第一章4 『赤と黒』
「爺さん、扉直ったぞ」
「さすが若いのに頼めば早いもんじゃの」
「まぁ、俺も直したの初めてだったからステレアに教えて貰ったんだけどな」
「ステレアとはあの女の子か?」
「そうだよ」
宿代があと少し足りない、そこで何やら困り果てていた爺さんを見つけた俺達は扉の修理をしていた。どうやったらいいのかわからない俺は、ステレアに道具の使い方や扉の立付け具合の見方まで教えて貰った。
本当に何でも知っているんだな、メイドってかなり万能なのか? 修理が終わった後チラチラと横目でステレアを見る。この家は至る所がボロボロになっていて、扉だけじゃなくテーブルだったり部屋の壁だったりと強風が吹けば飛ばされるんじゃ? と思うくらいにボロい。
ステレアはテーブルを直すと次に壁の修理に入る、一箇所だけだが大きな穴が空いている。木造建築とは言え住む以上はしっかり直さないと、爺さんがぺちゃんこになり兼ねない。
「ステレア」
「ヴァルド様、終わりましたか?」
「ご覧の通りだよ。なんか手伝うか?」
「ではそこの板を壁にあててください」
「わかった、こうか!」
バコンッ!!!
俺は床に置いてあった正方形の板を手に取り、言われた壁に向かって投げ当てた。穴が空いていた周りの木材が腐っていたのか穴は余計に広がってしまう、人ひとり屈めばトンネルの要領で通れてしまうほどの大きさ。
「………………」
「当てたけどなんかあんの?」
「仕事が増えました」
「は?」
「もう結構です、ヴァルド様はお爺様に次に直す場所を聞いてきてください」
顔は無表情だけど怒りに満ちたオーラを身体全体から湧き出てるのがわかった、言われた通りにしたんだけど何が良くなかったのか俺にはわからん。投げ方が良くなかったのか? スピードが足りないとか? 修理って難しい……。
言われた通りに爺さんに次の仕事を貰うために話を聞きに行く、家の裏に出ると水が流れる水路が現れた。爺さんはその水路を見ながら唸っている、その理由はひと目でわかった。
「爺さん、ダムでも作ってんのか?」
「作っとらんわい、少し前の雨で流れてきた瓦礫で詰まっとるだけじゃ」
「ふーん、この瓦礫を取り除けばいいんだろ?」
「そうじゃな、ワシでは体力も筋力もないからの。若いの頼めるか?」
「任せとけ」
爺さんがそばで様子を見てくる中、俺は水路に降りて瓦礫を一つずつ撤去していく。水路をせき止めていた木材やらゴミやらは水分を吸収しかなり重くなっている、一応国に居た時は習い事なので鍛えていた俺は、せっせと水路から地面へ持ち上げては置いていく。
「これならすぐに水が流れるな!」
「お主、あんまり調子に乗っておると……」
「いったぁぁぁあ!?」
「ほれ見んか」
瓦礫の中に混ざっていた割れたビンで手の平を切ってしまった、赤い鮮血がタラーっと筋を作りながら流れていく。俺の叫び声を聞いて飛び出してきたステレア、手の平から流れる血を見ると水路へ飛び降りて来た。
「お、ステレア」
「ステレアではありません! 何をしているのですか!」
「何って瓦礫の撤去だけど」
「怪我をする様な仕事はしないでください、その様な危険な作業は私がやりますから」
「いやいやいや、ステレアが仕事を聞いて来いって行ったから―――」
「―――私は『聞いて』と言ったのです、『やって』とは言っていません」
俺の切った手をポケットから取り出した包帯でキツく締めながら訴えてくる、勘違いしていたのは悪かったがそんな風に言わなくてもいいじゃないか。何か言い返そうとしたが、
「貴方が傷付く姿は見たくありません、お願いですからご無理はなさらないでください」
「ご、ごめん……」
言えなかった、何か言い返した場合ステレアを傷つけてしまいそうでちょっと怖かった。でも今の俺は王族の人間じゃないただのヴァルドなんだ、だからちょっとした怪我くらいでそんな悲しそうな顔をして欲しくない。
ステレアが俺を大事にしてくれるのは嬉しいけど、俺はもう王族なんかじゃない。そこまで熱を入れてメイドをしてくれなくてもいいのに、でもそれを今言うタイミングじゃない、だから今は。
「じゃあ二人でさっさと終わらせよう」
「しかしッ」
「俺は今万事屋の頭だ、ちゃんとしないとただの高給取りだろ。ほらそっち持ってくれよ」
再び重そうな瓦礫を持ち上げては地面へ、いつの間にか爺さんはその場から居なくなっていた。俺達も終始無言のまま水路の瓦礫撤去作業を続け、終わりを迎えた。
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作業が全て終わる頃には夜空が広がっていた、服は汚れて少しボロボロ、いつも綺麗にしているステレアのメイド服も埃やヘドロで汚くなった。夜だから良いけど明るかったら『泥んこ遊びでもしたの?』と言われるかもしれない、それくらい今日は頑張ったのかなって思う。
あの後爺さんは俺とステレアに宿代とは別で余分にお金を渡してくれた、最初は断ったが『これは前払いじゃ』と押し付けるように渡してきた。それと最後に質問をされた、『どこへ行くのじゃ?』と、俺は隠す必要も無いので『プリュヴィオーズ』と答えた。
