あだ名の進化
「なぜだ。解せん」
「いや、そんなこといわれても」
私から強奪した饅頭をもっちゃもっちゃと頬張りつつ、不満そうな顔をしながら談話室のソファーにふんぞり返る王子に、隣で王子に付き従うように無言で控えつつ、こちらを目で威圧してくるエドガー。
なぜ私は放課後にこんなことで呼び出されなければならないのか……。
「エドガーが首席、だというならば分かる。お前が優秀、というのも理解している。
だがな、お前が首席で、エドガーが学年2位、私が3位というのは一体全体どういうことだ?吐け、どんな手を使った」
「……」
「いや、だから、そんなこといわれても」
どうやら王子は今回の中間テストの結果が、いたくご不満らしい。
王子の言い分はこうだ。宰相の次男坊ということで、高度かつ厳しい教育を受け、真面目なエドガーならともかく、不良のレッテルを張られ、あまり真面目な風にも見えず、喧嘩っ早いリラが首席?うっそだろ!それなら、私だって首席になれるはずだ!おかしい!どんな手を使ったんだ、教えろ!と。
なんかエドガーが首席なのは、もうしょうがないから、次席をとって、陛下にご報告したかったらしいけど……。
本当に、そんなこと言われても困る。
だって、実技に関しては、この体は光魔法以外常識外れなぐらいのチート適性持ってるし、魔法行使だって、今までのループでどれだけ学んできてると思ってるんだ。
筆記に関してだって、そうだ。なぜか、毎回まるっきり同じ問題内容にならないとはいえ、何回このテストを私が受けていると思っているんだ。場数が違う。それに、私の精神年齢がいくつだと思ってるんだ。
極端な例えをすると、小学生にまじって引き算足し算のテストを受ける大人だぞ?
そんなんで間違えたら、恥ずかしいから一応復習だってちゃんとしてたし。
それで良い点とれなかったら、逆にまずいだろ。
それにわざと手を抜くっていうわけにもいかない。
初等部から高等部に至るまで、学園の実力調査でつけられた評価はこの世界でいうところの大学、学院に入学する際に非常に重要になるのである。
このまま没落エンドを免れるなら、シーナ先生や師匠と同じように魔法学院に入って、もっと魔法について学んでみたいし、もし没落を迎えたうえで、そのまま未来が進んだ場合、私はなにかしら手に職つけなけらばならない。
そうなったときに、実力主義である学院に入学できた、という実績、またその学院でさらにつけられる評価、というのがあると、商人としてやっていくための城下町での販売許可や、騎士団入団許可など、そういった働くための資格がとりやすくなるのである。
だからこそ、私は学園からも逃げ出した3週目の時に、引きこもりという選択肢じゃなくて、違う学園に入学したのだ。
平民の生活は世知辛い。没落貴族なんて、ひょっとすると、もっと就職率が悪いかもしれない。
お父さんに褒められたい、なんて可愛い王子の願いに比べて、こっちはもっと切実なんだよ!
「ぐぬぬ……。飄々としおってからに……。絶対お前はコツコツ勉強するタイプじゃないだろ!それなのに、なぜだ!!ずるいぞ!」
「いや、レルクみたいな奴だっているんだし、俺に限らず見た目で判断するのはやめといたほうがいいだろ。
俺だって、復習したり、予習したりするぞ?ひょっとすると、むしろ勤勉な方なんじゃないか?」
この世界じゃ当たり前かもしれないけど、私からしたら魔法の勉強なんて未だに面白いことだらけだと思ってるし。ほかの教科だって、日々糧にしようとしてるから、エドガーぐらいには真面目だと思うけど。
「む、そういわれると、確かに……。時に、リラ」
元々、軽い八つ当たり、というか、何かいい点を取るコツがあれば聞き出そうと思っていたぐらいだったようで気を取り直した様子の王子はペロリ、と饅頭を平らげた指先をなめて、ふんぞり返ったままニヤリと笑みを浮かべた。
「知ってるか?お前、また愉快なあだ名が増えたぞ」
「……ええ?」
「お前が首席を取ったからな。晴れて、お前は頭のいい不良と認められたようだ。今、お前のファンどもが完璧なる不良か、偽悪的な英雄か、どちらのあだ名に統一するかでもめてるらしい。どちらが好みだ?」
「ええー……。なにそれ」
もはや悪口に聞こえるんですけど。っていうか、みんな、なんかこじらせてないか。映像配達便の影響、半端ないな……。
「参考に言っておくと、ヤンキー派は不良という概念に固執している懐古主義で、マフィア派はマフィアで十分ダークヒーローさは感じられるし、この方が上品な感じがする。ヤンキー、という呼び方はどこか安っぽい、と反論している革新派だな」
「そんな印象派か写実派か、みたいな派閥争いされてんのかよ……」
意味わからん。みんな、暇なの?……暇か。貴族だもんな。
「ちなみに私はヤンキー派だな。実際、私は裏路地でお前が領民を殴り倒しているのを見たことがあるし、そっちのほうがしっくりくる」
「知らんがな。普通に名前で呼んでくれよ。そんな二つ名つけられて、通りすがりの奴に完璧なる不良様!だとか呼び止められた日にゃ、卒倒するぞ、俺は」
「だろうな。私だったら、逃げる」
「王子、絶対楽しんでるだろ。なんだ?結局、俺をからかいたくて呼んだのか?」
「もちろん。ああ、テスト結果に不満があったのは事実だがな」
「こいつ……!」
元から隠す気もなかったんだろうけど、いけしゃあしゃあと開き直りやがったぞ、こいつ!
