次の恐怖
『拝啓、お母様。アーカムでの暮らしにも慣れ、生涯の友とすべき素晴らしい友人にも巡り会うことができました。アーカムは故郷イギリスの面影を強く残す町で、近隣の人々もお母様の故郷である日本にの田舎町とも通じる温かみがあり、良い暮らしをさせていただいております。きっとお母様も気に入られることも思いますから、機会があれば、一度アーカムへ来られてはいかがでしょうか? 美味しいお店をいくつか知っておりますから、こちらに来られたときには是非、ご一緒しましょう。ところで、わたしもお母様のようにオカルトの研究を始めました。以前、わたしは作家か翻訳家の道を目指していると打ち明けたことがありましたね。ホームステイ先のナイル・A・ブラックマン氏も、わたしのささやかな夢を応援してくださっています。こうした幸せな時間が得られたのも、お父様の説得を手伝ってくださったお母様のお陰でもあります。愛するお母様へ、アリシアより』
丸きりこんな文面ではないが、概ねこのような内容の手紙を送った。心配をかけてはいけないので、食屍鬼と誘拐事件については伏せつつ、オカルトに興味を持った旨を伝えた。
ナツキ・グリーンウッド、あるいは黒森奈月、つまりわたしの母について、簡単に述べておこう。ブラックマン氏も述べたように、元々生粋の日本人である母は、ある神社の家の次女として生を受け、一族に代々伝わる秘伝をものにしているという話を聞いた。そんな母だから、オカルトに対して造詣が深く、不思議な霊感があった。わたしが米国に旅立つその日に、お世辞にも趣味が良いとは言えないペンダントを渡そうとしてきたことは、記憶に新しい。思えば、あの護符には本当に霊的な力が備わっていたのではないかと思う。
そんな母の返事はこうだった。
『あれほど迷信を嫌っていた貴女が、急にオカルトに興味を持つなんて、どうせ不思議で危ない目に遭ったのでしょう。だから言わないことではない。貴女向きの資料と、あのとき渡しそびれたお守りを同封しておきました。有効に活用なさい。母より』
まさかブラックマン氏の言う通りになろうとは、思ってもみなかった。また、昔からそうなのだが、やはり母には隠し事はできないことを、改めて思い知った。わたしは母に心配をかけまいと、誘拐事件のことは敢えて伏せたのだが、それすらも見透かされていることは、文面からも明白だった。
こうした母の手紙は、ペンダントと小冊子が入った小包に同封されていた。この奇妙なアクセサリーがもたらした事件と、わたしに身を守るすべを与える小冊子の内容については、また後程述べよう。
母からの返事が来た翌日、ミスカトニック大学の図書館で、ルースベン氏と会った。彼は何冊かの本――背表紙に書かれた文字から察するに、どれも日本か中国のものに違いなかった。
「アリシア!」
「ルースベンさん、どうなさったのですか?」
「いやあ、実は、『ネクロノミコン』の閲覧の申請をしたのだけれど、やはり許可が降りなくてね」
悪名高い『ネクロノミコン』だが、これはその稀少さのために、マニアの間でも実在が疑われている。また、ルースベン氏がそうであったように、所在するとされるどの図書館を訪ねたとしても、必ず閲覧を断られることが、実在しないという風説に説得力を与えている。
ミスカトニック大学に、件の魔道書が納められているという話は、オカルトマニアの間では有名らしい。
「どうして『ネクロノミコン』を?」
ルースベン氏が抱えていた本のタイトルを確認すると、それらは『阿曇氏の秘儀』に『竜宮伝説と綿津見神社』、『九頭竜川流域の水神信仰』といった、やはり日本の民俗学に関する資料だとわかった。
「実は、日本における八百万の神々の信仰と、『ネクロノミコン』に記されているという秘められたる神々との間に、何かしらのミッシング・リンクがあるのではないかと思ってね」
「興味深いとは思いますけれど、『ネクロノミコン』は何処へ行っても閲覧を断られますよ」
