何の為に頑張るのか
埼玉県の西部地区のある街には達人がいるらしい。
そんな噂を聞いて私が配属されたが、内心面白くない話だと思っていた。
「27歳で達人ってどう考えても天才なだけじゃない」
そう、この街にいる達人は27歳の若造だと聞いている。私も29歳なので社会の中では若造だが、それよりも下の人間が達人を名乗っているのだから誰がどう考えてもインチキか天才のどちらかだ。
正直に言おう私は天才が大嫌いだ。いや、才能に溺れて努力をしない人間が嫌いだ。そりゃ才能がある人間だって努力をしているのはよく知っているよ。ただし現代の日本で天才と定義される奴らは5段階評価なのに10がついてしまうような規格外の人間を指す。人間では成しえない事ができる者達、そういった限られた存在のみ天才と呼ばれる。天才とは理不尽な存在である。
今回も上の判断では恐らくそういった存在なのだろう。
「今回のがそういう奴だったら、うまいこと絶対こき使いまくってやるんだから」
最寄りの駅を降りてみると、大型の書店があるだけで、後はあまり変わり映えしない街並みを眺めながら、私は憂鬱になりつつも、仕事として割り切って足を動かしていた。
そもそも達人という言葉も嫌いだ。私は現代に伝わっている古今東西の武術、格闘技と呼ばれるものは手を出してみたが、古武術が実戦で使えると思った事がない。
達人と呼ばれる人が実践の場に出ているのを見たことがほとんどない。
そんな胡散臭い上に嫌いな人種に会いに行くことに心底嫌になっていた。
そもそも場所も場所だ。駅付近こそ住宅街だったが、歩くにつれ畑ばかりである。
こんな所まで私が来なければいけないのは、よほど警察に人材が足りていない証拠であろう。
そう、ここ10年で国内の事情は大きく変わった。
まず格差が大きく広がった。収入の多い人間は依然として裕福な生活を続けているが、中流と呼ばれる人間が減り、下層の人間が増えた。
現在は究極の自己責任社会、その中でも求められる要望が高い為、努力をしない、結果を出せない人間はどんどん切り捨てられていった。生活保護法も廃止されて何年もたった。
そうなると下層の人間は職にありつけず、住む場所も無くなる人が続々と増えた。土地にアパートばかりたつのに、住める人間が減ったと揶揄される程だった。その結果当然の事ながら、治安は一気に悪くなった。
その結果警察の仕事は主に治安維持の活動が主となった。さらに中央集中となっている。警視庁や各県警を廃止、警察庁による全国対応という名ばかりで、基本は東京付近に人材が集められている。
そして、一番大きい所が自衛隊の廃止だ。
税収の低下が止まらず、世論の声から廃止になった。その結果、規模の大きい暴徒を相手にするのも警察の仕事になってしまった。
当初は身の安全の為に発砲もやむなしという状況が続いていたが、どれだけ努力を怠り税を納められなくても、現在の法では市民の一人と計算されてしまうのが、暴徒達だ、彼らの声で発砲をして良いものかという声が高まり、規制が強くなっていった。
その結果現在では法律で拳銃の発砲に関しては、以前よりも厳しくなってしまい、結果、警棒や格闘術の技術が求められるようになった。
当初いた人材だけでは当然のごとく人手が足りず、また暴徒に対応できるだけの人材も数少なかった。
そうした事情から現在では各地で自警団のような物が出来上がった。警察がカバーできない部分、主に地方で自分たちの街は自分たちで守ろうという動きだ。
その中で優秀とされる人材に警察では声をかけ、拾い上げているという事情だ。
自警団は確かに地域を守る役割を果たしてくれているが、地域差は大きく、またやりすぎてしまう事も多々あり新たな問題の一つになっている。
今回の目的の男も自警団に所属しているようだ。
「井上伸平、27歳ね・・・・本当にどんな奴なんだか」
事前に渡されていた資料によると古武術の達人で、触れただけで相手が投げられてしまう事、まるで人形師のように人を操るという。
以前テレビでやっていた柳龍拳をイメージしたが、少し胡散臭さが隠せない。本当にあんな芸当ができるのであれば天才に違いないだろう。
そしてその人物が手に入れば、治安もよくなるに違いない。何しろ天才はいるだけで、その地域の抑止力になる。自警団にいるのと警察として活動しているのではその部分で大きな差が出る。自警団ではある地域限定の抑止力だが、警察として活動していれば、最低限県単位の抑止力になる。そこが上の一番の狙いだろう。
考え事をしながらさらに歩を進めると、畑が周囲に広がる地域に出た。事前の調べによるとこの当たりの公民館が自警団の事務所を兼ねているとの事だ。
それにしてもこの辺りになると畑や木が茂っていて都心では考えられない風景が広がっている。私の田舎に少し似ていて気持ちが落ち着く。
私は地方の出身だ。実は結構珍しい。現状中央集中型の社会になっている事から住む場所で格差が生まれている。地方出身の人間は公務員にでもならない限り地方で人生を終える。中央出身の人間は中央で終える。もちろん生活の質や収入の格差は広がり続けている。
だから私のように地方から中央にやってきた人間はごく少数で、疎まれやすい事もあり、こういった地方へのスカウト業務に回される。地方に1人で行くという事は危険も多く、比較的能力があるが、使い捨てられても困らない程度の中途半端な人材が起用される。
駅から30分ほど歩くと目標の場所につくが、誰もいないようだ。一般的な公民館で、集会所には自警団の看板があるが、人はいないようだ。
