第一章11 『ふるさと』
調査団のサブリーダーである『レイヴン』が道具を持ってきてくれたので、ようやく作業に入ることが出来る俺達。魔石関係の仕事をするのは言うまでもなく初めてで、まず何からすればいいのか正直サッパリだ。
という訳でテミスから魔石の磨き方をレクチャーしてもらう事になった、ただ布で磨けばいい訳じゃないらしく、使う薬品や磨く時間などで魔石は色んな反応を示すらしい。俺からすれば何もわからない仕事だけあって、ちょっとだけ緊張してたりする。
磨き過ぎたら爆破とかしないよな? 人並みに心配になってきたぞ。
「じゃあまずは道具を説明するよ、まずこれが布」
「普通の布だな」
「これが研磨剤の赤ボトル」
「赤? 何か意味とかあるの?」
俺達が座るテーブルには、赤、黄、青、のラベルが貼られたボトルが並んでいる。テミスの説明によると赤で磨いていくと火の質が生まれて熱を持つらしい、黄色で磨けば光の質で青は冷気を生み出す。魔石自体に何らかの科学反応が発生して、研磨剤に含まれているそれらの物質が力を発揮するのだとか。
難しい話は得意じゃない俺は、『へー』とかって適当に返事をしてしまう。こうして生活の役に立つ物ができるのかと関心はしてるけど、頭が悪い俺には理解ができない世界な訳で。
テミスも俺の難しい顔をしているのを見たのか、『説明よりやった方が早いねこれは』と気を使ってくれたようだ。まずは手本を見せてくれるらしく、テミスは適当に厚手の籠から魔石を取り出して作業を始める。
「じゃあまず、布で磨くから見てて」
「ただ磨くだけじゃないのか?」
テミスは手袋を装着し、4つに折りたたんだ布でゴシゴシ磨き始める。最初は何も付けずに乾いた面で土や汚れを落としていくようだ、手慣れているのは初見である俺ですら分かる。
魔石と言っても形は様々で、トゲトゲしたものから湾曲したもの、真っ平らなものまであって磨くのはかなり苦労するはずだ。
「力を入れて磨くのは研磨剤を使う時だよ。はい、最初の汚れ落としはこんなもんだね」
「ほー、あんま変わってなくね?」
「ヴァルド様、簡単に綺麗になってしまったら説明は要らないはずです」
鋭いツッコミを受ける俺、一般的な目線と疑問を訴えただけなんだけどな。俺達も見よう見まねで布で石を磨いていく、やってみて初めてわかったがテミスの様にスラスラ動かない、表面のジャリジャリが布の繊維に引っかかったりして上手く動かない。
腹が立つ、でも慣れれば大丈夫なはず。そう思いながら手を動かしていくがやはり上手くいかない、『最初はそんなもんだよ』とテミスに気を使われてしまった。
次に赤の研磨剤を布に垂らして磨いていく作業に入る、さっきの乾いた状況とは違い滑らかに手が動いてくれる。それならさっさと磨いた方が良いな、研磨だけに時間を使うと他の作業に影響があるかもしれん。
俺はひたすらに手を『シュシュシュ』と素早く動かす、しかしそれをやってはいけない行為だとは知らなかった。
「あ、ちょっとちょっと!」
「え?」
「研磨はゆっくり時間を掛けてやらないとダメだって」
研磨は表面のジャリジャリを取り除く作業で、ジャリジャリをせっかく無くしたのに次は研磨で傷を付けてしまう。傷のある魔石は使えなくはないが寿命がかなり縮むらしい、もっと分からないことがあれば聞くべきだな。
それも頭に入れながら綺麗に表面をツルツルに仕上げていくと、
「お、何か魔石が赤色になってきた」
「そう、それが火の魔石だよ」
「すげぇ……」
自分で磨いた石が生活に使われるのか、ちょっと感動したんだけど。ステレアも冷気の魔石を完成させて次の石を磨いていく、地味な作業ではあるけどやってるとなんか楽しい気分になる。
