食文化改革の一歩
ぼこぼこと煮え立つ鍋、鍋の底には六芒星が描かれており、周りには何やら怪しげな根っこや液体、石ころが鍋をぐるりと囲むように置かれていた。
その中にはなにやら丸い物体がいくつも浮かんでは沈みを繰り返している。
それらをぐるぐるとかき混ぜながら火の様子をチェックした。
〔闇の精霊よ。力を貸し与え給え。我、万象を反転させ、真理を覆すことを望むものなり。かの物質、これすなわち、我、欲するものではあらず。我が思念によりて、変革せよ。変質せよ。変転せよ。ノクス、ムート、ダンド!」
ぼふん、と紫の煙を立てて、鍋の中身がぷかぷかと浮いてくる。
一つ、それを手に取って、感触を確かめてみた。
「ふふふ……。完璧!!」
目玉のような完璧な丸みを帯びたそれらをずぶずぶと一つずつ金属でできた杖のようなものに串刺しにしていく。
あらかじめ同じ要領で用意しておいた黒くどろっとした液体をそれらに塗りたくった。
ごくりと唾をのんで、その物体を観察する。
祈るような気持ちで、それを口元まで持っていき――。
一思いに、かぶりついた。
「あむっ、むぐむぐむぐ……。おいしいーー!!」
ああ……。このもちもちとした独特の触感!あまじょっぱい砂糖醤油の味……。
ついに、私は成功したのだ!お団子の精製に!!
師匠とのブレイクタイムで和菓子を食べたいなー、なんて思ったことをふと思い出して、魔法修行の気分転換ついでにやれるかどうか試してみたんだけど、ぶっちゃけダメもとで始めたから成功するなんて思わなかった。
今思えば、この世界に来てから私は一切和食というものに触れてこなかった。
和の雰囲気を感じたのだって、3週目で違う学園に行ったときに東の果ての小さな国の王子が見聞を広めるためにこの学園に数日間滞在なさるそうよ、なんて風の噂でちらりと聞いただけだった。
もちろん、米や味噌、醤油、なんてそんなマイナーなもの市場に出回ってるはずもない。
でも、一度思い出してしまうとどうしても食べたくなる。けど、手段がない……。
この世界に来てから、そんな歯がゆい思いを感じたのは一度や二度ではなかった。
だけど、今週の私は一味違う!なんたって、禁呪が使える!!
禁呪には、物質の構造の変換などを可能にするものだってある。それを使って、米の分子構造とかそういったものをもち米、白玉粉…と、段階的に変質させていったのだ。
いや、お団子っていうか、醤油を作り出せたことが何よりうれしい!
それに、もともとこの国にあるのって細長いインディカ米みたいなのしかなかったけど日本米に近いの精製できたし!あとは、味噌!
味噌が完成したら和食、三種の神器のそろい踏みだ!
これを使って、我が領の特産品として販売するのもいいかもしれないなー!
税制とか、戸籍、銀行、測地、保険、その多もろもろの改革は今までのループから成功する未来は保証されてるけど、こんな10歳程度の子供が言っても、聞いてもらえるかわからない。
今までは高等科入ってから、お父様にアドバイスして、思いっきり改革したけど、今週はもうちょっと早めに始めようとは思ってる。
何事も早めに備えておくことに越したことはないし、早いうちに基盤を作って、王子達がなんかしてきても、いいんですか?私の領地、こんな繁栄してるんですよ?下手なことすると、領ごと国から離反しますよ?いいのかなー?って遠回しに脅せるし、何より領民の生活が向上するしね。
やっぱり、ここはどうあがいても中世ファンタジーだ。
日本に比べると、貧富の差だって激しいし、飢え死にしそうな子供だっているし、薄暗い裏通りはスラム街のように治安が悪くなってたりする。
でも、自分の手の届く範囲でそんなことは起こってほしくない。
この国全てからそれらを無くすなんてたいそうなことはできないけれどせめて自領の民だけは豊かに暮らしてほしい。活気と笑顔があふれるような街づくりをしたい。
私のエゴにも近い理想論だけど、
何もしないでこの世界はなんて酷いの、だの、あの子達はなんて可哀そうなの、だの、そんな何の足しにもならない同情ばかり寄せていても意味がない。気に入らない現実はぶち壊せばいいのだ。
幸い、私には反則的な知識だって備わってるし、そういうのを動かせる立場でもある。
恵まれた立場にいるんだから、自分のやれることは何でもやらないと。
けど、せめて初等科にぐらいは入らないと、幼すぎて説得力がないかなって。
でも、商売は政には関係ない!
もし、和食がヒットしたら、資金が潤沢になるし、資金があれば、それを逃亡資金として蓄えたり、明日には死にそうな餓えた領民に一時しのぎの配給をする資金にすることもできる!配給ついでにその場で私の商売の手伝いをしてくれる人たちをスカウトしまくれば、働き口も見つかって、領民の生活が向上する!!ありがとう、禁呪!ブラボー、禁呪!禁呪万歳!!
