波乱のデビュタント
ざわざわ、ここからでも人々の雑多な声が聞こえる。
緊張に汗ばむ掌をぐっと握りこんで、私はその重厚な扉の前に立った。
ついに、やってきた今日、私は男として華々しく社交界デビューするのだ。
まず、社交界デビューを飾る者は王城に参上しなければならない義務が発生する。
それぞれの権力者の監視が主な目的である。
権力を与えている貴族家の者、つまり次代の臣下を王が把握していないなんてことになれば、問題が起こった場合、どこの家の者の手合いの仕業か特定が非常に難しくなり、それぞれの家の処断が遅く、あるいはお咎めなしとなり、抑止力がなくなる。
ようは、舐められてしまうのだ。
すると、税の着服・横領なんてまだかわいいもので、下手をすると、私兵を秘密裏に強化し、謀反されてしまうという可能性も出てきてしまうのである。
まぁ、、それでも抜け穴というものはあって、代理の者を立てたりして、本人だと偽る連中もいるので王も頭を抱えているのだが……。
でも、そういう連中は不幸中の幸いというべきか、愚息を公の場に出したくないなどの見栄っ張りな理由が大半なので今はさして問題になっていないし、私には関係ない話だから置いておく。
そういった事情があっても、たいしたことない爵位の低い家の者や長子でなければ個人的に軽く王族の方にお目通りするだけでいい。貴族同士の交流を深めたいなら、各家で勝手にデビュタント祝いのパーティーでも開いてコネを作ればいいのだ。
だけれど、家格の高い家の、特に長子、となったら話は別だ。
王城に様々な家の者が呼び出され、玉座もある大広間で盛大なお披露目パーティーが開催される。
公爵家レベルの子女ともなったら、王族の婚約者候補にもばっちり当てはまるので
王家の子女達の結婚相手の物色という側面もある。実際、王族の方にそこで気に入られようと張り切って、念入りにおしゃれする者も少なくない。
また、そういったものとは別に公爵家というのは力を持っている貴族が多い。
まだ血筋のみで大した力がない、とかそういった類の家であればどうでもいいのだが、なまじ本当に政治的・武力的、どういった方面にしろ実力がある家というのは王族としても無視できない。ぶっちゃけそういった家とは王族側も個人的に懇意にしておきたいのである。
つまり、私に拒否権なんてものはゼロである。
こちらは女だとバレやしないかなんてヒヤヒヤもしてるのに、この扉の向こうには確実に宿敵であるファランドール王国第一王子エリックも当然のように座っているのである。
下手するとまだ幼い攻略対象どもがぞろぞろとそろい踏みしている可能性だって、十二分にある。
緊張でからからになった口で、ゴクリと唾をのむ。
気分はまさに敵陣に突っ込む兵士である。
しかも、普通の兵士じゃなくて、例えるならトロイの木馬の中に隠れた兵士だ。「おいやめろ、中身空洞なんだから、コンコン叩くな。確認すんな。頼むから気づかないでくれよ……!」と必死に祈りを捧げている先鋒部隊の気分である。
だがしかし、ここを乗り切って、モルガン家の子供は男だ!ということを周りに刷り込ませることができれば私の生存確率はぐーんとあがる。
誰かが言ってた!女は度胸って!!あれ、愛嬌だったっけ?とも思ったが、無視して勢いよく扉を開け放った。
次の瞬間、一斉に私をじろじろと観察する目に取り囲まれる。
しっかり確認したけど、禁呪はちゃんと成功したし、どこもおかしなところはなかった。
服だって、お母様たちが新調してくれたパリッとしたフォーマルスーツである。
死角はないはずだ!堂々と胸張ってりゃ、大丈夫だろ!!
