席替え 2
淡い水色の髪をおさげにして、制服をかっちりと着込み、控えめな笑みを浮かべるミリュエル嬢はどっからどう見ても大人しく真面目な女の子にしか見えない。こんな子が保身のために無実の者を引き合いに出すなんて、とてもじゃないが思えないし、こう改めて本人を目の前にすると私ですら、あれ?あれって夢だったのかな?と思ってしまうぐらいだ。
だけど、前回の週で私にとどめをさす発言をしたのは確実に彼女だし、警戒するに越したことはないだろう。
厄介事の芽は早いうちに摘み取ってしまいたいものだが、彼女はまだこの週では私とは初対面だし、叩き潰すにしたって、私があれこれ手を回して陥れるっていうのもなんか違う気がする。
向こうが何もしなければこちらも何しないけど、ちょっとでも何かしてきたら、もしくは少しでもあくどいことをしてるという確証を得たら、そこでフルボッコにしよう。
ループしたら、ある意味各個人の所業はリセットされるも同然だ。
私個人の心象はともかくとして、まだ犯していない罪に対して本格的なお家取り潰し、だとか刑罰だとか、そういった本格的な断罪なんて行ってしまったら、それこそ私も加害者側にまわってしまう。
ループしたくない、っていうのももちろんあるが、それもあるから、私は攻略対象達にも見敵必殺みたいな態度に出れないところも少なからずある。
私が散々それをされてきたからだろうか。もし、私が理不尽な加害者側にまわったらと思うと、考えるだけで虫唾が走る。それは越えてはならないラインだ。
不安要素だけど、今、ミリュエル嬢をどうこうはできないなぁ……。
にこり、と笑みを張り付けて、リミュエル嬢に挨拶を返す。
「こちらこそよろしくな」
「ええ。もし困ったことなどございましたら、なんでもお申し付けくださいね」
リミュエル嬢がふわっと微笑む。
うーん、やはり人のいい委員長キャラにしか見えない……。
いや、違う違う!思い出せ!リミュエル嬢は腹黒眼鏡!
……あー、やだやだ。なんでクラスメイトにこんなに警戒しなくちゃいけないんだ……。
「リラ様!席までお近くになれるとは思いもよりませんでした!なんたる幸せ!望外の喜びです!!」
満面の笑みで後ろから声をかけてきたのは、ライナックだ。
隣でリコルも萎縮しながら小さく頭を下げている。
「俺もライナック達と近くになれてうれしいよ。よろしくな」
「ありがたきお言葉!これが喜ばずにいられましょうか!!素晴らしい席ですね、ここは!いやー、この学園に入学出来てよかった。流石は貴族の子女が集う学び舎ですね!ここには美しい者が溢れています。その中でも、飛びぬけてお美しい方々とお近くの席になれて喜ばしい限りですよ!
前を見れば、満月の夜に賢者の森でフルートでも嗜んでいる凛々しい狼男のような理知的かつ野生的なご尊顔のリラ様、その横にはバラのつぼみから零れ落ち、生まれたような乙女、ココット嬢。さらに前を見やれば、恋に焦がれ、乙女達に愛を振りまくためにこの世に顕現したアフロディーテの使者と見紛うライナー様。さらにさらに、私の後ろには、神の祝福を一身に浴びたような美貌を持つエリック王子様に、王子に付き従う影法師でありながら、類まれなる怜悧さ、美しさを隠しきれないエドガー様までいらっしゃる!」
「……え?」
あ、まじだ。後ろの後ろに王子達、いる……!問題児が密集してるじゃねーか!
やめてくれ、散れ!!
「おい、リラ。こいつ、黙らせられないのか。あまりにも仰々しい誉め言葉をピーチクパーチク囀るものだから鳥肌が止まらないんだが?」
嫌そうな顔で、ライナックを指さして、王子が文句を言ってきた。
いや、なぜ私に?知らんがな。本人越しに話しかけてくるくらいなら、直接文句言え。
後、私はライナックの保護者じゃない。
「……ライナック、聞こえてるとは思うが、後ろの王子がお前にご不満があるみたいだ」
「おや、失敬!少々、興奮が過ぎましたかね」
「ところで、ライナック。ちょっと変なことを聞くが、まさかお前、男色の気なんてないよな?」
いや、だって、いくらよいしょするにしたって、仰々しすぎるっていうか、ココット嬢ぐらいしか女子について言及してないじゃん……。
いや、ミリュエル嬢の家は確かに伯爵家だから、家格的には私や王子達に比べるといくぶんかランクが落ちるけれども。
美しい、美しい、って、そんなに男が男に言ったりするもんなの?私がおかしいの??
