第一章2 『逆転する立場』
太陽が頭上にくるか来ないか辺りで小屋を出た俺達、目的地である『水の都プリュヴィオーズ』を目指し歩き出したのは良いのだが少しだけ問題が発生した。
メイドのステレアが持参していた地図を頼りに歩いている訳だが、実際に目にした地形とかなり誤差があり違和感を抱いていた。俺自身国から外へあまり出たことが無いのもあるが、地図では真っ直ぐな道でも実際はそうじゃなかったり、無いはずの建物があったりと違う世界に来たような感覚に襲われている。
何食わぬ顔をしながら半歩後ろを歩くステレア、俺は地図の事について少し聞くことにした。
「なぁ」
「何でしょう? ヴァルド様」
「この地図ひょっとして古くないか?」
「少し古いかも知れませんね」
「いや、少しじゃなくてかなりの間違いじゃね?」
「ヴァルド様、それは有り得ません。ヴァンデミエール国の初代様から頂いた物ですよ?」
「それ爺ちゃんから貰った物だよな、クッソ古いわ!!!」
地図の作成日が一番左端に書かれているのを見つけ、少し読みにくいが目を凝らして作成日を口にする。
「セリウスト785年って、今何年だよ」
「805年でございます」
「20年も前じゃねぇか!!」
「初代様が大事にしろと遺言に」
「勝手に爺ちゃんを殺すなよ!?」
手にしている地図が全く役に立たない事がわかった、優秀なメイドとして君臨していたステレアだがこんなポンコツだったとは……。
辺りを見渡せば山や野原で何も無い、だがもう一つ地図には記載されていない部分があった。まだ目視だとぼやけるくらい先にだが集落のようなものが見える、もっと言えば塔のようなものまで見えている。
とりあえずあれを目指して歩くしかないがまだまだ時間が掛かりそうだ。
「地図返す、使えないし」
「畏まりました。それより聞きたいことがございます」
「ん、なんだ?」
歩みを止めずに塔が見える場所を目印に突き進む、道中無言なのは逆に疲れるし腹も減る。こうやって話しかけてくれるのは正直有り難い、ちょっとポンコツとか言ってゴメン。
「お金をどうやって稼がれるのですか?」
「あ、そうだった、うっかりしてた」
今や一文無しの俺達は何か職を身につけなければ野垂れ死ぬ、ステレアは冷たい視線でまたも俺を見てくる。仕事をするなら誰かの下について働くより、自分の下につけて働きたいとは思っている。
さすが王族の血が流れているからだろうか、誰かの下で働くことが少々苦手と言うか何かイメージ出来ない。とは言っても働いた事が無い俺は何をすればいいのか、何が適しているのか色々考え無ければならない。
ステレアの場合はメイドと言う仕事を現在進行形で全うしている、つまり俺より仕事の先輩になる訳だから…………
「ステレア」
「はい」
「俺って何すりゃいい? 仕事やったことないし」
「国に帰ってふんぞり返るお仕事がピッタリかと」
「お前絶対バカにしてるだろ……」
「申し訳ございません」
「わかりゃいいよ」
「してました」
「お前もう帰れよッッッ!?」
こいつ本当は俺を連れ戻す為にわざわざ付いてきた訳じゃないよな? 国を出てから性格がかなり歪んだ気がするんだが。
ステレアは『こほん』と咳払いをしてから俺に質問をしてくる、最初から真面目にしてくれさえすれば話があっちへこっちへ転がらずに済むのに。
「まず、ヴァルド様は体力派ですか? 頭脳派ですか?」
「どっちかと言えば、頭脳派だろな!」
「頭湧いてる……」
「お前仕事変えた方がいいよ絶対」
話が脱線する前に元に戻していく。
実際頭が言い訳じゃないから身体を動かす仕事が良いのは分かる、じゃあ身体を動かす仕事って何があるんだ? 軍隊に入るとかか? 警備隊とかか? 命を落としかねない仕事はあんまやりたくない、誰かの為に戦う姿はカッコイイけど。
さっきみたいに話が脱線しない事を祈りながらステレアに質問する、メイド以外の仕事経験は多分ないだろうけど。ずっと俺のそばに居たし……
「今ってどんな仕事があるんだ?」
「言えばキリがありませんが代表的なのを話します。まずは飲食店です、お客様に料理を作りそれを運ぶまでセットです」
「料理できねぇからパス、次」
「修理屋さんなどは如何でしょう?」
「怪我しそうだよなパス、次」
「警備隊などはどうですか?」
「それこそ痛いことになりそうじゃん、パス次」
「ゴミ…………」
「今聞こえたからな!!」
結局ステレアからでた職業案は微妙なものばかりで、やってみたいと言う意欲にはならなかった。この旅に出る前までは習い事をしてたせいで部屋からもあまり出ていない、外の仕事まで関心を持つことなんてなかった。
話をしながらずっと歩いているがまだ少し掛かりそうだ、俺はもう少しステレアに仕事について色々聞きながら歩くスピードを早めていった。
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休憩を挟みながら歩いてきたがそろそろ限界がやってきた、いくら習い事で稽古をしていたとしても何時間も歩くと辛い。太ももはパンパンだし足首も痛い、そんな俺とは変わってステレアは一切疲れた表情などを見せない。
メイドの仕事は普段からそんなに厳しいものなんだろうか、聞きたくもあるが聞いたところで教えてくれなさそうだな…………。
そんなことも考えながら歩いていると賑やかな声が耳に入ってくる、ちょっと俯いていた頭をゆっくり上げると、
「本国はまだですが、村に着きましたね」
「見たいだな、こんな村地図に無かったしな」
村の入り口には警備が数人立っている、俺達はその警備の人に話しかける事にした。さすがに無視して入れるわけないし、今の状況を考えれば怪しい奴二人だとか思われてそうだし。
「すみません、こちらの村に宿はございますでしょうか?」
「民宿があるよ、君らは?」
ステレアは自分と俺の名を名乗り『旅人』である事を話す。この村は『水の都プリュヴィオーズ』が統治している場所のようで、この村に入ったという事は既にプリュヴィオーズの中に居ることになる。
つまりこの村のもうちょっと先に本国がある訳だ。村に入る前に簡単な検査を受けた後民宿がある場所へ向かう、数時間ずっと山ばかり見てきたせいもあり、色んな物音や声を聞くとホッとした。
正直かなり無謀な事をしているのはわかってる、それでも自由に何かをしたいって気持ちには逆らえないし、小さな枠の中でただ時間が過ぎていって終わる人生とかつまらない。
「もうすぐ付きます、ヴァルド様」
「あぁ」
「どうかしましたか?」
「いや、疲れたなってさ」
「旅人も楽ではありません、これも経験です」
「そうだよな…………あのさステレア」
「はい?」
小屋に居た時も言ったけど今から口に出す言葉は俺なりの感謝、いやお礼かな。俺らしくないかもしれないけど、言わなきゃ伝わらないし相手もわからない、だから恥ずかしくない内に伝えとこう。
「悪ぃな…………その、なんか」
「何がです?」
「いやだからアレだよ、その」
「ん?」
「うわ! テメェ何ニヤニヤしてんだよ!!」
「ニヤニヤなどと、ご主人様に対して失礼ですし……ぷぷ」
本当にメイドとしてこれは許されるのだろうか、俺はただ遊ばれているだけなんじゃないのか?
口にはできなかったけど、一緒に居てくれた事には感謝してる。今は心の中で言っておこうかな、
―――ありがとうって。