お化け屋敷
「ねえねえ、お化け屋敷一緒に行こうよーお願いだからー」
「嫌だって言ってるじゃん怖いもん、他のところに行こうよ」
僕の腕をつかんで上下に振りまくるのは幼馴染の桜子、女の子らしからぬ怖いもの知らずでお化け屋敷とかがすごく好き。
対して僕はそういうのは嫌い、怖いからね。
「去年の夏もそういって結局行かなかったじゃん、今年はお化け屋敷一緒に行こうよ。お願いだからさ」
瞳を潤ませ、上目遣いで僕に頼んでくる桜子、これを断るのは僕の心情的にも周りの目的にも厳しい。
「うーん、いいけどあんまり怖くないところにしてね」
「やった!!友達に聞いたとびっきりの場所があるの!終業式の後いこうね!」
先ほどとは一転、花が咲いたような笑顔で友達のもとへ戻っていく彼女、とびっきりの場所ってそれはすごく怖いお化け屋敷なんじゃないだろうか……
そんな会話をしてから3日ほど経過し僕の通う高校は終業式、僕の憂鬱な心を嘲笑うかのような快晴で式は進む。校長の話がずっと続けばいいのに、こんなこと思っている生徒はきっと僕だけだろう。
式は時間が決まっているものなわけで、それはもうきれいに予定通りに終わり夏休みがやってきた。それはうれしい。それは。
「それじゃあハル君いこっか、早くいかないと並んじゃうよ!」
「今からでもいいから別のところにしない?フルーツパーラーとか、この間行きたいって言ってたじゃん」
「だーめ、今日はお化け屋敷に行くの。この間いいよって言ったでしょう?」
彼女が僕の願いを聞き入れてくれることはなさそうなので仕方なく、本当に仕方がないがお化け屋敷をやっている場所に一緒に行くことにする。
「本物の廃病院を使った本格的なお化け屋敷なんだって、楽しみだね!」
「あんまり怖くないところにしてっていったよね……すごく怖そうなんだけど……」
「ハル君は多分どこも怖いっていうから一緒だよ、怖かったら私にしがみついてていいからね?」
「それはいい、桜子こそ怖かったら僕にくっついてていいからね」
「はーい」
流石にお化け屋敷で女の子に男がしがみつくのは不味いだろう、普通は逆だし僕もしがみつくよりはしがみつかれたい。
二人で適当に話しながら電車と徒歩で目的地に向かう、行くと決めたはいいけど足は鉛のように重かった、できれば行きたくない……。
二人で話しているうちについてしまった、外から見るだけでも寒気がするような不気味な廃病院、そこにはそれなりの数の人が並んでいた、学生が多いので彼らも僕らのように終業式で早帰りだからと来たのだろう。
「結構並んでるね」
「チケットかって私たちも並ぼうか」
「僕が買ってくるから並んでていいよ」
「今から並んでも買ってから並んでもそんなに変わらないだろうから一緒に行こ!」
二人でチケットを買いそのまま列に並んで1時間ほどたっただろうか、並んでる間妙に寒気がするのはきっと演出なのだろう、そうに違いない。
「ここの病院はお化け屋敷になる前から呪われてるって言われてて実際お化け屋敷作るときの工事でも不可解な事故とかがあったらしいよ」
「それって不味いんじゃ……お祓いとかちゃんとしたのかな」
「お化け屋敷なのにお祓いなんてしちゃったら意味ないじゃん!私はお祓いしてないほうに一票!」
「絶対お祓いしてるに一票、順番回ってきたみたいだから行こう」
係員からこの病院のそういう話を聞かされライトを渡されて送り出される。順路はところどころに矢印が書かれていてそれでわかるらしい、血で矢印が書かれているように見えるが気のせいだろう。
「薄暗くて不気味だしなんか寒気もするんだけどやばいんじゃないのここ……もうギブアップしたいんだけど……」
かなり怖いお化け屋敷らしく途中でリタイアしたい人は別の通路で出口に直接行けるようになっているみたいだ。
「ハル君は怖がりだなあ、ほら私がついててあげるから頑張って進もうよ、愉快なお化けが待ってるよ!」
桜子が手を握ってくる、暖かくて不覚にもドキッとしてしまった、吊り橋効果だろう。伝わってくる温もりが安心させてくれるようで頑張って進もうと思えた。そう思った矢先。
「愉快なお化けってこの雰囲気からしたらば違いすぎて逆に怖――っ!!!」
出た!出た!お化けが早速出た!!!全身から冷や汗が出ている気がする、僕の顔はきっと恐怖で真っ青になってるだろう。
「桜子、もう帰ろう、お化けも出てきたし帰ろう、リタイア用の道もすぐそこにあるみたいだしそっちに行こう」
「えー、大丈夫だよ。もうちょっと頑張ってハル君」
桜子がとびっきりというだけあって出てくるお化けが本物なんじゃいかっていうくらいリアリティがあって(存在しないのにリアリティはおかしいとも思うけど)とにかく怖い。こうなっては男としてのプライドとかもうどうでもよくなって桜子の腕に抱きつく、ああ、すごく格好悪い。だから来たくなかったんだお化け屋敷なんて。嫌われたらいやだなぁ、きっと大丈夫だと思っているけれど頭の片隅でそういう可能性が浮かんでくる。でも怖いから格好つけてなんていられないし仕方ないんだこれは。
