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プロローグ 謎の男

2009年3月18日




少女が自分の部屋に入った時、男の存在に気が付いた。

何故自分の部屋に男性が居るのか、こいつはいったい誰なのか。パニックにおちいっているに違いない。そんな理解もできぬ彼女に男は言った。


「よう。はじめまして俺」


言葉の意味などわからなかった。とにかく、遠慮なく人のベッドの上に座り込んだやつは不審者であり、部屋から追い出さなくてはならないと思えた。


「ちょ、誰ですか、何、何、人の部屋にいすわっているんですか! 出ていって下さい!」


恐れもあったのだろう。彼女の声は震えていた。しかし、それでも大きい声はだして言う。


「おいおいおい! いきなり大声を出すな! 変人に思われる!」


彼女の声より大きい声で男は怒鳴るような声をあげた。途端に彼女は大声に負けて、萎縮してしまう。


「あ、悪い。脅すつもりはなかった。......えと、だ」


男はどういうわけか、部屋から一緒に出るように言ったのだ。完全に怯えた彼女はそれに従うしかなかった。そのまま階段を降りていく二人。


たしか、一階には休日にくつろぐ彼女の父がいたはずであった。父の知り合いであったのだろうかと彼女は思った。

しかし、それにしても無断で部屋に入るのは不愉快である。


「俺はお前以外には見えないんだわ」


そう言いながら、テレビを見る彼女の父の肉体をソファーごとすり抜けて、冷蔵庫を開ける。


「ま。ジュース飲みながら話を聞いてくれや。百聞は一見にしかず。見るのはもう充分だろう。部屋に戻ろう」


手渡されたペットボトルを片手に、彼女はようやく男がおかしいことに気が付いた。





部屋に戻った二人。彼女が話を聞くに、彼はどうやらもう一人の自分であるらしかった。「自分がもし女として産まれたなら、自分がもし男として産まれたなら。そういった、ありとあらゆる可能性から引っ張り出された存在が俺だ」と彼は説明してくれた。


良く見れば、なるほど彼の顔立ちは母親に似ていた。


「さて。早速だが、マルバツ中学校卒業おめでとう。これからサカク高校に入学するにあたってアドバイスをする。そこで、ドーン!」


彼が取り出したのはファッション雑誌だった。どうやら、高校生デビューを彼女にさせたいようであった。


そこからの行動は随分早かった。彼いわく、入学まで時間が半月しかないと。とても焦っているように見えた。銀行で口座を作ったかと思えばアルバイトをしろだの、入学までの宿題を早々に終わらせろだの、何かと注文の多いこと多いこと。



しかし、正しいのは彼であった。時間はあっという間に過ぎ去っていくのだった。


彼に対して彼女は、怖い印象を持っていた。彼自身は恐怖感で縛るつもりは無かったが、時間のなさが焦りとなって言葉になってしまっただけなのである。さらには町で買い物する度に彼は確かに物体をすり抜けるという、人ならざる瞬間を見せられては、彼女は誰かに相談する事もできずに大人しく彼の言いなりになるだけであった。


「んでだな。このボタンは壊れてて、ここのレバーを引けば洗浄機が動き出す」


今、彼女はバイト中である。その作業手順を彼から教えてもらっていた。バイトの先輩ではなく、例の彼からだ。ここのバイトを見つけたのは彼であり、恐らくは何かしら詳しい理由でもあったのだろう。「今は混まないけど、三十分もたてばそれどころじゃなくなる。最悪、俺も手伝ってやれるけど、早めに終わらせろや」など言うのだ。


案の定、大混雑。しかし彼からの助言もあって、的確に仕事をこなせることができたのだ。

そんなバイトの初日、店長に随分とほめられた。

「教えてもないのに、もう即戦力だ。今日はまかないサービス!」と。


彼女はその事で、気分が良くなっていた。少なくとも悪い気など、一切無かった。



2009年4月8日



気が付けば入学式の日である。彼女の中学生時代の友達は皆、別の高校に進学していた。つまるところ、彼女には友達はいないのだ。新しい環境も相まって、不安でしょうがない筈なのだ。


しかし、彼女の傍らには彼がいた。


「要項みして。ほう、二組ね。そこの階段上がって右側の部屋だ。誰も居ないが、この部屋に違いない」


彼はこのように教えてくれる。友達がおらずとも心強くあれた。


しばらくして、生徒が集まり出した。ここの教師は優しそうな先生だった。


「担任はタカセンか、当たりだな。おっと自己紹介の時間だぜ。ははは。心配せずともお前の紹介なんざ誰も聞いちゃいない。見てると、皆も緊張で自分の事しか見えてねえみてえだ。そんなもんさ。こわばる方がバカみたいだぞ。ひひひ」


不思議と彼の言葉は、緊張をほぐしてもくれた。


彼のおかげで、出だしは最高であった。気付けばすぐに休みに入ったのだ。







彼女は彼と打ち解けつつあった。彼と会話すれば、以外にもうざったい感じがしたのだ。しかも彼は、何かと懇願する事があった。あれが欲しい、これが欲しいとかだ。最初と比べると、彼女もくだけた口調になるのだった。


「だーかーらー。お前は実質一人なの。俺は存在しないの。俺に話しかけたら変人そのもの! せめて携帯電話持って話そうぜ」


休日の彼との会話を、自室で行っているのだ。


「大丈夫。誰もいないから。それにしても、ここのノートに書いてる例題。『絶対お前なら勘違いする。要注意』って落書きはなに?」


「おう。その俺が作ったノートだけどな。俺が過去で躓いた箇所にはその一言を書き込んでる。俺にとっちゃ過去だが、お前にとっちゃ未来の事だ。有り難みな」


そういって彼は笑った。彼は、その気になれば物や人に関われるらしく、この予習復習ノートも彼女が寝ている間に作ってくれたのだ。


「ねえ。聞く機会がなかったけど、あなたはやっぱり未来の存在なのよね?」


「おうよ。じゃねえと俺は助言の一つもできねえぜ」


「ふうん。じゃあ、あなたの世界と私の世界で違うところはある?」彼女は今さら疑問も持たなかったが、なんとなく試したくなった。もしかしたら、ただの幻覚かもしれないのだから。


「めちゃくちゃある。大いにある。まずは一つ。俺が女だ。俺の部屋はここで間違いないが、ベッドなんか無かった。……だけどな、そこの壁の凹み傷はまんまかな。変なところで思いでのまんまだ。不思議だ」


「ふうん。変に黄昏てるような顔してるけど、思い入れかなんか有るわけ? 部屋のドアノブに」


彼女はからかったつもりであった。しかし、思いがけない答えが返ってきた。


「うん。俺はこのドアノブに電気コードかけて、首吊り自殺したんだ」

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