それもそうか、自警団と名乗っていても普段は別の仕事をしている。日中からいる事は少ないと聞いている。それでも日中に来たのが、彼が古武術道場の長男と聞いていたからだ。もしかしたら他の仕事をしていないのかもしれない、そして一人でいれば話がスムーズに済む。この地方からしたら彼が引き抜かれるのを嫌がられて妨害をされる可能性があるからだ。今までも何度も経験している。快く送り出すのは両親くらいだ。地方の貧しく不安な生活をさせるよりも公務員として生活の保障される場所で活躍してくれる方が幸せだと考えるからだろう。
ただ日中いないとなると道場だろう、公民館よりもさらに奥地にある。そちらに向かおうと思っていた所、駅方向が騒がしい。もしや暴動でも起きているのかと思い、スカウトを一旦忘れ、道を急いで引き返した。
慌てて向かうとやはり暴動が起きていた。金属バットや木材などを手に十数名が駅前の書店を襲っている。一人で抑えられる状況ではない。
「といっても見捨てる訳にはいかないのよね」
覚悟を決めて向かおうとすると、襲われていた人の中に中途半端に立ち向かおうとしている人がいる事に気づいた。それも身長は170センチ前後で体格も良いとは言えない、顔もどちらかと言えば温和な印象を与え、ぼんやりしてそうな男だった。書店には似合うかもしれないが、戦いに向いていそうな印象は全くない。
「危ないからやめなさい」
私は叫ぶと同時に走りだした。抑えられる自信はないが、一般人に危害が加わるのを見過ごせる程、冷静ではいなかった。
しかし、走りだしたと同時に、人が飛んでいた。
男を囲むようにしていた暴徒が近づくと同時に飛んでいる。人がくるくると回って地面を転がっていく。それはフィクションの世界だった。
バットを振り上げて襲い掛かる男が振り下ろすと同時に前宙をしているかのように回っている。どれだけ囲もうが彼に触れる者すらいない。
私は確信した、今回のターゲットは彼だ。そして本物だと。
助けに入っても邪魔になるとか、そんな理屈でなく、魅入ってしまい立ち尽くしてしまった。
ものの3分程で14名いた暴徒が全員地面に伏している。
私は気を取り直して彼に近づいた。
「危ない!」
彼が叫ぶと同時に私は警戒を強めると、お店の中にも1人暴徒がいたようだ、相手はもう木材を振り下ろそうとしている。
私は避ける事は不可能だと判断し、距離を詰めた。
抱きかかえるように相手の脇に腕を回し組み付いた。相手が振り下ろせず困っている所で足を払い、倒し、馬乗りになった。
相手が嫌がり背を向けた所を喉元に腕を回し締め上げた。相手が落ちたのを確認して立ち上がった。
「ありがとう。油断していたわ」
「驚いた。強いんだな」
「あなた程ではないわ。井上伸平さん?」
「俺の事を知っているのか?」
「そうね、私の名前はは桜庭彩希、あなたに会いに来たの」
「この辺では見ないが何者だ?」
私は懐から警察手帳を出して彼の目の前に出した。
彼は少し驚いた表情をしたが、すぐに警戒した表情に切り替わった。
「俺をスカウトしに来たのか?」
「あら、話が早いわね。その通りよ」
「俺は絶対にいかないから無駄だぞ」
彼はそういうとお店の中に入っていった。よく見ると彼の姿は店員の姿そのものだった。ネームプレートもついている。
「天才武道家が書店員・・・・」
予想と大きく違うが、考えようによってはこの当たりで一番目立つお店の1つではある。
全国規模のチェーン店だ、警備員兼任で雇われていてもおかしくないのかもしれない。
正直あまり考えられないが、それ以外は考えられない。
私はとりあえず暴徒の処理を地元の人間と連携し、終わらせて改めて尋ねる事に決め、後処理に集中した。
思ったよりも時間がかかってしまい、お昼過ぎから始めたのに夜になってしまった。彼らが実は暴徒というよりも、雇われの人間で、彼を狙った犯行だという事が分かってしまったのが大きい。
話をまとめると彼は自警団にすら入っていない事、その癖この辺りで何か問題を起こすと出てきて邪魔をする時もある。そして出てきた時の失敗率は10割という驚異的な数字になってしまう。
正直計画的に暴動を起こしている人間にとって不確定要素が強すぎて邪魔でしかない。排除することに決まりお金で集められたようだ。
概要を含めて伝えに行こうとお店に向かうと彼はまだ働いていた。何も知らずに見ると普通の店員でしかない。後1時間もしないで営業時間が終わるようなので、最後まで待っていてみよう。
彼の姿を見ていると、どこからどう見ても普通の店員さんだった。それも非常に真面目な印象を持った。ただし手際が非常に悪い。一生懸命さが伝わるがゆえに歯がゆい。
何で能力に見合った仕事をしないのだろうと不思議に思う、あれだけの能力があるのだ。選びさえしなければもっと合った仕事はいくらでもある。
例え警察でなくても、こんな兼任でない用心棒的な仕事やボディーガードだってある。金銭的な面で言えばそちらの方が魅力であろう。名誉でも金銭でもなく地元愛によるもの以外ありえないだろう。
ここまで地元愛が強ければ今回は難しいかもしれないと考えてしまう。
仕事中から凄く気になっていた。あの警察官の女がちょろちょろ視界に入っていた。
正直見た目だけはタイプだったので気になって仕方がない。黒い髪を綺麗に短く整えていて、目はパッチリしている。それでいて顔に少し膨らみがある。体系は痩せすぎていなく、健康的な印象を与える。身長も自分よりやや低く、女性の中では若干高い方ではないかと思う。その身長を少し猫背に小さく見せているのが印象的だ。
そんな彼女がこちらを見ては驚いた表情や呆れた表情を見せている。普段から仕事に関しては要領が悪いのに気になって余計にうまくいかなった。
