超有能な変人さん
期待とは、裏切られることが多い。しかも往往にして悪い方に。
…結論から言うと、シーナ先生、禁呪できないみたい。っていうか、ぶっちゃけ聖魔法が得意らしい。
だよねー!先生、光属性キャラだよねー!!癒し系お兄さんだもんね!
って、あああああああああ!どうすんの、これ?!
まぁ、知識的なことについては禁呪の授業をしてくれるようになったのはいいけど……。先生、ごめん。それ全部うちの書庫で予習したんだよ……。私は、実習がしたいんだよ!
実は、勝手に本を参考にして、いろんな種類の禁呪を使えるかどうか試してみたりしたけどなぜかいつもうまくいかない。
精霊への祈りの祝詞も、魔法行使に必要なものも全部あってるはずなのに。きっと魔力操作とか、そういったものにコツがあるに違いない。ていうか、それ以外考えられない。
だから、そういう実技指導してくれる先生が必要なんだよー!
デビュタントまで、あと一か月半しかないのに、どんどん日数ばかりが削られていく……。
こんなことなら初日にごり押しして、速攻で魔法実習に持ち込めばよかった。そうすれば代替案もすぐ思いついたかもしれない……。
先生との初授業の時、一応はやってみたい!と主張したけど
「やる気は十分だね。でも、ちょっと待って。基本的な授業を一回もしないで、魔法を使うともしかすると暴発してリリーお嬢様がケガしちゃうかも。だから、もうちょっとしたらね」
なんて言われて、引き下がらざるをえなかったのだ。
ああ、なんてことをしたんだ……。
今冷静に考えたら、先生に直接、「ちなみにシーナ先生は禁呪使えるの?」とでもさらっと聞けばよかった。そしたら、一発で分かって実習に付き合ってくれる人は別に探したのに……。
ちなみにシーナ先生を解雇するという選択肢は私にはない。今までのループでお世話になってるし、モルガン家にずっといるわけじゃないけれどシーナ先生は数少ない私の信頼のおける人なのだ。
そんな先生を呼びつけて、「禁呪使えない?なら、先生クビ!」だなんてそんなこと言えるわけがない。
それに、そういった私情を抜きにしても先生は本来魔法、そして教育において才能の塊のような人である。魔法の知識の補強、魔法行使の練度を高める、そういった目的だとしたら、これ以上の適任はいないのだ。
しょうがないからシーナ先生の授業は全体の魔法能力の向上、また禁呪の知識の補強のために継続するとして、実践はお父様に稽古つけてもらおうとしたら
「いや!いやいやいやいや!お父様もたいしたことはできないんだよ!いや、本当に残念だが……、すまないな!!」
と、全力で逃げられてしまった。
八方ふさがりである。かくなるうえは、ひいおばあ様を死者蘇生して、禁呪をご教授願うしか……。って、死者蘇生も禁呪じゃねーか!!
*
私が鬱々とした日々を過ごしていると、あとデビュタントまで一か月をきった、というところで、シーナ先生から素敵な提案があった。
なんと知り合いの魔法学院生の方に禁呪に精通してる人がいるというのだ。実際に使うこともできるらしく、実践を教えるのにはぴったりだけど学者肌のかなりの変人らしく私に紹介すべきかどうか、してもいいのかどうか、悩んでいたらしい。「悪い奴ではないんだけど、会ってみる?」と聞かれたが、私の返事はもちろん決まっている。
「今すぐにでもお会いしたいです!」
「あはは、そういうと思った。でも、そういってもらえてよかったよ。実は今日、その人を一緒に連れてきていてね。……呼んでくるから、ちょっと待っててね」
先生はそういうと、そのまま乗ってきた馬車の方に向かっていって、扉を開けると中にいる人となにか話しはじめた。そして、しばらくするとのそりと馬車から人が出てきた。
少し距離はあるけど、ここから見ても、でかい。その人は、シーナ先生と比べるとサイズ感が一目瞭然なんだけど、かなりの長身でひょろっとしていた。多分だけど、余裕で身長190cmくらいありそうに見える。そのわりに風が吹いたら、飛んで行ってしまいそうなほどやせていて、紫がかった黒髪を肩より少し長いぐらいに伸ばしているみたいだった。着ているローブも黒、靴も黒、ズボンも黒、の全体的に黒ずくめの人、がシーナ先生と一緒にこちらにふらふら近づいてくる。
