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ふりだしに戻る

 ふかふかのお姫様が寝るような天蓋付きのベッドでごろりと寝返りをうつ。

 カーテンからは太陽の光が穏やかに差し込み、白基調の上品にまとめられた部屋の中を明るく照らし出した。小窓から見える大きな木の枝には二羽の小鳥が仲睦まじく「起きて、気持ちのいい朝だよ。」と歌うかのようにチチチと可憐な鳴き声を響かせている。


「う、うう……。あと5分……」


 なぜだ、体の節々がめっちゃ痛い。なんか物凄いだるい。なにこれ辛い。だめだ、起きるとか無理。絶対無理。二度寝しよ…。


 呻きながら、朝を告げるすべてのものを遮断しようと布団を深くかぶり直そうとしたその時、寝ぼけまなこではあったけれど確かにそれは視界に入ってきた。

 もみじのように小さくてぷにぷにとした、かわいらしいおててが、しっかりと。


「な、なっ……!」


 ザッと急速に頭が冷えて目を見開くと急いでベッドから跳ね起き、もつれる足で姿見を確認した。


 そこに映っていたのは寝癖がついてしまったのか、ちょっぴりくしゃくしゃになった黒髪もそのままに淡い紫の宝石みたいな瞳をまん丸く見開いて固まる小さな小さな女の子。


「う、うそでしょ……。戻ってる……。またここから?!」


 思い出した、私、確かに昨日リセットされたんだった。

 これで何回目だ?おい。ふざけんな。あとちょっとだったのに…!

 衝動に任せて、助走をつけてベットへと飛び込み、枕に顔を押し付けて悔し涙を流した。


 もうこの世界で何度かやり直しが行われているため、前世、といっていいのかもわからないけどとりあえずこの世界に来る前、まったくの別人として私が生を謳歌していた時。

 私は前原塁まえはらるいという名前で、しがないOLをやっていた。

 たいした変化もなく淡々と作業をこなしていく毎日を過ごしていたけどその終わりはあっけなく意外な形で訪れた。


 結構な台風警報が出ているにもかかわらず、普通に出勤してくださいね。というメールが来たのでこちらも普通に出勤した。ただそれだけ。


 出社途中にものすごい突風が吹き荒れて、こえー!なんて思いつつ歩を進めていたら、家の屋根の一部のようなものがいきなりはがれて飛んできて、ガツンと頭にクリーンヒットした。意識を失うと同時に絶命したみたいだし、ずいぶん前のことなのであんまりその時のことは覚えてない。


 で、次、目が覚めたら、自分とは似ても似つかない麗しい女子高生になっていた。

 最初は全然意味が分からなかったし、ただただ怖かった。

 とにかく状況が分からなかったし、そのうえ自分の口が思ってもいないことをしゃべり、体が勝手に行動して、まったく自分の思うように動かせなかったから。

 これどういう状態なんだろう?!憑依?やっぱり私幽霊になっちゃったの?!

 そんなことばかりぐるぐるぐるぐる考えていた。


 一か月ぐらいはずっと混乱していたけど、でも、少しづつなんだか学園生活に既視感を覚えるようになった。平民出身のエレン、彼女を好いているエリック王子をはじめとしたイケメン達。それを快く思わず彼女をいじめまくるモルガン嬢。


 あ、これ、知ってる。『シンデレラ・レディの聖なる夜』だ……。


 前世の親友が女子校にばかり進学してしまったがために男子との普通の接し方が分からなくなった・若干血の気が多い・がさつという女の子として三重苦を抱え、女子力がマイナスの方向に突き抜けた私に


「あんたは曲りなりにも女なのよ!!メイクもしない、おしゃれもしない、恋もしたことない!逆に女の子に告白されたことしかないじゃない。恋!あんたは恋をすべきなのよ!!ゲームの中のイケメンだろうと恋すれば人は変われるの!少しは女子力を磨きなさい!!