仕事を終えて帰ろうとすると店の前に彼女が立っていた。こちらの姿を見つけると待っていたと言わんばかりに、堂々と歩み寄ってきた。
「お疲れさま」
第一声は予想外で少し呆気にとられてしまったが、気を引き締めた。
「そちらこそお疲れさま。仕事とは言えこんな時間まで待つなんて大変だろう。でも俺は行かないからな」
「スカウトだって分かってくれているのね。なら話は早い。大丈夫、基本的にはこの地に居てもらって有事の際に出てもらうってシステムもあるから」
「どういう事だ?」
「ここを離れたくないって事じゃないの?」
「それもあるが、それ以上に俺は警察の仕事何てしたくないし、興味もない」
「あれだけの才能があるのに、最大限活かさないなんてもったいないじゃない」
「俺は確かに天才だよ。だけどこんなものに価値なんてない。自分の力で勝ち取ったものじゃないと意味がないんだ」
「ふざけないで。どれだけの人が欲しがっているものだと思っているの。それがあればどれだけの人を助けられると思っているの」
彼女は凄い剣幕で掴みかかってきた。俺は振り払おうかと思ったがあまりの気迫に圧されてしまった。
「だから目の前にいる人くらいは守ってるんだろう。俺だってこんな力使いたくないよ。これ以上負担をかけないでくれ、世論だの理由をつけて銃火器を使用せず一部の人間に負担をかけるやり方の方が卑怯だ」
あまり言いたくなかったが、一部の人間に負担をかけるやり方が納得がいかない気持ちは常に持っていた。一人はみんなの為に、みんなは一人の為にとか言いながら基本的には一部の人間が頑張って、使えない人やさぼっている人間の分まで働いているのが世の中だ。
それなら力のあるという理由だけでやる事を限定される筋合いはないし、その為に自分が犠牲になるのは御免だ。
力があるから頑張るのではなくて、自分はそんな物がなくてやれるんだという事を証明したかった。
そして何よりも自分の才能が限界がきた時に今のままでは、何も残らない。それが持っている者としては非常に怖い。
彼女も思うところがあるのか少し気持ちが落ち着いたようだ。
「わかったわ。今日は取りあえず帰るよ。失礼な事を言ったのは謝るけど、諦めるつもりはないから」
彼女は背を向けて帰って行った。俺はその背中を見つめながら、彼女も何か強い思いがあるのかと考えてしまった。
翌日、今日は仕事が休みという事もあり、今日は電車に乗って書店巡りをしようと思っていた。家を出ると彼女が立っていた。昨日の格好が完全に運動を前提とした恰好だったが、今日は上下白を基調とした恰好でスカートを穿いている。
「おはようございます」
凄い女の子らしい可愛げのあるお辞儀をしてきた。正直昨日の姿を見ているから気持ち悪い。
「何しているの・・・・」
「いや、色々作戦を考えてみたのだけど、面倒くさそうな性格をしているから理論的には難しそうだし、私に惚れさせてついてこさせる作戦にしてみました」
目が点になるとはこの事だろう。正直何も反応ができなかった。
「お、効いている効いてる。やっぱり清純派が好きそうな顔してるからね」
俺が呆然としていると彼女はニヤニヤとしている。見た目はともかくどこが清純派なのだろう。見た目は別として。
確かに白を基調とした恰好にスカート。髪は元々短くまとめられていて黒髪で、どこからどうみても清純派だろう。
だが昨日の暴漢を抑えている一面やその後の一面を見ている上に、今日はこんなふざけた態度を取られてどういう反応を期待されているのだろう。少なくとも清純派で好みでついていきますとは思いもしない。
「あの、俺、今日は忙しいので」
手を合わせて謝り、その場を離れようとしたが、彼女が追いかけてきた。
「酷いじゃないですか、一緒に行きましょうよ。今日もお仕事ですか?」
「今日は休みなので、ちょっと一人にさせて下さい」
足早に急ぐが、彼女も鍛えられているだけあってしっかりとついてくる。足元を見ると歩きづらそうな靴を履いているが、それでも必死についてくる。少し可哀想かなと思っていると彼女は足を踏み外して転んでしまった。
僕は思わず足を止め振り返ってしまった。そして手を差し伸べると、彼女はそれを掴んだ。
「作戦成功です。健気作戦。やっぱりこういう娘が好きそうですよね」
ニヤッと笑っているが、膝を擦りむいていて痛々しい。いくら警察官で体を鍛えていようが女の子が怪我をしている所をみるのは好きじゃない。
「良かったら一度戻らない?怪我の手当てくらいはできるから」
「本当に単純ですね。もう私の魅力にメロメロですね。これは東京に一度行くしかないですね」
「話を聞けって。俺は行かないし、警察にもならん。とりあえず膝を消毒くらいしないとよくないよ」
「そんな無理をしなくてもいいですよ」
彼女は勝手に腕を絡ませてきた。振りほどきたかったが怪我人だと思うとしづらく、短い距離なので諦めて家に向かって歩き始めた。
本当にどういう子なのか分からない。昨日の印象だと真面目そうな子だったが、今日見るとふざけているとしか思えないし、何を考えているのか理解ができない。
家に着くと彼女は玄関で立ち尽くしている。
「とりあえず上がったら」
「そういって私を襲う気ですね。わかります」
「誰が襲うか。俺はそんな貧相な体に興味はないから」
「酷い。女性に対して体の事を言うのはセクハラですよ」
「そういうのいらないから」
俺はとりあえず放置して奥に進み、薬箱を持ってきた。彼女は靴こそ脱ぐが玄関で立ち尽くしている。本当に警戒しているのか、緊張しているのかもしれない。