……まぁ、違うんだろうけどさ、隣人なんだし、一応確認しとかないと。
「あっはっはっは!これはこれは。妙なことをお聞きになる。リラ様もご冗談を仰るのですね」
「いや、変なこと聞いて悪かった。ただお前、俺のことや王子達のこと、変に美しいって称えまくるのやめたほうがいいと思う。あまり度が過ぎると、そういう風に聞こえなくもないからさ」
「何を仰いますか!私めは基本的に皆様と親しくなりたいからこそ、皆様のお家との個人的なつながりが欲しいからこそ、このような発言をしているのです」
「ええ?!」
お、おいおい!いや、そりゃそうだろうけど!ずいぶんあけっぴろげというか、ぶっちゃけたな!
「ふふふ、しかしですね!それももちろんございますが!私は美しいものが一等好きなのです!
それは容姿、心、あり方……。なんでもよろしいのですが、美しいということは素晴らしいこと。先ほども申し上げましたが、この学園は実に美に溢れていて素晴らしい。王族の方はもちろん、それなりに力のある権力者のもとへは美しい乙女が嫁いでくるもの、その血が流れていればこそ、といえるかもしれませんがこの学園は総じて美しい者が多い!その中でも、抜群に輝いていらっしゃる方がこのクラスには何名もいらっしゃるのです!これが称えずしていられるでしょうか……!」
お、おう……。つまり、お前は光物が好きなカラスのような奴だと認識していいのか?
なんか常に興奮状態の師匠みたいな男の子だな……。
いや、師匠の動きは緩急がつきすぎてて、がくんがくんしてて不気味だけど、ライナックは芝居がかった大げさな動きなだけで普通に明るい奴だから、師匠とはちょっとタイプが違うか。
一瞬、似たもの同士で気が合いそうとか思ったけど、よく考えたら陰の変人と陽の変人だから多分合わないな。
「そ、そうか……」
「ええ!エリック王子もなにやらご自身の美をご理解なされていないご様子!私めでよろしければ、貴方様の魅力を余すところなく語るといたしましょう!」
今度は王子の方を向いて、長口上を始めたライナックに王子が物凄く嫌そうな顔をしてるけど、まぁ、しょうがないんじゃないかなぁ。なんだかよくわからないけどライナックが生き生きしてて何よりだよ。
ていうか、あれ?姑のように口うるさいはずのエドガーがおとなしい。いや、嫌そうな顔はしてるけど。
今までの周回だと、絶対嫌みなりなんなり言って、強制的にライナックを止めて、王子を守ろうとするはずなのに。
不思議に思って、そちらをぼんやり見ていると、エドガーと目が合って、思いっきり顔をしかめられた。
え、なに、なんなの。お前はたまにじーっと、こっち見てくるじゃん。
……先生のくじといい、エドガーの違和感といい、なんか今までの周回とはどこか違う?
エレンが全ルートコンプリートしたから?隠しルートに入ったとか?
残念ながら、私はシンレディを全員クリアしたことがあるわけじゃない。
唯一、腹黒系後輩かぁ、ちょっとタイプじゃないな、と食指が動かなくて、後回しにしていたトマスだけ攻略していなかった。トマスをそろそろ攻略するか、と思っていたら死んでしまったのである。
だから、コンプリート後にシナリオに微妙な変化がある、だとか、隠しルートだとか、特殊なイベントだとかが発生するのだとしたら、それは私の記憶にない。
悪役令嬢リリー=モルガンである私が好き勝手動きまくってるのに何をいまさらという感じも拭えないが、未知の領域、というやつだ。
私が男になったりしたせいで微妙な変化が起きているだけかもしれないし……。
うーん、この変化がいい方向のものだといいんだけど……。
「あの……」
リコルにとんとん、と人差し指で軽く背中をたたかれて、後ろに振り替える。
「ん?どうした?」
「あの、これ、大したものじゃないし、お口に合うかわからないんですけど、クッキーなんです。
さっきリラ様、なにか難しい顔をしてらっしゃるようだったので、えと、甘いものを食べたら少しは気持ちもふんわかするかなって。あ、その、ご迷惑、でしたか?」
「いや、ありがとう。頂くよ」
「はい!」
嬉しそうに顔を輝かせるリコルが段々子リスじゃなくて尻尾を振る子犬か何かに見えてきた。
今回の席替えで胃が痛むメンバーにばかり囲まれてしまったけれど、心の清涼剤要員も近くにきてくれてよかった……。
その後、席替えと、新しい席の周りのメンバーと交流するためにあてられた一時限目はおおむねリコルと話すことで消費した。




