リア充を爆発させるお仕事! 時給870です
今日は楽しいクリスマス。
そんな中、俺は楽しく会社をクビになり、新しいバイトを始めていた。
本当はテレビでも観ながら、ネトゲとか、掲示板で似たもの同士傷をなめ合ったりもしたいさ。
だが、貯金も尽きてしまって本当にやばいのだ。
仕方なく、リア充達を間近で感じ取ってしまう悪魔のバイトをする事となった。
まだ売れないマッチを擦りまくって、夢世界にでもトリップしてしまう方がマシだ。
現在は12月24日──クリスマスイヴと呼ばれる邪悪な23時。
本当にこの時間は呪われていると思うよ、うん。
繁華街はネオンで無駄に電力を消費し、素晴らしい程に欲望を貪っている人々。
七つの大罪の中でも色欲は、今日が最高潮だろう。
俺のテンションは、バイトとはいえ……そんな吐き気がする光景を見せられて、すっげーさみーし、でテンションは最下降だ。
だが、そんな中でも稼がなければならない。
今度生まれてくるときは、天使様にでもなりたいものだ。
あいつら、何も悩みなんて無さそうだし。
何の特にもならない手品でも見せてれば、勝手に崇められてハーレム築けそうでもある。
「はぁ……」
考えても仕方が無い。
俺は、正社員様から与えられたお仕事をする事にした。
内容は簡単。
その1、依頼があった場所へ向かい、そこに立っている女性にチンピラっぽく声をかける。
お触りは厳禁だ。
「へ~い、かーのじょーぅ。お茶しなーい? あっ、彼氏こないの? だったらさー、そんな男より──」
その2、こうやって低脳っぽく話かけ続け、女性に迷惑がられているところを──。
「おい、俺の彼女に手を出すな!」
「ひ、ひぃぃっ!?」
依頼人である彼氏が登場し、オーバーリアクションで迎え入れる。
ひたすら雑魚っぽく。
ひたすら殴られる。
「も、もうしません! 反省しましたぁ!」
殴った後味の悪さが出ないように、改心した小物っぽく立ち去る。
たった2行程で、誰にでも出来るお仕事です。
──どうやら、こうすることによって、2人の愛は燃え上がり更にリア充の高みへ登るらしい。
俺からしたら、ただ殴られただけ。
だが、時給870……これだけ貰えれば十分だ。
むしろ破格と言っても良いくらいだ。
次のカップルまでは、まだ少しだけ時間がある。
俺は、殴られた顔が痛みと熱を持ってしまっていたので、そこらへんの誰もいない路地裏で一休みすることにした。
これが可愛い少女だったら、こんな状況でも絵になるんだろうなぁ。
だが、俺の外見は普通の男性。
そいつが、ボロボロで顔に傷を負って、踏まれたヘビのような哀れな表情をしている。
映画にするのなら、俺と人種の違うイケメン俳優が、ちょっと顔にアザっぽい色を塗るだけで表現するシーンになるだろう。
まぁ、現実はこんなもんだ。
ここでタバコでも吹かせば、それっぽくなるかもしれないが、あいにくと吸った事がない。
そんなわけで、ライターとかマッチとかで……あったかぁ~い、というプレイも出来ない。
ただミジメに路地裏にへたり込む、人間以下の存在──それが俺だ。
「メリークリスマス」
そんな中、どこからか声が聞こえてきた。
たぶん、俺にではないだろう。
俺にであっても、キャバクラのぼったくり客引きとかだろう。
そう思いながら、顔を向けた。
そこには、サンタの格好をした小さな女の子が立っていた。
小学生くらいだろうか、近くに親がいない。
道を聞くために声でもかけたのだろうか。
だとしたら、危ないな。
こんな俺みたいな奴に話しかけたら……まったく、親はどんな教育をしているんだ。
「メリークリスマス!」
俺が訝しげに眺めているだけなのを気に入らなかったのか、サンタ少女はもう一度繰り返していた。
しょうがないので、俺は面倒臭そうに返した。
「メリークリスマス……」
すると、サンタ少女はニッコリと笑って──。
「はい、プレゼント」