しばらく黙々と研磨を続けていく俺達、慣れた頃にはテミスが色々と質問を投げてくるようになった。俺達は自己紹介するのを忘れていた事を思い出す、名前を教えるとテミスも改めて名乗ってくれた。
「二人はどこから来たんだ?」
「俺達か? 俺達は……」
真面目にヴァンデミエールと言えば良いのか、それとも適当に話せばいいのか少し悩んでしまう。ステレアにそれとなく視線で『どうすりゃいい?』と俺は助けを求めてみると、
「私達はヴァンデミエールから来ました」
「ちょーい!!」
普通に答えちゃったよ……まぁ俺が王子だなんてよっぽどじゃない限りわからないと思うけど。
ステレアが俺達の出身地を答えた時にテミスは勢いよく立ち上がり、『ヴァンデミエール!? 嘘、アタシと一緒じゃない!』と興奮気味に答えてきた。
「ヴァンデミエールのどの辺? アタシは東側の小さな村なんだ」
「俺達は……そう、西側のちっこい村なんだよなー!」
「西側? 村あったかな?」
やべ地雷踏んだかも。
一瞬焦ったけどテミスはそこまで考えたりせずに、同郷だと知っただけでも喜んでいた。テミスはプリュヴィオーズに働きに出てきているようで、村に住むお母さんの為にお金が必要と言っていた。
別に他国に働きに出てくるのは珍しくない、現に俺達もそう思われているからな。しかし、次にテミスが口にした言葉を聞いて俺達は何とも言えない空気を味わう事になる。
「ヴァルド達は今のヴァンデミエール国王をどう思ってる?」
「今の? 思ってるって何がだ?」
質問の意図がちょっとわからなかった、俺自身その国王の時期跡取りが嫌だから出てきた方だ、それ以外の理由ってのは俺の中に浮上してこない。
「現国王はアタシ達の村を潰して、新しい街に変える気なんだよ」
「それの何がダメなんだ?」
「あそこにはアタシ達の思い出とか、大切にしてる農家がある。それすらを潰して街にするだなんて考えられないだろ?」
テミスの話だと、国王は村を潰して都市化計画を立てているようだ。話だけならおかしな部分は無いように見える、だがそのやり方が酷いと唇を噛み締めながらテミスは吐き捨てる。
「反対をした村人皆を刑罰だなんて、信じられない! アタシ達はただ自由に過ごしたいのに、あんまりだよ」
「………………」
自由。俺もそれを手に入れるために国を出てきた、だが彼女は自由を手にするために村を守ろうと国王に立ち向かっている。働きに出てきている理由は少しでも存続できるようにと、お金を貯めて土地を買い取る為らしい。
ヴァンデミエールの国有地を買い取る行為は正直いいものではない、国王のやり方に信用していない事になる。でもそれくらいしないと相手はほとんど見向きもしない、声や言葉を耳にしたりしない。
俺はどうだろう、連れ戻しに来た奴らの声なんか聞きたくないから逃げてる。立ち向かう気力なんて、力なんて無いから逃げてる。
「すげぇよテミス」
「え……?」
「立ち向かうとかかっこいいよ」
「ヴァルド様……」
村を守るために村を出て国を出て、働きに来てるだなんてすごいよ。俺は自分の為にしか動いていない、自由さえあれば国とかどうだっていいって思ってる。
俺は『弱いやつ』なんだよ、俺のやり方が間違ってるんなら誰かに教えて欲しいくらいだ。でも今はもっと色んなことが知りたいんだよ、だから今は…………
「テミスならきっと村を救える、俺は応援してるよ」
「ヴァルド……ありがとう。アタシは絶対に村を守り抜くよ」
テミスはニカッと笑顔を作る、その表情は今のヴァルドの心を抉るには丁度いい凶器だった。