「紹介するよ、彼が――」
「スノク=セルヴィタスと申します!こうしてお会いできるなんて光栄です!!リリー様は禁呪にご興味があるとか!いや、ありがたいことです、うれしいことです!さぁ、行きましょう!今すぐ手ほどきいたしましょう!さぁさぁさぁ!」
「え、え、あの……。は、はい」
私と目が合うまでは、眠そう、というか気だるげにしていたくまの濃い目をくわっと開いて喜色満面の笑みを浮かべてニコニコとしだしたスノク、さん?にガシッと両手で激しい握手をされ、そっとエスコートするように手を取られた。
あ、あれ、てっきり、こういっちゃなんだけど、あの、不健康そうな暗い人、っていうか、明らかにインドア派っていうか、そういう人かなって思ってたんだけど……。
え、なんか、予想外にぐいぐいくるんですけど。なんか怖いんですけど……。
勢いのわりに、腕を引っ張らないところとかもちぐはぐに見えて、なんか余計怖い。
少し助けを求めるような気持ちでシーナ先生を見てみると先生はなぜか目を丸くしていた。「あれ、なんか今日、スノク君、元気?すごい喋るし、動くな……。笑ってる顔初めて見たし……」と、首をかしげながら呟いてる。
え、動くって何?普段はマネキンみたいなの?この人。
「おい、シーナ!君も後学のために見学したい、とか言ってたろ?来るんなら、早く来い」
「あ、ああ、ごめん、今行く!」
不安な気持ちのまま、魔法行使の野外練習の際にも使っているうちの庭に連れていかれた。
「それでは、早速ですが始めましょうか。何から始めたいですか?ご希望の禁呪は?死者蘇生?天候を操る?人を呪い殺す?変身?新たな生命体の誕生?他人の寿命をいじくる?性質反転?既存の生命の構造の改造?エトセトラ、エトセトラ……。いかがいたしましょうか!」
「え、え、ええと、その、私、男の子に、なりたいんですけど……」
「ええ?男に?」
かくんと首をひねって、一瞬訝しそうな顔になったスノクさんだが次の瞬間、ぱあっと顔を明るくさせた。
「それは自身の生命として生まれ持った性質への干渉でしょうか?それとも変身ですか?それとも、両方を組み合わせたもの?いずれにしても、面白いことを思いつきますね。柔軟な発想力だ、実に素晴らしい。流石はリリー様です」
笑顔でうなずきながら、私の顔を覗き込むように見てくるスノクさんに思わずちょっぴり身を引いた。
「お、ほめに預かり、光栄です」
「それで、今リリー様は禁呪はどの程度使いこなしてらっしゃるのですか?ああ、それと、闇属性魔法の変身の練度も把握させて頂きたいです」
「あ、禁呪は独学とシーナ先生に教えていただいた範囲で実践しようとしているのですがなかなか上手く発動しなくて……」
「そんな馬鹿な?!リリー様は特に闇の精霊にご加護を頂いているでしょう?できないはずがないのですが……。まぁ、ものは試しです。やってみましょう!」
スノクさんはおもむろにローブの内ポケットをごそごそやると魔法に使う材料を並べだした。
「こちらがサンフラワーの種、ヨルガオの花びら、満月の夜、一晩月光にさらした聖水、太陽光を固めて作った陽の欠片、赤ワイン、香油……」
それらを地面に六芒星を描いてから、所定の位置に置いていった。
〔闇の精霊よ。力を貸し与え給え。我、万象を反転させ、真理を覆すことを望むものなり。我が肉体、これすなわち、我、欲するものではあらず。望むは月の性質を持つ肉体なり。ノクス、セクト、アラディム!〕
スノクさんの周りから昼だというのに濃密な黒い霧のようなものが発生し、しばらく辺りが何も見えなくなった。
「う、うわっ、スノクさん?!」
「なんでしょうか、リリー様?」
聞こえてきたのは、高い女の人のような声。
黒い霧が晴れた先には、確かにスノクさんの格好をした女の子がいた。しかも、スレンダーかつ落ち着いた雰囲気なのにどことなく背徳感漂う色気を醸し出している美女である。
ス、スノクさん!ちょっと変なテンションで怖いな、この人。だとか思っててごめん!
マジですごいよ!!スノクさんがいれば百人力だ。これで男になれる!
「じゃあ、次はリリー様の番ですよ!手持ちの道具をお貸しいたしますから、ゆっくり、慎重に、私がやったことを真似てください」
「は、はい!」