不躾にまとわりついてくる視線も自身のバクバク言う心臓すらも無視して、背筋をピシリと伸ばし、優雅な動作でレッドカーペットをゆっくり歩いていく。王族の方々の御前まで来ると恭しく膝まずき頭を垂れた。
「国王陛下、お初にお目にかかります。ご招待に応じ、参上いたしました。
モルガン家が長子、リラ=モルガンと申します。今宵は私のような若輩者の為に、こうして陛下に謁見する栄誉をお与え下さり、また、このような場を設けてくださり、深く感謝申し上げます」
「リラ=モルガン、面をあげよ。そう気負わなくてもよい。今宵はお前の為の宴なのだからな、存分に飲み、食い、親睦を深めるとよい」
「ははっ、ありがたきお言葉にございます」
再度陛下に頭を下げながら、自然な感じで、つつつ、と数歩後ろに下がる。
すると、それを合図に陛下が声を張り上げた。
「リラ=モルガン、ならびに今宵この場に集まってくれた国民諸君。
また新しく国を担っていく若者が一人、成熟を迎えた。今宵は祝いの席である!皆、存分に楽しむがよい!」
次の瞬間、静まり返っていた会場にわあっ、と声があふれ出す。
なんとかなった……?と、不安な気持ちもそのままに、軽く陛下にもう一度礼をとって、踵を返すと、早速お母様とお父様の姿を探す。
けれど、押し寄せてきた人の波にあっという間に包囲されて、一歩も進めなくなってしまった。
「モルガン家の長子はご子息であらせられましたか。リラ様は聡明な顔つきをしていらっしゃる。これでモルガン家も安泰ですな。ザグラス公爵もご安心でしょう」
早速、とばかりにごますりを開始してコネを作ろうとする貴族の人。
「あ、あの、リラ様!私、ランダイト=カリーナと申します。以後お見知りおきを……!」
「お初にお目にかかります!リラ様、私はセオドア=ドーラと申しますわ。どうぞお見知りおきを!」
わらわらと我先にと、自己紹介合戦を始めるご令嬢達。
「やぁ、君がモルガン家の?ザグラス公爵からは何度も自慢話を聞いていたが、立派な息子さんだね」
おそらく、お父様の知り合いだろう貴族の人。
そんな人達に四方八方から、もみくちゃにされていた。
とりあえず、コネ作り系の人はパス!お嬢様たちも申し訳ないけど後で!せめて、親戚のおじさんみたいなノリの貴族の方と話したい……。
でも、ゲームのように選択肢がでるわけでもないから、しょうがなく「いえ、そんな」、「こちらこそ」なんて当たり障りない言葉で次々と人の波をさばいていく。
しばらく、そんなことを続けていると、突然人の波がモーゼの十戒のように割れた。
その先からゆっくり歩いてくるのは、天使の輪が輝くふんわりとしたサラサラの金髪をなびかせ、ガラス玉のようにキラキラとしたアイスブルーの瞳で興味深そうにこちらを見つめる男の子。
その幼さの残る出で立ちは、私なんぞよりもよっぽど穢れなき天使という感じで片手に福音のラッパでも持っていそうだ。
しかし、私には大鎌を持った悪魔にしか見えない。
何を隠そう、我が天敵エリックがなぜかこちらに接近してきたのである。
ぎゃああああああ!こっち来んな!!
内心で悲鳴をあげつつ、顔はにっこりと笑顔を浮かべ、失礼のないように軽く頭を下げた。
大丈夫、大丈夫、落ち着け……。まだだ、まだ奴は今週は何もしてないんだから……。
それに、エリックは将来的にくそ野郎になるが、この時期はどの週においても危害を加えてきたことはない。奴が、私を攻撃しだすのは、エレンが学園に入学してから。
つまり、まだその時ではない。今はまだ奴も可愛げのある時期なのである。
何も恐れることはない!
「リラ、と言ったか。顔を上げろ」
「はっ、エリック王子、私になにか御用でしょうか……?」
「ああ、モルガン家の長子の顔を今一度じっくり拝んでみようかと思ってな」
「は、はぁ……」
え、なんなのこいつ。
今まで私が女として、社交界デビューした時はもれなく「ふーん」で受け流してたじゃねーか。絡んでくんなよ。
しかし、成長した奴に比べればやはりかわいいものではある。
傲慢な感じの口調こそ幼少期から変わっていないが、いうなれば、転校初日の転校生を質問攻めにしようとそわそわして待ち構えてるクラスメイト、みたいな、君に興味津々です!オーラがはち切れんほど表情に出てしまっている。
将来的には俺様、何様、王子様ですが?みたいな自尊心の塊みたいなどや顔ばかりしてる嫌な奴になってしまうので、それに比べれば天使っぷりも格段に跳ね上がるというものだ。
「ふむ……。そうだ、リラ。時にお前はワッフルは好きか?」
何を思ったのかおもむろに近くにあった蜂蜜たっぷりのワッフルを皿にひょいひょいと3切れほど取り寄せながら、エリックは首を傾げた。
「え、は、もごごっ」
「食え」
まだこちらの返事も終わらぬうちに、いきなりもぎゅっとワッフルが口の中に突っ込まれる。
先がとがっていないフォークを使用しているとはいえ、人から力任せにワッフルねじ込まれたら痛いもんは痛い。
おいこらやめろ、なんでそこでどや顔?