薬箱以外に座布団を再度取りに行き、玄関に戻り床に置いた。
「とりあえず座って」
彼女は大人しく体育座りのような形で座ってくれた。
「とりあえず膝を見せてよ」
「膝フェチですね。いくら私の膝が魅力的だからってストレートすぎませんか」
「だからそういうのいらないから」
中々膝を見せてくれない。少し痺れを切らしていると、彼女は諦めたように少し足をのばしてくれた。
傷を改めてみると痛々しい。とりあえず化膿しないように消毒液をつけた。慣れているのか痛いだろうに声を出さない。
「よし、これでとりあえず大丈夫」
「さすがに恥ずかしいですね」
本気なのか彼女は顔を赤らめている。
「何が?」
「私鍛えているので足も太いですし、あまり綺麗でもないので、見せるには少し恥ずかしいですよ」
「いや綺麗だと思うよ」
「よし、作戦成功。やっぱり恥じらいは大切ですよね。これで東京に行く気になりましたね」
「おい、とりあえず出ていけ」
「いやいや足フェチの伸平さんの為に私のキ・レ・イな足を見せて、触らせてあげたのだから責任とってついてきてくださいよ」
「誰が足フェチだよ」
もう相手にするだけ無駄だと思い、薬箱を片付けて最悪鍵を閉めれなくてもいいからおいていこうと思ったが、彼女も靴を履きなおして待っていた。
「それじゃあデートを再開しましょう」
「誰が一緒に行くって言ったか?お前は一人でどっかいけ」
「そんな酷い。私の足を舐めまわすように見ていたのに、もう飽きてしまったのね。これは職場に言いふらしに行かないと」
頭痛がしてきたが、これ以上放置していると余計に疲れそうだったので、諦めて付いてくるのなら諦めて無視することにした。
「じゃあ行きましょう」
腕を絡ませにきたが、今度は動きを察知して上手くかわした。
とりあえずついてくるが無視をしていれば、いつかは諦めるだろう。
「どこに行かれるんですか」
「どこに行くの」
「そろそろ答えてくれません?」
「これは、駅前の本屋に行ってさっき足を真剣に見ている○○さんの写真を配ってこないと」
思わず足を止めてしまった。
「いつ撮った?」
「こっそりと」
てへっと舌を出している。久しぶりに本気で殺意を覚えてきた。
「そんな怖い顔しないで下さいよ。ちゃんと答えてくれれば私の胸の内にしまっておきますから」
そういって携帯を見せると本当に写真が撮られていた。
ため息を大きくついた。
「本屋を回る予定」
「じゃあ私もついていきますね」
「勝手にしてください」
改めて歩き出す。今日は電車で付近を回り書店を5,6店舗くらいは回る予定だ。
「でも何で本屋さんを回るんですか?自分のお店に売ってない物でも探すの?」
「勉強。一般書籍の売り場を任されているけど、見ての通り結果が出ていないから、売れているお店の配置やPOPの作り方を見て回る予定」
「真面目ですね。そんな事しなくても私について来ればいいのに」
「俺はこんな力を使って成功したくない。自分の力で成功したいんだ」
「才能だって自分の力ですよ」
「そんな事はない。俺は確かに小さい頃こそ親父に仕込まれて嫌々ながら多少は練習したさ、でも12歳の頃には誰も敵わなくなっていたよ」
「じゃあ今では練習すらしていないの?」
「そりゃそうだよ。俺は天才だから。並みの才能がある人間じゃなく。規格外の天才だから。それに練習は本気でやらないと意味がないから本気で相手をしてくれる人間もいないから」
「本当に嫌味ですね」
「仕方がないだろう。事実なんだから。そしてそういう人間に会いたくて来たんだろう?」
「そりゃそうだけど、ちょっと本人から実際に聞くと嫌味でしかないわよ。陰で必死に練習してますくらいの設定は欲しいのよね」
「そりゃ無理だ。俺は10代から天才だの神童だの達人と呼ばれていたから、始めのうちは道場破りみたいなのが多かったよ。でも皆悉く俺に触れる事すらできなかったよ。よく漫画や小説で壁にぶつかるシーンがあるじゃん。そういう経験が全くない人間なんだ」
そう、俺は挫折をしたかった。負けてみたかった。そうすればもっと本気になりたかった。
「だってこっちだって可哀想だよ。俺に負けた人達は皆、口をそろえて言うんだよ。結局は天才かって。そりゃそうだ。俺は自分が成功しているイメージをしているだけで、勝つところや投げている事をイメージしただけで過程なんか無視、技や技法がついてくるだけなんだから」
「話を聞くとますます反則ね」
「そう言うだろう。だから俺は使わない。天才だから成功しているんじゃない。こんな物が無くても成功できる人はできるんだって事を証明したい。自分の力で努力して仕事で結果を出す事で証明したいんだ。だから諦めて帰れ」
「酷い。途中までいい話だったのに結局はそれなの」
「そりゃそうだ。俺はいかないから。それに俺何か役に立たないよ。最近は分からないけど、本気を出して動くと体が人間離れした動きについていけなくて壊れちゃうらしいし」
「でも本気を出す必要がないんでしょ」
「まあ天才だからね」
彼女は意外と真剣に話を聞いてくれた。その後もどこまで本気なのか分からない態度をとりつつも、ついてきては冗談を言ってきて、それを俺が突き放すようなやりとりが続いた。
そして意外ついでに言えば彼女は本に対しての知識が豊富だった。俺とは趣味が違ったが、それはそれで今回は非常に役立った。どうしても好きじゃないジャンルに関しては仕事とはいえ知識として覚えていくのにも時間がかかった。
俺は好きなものや興味のあるものは覚えるが、それ以外は効率よく覚えられないのを自覚していたので、丁寧な解説や実際に読んだ人間ならではの話は非常にありがたかった。
