本当に怖い奴と怖く見える人
あいぇやぁあああああ!出たぁあああ!
恐怖で忍者と遭遇したエセ中国人みたいに叫びだしそうになるのをぐっと、耐えつつ、じりっと後ろに数歩引いた。
ふわっとゆるくパーマをかけたような鮮やかな赤ワイン色の髪、色気たっぷりに細められたバラ色の瞳。優雅かつチャラい物腰!
同姓同盟のそっくりさんなんてミラクルが起こる可能性なんて限りなくゼロだし、私の本能が言っている。
間違いない、奴だ!私の物理的に怖すぎる奴ナンバーワンのヤンデレナンパ野郎ご本人だ!
まぁ、この時点じゃただのチャラ男だから害はないんだけど、って、いや、やっぱ怖いよ!
エレンがきっかけで変わる攻略対象達だが……。
一番顕著な変化を遂げるのがこのライナーだ。
最初はただのフェミニストで女子ならば誰でも口説くようなセクシーイケメン枠なのだが、エレンと出会うことでライナーは全く別の方向に向く。
ほかの女の子になら、ペラペラと恥ずかしい口説き文句を吐けるくせに初めて本気で好きになった女の子にはどう出ればいいのかわからない、と、まるで純情な少年のような初々しさで空回りばかりするようになるのである。
それで済むなら、まだギャップがあって素敵ってなるかもしれないし、実際ゲームでライナーのその様子を可愛いと愛でる人達も多かった。
だけど、奴はそこで終わらない!
自分は奥手になってしまって、ろくに主人公に積極的にアプローチかけられない状態に陥るくせに愛情が深くなるごとに独占欲ばかりが大きくなって、最終的に主人公を監禁・周りを物理的に排除、というそれはもう物騒なヤンデレ野郎になるのである。
シンレディが年齢制限のあるような作品ではないため、グロイ画像こそなかったが、それを示唆するようなイッちゃってる目で主人公を見つめ、やっと愛を囁くライナーの頬に大量の返り血が……。みたいなスチル、めちゃくちゃ怖かった。トラウマである。
そういえば、ライナールートED本来だったら、主人公を虐めてた令嬢達、主人公に好意を向けてた攻略対象達、もちろん悪役令嬢であるリリー=モルガンもなんかまとめて殺された、みたいなニュアンスだったような……。
うわ、思い出さなくていいことを!!ワスレロ、ワタシ!!!
ついでにいうと、前世のライナー推しの一部のコアな方達も怖かった。
元々移り気だった男が自分だけを見てくれて、段々壊れていくのがイイよね!とかいう過激派なお姉さま方がいたのだ。
何あの、ヤンデレ集団。怖い。ヤンデレがヤンデレを生み出す、なんて負の循環してどうする。お願いだから増殖しないで。と、切に願った。
…現代社会の闇を垣間見た気分だった。
ループの時は、おそらくエレンがライナールートに行った3週目の時に一切接触してなかったおかげか直接的な被害はなく、その後の週でもライナーは放置され気味だったせいか好感度があまり上がらなかったようで恐ろしいDEATHEDは迎えずに済んでいるけど……。
5週目の時、私、一回ナイフで壁ドンされてるんだよね……。
にこっ、と笑って、「悪戯好きな可愛いリリー。エレンにはもうちょっかいかけないでね?」って釘を刺されたあの時。マジで死んだと思った。走馬灯テーク2が見えた。
今考えると、あれ、絶対、私、女子だったから手加減されてたよ……。
野郎だったら、確実に頭もってかれてた。
いや、好感度が中途半端っぽかったから、まだフェミニスト気質が残ってて助かっただけだ。
MAXいってたら、あの場で殺られてた。怖い……。
「っかしいなぁ、絶対女の子がぶつかってきたと思ったのに……。まぁ、いいや。君、今度から気を付けなね」
「あ、ああ、悪かったな」
ヒョエッ……!第六感で女だと察知されている……!
流石スケコマシは伊達じゃないな……。
だけど、頼むから、このまま永遠に気付くなよ!
そして、私の人生から早めにフェードアウトしてください、お願いします!!