若干涙目になりながら無理やり咀嚼し、何考えてんだこいつ、という目を隠しもせず、エリック王子に向けてしまったが相変わらず奴はご満悦の様子である。
「美味いだろう?」
「は、はぁ……。おいしいですね」
「うんうん、そうだろう、そうだろう。では、またな!」
えええええええ、マジで何がしたかったん、あいつ……。
あまりにも不思議ちゃん過ぎる行動にびっくりとしたが、その反動で思い出した。
あいつ、幼少期イベント、この時点では起きてないのか……!
シンレディでは主に学園生活を中心にシナリオが進んでいく。
攻略対象どもも、それぞれいろんな過去を抱えて生きているのかもしれないけど、ゲーム上においては、幼少期、過去シナリオが挟まれるのはパッケージにもデカデカと書かれている看板ヒーローであるエリック王子とその友人の秀才君、宰相の次男坊、エドガーの2人のみである。
そして、エリックの過去話とは、実は俺たち、幼いころに一度会ったことあるんだぜ?的なものだ。
その時のエリックは周りにでろでろに甘やかされて、気を遣ってくれるような連中ばかりに囲まれていた弊害か物凄く純粋なちょろい子で、そのうえ自分の中で出した結論を飛び飛びに話すようなタイプのコミュ症だった。
一応エリックには義母弟がいる。
ゲームでは、ちらっと名前しか出てこなかったが、第二王子のレイ=ファランドール様だ。
その第二王子を担ぎ上げる勢力に間抜けにもお菓子で釣られて誘拐された時に、その様子を街中で偶然目撃してしまったヒロインも一緒に捕まえられてしまったというシナリオである。
戸惑い、怯え、何が起こっているのかまったくもってわからず、パニック状態を起こしている幼きエリックを「大丈夫、大丈夫だよ、絶対大人の人が助けに来てくれる。もしだめでも、なんとか一緒に隙を見て逃げ出そう!」と、自分も震えているにも関わらず励ましてくれた幼きヒロインが初恋の君だったというかっこよくもないむしろ情けないエピソードだ。
余談であるが、完璧俺様エリック様にもこんな時期が……!とか、なにこのピュア天使、可愛い!守りたい!!と、シンレディのシナリオ上評価はそれなりに高かった。
とりあえず、エリックはその事件を転機に、ただ流され、甘やかされるだけだった状態から脱し、人に舐められないようにと自ら勉強に精を出し始め、鍛錬を重ね、他人を疑うことを覚え、しかし疑心暗鬼にも陥らない、甘言や噂に惑わされない、民の為の王になろう!と、心機一転して、次期王としての威厳、器を手に入れ始めるのだ。
まぁ、それも?私を罰した時点で目曇りまくりなんだけどね?
と、私怨はさておき、今のあいつの思考回路は単純なお菓子馬鹿である。
よく考えたら、私が5週目で攻略キャラと仲よくしよう大作戦を実行したときも王子が甘党なのを利用して早い段階で取り入るきっかけを作ることができたのだ。
エリック王子様、これ、うちの領自慢のフルーツタルトなんです。どうぞ召し上がってください!とか言ったら、「うわぁ、いいのか?!お前、気立てのよい娘ではないか、気に入ったぞ!今日から私達はスイーツ友達だ!」と速攻でなついてきたので逆にお前、それでいいのか……。と戦慄した記憶もある。
……あのお菓子好きのエリックが私に自らお菓子をくれた。
どうやら男である私のことは初っ端から好ましく感じてくれたらしい。
もしかしたら、この時点でのエリックの男友達と言ったら秀才君ぐらいしかいないはずだから、王家と近いぐらいの権力を持つ公爵家である私となら気軽に友達になれるとでも思ったのかもしれない。それなら、辻褄があう。
今の状態の奴のお菓子の受け渡しというのは、それだけで友達認定でもあるのだ。
つまり、先ほどのやり取りは一方的ではあるものの俺達、友達だからな!と言われたに等しい。
多少ほっこりする行動でもなくもないかもしれないし、男となった今ならちゃんとした友情が築けるかもしれないとは淡く思いつつも、今まで散々ひどい目にあわされて、しかも一度裏切られた身としてはめちゃくちゃ複雑である
あの、私、基本、アンタらのこと避けたいんですけど……。
もしくは、一度全力で殴らせろって感じなんですけど……。
でも、奴はこれから先、ひとまずエレンと出会うまで、フレンドリーに話しかけてくることは決定事項なのである。
しかも、それを無視することは不況を買いやすい=BADEDへ一直線!である。
気が重い……。
軽く痛む胃を抑える私に、誰かの声がかけられた。
「あなたがモルガン家長子……?リラ様、でしたっけ?」
げっ!!
第2の刺客、秀才君、もとい宰相の次男坊エドガー=キースの襲来だった。