どうやら仕事柄、幅広い知識を求められたり、移動時間が長いので時間を潰したり、そもそも1人でいる事が多いので、本を読む時間は長いという。
正直真面目な1面だったり、ふざけているとしか思えない態度を見せられたりと、どう評価していいか複雑な所だった。
ただ1つわかった事がある。こんな仕事をしているが、彼女は間違いなく天才という人種が大嫌いだという事が。細かい反応が俺を嫌っている人たちと共通している気がしてしょうがない。努力で成功してきた事を誇っている人の目や仕草だった。
それからは毎日のようについてきている。さすがに常識があるので、仕事中こそ邪魔をしないものの、行き帰りは必ず待っているし、夜も最近は家で食べている。
胃袋から掴むと言いながら作ってくれている料理は確かに美味かった。
こいつ俺以上に凄いんじゃないかと思ってきた。
俺は確かに天才だが、戦い以外では何の役にも立たない才能だが、あいつは何をやらせても人並み以上だと思う。
マルチな才能が羨ましい。知識は豊富で料理もできて、容姿も悪くない、そして初日に見せたように実戦的な能力も持っている。
何をやらせても成功できる才能の方がよほど羨ましい。
俺は人生で初めて他人の才能に嫉妬しているのかもしれない。
彼が私に興味を持ってきたのは何となく感じてきた。当初の予定通り私の女性的魅力にメロメロ作戦とは少しズレてしまったが、結果オーライと言えるだろう。
予想通り彼は何か飾った対応をするよりも正直な対応に弱いタイプな気がした。私は素が完全に我儘な性格をしていて気まぐれなタイプだと自覚しているが、何となくそういう保護欲が湧く面倒なタイプが好きそうだと感じられたし、本気で本音でぶつかった方が良い方向に向かうと思っていた。
ここまでは作戦通り。
正直予想以上だった。彼以上の天才は少なくとも日本にはいないレベルだろう。
間違いなく最強の男だと思う。彼を連れて帰れば私は間違いなく昇進するのは目に見えている。
彼は最近私が近づくのを拒否しない。それどころか早く来ないかなと待ちかねている印象さえ受ける。
今日も仕事終わりを健気に待っているが、何となく時計や私の方を見ている回数が以前よりも多い気がする。
お店の営業時間が終わったので私は先に外に出ている。当初は外で逃げないように見張っていたが、最近は近くにあるファーストフード店で珈琲を飲んで待っている事が多い。
今日も温かい珈琲を飲みながら外の風景を見ていると彼が走ってくるのが見えた。
何か最近は可愛いなと思ってしまう面も多い。
私は今まで異性に興味を持つ事はあっても恋愛的な興味よりも出世のライバルとしての興味が多かった。
どうしても生物学上、体格や運動能力で劣ってしまうので私は人の何倍も鍛え、最低限の身体能力を身に着け、技術を磨きここまでやってきた自負がある。
それによって男性とも対等に渡り合ってきたと思っていた。しかし彼の存在はそんなものが馬鹿らしくなってしまい、張り合う気力すら湧かない。そうなると少し興味が出てきてしまうのも無理がないのかもしれない。
彼はどこか子どもっぽい一面が多い。
すぐに捻くれてしまうし、夢中になると周りが見えなくなる。それでいて頑固。
自分が正しいと思うことは貫くし、興味があるものにはすぐ食いついてしまう。
彼は外で走っていた事を悟られないように冷静な装いで近づいてきた。
「今日も待ってたのか、警察って暇人だな」
正直笑ってしまいそうになるが、そんな意地をはって興味なさげな態度も面白い。
「そりゃ私はあなたが一緒に来てくれるまでいつまでもついていきますよ」
「そろそろ諦めようぜ。半年くらいたつぞ」
そう、私は本部の帰還命令に対しても規格外の天才の中でもさらに規格外の存在と報告をして待機させてもらう許可を得ている。
「なるほど、私に引っ付いてもらいたくて来てくれないのね。そんな事は心配しなくても来てくれたら3食に夜もついてきますよ」
彼は苦笑いを浮かべながらも、このやりとりを楽しんいるように思える。正直最近は私も嫌いではない。
初めは才能のみに惚れ込んだが、痘痕も靨じゃないが、最近は細かい所作も気に入っている。
「まあ、私は魅力的すぎるから分からなくもないけど、あなたは世界一の天才なだけあって、世界一幸運ね」
「もうちょっと女性的魅力をつくってから出直して」
「本当に我儘ね」
そう言いながらも少し傷ついている自分がいる事にビックリしている。女性としての自分は捨てたつもりだったのだが、ギャップ作戦といいながら女性的な恰好をした時の彼の表情が自分を女性だと再認識させられたのに、その彼に魅力が足りないと言われてしまった。
その事が本当にショックを受けている。
俺は凄くショックを受けている。
あいつの事が頭から離れなくなっているのが自覚できている。
正直あれだけ何でもできる人間なので、初めは才能溢れる人間だと思っていたが、よく見ていると実は負けず嫌いで努力の塊だという事に気づいてしまった。
俺が才能を嫌い、努力で結果を出すなんて自分では口にしていたが、実際はただの言い訳にしか聞こえないだろう。
結果を出している人間から見たら、自分の努力なんてしてないにも等しいのだろう。
結局は天才だから最終的には何とかなるだろうという甘えが自分の中にあるのではないかと再認識させられた。
中途半端なままでは彼女が俺を連れているくのを諦めてくれないと思い、ここ最近は必死に仕事に取り組んでいる。
そして結果としても表れている。これまでは何だかんだ自分に甘えていた事が分かり、どこかショックな自分がいた。
もう少しで1年が経つ頃だった。
