禁呪成功
あれからスノク師匠は何度も我が家を訪れて、稽古をつけてくれて、それと並行してシーナ先生が魔法のコントロール法、知識について叩き込んでくれた。
だけど、いつもなかなかうまくいかなくて、完璧だ!と思ったら、どこか一部分がおかしかったり、少しでも余計なことを考えるとそっちに意識が引きずられてたり……。
悪戦苦闘しつつも、でも確かに少しずつ上達していって、デビュタントまでいよいよ後3日というところで、やっと形にすることが出来た。
「スノク師匠!シーナ先生!どうですか?!」
「おお!実に素晴らしい!ついに完成しましたね!!」
「わぁ!ほんとすごいよ!どこからどう見ても男の子だよ、頑張ったね!」
今まで鈍い反応しか返してくれなかった師匠が手放しで賞賛してくれたので期待をしつつ、庭に引っ張り出してきた姿見に全身を映してみた。
そこに映っていたのは、ドレスを着てはいるが、完全な男の子だった。
短くボーイッシュに縮んだ黒髪は程よい感じに跳ねていて、ラフさが出ている。丸く大きく開かれていたアーモンド形の目は少し細くなり、切れ長になっていた。手は、幼さゆえに丸みが残っているものの、女の子だった時と比べればはっきりと骨ばった手に変わっている。胸は完全に消滅して、肩幅も若干広くなった。太ももやお尻なども女の子の時に比べれば、筋肉質な感じに変わっていて、カモシカのようにシュッとしている。声は、声変わり前なのかあまり元の声と代わり映えしない。
全体的な雰囲気を言うと、幼いんだけど、どこか色気を醸し出しているマダムキラーが得意そうなクールな美少年が鏡に映っていた。
元々、この容姿は天使だなんだ、家族にはもてはやされてるけど天使というよりかは小悪魔じみた大人びた魅力を持った美少女だったし、将来的には男を手玉に取ってそうな狡猾で妖艶な雰囲気の美女になるはずなので、それがいい感じに男として反転しているような感じだった。
「うわぁ!完璧!これならお父様も認めてくれますよね!」
まぁ、お母様に宣言した光の勇者のイメージとは程遠いけど……。
これ、よくて、ライバルだったけど途中から仲間になる黒騎士とか、悪くて魔王の息子だろ、容姿的に。
お父様の遺伝子がどうやらここでも活きてしまったようだ。
「ええ、ええ!大丈夫だと思いますよ!やはり、リリー様は筋がいいですね。この短期間でここまで成長されるとは、私もうれしい限りです!」
「リリーお嬢様、どうする?早速公爵様たちに見せに行く?」
「ええ!行ってきます!」
タッタッタッと勢いよく小走りで庭を突っ切りながら、お母様とお父様どっちから先に見せようかな、と考える。
この庭からなら、お母様の部屋の方が近いかな?
5分ほどでお母様の部屋の前に到着し、上がった息を整えてからノックをした。
「お母様!今大丈夫?」
「あら、リリー?ええ、どうぞ。入って、入って」
ゆっくりと扉を開けて、そろりとお母様の顔を伺うと、お母様は目を丸くして「まぁ!」と呟いた。
「……リリー、よね?」
「ええ、お母様。やっと禁呪が成功したの!」
「まぁまぁまぁ!すごいじゃない、リリー!やっぱり私の見立ては間違ってなかったわ!リリーは男の子になってもとっても美人さんね!!
……あ、そうそう!そういえば、リリー、前、お父様とちょっとお話したんだけど、筋トレとか護身術とか剣術を習う気はある?ほら、リリーは勇者様になりたがっていたでしょう?魔法が物凄く得意な勇者様っていうのも素敵だけど、やっぱり華麗に剣を振るう勇者様が王道ではなくて?どうかしら??」
え?んー……。まぁ、やって困るようなことでもないし、いつか何かの役にもたたないとは限らな……。
はっ!最悪の場合、衛兵をなぎ倒すという選択肢も増やした方がいいのでは?!
「お母様、私、やってみたい!」
「じゃあ、早速、そういった先生もお呼びしなくてはね。楽しみだわー!
そうそう、リリーの男の子の時の偽名なんだけれど、候補がたくさんあって決めきれないの。どんなのがいいかしら?シェイド様のお名前を頂戴するのもいいし、100年前の剣豪ルーイ様のお名前でもいいし、リリーの名前を少しいじってリラとかでもいいと思うのだけれど……」
シェイドはないな、絶対ない。
ルーイっていうのは、私の前世の名前に似てるから呼ばれたら返事しやすそう。
でも、明らかに今の私の顔がルーイなんて優等生っぽい名前に似合ってないんだよな……。
「お母様、リラがいいんじゃないかな?私としては一番しっくりくるんだけど……」
「そうね、そうかもしれないわ。じゃあ、リラにしましょう!デビュタントまでに男の子っぽい喋りかたも練習しないといけないわね。
ああ、それと、これ、あなたに用意しておいたの!そのままでも十分愛らしいけれど、着替えてからお父様にお見せしに行く?」
お、お母様……。マジで私の成功を信じてくれてたのか……。
お母様がおもむろに開け放った奥の方のクローゼットの中には2、30着ほどの男物の服が所狭しと並べられていた。
「うわぁ……!お母様、ありがとう!」
まさかこんな風に服を用意してくれてるとは思わなかった。
早速、10歳ぐらいの貴族の少年として相応しそうな、その中でも落ち着いた色合いのものをチョイスしていく。黒のチョーカー、白のシャツ、サスペンダー付きの黒い半ズボン、黒い革靴、丈の長い黒コート……。
3分の1ほどが勇者チックな若干コスプレじみた服だったが、そっとそれからは目をそらして見なかったことにした。
「お母様、どうかな?」
「きゃあ!!素敵、素敵よ、リリー!いえ、リラ!ほかにもいろいろ着てほしいわ。まるで息子まで出来たみたいね、お母様、うれしいわ!