「リラさん、王子に対して、こいつ、だなんて発言はいかがなものかと思いますが。そのようなことですから、品位を疑われてしまうのですよ」
「あ、悪い」
眼鏡をくい、と押し上げて、こちらをシンデレラの継母のような感じで注意してくるエドガーに反射的に謝った。
あ、やっぱり、ちゃんと注意してくるんだ?
なんだかそこにホッとはしたけれど、過保護な保護者同伴で延々と王子にからかわれる、というのも分が悪い。
そもそも私はこの後、お父様達にテスト結果のご報告のお手紙を書くつもりだったんだけど?
どうにかここから抜け出す手立てを考えて王子のからかいを受け流していると、向こうからライナックがやってきた。
「やや!皆さん、お揃いで!皆様がご歓談されている様があまりに神々しくて、下界にほんの少し休憩しようと舞い降りた神々がお戯れになっているのかと見間違えそうになりましたよ」
「げ。あいつか……」
どうやら王子はライナックが苦手らしく、そそくさと席を外すと、軽く「じゃあな」と言って退散してしまった。
ありがとう、ライナック。
「おや、エリック王子様はいかがなされたのでしょうか。私、なにか失礼なことでも申し上げましたか?」
「全然。ただ、王子は褒められるのには慣れてるんだろうけど、ライナックみたいな誉め言葉には慣れてないんだろうな」
「さようですか。困りました……、私なりの精一杯の賛美なのですが」
「まぁ、無理に変える必要はないんじゃないか。悪口、というわけでもないんだし」
「そう、ですね。慣れぬことをしてもいい結果になるとも思えませんし。ああ、そういえば、リラ様。面白い話を耳に入れたのですが、リラ様は英雄と、天才、どちらで呼ばれたいのですか?」
「またその話かっ……!」
思わず頭を抱える私にライナックが不思議そうに声をかける。
「おや、いかがいたしましたか?彼らもまた、リラ様を称えているようでしたが……。何かお気にさわりましたか?」
「いや……、気には触らないんだが……。気が滅入る」
「それはいけませんね。よろしければ、私めが元気の出る歌物語でも語りましょうか?」
「あ、悪い。それは今度でいいよ……。」
あー、なんで、こんなことばっかり起きるの……。私が女だった時はこんな変なことは起こらなかったのに。なんでだろう?男になった代償?余計好き勝手してるが故に発生した事態?
そもそも悪い奴じゃないけど、ライナックやリコルだってキャラ濃いし、周りが濃すぎるんだよ……。
なぜこんなにも変わった奴らばっかりが近寄ってくるのか……。
「リラ様。こんなことわざをご存じでしょうか?」
「ん?」
「火の鳥は炎に還り、また、ゴーレムは岩場に潜む。」
確か適材適所、とか、似通った性質のものは似通ったものに惹かれる、みたいな意味だっけ?
「深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを見ている、なんていうのも聞いたことがありますね。
つまり!貴方様が個性豊かな面々に囲まれているのは、貴方様も同様に変わっているからです!」
「なっ!」
グサッ!とライナックの言葉がハートにクリティカルヒットした。
自分では気づかないだけで、私って変人だったのか……。よくよく考えたら、男になろう!とかいう発想する時点で、というか乱暴な言動をする時点で、普通の令嬢らしからぬよな……。
あれ、というか、私の心を読むなよ!読心術もで使えんのか、こいつ!
「個性的なことというのも素晴らしいことですよ!個性が薄く、背景と同化してしまうような人物もまたいいですが、少々味気ない。スパイスがききすぎなぐらい刺激的な人物の方が舞台で映えるというもの!ええ、まさに!オークにこん棒!美しく、個性的、となれば、その輝きは計り知れませんよ!」
キラキラと、また私を褒め称え始めるライナックに以前の疑問が氷解していくのを感じた。
ああ、前に、ライナックの発言の裏、とか貴族風に考えちゃってたこともあったけど、こいつ、ただ思ったことを口に出して垂れ流してるだけだったんだな……。
少し、正直すぎるし、貴族的な打算があるようでないようなよくわからない奴だが、少なくとも悪意は微塵も感じない。逆に、ある意味まっすぐな全力の好意を感じる。
そんなライナックの話を途中で遮るのも憚られて、結局自室に戻れたのは、日が落ちてからだった……。