 そして、真人間になるの!というか、乙女面したあんたを私が見たいの!」


と、なぜか熱いお見合いおばちゃんのような勢いで貸してくれた大人気乙女ゲーム。

 『シンデレラ・レディの聖なる夜』。通称シンレディ。

 主人公は平民からの特待生として貴族がわんさかいる学校に入学し、そこで青春を過ごす。そして、自分磨きや攻略対象とのイベントをこなしていき年末に行われるビックなクリスマスイベント、聖夜祭でパートナーと愛を誓いあう。そんな感じのゲームだ。


 かくいう私も女子力は上がった気がしないけど、なんだかんだいってシンレディにのめりこみ熱中していたから一度思い出すとどんどん記憶の糸がほぐれていった。

 そして、同時に確信を持った。ここはシンレディの世界で間違いない。

 そして、私はよりにもよって悪役令嬢のポジションに転生してしまったのだと。


 そのまま一回目はなすすべなく破滅に追いやられた。

 その時のエレンのパートナーは3年生の麗しい先輩。

 やっぱ本物イケメンだなぁ、なんて呑気に考えつつも先輩の怒気にあてられて怯えることしかできなかった。その時初めて学園常駐の衛兵に連れていかれている最中に視界が暗転した。


 二回目からは、なんと、動けるようになった。

 自分の自由に体が動かせるってなんて素晴らしいの!と、泣くほど嬉しかった。今でもあの時の感動を覚えている。それからはそりゃもう必死に動いた。

 王子との婚約関係はもちろん結ばないように絶対嫌だ!とお父様に直訴したし

破滅エンド絶対回避したい!と必要以上にべったべたにエレンを甘やかした。親切にした。

 ワタシ、テキジャナイ。コワクナイヨ。オレタチ、トモダチ。そういう精神で頑張った。


 だけど、だめだった。

 クライマックスシーンでいきなり取り巻きの子達がエレンにばかり構う私を見て、平民のくせに私たちのモルガン様のお気に入りの貴方に嫉妬してしまった、と涙ながらに語るものだからぎょっとした。


 え、なにこれ、私が悪いの?監督不行き届きってやつ?

 と、とりあえずエレンには悪いことしちゃったみたい……。謝らなきゃ。


 そう思って、エレンに近づき声をかけようとしたら


「エレンに近づくな!貴女は取り巻きがこういう風に動くこともすべて計算済みで動いてたんでしょ?!貴女を純粋に信じるエレンを裏切って、傷つけるなんて……!っ最低だよ!!」


みたいな超飛躍した難癖をエレンのパートナーである元気印の後輩に噛みつくような勢いでつけられた。

 は?何言ってんだこいつ。

 むしろお前がそういうことしかねないだろうが。腹黒わんこキャラが!

 困惑しすぎて、心の中で罵るだけになってしまったがまた衛兵につかまったとたんに視界が暗転した。


 この時、気づいたのだ。どうやら私はこのクライマックスシーンである聖夜祭を無事やり過ごさなければ永遠と面白くもない学園生活をループしなければならないのかもしれないということに。


 というか、普通に考えて、これがバグだとしても私のBADEDルートが確定された状態で時が進めば別の意味で私はお先真っ暗だ。詰みである。


 3回目は避けた。もう死に物狂いで避けに避けまくった。

 ゲーム中に出てきた攻略対象と外出先で出会えるみたいな場所には一切近寄らなかったし、ゲームの舞台である王立ファランドール学園の入学すら拒否した。

 そしたら、なぜか違う学園で平和に行っていた聖夜祭の最中に兵士が乱入。


「いけない子猫ちゃんだね、君は。

俺のプリンセスを傷つけておきながら逃げられると思った?」


 そうのたまったのは同学年になるはずだったヤンデレナンパ野郎だった。

 は?意味わかんないんですけど。

 驚きすぎて咄嗟に素で返してしまってたら捕まった。


 4回目は、考えた結果、私は極端すぎたんだという結論を出した。

 普通に取り巻きの子と仲良く接して、エレンにはたまに声をかける。特になにもないただのクラスメートという体を貫き通した。


 のに、クライマックスシーンで隠れキャラの担任の先生に突然退学処分を言い渡された。

 なんで?!一体なにがどうして?!

 そう慌てる私をまた衛兵が学園の外に連れ出そうとするので捕まらなければいいのではと思い、咄嗟に逃げた。


 そりゃもう、必死に逃げた。よくよく考えたら没落ルートではなく、退学ルート程度で済むのは

この先生のルートだけなんだし、このルートでループさえしなければまだ辛うじて未来は残されてると思ったから。

 しかし、しばらく経つと視界が暗転してしまった。


 5回目は、なぜか高校からではなく幼少期からのスタートだった。

 いける、これならいける。

 もういっそのこと、攻略キャラどもの信頼を勝ち取るしかないな!

 幼馴染にでもなったらさすがに、さすがに変な言いがかりはつけてこないでしょ!

