女子小学生二人がケーキ屋さんに行く話
「此処が噂のケーキ屋さんですか」
身長の高いすらっとした少女が、独り言のように言った。短く美しい黒髪が風にたなびく。
「おう。昨日テレビでやってたのはここで間違いないぜ」
隣に立つ、一回り体の小さな少女が眼鏡をかけ直しながらそれに応える。少し自慢げな表情だ。今日は二人で、昨日偶然にもテレビで紹介されていた店に足を運んだという訳だった。テレビと言ってもローカルなので、店が混み混みで入店できないなんて事態にはならないだろう。
「しかしセンちゃん。私たち小人だけでこんなオシャレな店に入っても良いのでしょうか?」
「何言ってんだぜ凛。店の前まで来て引き下がれるかって話だぜ。ほら、ディスプレイのあのケーキとか超おいしそう」
センちゃんと呼ばれた少女、桜凱旋はキラキラした瞳で応えた。名前もキラキラなのは気のせいだろう。一方、凛と呼ばれた少女、梁凛麗はまだ尻込みしているらしく、さっきから視線をうろうろさせてばかり。確かに、店の外観はおしゃれでシックで優雅な雰囲気だ。子供だけでは入りずらい。
「えーい! もう腹をくくるぞ凛!」
言って、桜は凛の手をぎゅっと握る。そうしてそのまま店の中に引っ張って行った。途端に顔を真っ赤にする凛。そんなにこの店に入るのが恥ずかしいのか……。桜は不思議に思った。
店内も外のイメージと変わらずオシャレそのもので、全体的に落ち着いた大人の雰囲気が漂っていた。しかし照明は明るく照らされており、陰気な感じは全くしない。
「いらっしゃいませ。二名様でよろしいですか」
素敵な店員さんが聞いてくる。たぶん心の中では『子供だけ……?』なんて思っているだろう。しかし、そんな素振りは全く見せず、二人を席へと案内する。
年季の入った樹で出来た丸テーブルに案内された二人は、それぞれ対面へと座った。
「私はもう何頼むか決めてたんだよね」
言って、桜は革張りのメニューを指差す。どうやらチーズケーキを頼むらしい。
「私はどれにしましょうか……。うーむ……」
凛はひとしきり悩んだ後、この店では和菓子も扱っていることに気が付いた。
「お、この店には蕨餅があるんですね。私これ好きなんですよ。これにします」
「わらびもちってアレだろ。きな粉つけて食べるやつだろ」
「ええ、そうですよ」
「中国の人ってやっぱり『このきな粉、もしかすると黄砂かも……』とか思ったりするの?」
「思わないですよ……」
「じゃあ、きな粉が黄砂に見える瞬間とかは無いのか?」
「それも無いです」
「じゃあ、酸素を吸ったと思ったら実は『黄砂を吸っていました!』って経験は?」
「無いですよ! 黄砂はそこまで生活に密着してません!」
凛曰く、服にはよく密着しているらしい。ことごとく払うの超大変。尽力すべし。
二人は店員さんを呼び、チーズケーキとわらび餅を注文した。桜はコーヒー、凛は紅茶を一緒に頼んだ。
「凛は紅茶に砂糖入れる派?」
桜が砂糖の瓶を見ながら言う。
「ええ、甘いほうが美味しいですよ」
「この砂糖がさ。もしもPM2.5とすり替わってたらどうする?」
「なんですかその科学的嫌がらせ!?」
「じゃあ、砂糖がPM2.5に見える瞬間とかは無いのか?」
「ないです!」
「じゃあ、酸素を吸ったと思ったら実は『PM2.5を吸っていました!』って経験は?」
「その経験は多分あるから反応に困る!」
凛曰く、外に出なければ安心! との事。買おう! 空気清浄機!
「でも最近は、PM2.5が観光の一部になってるらしいですよ」
凛が『そういえば』、といった感じで言う。
「ん? どゆこと?」
考えてもよく分からなかったようで、素直に首をひねる桜。その反応が面白くて、凛は少々自慢げに解説を始めた。
「PM2.5で曇った街並みを写真に収めるのが流行してるらしいんです。PM2.5が無かった時代の写真と並べて掲示したりするんですよ。『わっ、凄い! 超曇ってる!』っていう歓喜の声が上がってるらしいですよ」
「その流行りが解決する事を祈ってるぜ……」
そんな話をしているうち、ケーキ(わらび餅)とコーヒー(紅茶)が運ばれてきた。超おいしそう。
「おお……流石、本物のケーキって感じがするぜ……」
桜が嬉しそうに、チーズケーキを写真に収める。
「はいチーズ」
カシャ。様々な角度で写真を撮る桜。
「チーズケーキ撮るのに『はいチーズ!』だって! 面白いな!」
桜が超笑っている。超楽しそうだ。ぶっちゃけ騒がしすぎて少し恥ずかしかった。そんな桜を出来るだけ温かい目で見守りながら、凛は自分のわらび餅に目を向けた。器にきな粉が盛り付けてあった。なんか黄砂に見えてきた。桜を少しだけ怨んだ。気を取り直して、一口食べてみた。あ、超美味しい。
凛が一口目に舌鼓を打っているうち、桜はいつの間にか既にケーキを食べ終えていた。圧倒的早さだ。新手のマジックかと思った。
「そういやさ。凛の本名って漢字多いよな。あれ書きづらくないの?」
コーヒーをスプーンでくるくるかき混ぜながら桜が言う。
「そうですね……。生まれが中国なので、漢字は特に難しいとは思いません」
「だよなぁ。でも、私は抵抗超感じてるぜ。『桜凱旋』って、女の子の名前じゃないよなぁ……」
桜はあまり自分の名前を気に入っていないらしい。凛は桜の名前が個人的には好きだった。格好良いし、明るい性格の桜に合っている気がする。
「うーん……。でも、『凱旋』が漢字で書ける小学生って格好良いと思いますよ」
「でもさ、凱旋なんて言葉、今まで一度も使った事ないぜ」
「た、確かに……」
「パパやママですら、私の名前を書き間違える事あるんだぜ。私の名前をちゃんと書ける人なんて、今まで凛くらいしか見たことないぜ」
「……そ、それは良かったです」
目を伏せ、顔を赤らめる凛。褒められるのに弱いのかな。桜はそんな感想を抱いた。
「日本に来てもう1年だっけ? 凛は日本のどこが好きなの?」
「そりゃ、センちゃ……」
言いかけて、言葉が詰まった。危ない。もう少しでめっちゃ恥ずかしい事言うところだった。
「ん?」
「……煎茶が美味しい所ですかね」
「なんだそれ! えらい地味な理由だな!」
『センちゃんが居るところが好きです』という言葉は、紅茶と一緒に飲み込んだ。入れた砂糖が少なかったせいか、少しだけ苦かった。
そうこうしているうち、凛も自分の分をすべて食べ終えた。
「結構長居しちゃいましたね。今何時ですか?」
凛が何気なしに桜に問いかける。
「PM2.5時だな」
「午後2時30分ですね」
「言い直す必要なくない?」
「いえ、由々しき事態です」
そうかー、と何の気なしに笑っている桜を見ていると、自然と楽しくなってくる。凛は桜に分からないくらいに小さく笑った。
「そろそろ出ましょうか」
凛が桜に目配せしながら言う。桜は『そうだな』と言って、よっこいしょと立ち上がった。おじさんくさい。
「なぁ、この後凛の家に行っても良いか?」
「ええ。大丈夫です」
そんな会話を交わしながら、二人はケーキ屋さんを後にした。