一瞬だが爺さんは目を見開いた、本当に一瞬だったから次に見た時は普通の表情。行き先を教えたあと爺さんは何やらテーブルに座ると羽筆を握り、サラサラと何かを書き込んでいく。俺とステレアは顔を見合わせながら首を傾げる、書き終わるとそれを四つ折りにして紙の封筒に入れて渡してきた。
爺さんは、『最後の仕事じゃ、それを息子に届けて欲しい』と話す。前払いはきっとこの手紙を届ける仕事の依頼料なんだろう、俺達はそれをしまい込むと『じゃあ』と手をあげてその場を去ろうとした。すると……
―――良い旅を
その言葉が聞こえ振り向く俺達、ステレアは深く頭を下げる。それを見て俺も頭を下げて今度こそ爺さんの目の前から歩き去った。
普通の送り言葉だったのに重みがある、この時の俺はまだその言葉の意味を理解していなかった。
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翌朝、昨日の初仕事が上手く行き久しぶりの肉をたらふく食べた俺はグースカ寝ていた。だが現実は甘くは無い、寝れば朝日は上がり起きなければならない、このままずっと寝ていたいのに何故朝はやって来るのか。
しかしそれを今考えていても仕方がない、元々は目的無しで旅をして自由を謳歌するつもりだったが、旅をするにはお金が必要だし自由になったとしても何もないまま歩いてもつまらない。結局仕事をした事がなかったから経験をする為に万事屋を始めたわけで。
この先大丈夫なんだろうか、今更不安になってきたけどとりあえず先に進まないと見えてくるものも見えてこない、そんな風に思いながらも今日も朝がやって来た。
「おはようございますヴァルド様」
「おはよ、しっかし服が汚れちまったな」
「替えもありませんし、仕方がありませ」
「俺は良いけどお前だよ」
「は、私ですか?」
「女の子って身だしなみ綺麗にしてないとヤバくない?」
「私はメイドです、汚れ仕事くらい慣れています」
と、彼女は申しておりますが俺としてはかなり気になる。せっかくの銀髪も傷んでいるようにも見える、俺が言うのもおかしな話だが結構可愛い。それなのにこんな汚れた姿をしてると台無しだ、どうするか……。
「とにかく宿を出ましょう、村を真っ直ぐ進めばプリュヴィオーズに着きます」
「んー、そうだな」
ステレアの言葉を適当に返事をしながら俺達は宿を出る、昨日預かった手紙を届けないといけない仕事もある、ちょっとした任務を受けたと思えば楽しくもなるこの仕事。まだ猫探しと修理くらいしかやってないけど、やりがいを感じてしまった。
万事屋、言い方を変えたら便利屋だけど誰かの為になるなら悪くない職業かもしれない。宿を出たあと食べ物や飲み物を売っているお店に寄って、甘い果実の汁を絞って筒にいれたジュースを二つと、何回かに折られた一枚の紙を購入し俺達は村の出口を目指して歩き出す。
「プリュヴィオーズまでどんくらいなんだ?」
「歩いて2時間程です」
「さっき一緒に買ったのって地図だったのか」
「最新版です、もう大丈夫です」
ドヤ顔でヒラヒラと地図を見せる、新しい地図を手に入れて喜ぶのは多分コイツくらいだと思いたい。
ヴァンデミエールを出てから荷物なんてほとんど無かったが、今は飲み物と手紙がポケットにある。そのうちカバンくらい買わないとダメかもしれないな……。
そんな風に平和ボケをかましている時だった、後が何やら騒々しい。馬の走る音やガチャガチャ何かが当たる音、気にせずに歩いているとそのうるさい集団が俺達の前に出てくる。これ以上進ませない、そんな雰囲気を漂わせながら。
「なんだ?」
「ヴァルド様、お下がりください」
凄いスピードでステレアは俺を守るように前へ出る、何度も言うけどマジで万能過ぎだろステレア。
一人感動していると集団は二手に分かれるように道を開ける、すると赤い甲冑を着た奴が俺達の前へ現れた。最初はどっかの警ら隊か? と思ったがその甲冑の右胸に刻まれた家紋を見て納得した。
「探しましたよ、ヴァルド王子」
「その声はヘヴリナか」
赤いヘルメットを脱ぐと赤い髪をした女性、ヘヴリナの素顔が見えた。彼女は王都ヴァンデミエールの直属部隊のエース、赤い髪に赤い甲冑を身にまといながら戦場を駆け抜けた事から、『赤の騎士』と呼ばれている。
多くの戦果を上げているヘヴリナは、今では無くてはならない存在だと昔聞いたことがある。ヘヴリナは馬から降りると膝を付きながら話しかけてくる。
「お元気そうでなによりです」
「そうか、で? 何の用だ」
「国王からの命令です。お戻りください」
「断る」
俺は彼女の言葉を即座にねじ伏せる、あんな何もかも縛られた世界で生きていくのはごめんだ。お金に困らずに生活はできるだろう、安全に生きていくことが出来るだろう、結婚相手も用意してくれるだろう。
笑わせてくれる、王族は良いよね? だって? ふざけるのも大概にしてほしい。出稼ぎに行かなくていいから部屋で勉強しろ? 周りが戦うから安心していい? お前に会う女の子を連れてきてやる?