可愛らしい柄の入った絆創膏を、俺の顔に貼ってくれた。
絆創膏一枚じゃどうにもならないのは分かったが、触れられたその手が何か温かくてもどかしかった。
「あ、ありがとう……」
こういう時にどうリアクションしていいのかわからず、とりあえずで礼だけを言う。
何か少しだけ涙ぐんでしまいそうになっている自分が情けない。
「良いお年を!」
サンタ少女はそう言うと、悲しげな顔で笑いながら、元気に母親らしき元へ去っていった。
……色々とちぐはぐな。
気力が復活した俺は、午前0時まで残り3件の仕事をこなすことにした。
チンピラ風に声をかけ、彼氏に殴られる。
罪悪感から手を抜いてくれるかと思ったが、彼女に良い所を見せようと全力でやってくる奴らばかりだった。
悪魔より悪魔らしいのでは、こいつら。
1回の傷が積み重なり、4回目には見るに耐えないボロボロさ加減だった。
だが、それでも顔に貼られた絆創膏は持ちこたえ、ギリギリで張り付いていてくれた。
そういえば、これは初めて貰った、人間の女の子からのプレゼントかもしれない。
──そして、時間は午前0時ジャスト。
付近でガス爆発が発生した。
俺は知っている。
巻き込まれるのは、俺を殴った4組のカップル。
悪魔との契約を軽はずみに使った人間達。
まぁ、正社員の悪魔の契約への持って行き方が上手かったのかもしれない。
だって、彼女に良い所を見せるために、悪魔への暴力という恐ろしい行為を誘導され、カップル分の命を差し出す事になるのだから。
悪魔は契約に関してはフェアなので、しっかりと契約書の内容や、言葉の端々にまで気を使っていれば分かっただろうに。
俺も、時給が870『円』とは絶対に脳内ですら言葉にしない。
870個分の魂が振り込まれている事を、携帯端末で確認する。
幸せ絶頂の価値ある若い魂換算とは言え、これは大量だ。
これだけあれば、しばらくは不自由しないし、パーッと使えば様々な事が起こせる。
人間に殴られるという最大級の屈辱を伴ったバイト、プライドを捨てても割に合う。
そんな中、携帯端末から連絡が入った。
どうやら、近くで珍しい病気の魂を回収できるらしく、俺に頼みたいらしい。
正社員の悪魔様には敵わない。
ついでだと言い聞かせて、痛む傷と、絆創膏を交互に触りつつ向かった。
* * * * * * * *
そこに倒れていた人間──それは、サンタの格好をした、あの少女だった。
携帯端末からの情報によると、ガス爆発の混雑に巻き込まれ、一緒だった母親ともはぐれてしまったらしい。
──俺のせいか?
だが、俺は悪魔だ。
そんな事は気にも留めない。
さらに情報を読み込む。
少女は不治の病で、この先は長く持たないとの事。
……『良いお年を』なんて馬鹿げた事を言ったのも、そこまで持たないと分かっていてか。
つまり死出の旅路への手向けとして、特別に外出を許可されたのだろう。
病院暮らしが長く、もしかしたら──。
俺は、自分の顔にかろうじて張り付いている絆創膏を触る。
その粘着力は弱くなっており、今にも剥がれ落ちそうだった。
──もしかしたら、この絆創膏が初めて他人に渡したクリスマスプレゼントだったのかもしれないな。
俺は仕方なく、携帯端末を操作し、振り込まれた870の魂を使う事にした。
だが、希望のメニューは1000個必要。
少しだけ考え、サンタ姿の少女の顔を眺める。
そして、決めた。
「悔しいが、今日は神の野郎主体の日だ。もらったプレゼントは、交換しなければならない」
悪魔の魂1個を両替。
それを使って、人間を生き返らせる1000個消費メニューを選択。
「メリークリスマス」
俺は倒れ、薄れゆく意識の中──少女が目を覚ましたのを見た。
そして、眠ろうとしているのと勘違いしたのか、かぶっていたサンタの帽子を乗っけてくれた。
「メリークリスマス」
少女の笑顔、それが最後の光景だった。