私がここに居られる期限も後わずかだ。
そんな頃に大きな事件が起きた。比較的都心からも遠くはないこの町は比較的平和であったが、それでも小規模な事件は多発していた。
10人前後の事件が多いのだが、今回は珍しくここから50キロ圏内の所で5桁の人数が集まった所謂テロが起きた。
県内最大の都市で商業施設を対象に立てこもり人質が多数いるとの情報。
全国的には情報の封鎖がおこなわれていたが、この距離ではこの付近では嫌でも耳に入った。
そして私のもとにも鎮圧作戦の一員として招集がかかった。
今回は正直命をかけないといけない規模になる。治安悪化後最大の事件となるであろうと言われている。
各地の天才も一斉に集められるようだが、質で上回っていても死にもの狂いでやってくる相手に安全という言葉はないだろう。
私も覚悟を決めて挑まなければならない。
常人の強さなんて1対1なら差がでるかもしれないが、1対2になれば簡単にひっくり返ってしまう。漫画のように1人で何百人の相手をするなど不可能だ。
今回どれだけの数を集めても相手が実際にどれだけいるのか、立てこもっている相手だけなのか、援軍がくるのか、それによって数も変わってくる。
私の知っている限り数の暴力を覆す可能性があるのは彼くらいだろう。今まで天才と呼ばれる人物を10人近くみてきたが、10人以上の相手を1人で捻じ伏せたのは彼くらいだった。
彼を連れていけないか真剣に考えたが、彼の気持ちや現在の姿を見ていたら、とてもじゃないけど、無理だ。
上に何て言われてようが、黙って行くしかない。
そんな事を考えていると彼がやってきた。仕事の帰り以外では基本的には私から行くことが多いので、珍しい事だ。もしかしたら事件の事を聞いて心配してくれているのかもしれないと思ってしまう。
「どうしたの、珍しいわね。そんなに私と会うのが待ち遠しかったの?」
彼は苦笑いを浮かべている。
「いや、行くんだろう?」
「そうね」
「行かなきゃいけないのか?」
「仕事だからね。あなたも仕事には本気で取り組んでいるでしょ。私も本気で取り組まなきゃ。1年近く休みをもらっていたようなものだし」
彼の表情が曇っていく。私は俺も行くと言ってくれないかと期待はするが口には出せない。
私だって怖い。過去最大の事件だ。もはや戦争と言ってもいい。そんな所に顔を出すなんて嫌だ。
でもここで逃げ出したら被害は大きくなる、そして何の為に努力を重ねてきたのか分からなくなってしまう。
私は別に正義の為に警察に入ったわけではない、身分の低い自分が大金と名誉を得る可能性が高かったのが警察だっただけだ。
でも、実際に働いてみると理不尽が多くとも、真面目に過ごしている人を守れる良い仕事だと思う。
今回の事もどんな大義を掲げても武力を使った以上、真面目に過ごしている人を犠牲にする行為だ。それだけは見過ごすわけにはいかない。
力のある人間はその力を活かす義務はないが、活かす場がある以上権利はある。
自分が正しいと思った事から逃げてしまったら、私はもう2度と努力ができなくなるだろう。
そんな自分の考えに、身の安全の為に彼を巻き込むわけにはいかない。
あいつに仕事だから行かないといけないと言われてしまったら、俺は何も言えなかった。
あいつは俺に色々な事を教えてくれたし、変わるきっかけをくれた。けど俺は何も返せていない。
そもそも仕事で接してきた相手だという事を忘れてしまっていた。
ここで俺には選択肢がある。自分の考えを貫いてお別れをするか、自分の考えを曲げてでもついていくか。
あいつは本当に優しくて厳しい。
恐らく俺はついてきてと言われてしまえば、今回だけだぞと言ってついて行ってしまうだろう。
それをさせてくれない。自分で選択をしなければいけない。
お互いに長い沈黙が続いた。
俺が沈黙を破るしかない。これ以上邪魔をするわけにはいかない。
「彩希、気をつけていけよ。俺には何もできないけど、お前が行くなら応援くらいはするよ」
「わかったわ。また、縁があれば」
あいつはそう言って俺の前から姿を消した。
翌日、報道は一切ないが、戦闘が始まったようだ。距離がない事もあり、ほとんど伝わっている。警察が一斉に包囲した所で中に突入したが、中に人員が割かれている間に外を占領してしまったようだ。
そして中に突入した部隊は建物ごと爆破され、主力と呼ばれる人材はほとんど失ってしまったようだ。
あいつがどの部隊にいて、現在無事なのかは全く分からない。
毎日頑張ろうと思って仕事に励みたかったが、仕事も休みに入ってしまった。皆、安全の為に非難をしたり、家族と一緒に家で過ごしている。
何かに逃避できれば忘れられたかもしれないが、今は時間だけが余ってしまっている。
真剣に自分と向き合う事でしか答えが出ない。
そして向き合った中で唯一分かった事がある。
俺はあいつが、桜庭彩希に惚れているという事だ。作戦に見事引っかかってしまった。
だが、それと自分の力を使わなければいけないかは、別の話だ。
好きなら信じて待つという道もある。俺は別の道で進み、いつか対等に立てる人間になればいい。
今はその2つで悩んでいた。
困った事になった。戦闘が始まって2日目に入った。初日は完全に作戦が裏目に出た。突入組に主力がいた事もあり、ほぼ壊滅状態。
私は合流が遅れた事もあり、待機し、残党の捕獲が仕事であったため、ビルの崩壊からは逃れられたが、突然やってきた伏兵によって、仲間は何人も殺され、私自身も何とか命だけは守れたという状態だ。
このまま逃げるしかないかと考えていたが、主要な道は囲まれている。想定よりもさらに2倍近く相手の人数はいるようだ。
