさらに歴史を重んじている部分がある事から、城壁などは見た目をそのままにしているせいで、めちゃくちゃボロく見える。
それに比べてプリュヴィオーズ城は建物自体綺麗に整備されているし、水の都と呼ばれてもそりゃ納得してしまうくらい水色と白を自然に塗装して表現している。
ポカーンとしている場合では無い、早く目的を達成してしまおう。俺は頭をブルブルと振り意識を持ち直す、カルチャーショックはまだ引きずるかもだけど仕事はちゃんとしよう。
「よし、で、どうする?」
「守衛の方に話をして中へ入れてもらいましょう」
「だよな、ずっとこっち見てるし」
変に怪しまれても嫌だしさっさと終わらせよう、ちょっと腹も減ってきたし。門の左右に立つ守衛に話しかける俺、やっぱ名乗りは必要だよなカッコ良くビシッと決めたい。
ステレアは半歩後から付いてくる、こいつ涼しい顔してるから何考えてるか本当に読めない。
「俺は万事屋ヴァルドだ、依頼人から荷物を預かってるから通してもらうぜ」
決まった、これ決まったよ。サムズアップしてキリッとした表情、これなら守衛も『なんだ? こいつできる!』とか思うはずだよ。守衛の脇を通り過ぎようとすると、
「アホですか!!」
「ぎぇえ!? 何すんだよ首絞まるだろ! 死ぬだろが!」
景気よく歩き出したがステレアに服を掴まれて首が絞まる、一応王子なんだけどコイツはそういうの関係無く簡単に抵抗してくる。だから気は楽なんだけど暴力だけはやめて欲しいところ、間違いがあるなら口で言えばいいのに先に手が出てくる、俺限定でだけど。
「そんな名乗りがありますか! 申し訳ございません、こちらの手紙をウィード様宛にお届けにまいりました」
「あ、あぁ。確認させてもらうよ」
絞まった首がちょっと痛かった、まぁまぁ強く絞まったから絶対に赤くなってる。首をさすりながら守衛とステレアのやり取りを見守る俺、最初からステレアに任せとけば良かった。
今のダサいよね、絶対心の中で『女の子に負けてる、有り得ん』とかほくそ笑みながら呟いてる。守衛は手紙の中身をチェックした後待機室まで案内してくれるとの事、俺達は守衛の後ろを金魚の糞見たいに付いていく。
廊下の壁にはプリュヴィオーズ城の絵や街の絵などが飾られている、この辺はヴァンデミエールと大差はない。
別に自分の国を貶したりしてる訳じゃないけど、こうして他国の城をマジマジと見られる機会なんてそうそうない、余計に自分んちのと比べてしまうのも仕方が無いはず。
しばらく歩いた俺達を守衛は『こちらの部屋でお待ちください』と告げ、ウィードって人を呼びに出ていった。
「なぁ」
「はい」
「察しはついたけどさ、ウィードって偉い人か?」
わざわざ待機室へ案内されたし、そのウィードがただの給仕や兵なら守衛がわざわざ呼びに出ていく必要は無いはず、そうじゃなくても部屋にある通信機を使えば呼べるはずだ。
だが守衛は呼びに出ていった、多分ウィードはこのプリュヴィオーズにおいて重要な人間なのだろう。男っぽい名前だが女かもしれない、もしかしたらめちゃくちゃ可愛いかも。下手すりゃ絶世の美女、なんか変な妄想が働いてしまうな。
「詳しくは存じ上げません、しかしヴァルド様の仰る『偉い人』ならそれ相応の態度でいらしてください」
「それ相応って?」
「目をキョロキョロしない、落ち着いてお話をする。このくらいはしておいてください」
そんなに俺って落ち着かない奴に見えるのかな、自分の事はよく理解してるつもりだけど、他人から見たらソワソワしてるように見えてるのかも。
目的の人物が姿を現すまで俺達は予想話に花を咲かせる、一体どんな人なのか、プリュヴィオーズのどの立ち位置に居るのか、性格はどうなのか。
多分一時間くらい話してたけど中々本人は現れない、いよいよ眠気に負けそうになるくらいに、話の中心人物が部屋に姿を現した。
「遅くなってしまって申し訳ない」
部屋の扉が開いたと同時にウィードと思われる人物が声を掛けてきた、見た目は俺とあんまり変わらないような年齢、白と水色で清潔さをアピールしている服。そしてどの国でも共通で付けている国王の証、『エンブレム』
間違いない、彼は水の都プリュヴィオーズの王だ。これで気になっていた疑問が晴れた、手紙を見た守衛が国に入れてくれた事を。あの爺さんは恐らくプリュヴィオーズの元王なんだ、今は代が変わって息子が跡を継いで居るのだろう。
俺達は座っていたソファーから立ち上がり会釈をする、ウィードは『座ってくれ』と言いながら俺達が座る正面のソファーへ腰を掛ける。同年代かわからないけど王の風格はじゅうぶんにある、威厳という奴だろうか口にする言葉は強さを感じる。
俺とは違う、何もかもが違う気がする。自己紹介を簡単に済ませた後、持ってきた手紙をウィードに手渡すと早速目を走らせる、読み終わるとクスクスと喉を鳴らしながら話しかけてきた。
「そうか、父さんが認めた方達なら守衛も追い返せないか」
「あのさ……あの、ちょっといいですか?」
「別に固くならないでくれ、普段のまま話してくれて構わないよ」
まだ歳なんか聞いてないけど本当は年上なんじゃないか? 些細な疑問もあるがもっと他に聞きたいことがある、それは俺だからこそ聞きたいことだった。
「どうして王になったんだ?」
「どうして、とは?」
ヴァンデミエールを飛び出した俺は、王族のルールや色々なやり方が気に食わなかった。それは生まれた場所がただ悪かっただけなのかもしれない、でも自由を失ってまでして権威を手に入れたいとは思わない。ずっと安全に何不自由無く過ごせるのはいいかもしれない、誰かに守られながら困ること無く生きていけるならそれがいいのかもしれない。
でもその先に自分がもとめている『自由』ってのはあるのか? それで周りは幸せに生きていけるのか?
否、生きていける訳がない。現にこうして俺は国から出てきたんだから。
「お待ちくださいヴァルド様、私情を国王様に話すのはよろしくありません。抑えてください」
「ステレアさん、だったかな。僕は構わないから続けてほしい」
恐らく俺が今から聞く事はとてつもなく失礼にあたる。ましてや国を支える王でありこの城の主だ、同格同士の会話ならおふざけ程度で済まされるだろう。
だけどいまの俺は王子では無い、王族でもないただの万事屋だ。入口に立って見守っている守衛に首を跳ねられてもおかしくない、だけど同じ若さで国王になってるんだ気になって仕方が無い。
少し静かになった部屋、俺はウィードの目を見ながら口を開いた。