魔物について
2009年4月
「給料日だよ。初給料! あなたにも手伝ってもらってるし、半分だね」
「いや、別にいいよ、俺は死人だし、使い道無いし」
彼女は今自室で、初の給料日を振り込まれた通帳を開いているのだ。彼女は声に出して、通帳に打ち込まれた金額を読み上げた。
「いちじゅうひゃくせん、まん。え? 十万? 振り込み、研究協会? 対策支部? 何これ?」
彼がそこで、思い出したかのように声をあげた。
「あ! 悪い! お前の身分証明書と口座を使わさせてもらった!」
どういう事か話を聞けば、捕獲した魔物をお金にかえたらしいのだ。
「ちょっと待って! あなたが言うフリークって、魔物の事を言ってるのよね?! この町にいたの?!」
「何に驚いてんのかわからないけど、金をもらえるのは、あれだ。俺らが幼い頃くらいまで、タガメやタイコウチをツガイで博物館か何かどこかの施設に提供したら金券や図書カードくれるあの対応の感じに近い。悪い金じゃねえぞ」
「違う違う! 魔物ってもっとさびれたところに出てくるんじゃないの? そもそも、インターネットでしか見たこと無い!」
魔物というのは都市伝説のように、存在は認知されていながらも正確な姿は認知されていないという、不思議な存在の事である。俗に言う魔力というやつで構成された現象の事だ。猪やタヌキ以上に珍しい存在と、世間では考えられている。
なんにせよ、魔物が近くにいると知って彼女は酷く驚いたのだった。
そして彼女は呟く。
「このお金、どうしろってのさ」
2009年6月
朝日が彼女の目を焼いた。そこに声が降ってくる。
「おい。時間的にやベーって。父さんも母さんも仕事にいってんぞ。起きろよ。遅刻だって」
彼の声だと分かった瞬間、理解した。
「うん。遅刻だ」
彼女は飛び起きてあわてて身支度を整える。朝御飯を食べる時間はない。そんな彼女に彼は言う。
「おい。遅刻しそうでも、見た目はちゃんとしろよ。人の評価は見た目が優先されっからな」割りと強い口調だ。「遅刻についてなら、十三分あれば何とかしてやれる。だから身だしなみはちゃんとしろ」
繰り返し言わなくても、と思わないでもないが、折角の忠告もあって聞き入れた。彼女はもはや諦めているのだ。
「ゆし! 自転車は置いてく。乗れ」
準備ができた彼女に彼は言った。しばらく沈黙が続く。
そんな意味もわからずにボーゼンとしている彼女を見かねて、彼は腕を引きつかんで無理矢理背負ったのだ。彼は玄関についた姿見の鏡で自分達の姿を確認した。
「ちょ、なんで背負うの? あれ? 私達、鏡に映ってない」
「うん。姿消しの魔術を使った。これから悪いことするからな」
戸締りを確認したあと、すぐに飛び出した。比喩ではなく、彼は空を駆けていた。
空を走るのは、背負われている身であっても爽快であった。走る彼は車より速く、飛ぶつばめと並走している。しかし楽しむ前にあっという間に学校に到着するのだ。
「ほい到着。二級魔術、三級魔術に相当する魔術の行使。バレりゃ大問題だ。二度としねえからな」
彼は立派な魔法使いであった。人は魔力器官が退化していき、今では扱うものも少なくなっている今。これ程までに扱えている彼の姿は、カッコイイと言う他無い。彼女は、こういった一面を見るたびに、彼が本当に自分なのか疑わしく思えた。
授業が終わって二人で帰る時、彼女はついぼやいてしまった。
「ところでさ。なんで今日の朝はいつもの時間に起こしてくれなかったの?」
「俺だって出掛けたりする事くらいあるわ。ただそれが長引いたんだよ。と言うわけで、朝帰りなんだ」
「なにそれ。あなたに出掛ける必要のある場所ってあるの?」
「なんだよ。自分の知らないところで勝手なことされるのは気にくわないわけ? それとも、お前が部屋で寝静まったあと、ひたすらにお前の寝顔を見つめてればいいの? そう言いたいわけ? ん?」
「はいはい。実際は何をやってたの?」
「フリーク狩り。しかも大物。九時間戦闘だぜ。一級攻撃魔術どころか、特級魔術がなければ捕獲は不可能な化け物さ」
彼は、その釣果を家の押し入れに置いているらしい。どうも彼女に見せたくてたまらないようだったのだ。
