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席替え

 先生のその言葉に従って、まずは出席番号1番のアイーシャ嬢がくじを引きに行く。

 誰か近くの席に来てほしい人でもいるのか彼女は祈るように先生の出した箱に手を突っ込むと、「あら?」と不思議そうに首を傾げた。

 

 そもそも、くじにあんな大きな箱は必要ない。というか、箱はいらない。

 本来だったら、席替えのくじ、というのはこの学園ではあみだくじで行われるのだ。

 チョイスボード、という魔法陣の刻まれた石板にそれぞれが何属性でもいいから魔法を流すことで魔力が水のように石板に走り、循環し、ランダムに決められた数字や柄などが浮かび上がってくる。この世界では、市場で普通に売られているそれが使われるのが定番なのである。ゲーム内では、目当てのキャラと席が近くなると好感度が上がりやすくなるため、ちょっとしたミニゲームにもなっていた。

 そのため、ゲーム内では、ギル先生が箱、なんて出してきたことはなかったし、今までのループでだってそんなことは一度もなかったのである。


 おかしいな……。私が知らないだけで、全キャラ攻略後に追加されるシナリオ的なものでもあったのか?

 普通に、紙でくじ……、にしては、大きすぎるし……。


 少し気になって、アイーシャ嬢の手元に注目してみる。

 

「あの……?」


 戸惑いがちにアイーシャ嬢が箱から取り出したのはお腹に16と数字の書かれた、ほにゃんとした顔のうさぎのフェルトマスコットだった。


「ええと、ギル先生?これは……??」


 小さく、「あっ、このうさぎさん、かわいいですわ……」と呟きつつも、首をひねるアイーシャ嬢。 


「それは諸君らへの入学記念のプレゼントだ。この箱には、様々な種類のマスコットが入っているが、その腹に書かれている番号が席順となる。ちなみに一日過ぎると、文字は消える。以上だ」


 しーん、と教室内に静寂が満ちる。

 いや、ちょ、ギル先生、以上だ、じゃなくてね……?

 いやいや、うっすら笑ってんのわかるから、好意からということはわかるんだけどね?

 どうして、もっとスマートに、シーナ先生みたいに渡せなかったのか……。

 今までこういうことする時もあったけど、先生、お菓子とかだったじゃん?

 なぜこの時期に、今回に限ってゆるキャラマスコットをチョイスしてしまったのか……。


 考えてもみてほしい。

 まだそれなりに付き合いが長くなって、先生の人柄をうっすら把握し、そのうえでこういうものを貰うんだったら、先生可愛いところあるんだから!ってなるかもしれないし、先生がまだ親しみやすい感じなら、入学してまだ一か月だといっても、サプライズで通じるだろう。


 しかし、現実はこれだ。

 突如大量のファンシーなぬいぐるみをもって現れた強面の担任。

 それもみんなへのプレゼントだよ、と言いながらも先生の顔は爽やかな、あるいは穏やかな笑顔を浮かべているでもなく、ぎこちなく口角をあげ、うっすら微笑んでいる。その様は、ぶっちゃけ元の強面と相まって、誘拐犯か何かが「もう逃げられないぜぇ?けひひ」とでも言ってるような笑みに近い。

 

 そう、先生はとてつもなく感情表現に関して不器用だが、表情筋を使うのも苦手である。

 一度、生徒に親しみやすい先生と思われたい、ということでウィンクの練習をするなんてストーリーもあったが、もれなく両目をつぶるか、成功しても、片目をかっぴらいて、もう片方の目をやりすぎなぐらい閉じるせいで新手のガンをつける人みたいになっていた。


 そのせいで、今教室内に溢れる声は生徒達の「うわぁ!先生、こんなの貰っちゃっていいの?!」みたいな歓声では断じてなく、「え、なにこれ……。え?なに?罠?呪い人形?俺達、何かした?校則違反?殺されんの?」みたいなひそひそ声が充満してしまっている。


 その生徒達の様子を見て、思った反応が得られなかったことに落ち込んだのか、少し眉根を下げて、ほんの少し顔を俯ける先生。……顔に影がかかってて、怒ってるように見えなくもない。


「あ、ああ、あの!先生、ありがとうございます!このうさぎさん、大事にいたしますわ!次、そう、次、アンリ様ではありませんでしたか?!」


「あ、お、俺か?!あ、そうだった、そうだった!俺は何が出るのかなー?」


 この変な雰囲気を払拭するためにも名指しされたアンリとかいう男子が若干震えながらも明るい声を出したことで、やっと順番が進んでいった。


 先生、まさか、このために徹夜して、今めっちゃ眠くて当社比3割増しの怖い顔になってるのでは……。

 いやー!なにその悪循環!先生……!

