彼の生前の友達、彼女の友達
2009年5月~10月
彼女は休みの日に友達とよく遊んでいた。
「この激辛メニュー、凄く痛い。次来たときは、別の人に食べさせて反応見てみたいと思わない?」
「この大盛メニュー、誰に挑戦させたいと思う?」
「新しい雑貨屋ができたみたい。私、この日が空いてるけど、誰か一緒に行かない?」
これらの言葉は、すべて彼女のものだった。彼女の言葉に同意する者は多く、一部を除いてすっかりクラスの人気者である。彼女は、学校では皆を引っ張り、遊びには皆を引きずり回すという、行動に溢れた人間になっていた。
ボーッとしているなか、彼は学校で呟いていた。
「あ。中谷さんだ」
彼の視線の先には、少し静かな印象を受ける女子生徒がいた。
「生前の友達? 女の子の友達って、あなたにしては珍しいわね」
「生前であっても彼女は俺の事を知らない。俺が一方的に知ってるだけ」
「ん?」
「片思い、一目惚れ、そんな感じ」
告白することはできずに、フリークが大量発生する前に転校してしまったようだった。彼は、せめて会話くらいしたかったな、とか言うのだ。
実際、中谷という彼の初恋の人は、彼女とのクラスも違って接点など無かった。しかし、ひょんな事で縁があったのだ。
彼女のバイトの帰り道。その例の静かな女子生徒を見掛けたのだ。だが、彼女は一人ではなく、男に囲まれていた。学校では静か、よく言えば清楚というか、上品というか、そんな中谷さんが集団の男と遊ぶ性格には思えなかった。
彼女は後をつけてみた。
男の集団は人通りの少ない道に入ったかと思えば、よくわからない廃工場のようなところに居た。そこでは数人の男が周囲を気にし、さらに奥では、両手足を押さえ付けられてもがく女の子がいた。静かな女子生徒である中谷だった。
「ああああああああああ!」
彼女は駆け出して魔術を使っていた。彼女は男をまとめて吹き飛ばすと、中谷の手をとって走り出した。男の集団は追いかけようとするのだが、彼が立ち塞がっていた。
彼女は逃げるのだが、引っ張る女子生徒があまりに足が遅くて焦れったくなった。おまけに体力もない。彼女は女子生徒を背負い、魔術を使って駆け出した。そのまま逃げるのはいいのだが、彼女は女子生徒の事も考えず、そのまま自分の家に駆け込んだ。
息が絶え絶えで、玄関で女子生徒を背負ったまま倒れ込む。
「おかえり。どしたの? その子、お友だち?」
母親が出迎えてくれたのだが、彼女はついに緊張が解けたのか、彼女はいきなり泣き出してしまった。
女子生徒が泣くのならばわかるが、何故彼女が泣くのかわからない。
「私が襲われているところを助けて頂いたんです」
静かな女子生徒中谷が、喋れなさそうな彼女にかわって説明する。しかし、「それで、それで」と言ったところで、中谷も遅れて泣き出してしまったのだ。
それから、彼女とその女子生徒は仲が良くなった。彼女は男の集団から逃げた事が印象に残ってしまい、女子生徒に一種の戦友のような感情を抱いていた。それで心を開いてしまった事もあってか、彼女は彼の事を説明してしまったのだ。そもそも、逃げ出す際に庇ってくれた存在を全く説明しないわけにもいかなかった。
彼女としては、彼の「あの子と話したい、あの子の事を知りたい」という事を叶えてやりたかったのだ。
彼女にとって女子生徒のその存在は、彼以外の初めての友達と言えた。
彼女は彼のやり残した事を意識してから、ツブヤイッターというインターネットの日記に書き残すことをしていた。釣りに行ったことや、自転車、ランニングコース、などなど。その時は、基本的に彼と二人っきりの時ばかりだ。
所詮は自己満足だが、それでも見返す度に笑みがこぼれた。彼女のその時の本当の友達と言えば、彼以外に思い当たらないのだ。
今、彼女に集まって来てくれている人達は、所詮、メッキに騙されている人達だ。そう思えば、付き合いはうわべのものと言える。その証拠に、彼女はツブヤイッターという日記を誰かに見せるつもりもなかった。
彼の生前の友達は、一年の時に二人、二年の時に四人居たと思われる。一年の時の友達は、一人が自殺し、もう一人は引きこもりになったらしかった。
名前を聞いて、別のクラスにまで足を運んで顔をみたのだが、まるでオタクのような二人である。話しかけても、どこか壁を感じる上、むしろ拒まれているような気さえした。
それでも彼女は機会がある度に声を掛けるのだ。彼の友達を知れば、おのずと彼も見えてくる。それに、彼の友達と話すと、わかりやすい程に彼は喜ぶのだった。
「鈴木君は気難しくてムカつくところがあるけど、ああ見えて頭が凄くいいんだ。高田は魔術の使い方や考えや背格好が俺によく似ていた。自殺したことを聞いた時、薄情にも『やっぱりな』って思ったのは忘れないよ」
彼女は、初めて彼が他人を呼び捨てしているのを聞いて驚いた。彼は、嫌いな人やニックネームにさえ「さん」とか「君」とか敬称をつけていたのだから。彼にとって、高田という人は気の置けない数少ない友達だったんだなと、彼女は思えた。
「あなたの言う友達って、友達と言うより、尊敬とか崇拝って感じがするよ。八幡って人とか井口って人とか。聖女のような人って何? 顔から火が出そう」
「おい。井口さんはマジで聖女だぞ。俺みたいな奴にも優しく接してくれるし、決して他人を否定しないし、相手の事で本気で悲しむ慈愛に満ちた人なんだぞ!」
と、彼は本気で怒鳴るのだが、彼女は井口とか言う女子生徒から既に理不尽なことで怒られているのだ。とてもそんな人には見えない。しかし、それを知らぬ彼にわざわざ言うのも悪い気がした。
馬鹿な事考えずに、時系列順で書けば良かった。猛省