「ハル君可愛いね、普段とは大違い」
「だから嫌だったのに……」
機嫌良さそうにそんなことを言う桜子、僕のメンタルはズタズタだ。
「そろそろ廊下終わるね、何の部屋だろう……手術室?」
「うあぁ、絶対出るじゃん……行きたくない……」
「進まないと終わらないよ、ほら歩く歩く」
僕はぐいぐい引っ張られて手術室っぽいところに入る。壁は全体が青いタイルでそこら中に血が飛び散っているように見える、でもきっと部屋が暗いからそう見えるだけで本当はきっとお茶のシミとかそういうものに違いない。きっとそうだ。
真ん中のほうをみれば手術台があり、そこはここに人がいるよ!と言わんばかりに膨らみがある。きっとここから飛び出してくるんだろう……
「痛い……苦しい……」
手術台からうめき声とともにそんな言葉が聞こえてくる。わざわざ存在を知らせてくれるとはありがたい、急に出てこなければ多分僕でも耐えられるはずだ。突然襲い掛かってこないようによくそっちを見ながら手術室の出口に向かう。
その時、後ろからずるずると何かを引きずるような音が聞こえた。後ろを見ると眼がないように見える女の人がそばまで近づいていた。
「……して…………私の眼を返して……」
僕たちに向かって手を伸ばしてくる。たまらず後ずさるが、しかし後ろからもまた声が聞こえる。
「痛い……苦しい……」
手術台で横たわっていたはずのお化けがいつのまにか起き上がって僕たちのほうに向かってきていた。
「そんなのきいてない!!」
たまらず僕はリタイア用の道に向かって駆け出した。桜子を置いて。
「ちょっとハル君!?」
そんな声を背に受けながらも走る。申し訳ないとは思いながらも足が止まってくれなかった。
「結局リタイアしてしまった……桜子もおいてきちゃったし、どうしよう」
少し桜子を待とうかとおもったがリタイア用の道なのにあまりにも暗い。リタイアするんだから明るくしてくれてもいいのに……。ここで待つのも怖いので先に出口に向かってそこで待つことにする。きっと桜子もリタイア用なり正規の道なりで出口に来ることだろう。
そう決めて歩き出したはいいが5分ほど歩いても出口につかない、これだけあるかされて案内もないのはどうなのだろう。
それからもう5分ほど歩く、つかない。流石にちょっとおかしいんじゃないか、気づけばさっきまで聞こえていたほかの客の叫び声なんかも聞こえなくなっている。僕の歩く足音だけが響く廊下、明かりは僕の手に収まるライトだけだ。
「どうしよう……怖くなってきた……」
足も止まってしまった、怖くて進めない。まあ進んでもきっと出口につかないから問題ないだろう。
「戻ったほうがいいかな、進んでもダメそうだし戻ろう、きっとリタイア用とは別のとこに行っちゃったんだ、あの時慌てていたし」
意を決して振り返りまた歩を進める。だんだん時間の感覚がわからなくなってくる、さらに不安になってきて走ってみたりもしたが元の場所に戻れない、もう戻れてもおかしくないくらいには進んだはずなのに。
「もう泣きそう、なんで僕がこんな目に合わないといけないんだ」
怖いし疲れたしで足が動いてくれないのでその場に座り込む、夢だったりしないだろうか。座り込んで少しした、不意に足音が聞こえてくる。僕以外の迷い込んだ人なのか、それとも……。悪いほうがおきそうで怖いのでうずくまる。できれば気づかないで去ってくれ……!
「ハル君!やっと見つけたよ、勝手に走って行っちゃうんだから!」
「へ?桜子?」
「そうだよ、私だよハル君、こんなところで何してるの?出口はあっちだよ、早くいこう」
僕を照らすライトがまぶしくて顔はよく見えないが間違いなく桜子だ!助かった!!
「何か迷っちゃったみたいなんだ、よかった桜子が来てくれて。もう二度と戻れないかと思った」
桜子が伸ばしてくれた手を取る、あまりに怖かったからなのか体温が感じられなかった。
いかに僕が大変な思いをしたか話したり、安心したからか饒舌になって僕ばっかり話していた。気づけばリタイア用の道に入れているようで案内板も見えた、一安心だ。
外の光が見え思わず走っていく。外だ、太陽も出ていてとても暖かい。
「あ、やっとハル君戻ってきた、何してたの?普通に進んだ私より遅いって」
「え?桜子?なんでそこにいるの?さっきまで僕と歩いていたはずじゃ」
「何言ってるのハル君、私を置いてったのハル君でしょ!怒ってるんだからね!」
「え……ああ、悪かったよ……」
「ハル君大丈夫?顔色悪いよ」
確かに暗くて顔が見えなかったしそのあとも、なぜだか顔を見た覚えがない。とりあえず太陽の下でべんちにでも座って休みたい。ひどくめまいがした。