 

 いくらギル先生のことをもうたいして慕っていないとはいえ、可哀そうすぎる。涙を禁じ得ない。

 だがしかし、先生もうちょっと別のアプローチで生徒と距離を縮められなかったもんか……。

 それにマスコットだと、成功しても女子はいいとして、男子からのウケはあまりいいかわからんぞ?

 男子票を得たいんなら、こう、とんでもなく美しいつるピカの泥団子でも持ってこないと……。

 いや、それで、ウケるのはせいぜい小学校3年ぐらいの子か?

 そもそも魔法の世界じゃ、たいしてウケないか?

 

 ま、まぁ、とりあえず、席順は大事だ。

 絶対ライナーとだけは、近くになりませんように!

 自分の順番がやってきたので、そう願をかけつつ、くじの箱に手を突っ込んだ。


 お、おお、めっちゃもふもふしてる……。


 手で触ってみて、恐らく角がある動物や、小ぶりなの、大きめなのと、マスコットの違いは分かるんだけど腹の文字がわかるわけじゃないから、もうここは直感で選ぶしかない。


 これだ!


 引き当てたくじマスコットは黒猫。お腹には18、と書かれていた。

 もうくじを引いた生徒達は自分の席を黒板に書き込んでいる。それをちらりと確認した。


 一番重要な隣の席は……。

 ココット=リーズ?……ああ、あの子か。前の週で本来のリリーの代わりに動いてた子。

 今までの週では代わりの悪役令嬢なんて出てこなかったからよく覚えている。真っ赤な髪をポニーテールみたいに結い上げて、猫みたいな金色の目の勝気な感じの令嬢だった覚えがある。

 まぁ、悪くはないけど、よくもないかな。なんていうか、ちょっと気まずい……。

 ええと、後ろの席はライナック。斜め後ろはリコル。前の席は、ライナー。斜め前にミリュエル嬢……。


 ライナー、変わんねぇー!!しかも、ミリュエル嬢も席近くなっちゃったし……。

 後ろの席が寮のお隣二人組ということだけが救いか……?


 早速、新しい席に移動、ということになり、重い腰をあげた。


「あの、リラ様。リラ様とお隣だなんて、私、光栄ですわ。よろしくお願いしますね」


「ああ、よろしく……」

 

 少しだけ頬を染めて、優雅にドレスの端と端をつまみあげ、軽くお辞儀をしてきたココット嬢にこちらもぺこりと挨拶を返す。


 あれ、ココット嬢って気づいたら悪役の立場にいたからよくわかんなかったけど、案外普通、っていうかむしろ礼儀正しいな。


 この席順は夏休みが明けるまで変わらないのだ。お隣さんがまだ常識人っぽいというのは、喜ばしい。


「ところでリラ様、あの、どこかにご用事があって、授業をご欠席なさったりする場合はぜひ仰ってくださいね。私、よろしければノートなど代わりに取らせていただきますわ。」


 ありがたい、それは非常にありがたい申し出なのだが……。

 さてはココット嬢、私を不良と崇めたてる一派だな?!目がキラキラしてる……。

 

「あの、リラ様。私もリラ様とお近くの席になれて嬉しいですわ。どうぞよろしくお願いいたします」

 

 そうこちらに声をかけてきたのは、ミリュエル嬢だ。

 先ほどまで熱心にライナーに口説かれていたようだが、軽やかにそれらを受け流して、こちらにくるりと向くと、にこりと、眼鏡越しにその柔らかなエメラルドの瞳を細めた。

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