第一章3 『万事屋始めます』
村と言っても少しずつ都市化が進むここ、『アルゼファ』はプリュヴィオーズ本国の玄関と言われても過言では無い場所。
検問が少し緩い気がするけど、それなりに武装された警備隊やら軍服を来た兵隊が散見しているのがわかる。今の現状は国同士がいつぶつかってもおかしくないし、下手をすれば命を落とす危険な争いにだって発展する。
それでも暮らしを良くするために皆は日々働いていく、いずれは戦争になるかもしれない今だからこそ身体を動かし、前を向いて明るい明日にする為に。
そう思うと王族だった俺はどれだけ楽をして生きてきたか、どれだけ人の支えがあって飯が食えてこれたか正直考えさせられてしまう。俺はその人達の貴重な時間を削ってもらい生きている、もちろんそれなりの対価はあるはずだけどそうじゃない人も居る。
考えれば考えるほど安定した日々を送るのって難しい事なんだと思ってしまう、だからこそ俺は働く事で何かを得られたら良いかな。
「ヴァルド様、ヴァルド様?」
「あ、ん? 悪い考え事してた」
「構いませんが、着きましたよ」
「やっとかー……足痛いしさっさと入ろうぜ」
「無理です」
「は?」
こやつ、突然何を言ってるんだ? 足は痛いし疲れたしもう寝たいくらいなのに何言ってるんだ?
「お忘れですか? 一銭も無いのですよ?」
「…………そうだった」
丈の長いスカートのポケットから金袋を出して逆さまにしながら縦に振る、見事なくらいに埃すら出てこない、一文無しとはこの事である。
いい感じに物思いにふけていたせいで忘れてた、俺達今超貧乏時代を先駆けていた事を。
「何かお仕事をしましょう」
「何も思いつかないんだけど」
「とりあえず短時間だけ働けるお仕事を見つけましょう」
「どうやって?」
「幸いこの辺りはお店が沢山ありますし、店主に話をすれば大丈夫かと」
そう発言するとステレアは早速近くにある野菜を扱うお店へ突撃、俺は遠くからその様子を見ているが何やら話が盛り上がっている感じだ。
もしかしたらすんなり働けるのでは? 面倒な仕事じゃなければこの際なんだっていい、さっきまで『働く大切さ』的な考えをしてたけど、ゴメン、やっぱ面倒い仕事だけはヤダ。
「お待たせ致しました」
「どうだ、今から働けるのか?」
「それが店主が大切にしている猫が居なくなったようです、今から探しに行きましょう」
「ちょっと待て、仕事の話はどうなったんだ?」
「人は足りているようです」
あの盛り上がっている雰囲気は一体なんだったんだ、その居なくなった猫の話でもしてたのか? 結局人が足りているなら次の仕事を探さないと日が暮れてしまう。
「時間だってないんだ、猫探しは無しだろ」
「お言葉ですが、店主は子猫の頃からずっと家族同然の様に育てて来たと話しています。私は感動しましたし、見つけてあげたいのです」
「あんな、俺達だって宿代稼がないと野宿だぞ!?」
「家族とお金どっちを取るのですか!!」
「私と仕事どっちを取るの見たいな言い方すんなッッッ!!」
言い合いはしばらく続いた、ステレアはこうと決めたら全然譲らない奴でかなり頑固だ。最終的には俺が折れるしか無く猫探しを始めりることに…………。
そもそも猫なんて気まぐれで行動範囲も広い、さらに言えば来たばかりの村なんだ、見つけるよりも道に迷いそうだ。
とにかく二手に別れて行動を開始、猫の特徴は『瞳がグレー』『極端に短い尻尾』らしい。しかしステレアがそこまで熱を入れて動くのはこれが初めてかもしれない、普段は俺に意見したり文句言ったりたまに真面目な事を言ったり…………あれ、メイドだよねステレアって。
「確か猫の名前って『タルト』だったか?」
なんだか甘い食べ物のタルトを想像してしまう、腹減ったのか俺。
狭い路地を行ったり、家の塀を見てみたり、屋根にいないか遠巻きに見てみたりするが、
「いねぇじゃん……」
そこから一時間以上歩き回っても猫所か犬すら見ない、ここに来てから結局休む暇も無く動き回った俺であった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
ホントに日が暮れ始めた頃に探していた猫が見つかった、灯台もと暗しとはよく言ったものだ。店主の座る座椅子の下にずっと居たのを疲れ果てた俺が見つけ、戻ってきたステレアにも話すと、
「お手柄ですヴァルド様! 良かったですね店主」
と俺を褒めるが嬉しいような嬉しくないような感覚になる、だがまだ課題は終わっていない。それはお金をどうにかしないといけない事、宿はずっと開いているが仕事は夜になれば大体が終わってしまう。
早くしないと非常に不味い……。
さっさとここを切り上げて仕事を見つけないと、などと俺が焦っていると。
「君達には感謝してるよ、まぁ私が見つけきらなかったのが悪いんだが、少しだがこれ」
「店主、宜しいのですか?」
「構わないさ、謝礼は当然だからね」
「ありがとうございます、有難く頂きます」
店主は釣り銭からいくらかお金を取り出してステレアに渡す、俺は初めて何かをして対価を得た喜びをどう表現したら良いのかわからず、とりあえずその場を離れてステレアが受け取ったお金を数えてみることに。
「銅貨20枚です、宿に必要な額を考えるならまだ足りないですね」
「…………」
「どうかしましたか?」
「いや、初めて働いて貰った様なものだからちょっとビックリしたんだよ」
「左様ですか、ですがあと一回くらいは働かないとダメです」
例え銅貨でも結構嬉しいものなんだな、これが働く感覚なんだろうか。ステレアの言葉に反応してすぐに仕事は無いか辺りを見渡して探す、あの店主が喜んだ顔を思い出すと心が気分の良い感じに浸ってしまう。これが人助けをした時の気持ちか。
最初は猫探しだったし面倒だなとか思った、でも最後はちょっと違ってた。あんな顔をしてくれるなら人助けも悪くないかもって、自分の新しい一面を見た。
「ステレア、あの爺さんなんか困ってないか?」
「確かに、家の扉が壊れているようですね」
「行こう、困ってるなら助けてやろうぜ」
「ヴァルド様…………」
多分俺ってちょろいヤツかもしれない、ちょっとした事で喜ぶとかダサいかもしれない。それでも良いから今はこの気分を楽しみたい、これを仕事にするならなんて言うよだろうか。
「何でも仕事にして、人を助ける職業ってなんだろな」
「便利屋、では何だか格好が付かないですね。『万事屋』で如何でしょう?」
「万事屋ヴァルドか、なんかカッコイイな」
「急に働く意欲が出てきたのですね」
「今の俺カッコイイ?」
「いえ、別に」
「冷たい奴だなお前……」
でもちゃんと見たぞ俺は、お前が否定的な言葉を口にしながら微笑んでくれたのを。
困っている爺さんを助ける為に、他にも困っている人が居るなら助ける為に、俺は今日万事屋ヴァルドを開店する事にした。