そうと決まったら、早速行動あるのみだ。
「お父様ー!」
「おや、リリー?どうしたんだい?」
今日は珍しく、私は女の子の格好をしている。
そんな私がお盆を持って、登場したからか、お父様はなんだか眩しいものを見るように目を細めて、顔をほころばせた。
「これ、今、私が作った新しいお菓子!食べてみて!」
「ああ、ありが、とう?」
なにやらつるんとした丸い物体に、黒くどろっとした液体がかかってる珍妙なその食べ物を見て、お父様の笑顔がひきつった。
「お父様、安心して!それもう私、ちゃんと味見したから!おいしいよ?」
「あ、ああ、そうなんだね。ところでこれ、どうやって食べたらいいんだい?フォークとか、ナイフは?」
「ああ、そんなもの必要ないの。金属でできた棒に刺さってるから、横からかぶりついてみて!」
しばらく団子と睨めっこしていたお父様が意を決したように、はぐっとお団子にかぶりつく。
すると、お?という感じに目を見開いた。
「んん……!!なんだかわからないが、これ美味いな!
甘すぎないから食べやすいし、何よりこの弾力ある……、んー、なんといったらいいのかわからないが、この触感は面白い!不思議な味だけど、美味いぞ、これは!」
もっちゃ、もっちゃ、とお団子を食べ切ったお父様にニヤリと笑みを浮かべながら、そっと煎茶を差し出す。
「お父様、これ、煎茶……、いえ、グリーンティーっていうの。紅茶と同じ材料のものを発酵させず、ただ蒸らして作ってあるお茶なんだけど、お団子にとっても合うから飲んでみて?」
お団子で慣れたからか、見た目がまだ突飛ではなかったからか、今度はお父様もすぐに口をつけてくれた。
「おお、これは、紅茶とは違って、なんというか、喉に引っかからない、というか、さっぱりした飲み口だな。紅茶の風味も素晴らしいものだが、これも悪くない。
どこかほっとする感じで……」
「でしょ?で、お父様。相談なんだけど……」
「ん?なんだい?」
「このお団子やグリーンティーを販売してみてもいい?領の収入の足しに少しはなると思うんだけど、どうかな?」
「そうだな……。商品としては、十分の価値を持っていると思うし、物珍しいからまず売れるだろう。リリーがやりたいなら、やってみてもいいんじゃないか?」
「ありがとう!」
そんなこんなで販売にこぎつけた和食たち。まずはカフェという形で小さなお店を開いた。
その名もカフェ・ジパング。
和菓子と緑茶を中心に販売して、店の隅にひっそり味噌、醤油、日本米もどき、餡子、緑茶の茶葉などを少しだけ置いている。
材料は私が作るしかないんだし、あまり大量注文でも来ない限り、余らせちゃうしね。
最初は物珍しさから来るお客がやっぱり多かったけれど、今では、新しい食材に注目している料理人の方が材料を買い付けに来たり、その不思議な味にはまってくれた常連客が押しかけてきてくれた。
やっぱり万人受けするかっていったらまた違うみたいだけど、かなり人気も出て、それなりに繁盛しているし、王都にも店舗進出が決定したし、目論見通り、領民の生活水準も向上中である。
カフェも軌道に乗ったし、カフェ関連でさりげなくお父様に土地の権利の話とか出てくることもあるかもしれないから、測地とかしてそういったことをはっきりさせたほうがいいんじゃないかな?とか、うちの販売スタッフの家族が病気なのになかなか医者に診てもらえないんだって。そういうのを一時的に保障するためにお店の利益からお金を貸してあげたりしてるんだけど、そういった税を組み込んでも領民の生活向上につながりそうだよね。なんて、ちらほら吹き込むことにも成功している。
スノク師匠との魔法練習も楽しいし、シーナ先生との授業だってガンガン進んでいる。
レオンハルト様との剣術練習もだいぶ様になってきたし、レルクはたまにちょっかいかけてくるけど、すぐさまレオンハルト様にお叱りを受けるのか最近はその頻度もかなり減った。
エリック王子には、デビュタント以降もぱらぱら社交界で会っては話しかけられたけど、接触はそれぐらいで、エドガーに至っては全然あれ以来近寄ってこないし、ほかの攻略対象ともほとんど接触はない。
あれ、順調じゃない?これ、私に風向き来てない?
今週はBADED回避できそうじゃない?
「リリー、貴方にお手紙が届いていたわよ?」
「ん?お母様、誰から?」
何もかも順調に行き過ぎてしまったせいだろうか、和食にテンション上がりすぎて調子に乗った罰だろうか、私はすっかり忘れていた。
「エリック王子様からよ。最近、噂のジパングスイーツが食べたい。近いうちにモルガン領にお忍びで来る、ですって」
「え゛…………」
珍しい美味しいスイーツなんて世に出したら、高確率で甘党のあいつが出撃してくる可能性を忘れていたのである。




