第一章1 『元王族とそのメイド』
「うおおおっ!? な、何だよ夢かよ……」
変な夢を見ていた俺は突然目覚めては叫びながら起き上がる。夢見が悪いのは今に始まった訳じゃないけど、たまに跳ね飛ばされる悪夢を見てはこんな感じに飛び起きる。
そして服は汗でびちょびちょ、古くてボロいソファーからいつ落ちたのか分からないが身体は床の上。頭が覚醒し始めると背中が少し痛い、ふざけんなよマジで……。
「だあー、最悪。何なんだよホントに」
よっこらしょと床から立ち上がり再びソファーに座る、窓の外に見える太陽の光は小屋の中を明るく照らす。少しボケーッとしているといい匂いが嗅覚をくすぐる、多分早起きしたアイツが朝食を作っているのだろう。
この小屋にやって来たのは二日前くらいになる、俺は長年王族の人間として一つの国で何不自由なく暮らしていたのだが、王族として暮らすには色々な制約やら厳しい稽古やらを乗り越えないといけない。
そんな堅苦しいルールのせいで自由に遊んだり、やりたいことが全くと言っていいほど味わえていない。
「やっぱ自由最高!! 国から出て正解じゃんか!」
「朝から何を叫んでいるのですか」
「お、飯か! おはようステレア」
「おはようございます、ヴァルド様」
人を小馬鹿にしたような目で見ながら朝食を持ってきた女性、ステレア・タイプアル。彼女は俺の専属メイドとして共にヴァンデミエール国で暮らしていたのだが、国から逃亡する時に一発で彼女に見つかってしまい一緒に来てしまった巻き込まれメイド。
巻き込まれてはないのか? むしろ混ざってきたようなものだが、メイドスキルは一級品で彼女が居れば困る事などほとんど無いに等しい。
「今日は何だ? って野菜ばっかじゃねーかよ」
「お金も無いのにお肉なんて買えません」
「でも肉食いたいよな、どうするか……」
「ヴァンデミエールに戻る選択肢は?」
「無い」
「即答ですか」
何のためにあの国から出てきたと思ってるんだ、自由を手にする為に決まっているだろ。即答した俺をジトっとした視線で見つめてくる、そんな視線は何万回も浴びてきたので効果何て無い。
と、国を出てきたのは良いがお金は一銭もない。国を出る時にくすねて来た金袋は、ステレアに見つかった時に『泥棒と一緒です、捨てなさい』と言われ国の正門に置いてきた。あれがあれば何処かの宿にでも泊まれていたはずだが、ヴァンデミエール国は意外と田舎側に位置していてこの小屋に来るまで畑ばかり。
途中腹が減ったら馬車屋台に寄って、少しだけ持っていたお金で食い歩き、小屋に着く頃にはすっからかん。
「何かを失わなければ、得ることもできないのか。世の中世知辛いなぁ」
「自ら捨てて何をおっしゃりますか」
「まぁまぁそんなカリカリすんなよ、それよりそろそろ小屋から別の町に移ろうぜ」
「地図を持っています、どうぞ」
ステレアは座ろうとせずに木製のテーブルに地図を広げる、最新版では無く結構古い地図だが多分大丈夫だろう。この地図には一つの大きな大陸が書かれていて、6つの国が存在している。
6つの国は中心に対して円を書くように並んでいる、俺が居た国『王都ヴァンデミエール』次に『水の都プリュヴィオーズ』『王都ニヴォーズ』『神都ヴァントーズ』『ブリュメール国』そして最後に『王都ジェルミナール』
今挙げた6つの国が大陸にデカい看板を掲げている事になる。一見すればそれぞれ国を持ち平和に過ごしているように見えるが、ある日を境に国盗り合戦がちょこちょこと起こり始めている。何故また争ってまで国土を広げようとしているのか、今の俺にはわからないし勝手にやってくれって気分だ。
ただ、ステレアから少し聞いた話だと原因は『魔力核の重要性』らしい。今や生活には欠かせないその魔力核は、火や灯りはもちろん水などのいわゆるライフラインに使われている。だがそれだけじゃなく武力にも転用できると知った国の主達はそりゃもう大興奮、いや不謹慎すぎるけどな。
「とりあえず一番近い町って何処になる?」
「ここから半日の距離ですが、水の都プリュヴィオーズです」
「検問所をどうやって突破するかだよな」
「真面目に検問所をパスしようとは思わないのですか?」
「だって入国許可証持ってないだもん」
「腹立つので可愛いく言わないでください……」
魔力核云々の話の影響で国は警備をかなり強化している、その為か身分証明書が書かれた入国許可証が必要になってくる。当たり前だが俺とステレアは持っていない、ちなみにヴァンデミエールを出る時は秘密の地下通路を通って脱出した、今頃はかなり強化されてるんじゃないかな。
「一つだけ手段がございます」
「お、なになに?」
「商人として入国許可証を作るべきかと」
「でも身元書かないとダメだろ?」
「バカ真面目に名前なんて書くからダメなのです、商人通行許可証なら手間なく作成できます」
「うわぁ、それ警備ガバガバじゃん?」
「もちろん持ち物検査は受けなければなりませんが」
「そこは入国時と一緒なんだな」
「当たり前です」
長い銀髪を手でサッとなびかせたあと、目的地に印をして最短ルートを探り始めるステレア。俺としてもやっぱりコイツが居てくれてかなり助かっている、気がつけばステレアは俺のメイドとして働き、女の子だけどしっかりとした心構えで色々と対応してくれている。
だがコイツはメイドになる前の記憶が一切無く、ステレアは小さな時に屋敷で拾われ文句を言わずにメイド業をこなしてきた。それがこんな形で恩を仇で返す事になってなんだか申し訳無くなってきた。
「なあ」
「何でしょう?」
「お前はよかったのかよ」
「それは貴方のメイドになった事ですか? それともこの逃亡ですか?」
「ぶっちゃけると両方…………かな?」
急に真面目な話を振った俺、ステレアは地図に書き込む羽筆をゆっくりと置く。そしてこちらに振り返り、俺を見つめながら口を開いた。
「こんなにも馬鹿な事をして、今更私に気を使う。貴方は大馬鹿者です」
「ちょ、馬鹿馬鹿言い過ぎだろ!?」
「いいえ、言い過ぎくらいが丁度良いのです」
「だったら―――」
「だったら国に戻れ、そう仰るのですか?」
ふざけて言ってる雰囲気じゃない、スカイブルーの瞳はどこまでも深く俺の心を透かして見ているような、そんな綺麗な瞳をしている。何に例えたらいいのかすら難しく、ステレアの瞳は真っ直ぐな視線で俺を見ている。
「はぁ……悪かったよ」
「いいえ、分かっていただけたのなら。でも一つだけ覚えていてください」
「なんだよ」
「私は貴方のメイドです、貴方の隣に常に居なくてはならないのです。ですから今回のこの行動も私が決めた事、ヴァルド様は悪くありません」
「ステレア……」
「さ、移動する準備を致しましょう」
何かを口にするタイミングが掴めなくなった、何かつたえるつもりだったが思いつかず。結局準備を開始したステレアの背中を見ながら、俺は何気なく小声で呟いた。
「俺も、昔のことよく覚えてないんだよな…………」