これはある意味民意なのかもしれない。私も不満に思わないわけではなかったので、仕方がないのかもしれない。
ただ、不満を暴力に変えて関係のない人を巻き込むやり方が正義になってはいけない。
今までの歴史は確かに武力による時代の変化が起きていた。でももう2000年代に入って100年近くたつ、その中で武力による政権交代を起こさせるわけにはいかない。
戦犯者として扱われようと、最後まで戦う決意を持ったが、結局は武器もなく、1人しかいないので、相手のトップに奇襲をかける以外思いつかなかった。
しかし、今どこにいるのかも分かっていない、そもそもリーダーが誰なのかも公表してこない不気味な組織だったが、まさか現場に来ても分からないままとは思いもしなかった。
とりあえず、身の安全を最優先にして、仲間と合流、もしくは一般人の保護にあたる為に、動き出した。
しばらく歩いているが、相手の残党狩りらしき人物以外は見当たらない。
私もほとんど動けなくなってきたが、止まっていてはじり貧になってしまうので、少しの機会があれば、動き出していた。
しばらく動いてみて情報がいくつか集まったが、仲間の大半は殺されたか、投降したようで、自慢の天才部隊は全滅したようだ。
結局は数の力には勝てなかった。今回に関しては完全に相手を甘く見すぎていた。
援軍が来るまで、何とか生き延びて、情報を集めていくしかない。
せめて、投降した味方がどこにいるのかだけでも調べられないかと、動いているうちに、ついつい油断をしてしまった。
気づいたらおよそ20名の集団に囲まれていた。
「万事休すか・・・・」
相手の集団のリーダー格の男が投降を促してくるが、部下の男たちは大人しく投降させるだけでは済まない様子が見受けられる。
「女に縁がない中で、これだけの美少女を見つけて興奮するのは分かるけど、あからさますぎて、さすがに呆れてしまうわ」
この様子を見ると、この連中に任せるわけにはいかない。今は良くないかもしれないが、こんな奴らに任せるわけにはいかないと強く思った。
「こうなったら1人でも戦力を削るしかないわね」
相手が飛び込んできた所でカウンターを1発入れる事を考え構えていた所に、痺れを切らした男が1人鉄の棒を振り上げてきた所に、カウンターで顎に右腕を振りぬき掌底を入れた。上手くよろめいてくれた。次の相手が来ることを警戒して構えていた所で、異変が起きた。
相手が次々と飛んでいく。この光景は1度だけ見たことがあった。
私は以前と同様に固まってしまった。
20人はいたであろう集団が次々と倒れていく。ただ投げていくだけでなく、動けなくなるほどの衝撃を瞬時に与えるなど、人間業を相変わらず超えている。
それにしてもこのタイミングで登場するってどれだけヒーローやりたいのかと、こんな事態にも関わらず思ってしまった。
だが、これでこの騒動は間違いなく収まる。
なぜなら、井上伸平は規格外の天才で、達人。
私の最も信頼する男だ。
彼が誰かに負ける姿など、何千人いようが何万人いようがありえないし、想像できない。
その男が目の前にいるのだ、安心しないわけがない。
結局我慢できずに来てしまった。情報を聞けば聞くほど心配になってしまい、我慢ができなかった。
しかし、現地にやってきて直感を信じて来て良かったと改めて思った。
完全に警察が鎮圧された光景だった。あいつが無事なのかを確かめたくて走りだしたが、すぐに呼び止められた。
そのたびに投げていたら、気づいたら数百人は投げていたようだ。その過程で警察の生き残りや近くをビルの崩壊から生き延びてきた一般人を保護する事ができた。
そして、その中に彩希らしき人を見かけた人が居て、少しほっとしたが、時間を考えると今も安全とは限らないので、行き先を聞き、再度動き出した。
あいつは見た目は悪くないので、やっかいな男にでも捕まったら面倒な事になりかねない。
そう思うと足がいつもより早く動いてしまう。
予想された行き先では見つからなかったが、再度、テロ集団とぶつかり、情報を得た。
まだ、生きている。しかし現状20人規模の男に囲まれていると知り、自然と走っていた。
簡単に捕まる奴ではないが、時間の問題だろう。
20人というのは一般的な天才を相手にする際に確実に勝てる人数と言われている。
それを相手にしているのだ、急がないわけにはいかない。
人数もそれなりに集まっていたのですぐに見つかった。集団に飛び込み、掴みに来る相手や襲い掛かってくる相手を次々投げていった。
すぐに彼女を見つける事ができた。彼女は立ち尽くしている。
「悪い。遅くなった。ここから先は任せろ」
俺は決めた。自分の才能はこの為に持って生まれたのだ。
治安を守る為でも、近年最大の事件を解決する為でもない、あいつを守る為に、あいつの想いを実現させる為に使うんだ。
誰に評価されたい何て考えるからいけない。自分が誇れるものなら、誰に何を言われても気にしてはいけない。
「やっぱり私の魅力に負けてきたか。人生最大の賭けに勝ったわ」
「この状況でもそれだけ言えるのなら大丈夫だろう。後は俺に任せて一旦退け、負傷者や一般人が今集まっている所までは連れていくから、そこで待っててくれ」
「嫌よ。私もついていく。私の勇者が活躍する所くらい目の前で見せてよ」
「よくそんな恥ずかしい事言えるな」
「五月蠅いわね、惚れた女の子くらい守りながら戦えないの、あなたは天才なんでしょ」
「自分で言うか。まあ事実だけど。俺は天才で達人だけど万能じゃないぞ」
「大丈夫、私も少しは役に立つから」
そこまで言われてしまうと説得するのは難しそうだ。