女の子のドレスも華やかで素敵だけれど、ズボンもリリーに着せてみたかったの。でも、ほら、女性がズボンだなんてはしたないでしょう?でも、これからはたくさん着てもらえるわね!どれからにしましょうか……」
やばい、これは確実にあの勇者コスプレも着る羽目になるぞ……!!
お母様のお母様によるお母様のためのファッションショーが始まりそうになったので慌てて扉に手をかける。
「ありがとう、お母様!でも、あとでね!まずはお父様に見せてくるから!」
「あら、そう?走って転ばないようにね」
若干逃げるようにお母様の部屋を退出すると今度はお父様の書斎を目指す。
「お父様、今大丈夫?」
「ああ、リリーか。お入り。それにしてもどうしたんだい?今はまだ授業中のはずでは?」
お母様の反応がよかったため、今度は自信をもって、バーン!と扉をあけ放つ。
「お父様、あのね、私!ついに、ついに!男になれるようになったの!」
「え」
次の瞬間にお父様はフリーズして全動作を止めた。
小さな震える声で「デジャビュ……。ついに、この時が……」と呟いて、ギギギ、ギギと錆びついたロボットのような動きでゆっくり書類から顔を上げた。
「あ、あ、あ……」
声にならない声を上げて、ゆっくり私の全身を眺めた後、お父様は椅子から転げ落ちて、床に跪いた。
「普通に、というか、ちゃんとした美男子だった……。よかった、よかった……。神よ……!感謝いたします!!」
「え、お父様……?」
涙さえ流しながら、手を組み、神に感謝を捧げてるお父様にぶっちゃけドン引きである。
なぜにそんな反応?
「えーと、で……。どうかしら、お父様?デビュタントに間に合ったんだけれど……。これで大丈夫?」
「ああ、ああ。大丈夫だとも。リリーの好きにするといい。こちらも準備をしなくてはな。」
なんだか吹っ切れたような、やけっぱちのような雰囲気のお父様になんか悪いことしたかなぁ、とは思ったけど、これも娘の将来の為なんで大目に見てください、というしかない。
「ところで、リリー。確認しておきたいことがある。以前も言ったが、私はお前に大きくなったら着てもらいたいと思って、チェックしていた服がそれはもう、大量にある。早いとは思うが、既に購入している夜会用のドレスだってあるんだ。男になったお前に着てもらいたい服もこれから増えるとは思うが……。
ずっと、男のままなわけじゃないんだよな?そうだよな?」
「え、ええ。一応どこにも出かけない日とか、ちらほら元に戻ろうかと。
完全に元の性別を捨て去る気もないので」
ずーっと、一応、性別女、として生きてきたということもあって、今更完全な男として生きれるかもわからない。
だから、物語の登場人物たちと同じ舞台から完全に下りる、つまり、ファランドール学園を卒業するタイミングで女に戻ろうかと思っていたのだ。
その後の人生設計としては、リラは不治の病かなんかで死んだことにして、隠し子のリリーがモルガン公爵家の継承権を手に入れることに……。みたいな、適当な設定でいけるかなって。
でも、いつどこからバレるかわからないから、完全に安全が保障されるまではずっと男で生活しようかと思ってたんだけど、お父様が捨てられる子犬のような顔をしてるし、しょうがないかな。
いくら未来のためだって言ったって、今回の週ではお父様に無茶言いすぎかなって気もするし。
それに、男でいることに慣れすぎて、女に戻れないってことになっても困る……。いや、困らないか?
まぁ、とりあえずそういう方針で行こう。
「ほ、ほんとか?本当だな?」
「大丈夫、これは私の道楽みたいなものだもの。
わがままばかり言ってごめんね、お父様」
「いや、いいんだよ。私はお前やレミリアの望みはできるだけ叶えてやりたい……。
それに、よく考えたら娘だけでなく、息子までできるようなものだしな。
考えようによってはいいことかもしれん」
そう笑うお父様の顔はいささかやつれて見えた。
だ、大丈夫か、お父様……。
で、でも、気の毒だけれど現状こうするしか私の未来も、この家の未来もないんだよ……!
「お、お父様……、と、とりあえず、お母様がたくさん服を用意してくれたみたいだからそっち見てくるね!」
なんて声をかけていいかもわからなくて、そっと扉を閉じるしかなかった。
お父様にさっきああ言ってしまったし、お母様の部屋に逆戻りする。
「あら、リリー…。いいえ、リラ!ふふ、まだ慣れないわね……。
さて、待ってたわよ!!まずは、これと、これ!着てみましょう!」
「え、ええ……」
お母様の腕に抱え込まれた勇者コスプレとどこから持ってきたのかもわからないやたら豪華な聖剣といった小道具達に私もお父様同様やつれた顔で返すしかないのだった……。