幸い、私が男だと認識して、やはりというかなんというか、早々に興味を無くしたのか、すぐ前を向いてくれたのでほっと息を吐く。
奴を出来るだけ視界に入れないように、見慣れたチャペルをきょろきょろ見上げていると1年生の入場が始まった。
ゴーンゴーン、と祝福の鐘が鳴り響く中、ビロードの絨毯を踏みしめて進んでいく。
大きな十字架に、壁一面の鮮やかで美しいステンドグラス。
ステンドグラスには、この世界の魔法を司る火のサラマンダー、水のウンディーネ、木のノーム、闇のノックスに、光のルクスの5人の精霊が中央の唯一神、いや、精霊王ガラハルトを囲むように描かれている。
精霊達はそれぞれ想像の姿とはいえ、美男美女の姿で描かれているのに、ガラハルト様だけ光に包まれてその姿が見えない、というのが印象的だ。なんでも偶像崇拝に値するから、ガラハルト様は描けないらしい。でも、精霊様達はOKなんてあたり、ガバガバな宗教だな、と毎度思う。
ありがたくも長い学園長の言葉を聞き流して、国家を斉唱し、精霊様達へ祈りを捧げ、入学式はつつがなく終了した。
それから、一度クラスごとに教室に集まる、ということになった。
教室に着くと、それぞれガタガタと名前順に席に着く。
入学式後の席替えはいつも一か月後である。
それまで、視界にライナーがちらつくのか。長い一か月だな……。
既に学校をバックレたい気持ちいっぱいで前を向く。
「……諸君。入学おめでとう。私はギル=リベリオ。魔法行使担当だ、よろしく頼む」
ギロリ、と先生は血のように真っ赤な目で私達新入生を見渡した。
皆がひっ、とひきつった声を出す。
先生のカッサカサの灰色の髪が少しだけふるりと震えた。
人のこと言えないけど、相変わらず見た目で損してるなぁ、先生。
ギル=リベリオ先生。この人もシンレディの攻略対象の一人である。
何を隠そう、私がシンレディをやっていたころ、最も推していた強面系男性だ。
顔はいつもしかめっ面で、目はいつも人を睨みつけるような感じで普通に怖いし、口数が少なく、最低限必要なことしか喋らないのでいまいち何を考えてるのかわからないことが多い。
その実、心優しく、可愛いもの好きで、家事能力はパーフェクト。
中身は超完璧な主婦、というか、お嫁さん気質という人だ。
ただでさえ怖い顔がさらに怖いことになっているのは趣味のあみぐるみを徹夜して作っているせいで眠いのをごまかそうとしているため、なんて設定があるぐらい中身はふわっふわの人だ。
そのせいか、先生のファンは男気溢れる感じの人か、可愛い成人男性好きの二択だった。
さらにいうと、ギル先生ルートでのみ、リリーが退学で済むというのもひとえに先生が甘いからである。
生徒の一人であるリリーを処分することは出来ない、でも、エレンは守りたい、という苦渋の選択による結果、ああいう結末が訪れるのだ。
まぁ、ギル先生は生徒と教師の禁断の恋ということもあって、誰か一人でもクリアした後じゃないと、つまり2週目以降にならないとクリア不可の隠しキャラ、というのもあって特殊なのかもしれないが。
……正直、ギル先生とだけは、どう接すればいいかわからない。
あまり喋る方の人でもないし、意図をくみ取りかねるというかなんというか……。
4週目、いきなり退学告知された時はなんで?!って思った。
だって、その前に酷い罰則を言い渡されたり、きつくお叱りを受けたわけでもない。完全に前兆ゼロの出来事だったのである。
それを言うなら、ライナーもだが、奴は初恋こじらせた上での暴走、何が琴線に触れたのかわからないけど、恐らくそうに違いないと、経緯は不明だが断言できる。
でも、先生は……。本気で理由がわからん。
レルク・王子・ライナー・トマス・エドガーの5名と違って、先生は今までのループで私と普通に仲良くしてくれた。
ただ、エレンが出てくるとどこか疎遠になるというか、無視されるようになるというか、私にノータッチになるのである。
アクションがあったのは、あからさまに嫌悪の視線を向けてきた5週目と、いきなり退学処分宣言された4週目のクライマックスぐらいで……。
特に何もされていないのだ。
そりゃあ寂しいし、ある意味クラスのいじめを見殺しにする教師にも思えるが、なんかな……。
恨んだり、むかついたり、トラウマになるレベルのことは、ギル先生にはされていないからこそ対応に困る。
先生への熱い信頼が残っているわけでもないし、わざわざ仲良くする気も起きないし、雑に扱うほど憎んでもいない。一番いいのはあまり関わらないで過ごす、なんだけど……。
よくわかんないし、じゃあ、放置、なんてしていたら、それこそ4週目の二の舞になりそうだよな。
んー……、先生はひとまず、そこそこの関係を保ちつつ、なるべく監視しとけば大丈夫かぁ……?
ライナーを視界から外し、先生を見ながら身の振り方を考えている間に教材の配布なども終わり、今日はもう皆寮で休みなさい、ということになってギル先生の案内の元、全員で別館の寮へと向かう。
令嬢達は途中で、女子寮へと行くために別の女の先生に引率されて別れていってしまった。
男子寮か、どんな感じなんだろ。
攻略対象達と仲よくしていた時も、集まるのは食堂や裏庭、談話室などでお互いの私室に行き来したりはしなかった。ここからは私の完全初見ゾーンである。
「それでは各自、割り振られた部屋で休息をとるように」
それだけ言うと、ギル先生は踵を返して、廊下の奥に消えてしまった。
とりあえず、ぱっと見女子寮とあまり違いはないようだが……。
いや、今はそんなこと考えてる場合じゃない!部屋割りチェックだ!!
せめて、自室でぐらい安寧が欲しい。
完全個室制の部屋割りとはいえ、両隣の部屋ともなると、頻繁に顔を合わせる確率がかなり高くなってしまう。
どうか、両隣の部屋は攻略対象じゃありませんように!
いや、せめて、ライナーは違うところでありますように!!
隣室がいつ殺人鬼になるとも知れないクレイジーな奴なんてさらさらごめんだ。
それなら、まだエドガーや王子の方が命の危険はないだけ、まだマシである。
神様、仏様、ガラハルト様……!!
そう祈りながら、部屋の割り振り票を覗き込んだ。