こうなったら少しでも早く鎮圧する他ない。
その後は、倒した相手から情報を聞き出し、次々と集団に飛び込んでいった。
中には違法とされる拳銃を持った相手もいたが、その際は彼女も判断よく離れ見守ってくれた。集団戦の中では味方を誤射する可能性も高い為、特に問題なく近づき無効化していった。
このまま上手く完全に鎮圧できるかと思っていたが、リーダー格の男が見つからない。状況が不利と見て逃げ出したのか、姿が見えなかった。
警察も援軍が到着し、状況は良い方向に変わっていった。
このままいけば、完全に収束するかと思われたが、完全に油断をしていた。
目の前に現れたのは、規格外には規格外という事なのか戦車だった。
完全に違法も違法。どこから持ってきたのか本気で聞きたかった。
「いや、さすがに反則だろう。俺でもどうにもならないわ」
もう苦笑いをするしかないなと思っていたが、彼女は横でにやりと笑みを浮かべていた。
電話をするとすぐに走りだした。俺を置いて逃げ去る作戦なのか不安に思いつつも、戦車はこちらを標的にしているので、的にならないよう建物を盾にして逃げ隠れた。
数分間逃げていたが、砲弾で建物は崩壊を重ね、安全に隠れられる場所は少なくなってきた。
砲弾切れを狙うにも、近づいたら牽かれそうで、こちらからの攻撃手段もない。警察側の戦力を期待しつつ持久戦に持っていく作戦を継続しようと思っていたところで、砲弾が飛んできて戦車は崩壊した。
弾の発射点を確認すると戦車がもう1台きていた。ハッチが空いて顔を出している姿を見るとあいつだった。
そういえば忘れていた。あいつは何でもできる奴だった。
その後の話をしよう。
俺は警察には結局入らなかった。というよりも必要とされなかった。
今回の事件をきっかけに抑止力の意味も含め、警察の装備を改めて拳銃の所持が許可された。
規格外の天才を1人入れるよりも全体を考えたら戦力として計算できる。
そして何より最後の場面でそれが証明された。人間は偉大で、規格外の神様の力にだって科学の力で乗り越えてきた。それが再度証明されたといえるだろう。
今回は相手も所持者が少なかったから誤魔化しが効いたが結局は離れて攻撃をされたら、天才といえども危ないかもしれない。
自分では何となく何とかなるかもと思っているが、実際にはどうか分からない。
それに俺自身今回の件で少し大きな怪我を負ってしまった。
当日はアドレナリンが出ていて気付かなかったが、自分自身の動きに鈍った体がついてこなかったのか肩関節の脱臼やら靭帯の切断やらを起こしていた。
医者が言うには人間の能力の限界値を超えた動きをしたのが原因ではないかと言う。
もう本気で戦う事は難しいくらいに体は壊れてしまった。
幸い日常生活にはそれ程支障がでないくらいには回復するようなので、また仕事を頑張ろうと前向きに考えている。
特別な人間ではなくなってしまったが、あの日の為だけに与えられた能力だったのかもしれないと考えれば悪くない。
唯一心残りだったのが、俺が力を失った事によって彼女も居なくなってしまった事だ。
彼女はやはり優秀な人材として再度見直しを受け、警察の中でも忙しそうに働かされているようだ。
愚痴をこぼしながらも一生懸命働いている姿が目に浮かぶ。
久しぶりに彼女とよく歩いた道を通った。職場に迎えに来てくれて、そのまま帰る時に使っていた道だ。
畑だらけだが、自分にとっては思い出の道になるだろう。
夕焼けを見ていると、感情が溢れだしてしまいそうだったので、思わず立ち止まり叫んだ。
「彩希、大好きだー」
「何恥ずかしい事叫んでいるのよ」
「え?」
後ろを振り向くと彼女が立っていた。
「なんで?」
「いや、退院したって聞いて一旦お別れの挨拶をしに行こうかと思って探していたら、涙ぐんだ顔して歩いている姿をみかけて、これは面白いものが見れるぞと思って」
顔がどんどん赤面していく。
「でも何で。俺はもう価値もないし、特別な人間でもなくなったぞ」
「関係ないよ。それに特別な人間だよ。世界一良い女に惚れた男でしょ」
「自分でいうか」
「私はいつか話すよ。あの奇跡のような出来事を、あなたがどれだけ凄く、かっこよかったのか。誰に止められても話せるような立場になって伝えていくよ」
「そんな事しなくてもいいよ。俺は君の特別な存在になりたくて、立ち上がっただけだから」
「そっちこそ、よくそんな恥ずかしい事言えるわね」
「お互いさまだろう」
「じゃあお互いさまついでに、私はあなたが強いままだと思っているよ。あなたが強いのは、特別な力に振り回されず、自分の力で歩きたいと強く思っているからだよ」
そう。確かに特別な人間ではなくなってしまった。密かに思っていた自分の拠り所を失ってしまった。
けれど、そんな物がなくたって、もう大丈夫。
彼女の為に立ち上がれた事が自分にとっての誇りになるから。
本当は限界が怖くて、自分の才能が通じない相手が出てくるのが怖くてしょうがなかったけれど、自分を信じてくれた彼女の為に、最後に最強になれたのなら、それで十分。
俺は彼女の事を想うだけで、特別な気分になれるから。
もう一度彼女と対等に立てる場所まで絶対に行くと誓い、これからも前向きに頑張れる。
ヒーロー物を書きたいと思ってプロットを考えている最中に柳龍拳を動画で見たら、出来上がってました。書ききった後は激しく後悔。
文章力、表現力がない中、練習と思って書いてみたが・・・
どうしてこうなったって感じでした。
こんな作品ですが、最後まで読んで頂けた奇特な方に感謝しています。
ありがとうございます。
次はもう少し練習します。