それを聞いて、彼女は慌てて家に帰ったのだ。
「バカなんじゃない!? 魔物家に置くとか!」
彼女はそれについて怒っているらしかった。たしかに彼も問題だと思えたが、どうしようも無いのだと答えた。そう言って彼は、彼女の部屋の隅に置かれていたオブジェを彼女の前に持ってきた。
彼女の前に置かれたのは、綺麗な白い子兎が入った水晶のようなものである。
「これが、その魔物?」
「ああ。俺が居た世界では中ボスと言われて恐れられていたフリークだ。消滅は理論では可能だけど、初めての観測された時、中ボス一匹に町一つを駄目にした記録がある。核といった兵器でようやく消すことができた存在なんだ。というか、封印解けたら、半径一キロは地獄に変わる。どこにいても変わんないんだ」
彼女は大物というだけあって、大きい物を想像していた。しかし実際は、何の害も無さそうなオブジェであったのだ。途端に怒鳴る気力を失ってしまった。
彼は、このフリークを良く目に焼き付けろといった。彼が言うには、本当に恐ろしい存在らしかった。幾人も殺し、町一つを容易く破壊する存在だ。このフリークは然るべき機関に預けるそうだ。
「お前も一緒に着いてきてほしい。おそらく新種として登録されるし、色々デカイ発見になるはずだから」
そのフリークは、良くわからない名前をつけられ、危険レートD評価であった。
2009年9月
彼はここ最近、魔術の練習を強要するようになっていた。彼女は楽しくもあって、不満はなかった。だが、どうしても気になった。だが彼に聞いても、「最悪のことを考えているだけ」と答えるのだ。しかし、理由はなんとなくわかってしまった。
学校の行事に宿泊訓練という名目で、キャンプをするのだ。彼はそれを聞いて表情を強ばらせたのだ。
「あなたの時では、宿泊訓練はどんな感じだった?」
「俺の時の宿泊訓練ってのは、あったんだけど中止になって、うやむやになってね」
彼女の疑念が確信に変わる。
「あなたの世界では、宿泊訓練の時に何が起きたの?」
「中ボスフリークがあらわれて、学生の29人が行方不明になった。先生は皆無事だった」
「は?」
「あくまでも俺の時の話だ。同じことがあってたまるか」
彼が言うには、それからフリークの出現が頻発してくるのだ。
2009年10月
宿泊訓練という行事の前日。彼は天気予報を眺めていた。彼はいつも、フリークの出現を自分で調べていた。出現する条件があるようなのだ。
「ねえ。どうなの?」
彼女は魔物について聞いたが、答えは「あ、これは出てこねーわ」とのことだった。今回は、中ボスが出てくる環境ではないとも言っており、なんの心配もいらないらしい。
「ははは。日頃の成果を感じるわい」
どういう事なのか聞けば、彼の生前では魔物が爆発的に出現するのだが、ある仮説に「中ボスと呼ばれる限られたフリークが放つ邪気が原因」というものがある。邪気というのは、魔物の魔力以外の別のエネルギーだと言われている。それを中ボス達は振り撒いているのだという。
根拠もあまりなく、仮説に過ぎない。しかし彼は、それを信じて中ボスと言われるフリークを中心に封印していっているらしいのだった。
宿泊訓練当日。特に問題もなく進んでいく。テントや料理、何一つ滞りなく順調にこなしていた。
そんな途中で、彼が妙な事を言った。
「あ。フリークの反応だ。出るっぽい」
彼女は携帯電話を慌てて取り出して話をする。幸いにも周りの人は少なかった。
「ちょ、昨日は出ないって言ったじゃん」
「だいじょーぶだいじょーぶ。中ボスじゃないから。ランク外の雑魚の反応。余裕で対処可能」
「そう。あとどれくらいで、どの辺?」
「今。ここ」
誰かの叫び声が響いた。
藪から姿を現したのは、ヘドロの塊みたいな物だった。それが二メートル程の大きさで蠢いているのだ。
「今俺があらわれて対処するのも変だし、お前が対処してくれ。ほい魔法道具。練習通りに狙いつけて発動してみ」
彼女は不思議と落ち着いていた。魔術を起動し、狙いをつける。
辺りが急に騒がしくなったが、魔物の姿を見たのだろう。
少し遅れて、魔術が発動する。そこには、腐敗した猪の死骸が封印されていた。
「うわ。とりつき型のフリークだ。きもちわり」