バカかよ、誰がそんなレールに乗ってやるかよ。自分の事を自分で決めちゃいけないのかよ、そんなつまんない人生とかまっぴらごめんだね。好きな相手くらい自分で見つけてやるし、他人が俺の好みを知ってるわけがねぇや。
「ヴァルド王子、貴方は時期国王になられます。国の未来を考えてください」
「悪いけど俺はそんな縛られた世界では生きない」
「ヴァルド王子、これは命令なのです」
「却下だ」
「致し方ありません、無理矢理にでも連れて帰ります」
ヘヴリナが手を上げると周りの兵達はゾロゾロと俺に近づいてくる。一枚壁になっているステレアはゆっくりと後退りながら俺を守っている、本当にステレアには迷惑を掛けっぱなしだ。
「ヴァルド様の御前です! 下がりなさいッ!」
「ステレア・タイプアル、貴女まで何故?」
「私はヴァルド様のメイドです」
「違う、貴女は国王の下に居るものだ」
赤い髪を持った彼女の瞳は使命と国を背負った力強い眼力をしている、さすがのステレアも少し怯む。ここで何とかしないと旅は終わりを告げてしまう、こんな所で終わってしまえばもう国からは出られなくなる。
どうすればいい、いきなりピンチ過ぎて思考が回らない。
「違います…………」
「?」
色々とパニックになる俺はステレアの言葉で冷静さを取り戻す、いや言葉じゃなく声音だ。重くドスの聞いた声は初めて耳にした、ステレアもこんな風になるのか。
ステレアは真っ直ぐにヘヴリナに睨み返しながら、強く吐き捨てる。
「私は国王の下についたつもりは毛頭ございません、私はヴァルド・ヴァンデミエール様のメイドですッ!!」
「この拾われメイドがッッッ!!!!」
「ステレア!!」
俺はステレアを引っ張り後方へ下げる、ちゃんと男らしく彼女を守ってやりたいと思ったら、身体が勝手に反応しちまった。
ヘヴリナが手にしているのは槍だ、その槍で心臓を一突きされてしまえば即死。それでもいい、迷惑かけたのは俺だお前は悪くない、俺に責任がある。
カッコ悪いか?
振り上げた槍を持つ手を見てから、俺は強く目を瞑る。絶対に刺されたら痛い、てか痛みを感じずに死ねるのか?
「ヴァルド様あああ!!」
ステレアの悲痛な叫びが聞こえる、それと同時に鉄の音が聞こえる、刺された? 刺されたら鉄の音は聞こえないよな? てか痛みが…………ない?
俺は恐る恐る目を開いていく、真っ暗闇だった視界は少しずつ明るくなっていく。のちに気色は色づいていく、しかしまた黒くなる。それは今俺の目の前に現れた甲冑の色だからだ、ヘヴリナの槍を二本の槍で挟むように受け止めている。
「ジーグ!! 貴様どういうつもりだ!」
「それはこちらの台詞だヘヴリナ」
お互い槍を収める、ジーグが今俺を守った事に対してヘヴリナは怒りをあらわにしていた。ヴァンデミエール直属部隊の副隊長、黒騎士のジーグ。赤の騎士ヘヴリナと並ぶ槍使いのプロ、二人が戦場に出れば雨が降るとまで言われている。
なぜ雨が降るのか、色んな言い伝えがあるがどれも信ぴょう性に欠けていて本当の事まではわからない。神様が怯えてお漏らしとかあったけど、わからない。
「ヘヴリナ、お前は我々の首を跳ねるつもりか?」
「……すまない、だが私はステレアに!」
「しかし槍はヴァルド様に向いてしまった。もし傷つけてしまったら我々は地獄だぞ」
揉めている二人を放置してこの場から逃げたいがそうもいかない、どうするか、交渉をしようにも何のネタもない訳だが……。
ついでにステレアは俺の身体をペタペタ触りながら、『怪我はありませんか!?』と尋ねてくる。ちょっとこそばゆい、そんなやり取りをしていると、
「ヴァルド様、今回は見逃します。ですが次はありません」
「ジーグ!?」
「ヘヴリナ、首が繋がったのだ、今回は見なかったことにしろ」
「これだから男は…………」
結局俺達は開いた道を歩き出す、何かの罠とかじゃないよな? とキョロキョロしながら距離を離していく。まさかジーグとヘヴリナがここまで来るとは思わなかった、探しはするだろうがあそこまで無理矢理だったなんて、何かあるのか?
寿命が少しすり減ったような気がする、次は無いという事は見つかれば強制送還だろう。何か考えないとこの先も大変な事になる、自由が手に入った筈なのに、なんなんだよ……。