と、なるべくすべての攻略キャラにこちらから関わって目論見通り仲良くなることに成功した。


 なのに!もはやトラウマと化したクライマックスシーンでよりにもよって一番仲の良かった秀才君が


「貴方には失望しました」


なんて悲しみと怒りの混じった瞳でこちらを見てくるじゃないか。

 もうどうすればいいんじゃーい!!と投げやりな気持ちになっていたら毎度お馴染み衛兵さんが登場した。

 もう疲れて逃げる気も起きないよ。私もだけど、毎度呼ばれる衛兵さんたちも大変ですよね。いつもお疲れ様です。なんて思っていたら、また暗転。


 そして、6回目。

 もう疲れたし、万策尽きたって感じだし、ちょっともう何もする気力がない。一人にしてください。私の癒しは家族と使用人さんたちしかいねぇよ。

 そんなスタンスでまた幼少期スタートで過ごしていたら完全に孤立した。家格が高いから、いじめとかされるわけじゃないけど取り巻きも友達もゼロだよ、ゼロ。ぱねぇ。家格高いのに。

 すり寄ろうとしてくる子にも疲れすぎて、何言われても壊れたラジオみたいに「ええ」しか言わなかったからかな。


 そしたら、その子達が私の次に家格の高い公爵家のココット嬢にごまをすりはじめて、ココット嬢自身も増長していくじゃありませんか!

 も、もしや身代わりになってくださるというのか……!

 ごめん!だけど、いいぞー!やれやれ!

と成り行きを見守って、乗り越えたと思ったらあれだよ。


 王子、ばっかじゃねぇの。

 熱視線だぁ?見たくもないてめぇのことをチラチラ見てたのはなにしでかすかわかんねぇからだよ!目線に殺意込めてんだよ、気づけよ!!脳内お花畑か、あいつ。

 あんなんが王になるとか、この国もう終わったわ。いっそのこと、ループ抜けたらこの国乗っ取ってやろうか?


 あと、私に全責任擦り付ける形でいい子ぶろうとした女の子。おのれ、ミリュエル嬢。

 攻略キャラ達は何もしなくてもBADEDだから、何かしたらそれこそループ一直線だし、少なくとも聖夜祭終わるまでは手出しできないけど、ミリュエル嬢は許さん!できるだけ早めに社会的につぶす。


 はぁ、いつまでもめそめそしててもしょうがないか……。

 ベットから起き上がってゴシゴシと腕で涙を拭う。

 幸いというかなんというか、また幼少期からのスタートなんだし、高校入学まで時間はたっぷりある。


 前回はふてくされて殻に閉じこもっちゃったけどそれでもだめなもんはだめだったんだし。一度冷静に考え直した方がいいのかもしれない。

 んー、仲良くしても我関せずしてもだめ。なら、あいつら最後に何言ってた?

 私が問い詰められる際の状況からどうやったらBADEDに進まないですむか解決つかないかな……。


 1回目は完全なる自業自得の自爆。


 2回目は取り巻きの暴走。

 あ、あと、あの野郎、エレンと仲いいふりして

「王子とか僕とかと仲良くなるきっかけにでもしようとしてたんでしょ!」

とか言ってたな。ナルシストばっかか。自意識過剰乙。


 3回目はマジで意味わからん。

 だって、攻略対象ともエレンともノータッチだったよ、私。傷つけたとか言ってたけど何なんだよ、意味わかんねぇよ。


 4回目も経緯がよくわかんないな。先生は口数少ないから最後もただ退学処分としか言いに来なかったし。


 5回目はなんだっけ。

「僕らがエレンさんに取られると思って嫉妬していじめだなんて……。幼稚ですね」

とか言われた気がする。


 6回目はこっちはなんにもしてないのに王子様のナルシスト大爆発でしょ。

 むしろココット嬢なんて予想外の要素が出てきちゃって、こっちとしては助かったけどエレンが不憫だったからこっそり助けてたぐらいなんだよ?王子どもがもだもだしてた間に。なのに、あれはねぇだろ。まじであれはないわ。


 なんか……、原因がわかる部分に限ってはほぼあいつらの暴走っていうか自意識過剰な反応のせいなんじゃって気がしてきたんだけどこの場合どうすればいいんだ……。


 痛む頭を押さえながら、うんうん唸って対策を練っていたら、コンコンと部屋の扉をノックする音が響いた。


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