「そうらしい。大英博物館やハーバードに行っても駄目だった。なんとかして読めないものかな」
毎度のことながら、ルースベン氏の行動力には驚かされる。本一冊読むために、わざわざハーバード大学や大英博物館まで足を運ぶなど、なかなかできることではない。
わたしはここで、マヤ先生の蔵書にある、ディー博士による英語版『ネクロノミコン』の存在を思い出す。マヤ先生の許可を得られれば、彼を稀覯本の楽園へと招待できるだろう。だが、今はやめておく。ルースベン氏は悪人ではないと信じているが、だからこそ、彼に『ネクロノミコン』などをもたらすべきではないと考えたのだ。いたずらに恐怖をもたらすのは、友人に対してやることではない。
恐怖と言えば、その日はまたしても恐ろしい出来事に見舞われた。ただし、幸いなことに、今回の恐怖はアルバート・フィッシュのときほど強烈なものではなく、わたしは目撃者であって当事者ではなかった。
その日はマヤ先生の監督のもと、『無名祭祀書』の研究を行っていた。わたしがこの本を最初に読んだのは十五の頃で、読書好きなわたしにと母が誕生日プレゼントにくれたものだ。それは二十世紀初頭にゴールデン・ゴブリン・プレス社から出版された英語版を底本とした、二〇一四年発行の復刻版だった。このバージョンは比較的広く普及しており、値段も内容も手頃な、入門書と呼ぶに相応しいものだ。これを最初に読んだときは、異様な悪寒を覚えて読むのをやめ、それ以来、二年ほど手をつけずにいた。しかし、マニアが言うには、この最新版はあくまで入門書であり、相当な検閲削除を経たものであって、原典には遠く及ばないのだそうだ。『ネクロノミコン』といい、どうもこういう本は、英語訳されたときに限って、内容がひどく劣化する傾向にあるらしい。そして幸運にも――あるいは不幸にも――わたしがそのとき読んでいたのは、削除のないオリジナル版の『無名祭祀書』だった。これも世界に十冊とない稀覯本である。
わたしにとって思い出深い魔道書のことを説明するのに、つい熱が入ってしまったが、話を戻そう。
丁度日付が変わる頃だった。わたしが『無名祭祀書』から必要な内容――木々の精霊と森の女神に関する部分――を抜粋し、ノートにまとめる作業に一区切りついたので、その日は切り上げて就寝することに決めた。そこで、わたしが喉の乾きを訴えたところ、マヤ先生は珍しいミード・ティー(蜂蜜酒入りの紅茶)を淹れてくれた。独特の風味と香りを味わい、若干のアルコールによる心地よい熱と眠気を享受していたところを、真に迫った絶叫によって覚まされたのだ。それは明確に日常の喪失を告げるもので、さながら黙示録のラッパか、ヘイムダルの角笛の音色のように感じられた。
わたしが慌てて悲鳴のした場所へと駆けつけると、口にするのも憚られる、痛ましい様子の死骸が見つかった。それは直視に耐えない恐ろしいものだったが、ここでその死体の尋常ならざる有り様について述べないのは、いささか怠慢が過ぎるというものだろう。
それはねじれ、萎び、吸い尽くされていた――簡素な説明だが、人間の仕業ではないことは、ご理解いただけたことと思う。どんな凶器を使えばこうなるのか、わたしには到底想像だにできない残骸だった。
「魔道書を盗もうとして殺されるなんて、まるで誰かさんみたいね」
全く落ち着いた様子のマヤ先生が駆けつけたのは、わたしよりも少し後だった。少しも慌てた様子がないことから、この哀れな犠牲者の死因に、マヤ先生が一枚噛んでいることは明白だった。
そういえば、アルバート・フィッシュはどのようにして破滅したのか――いや、よそう。その先を考えるのは、あまりに恐ろしい。現にわたしは、その恐怖の一端――甘美な痺れと、名状し難い喪失――を、自ら味わったばかりではないか。
「有名人は辛いわ」
あくまで落ち着き払った様子で、マヤ先生は言った。確かに、マヤ先生は古物収集家としても有名である。金目の物を持っていることは明白であり、ともすれば強盗どもの格好の標的となりうる。しかし、魔術の実在を知った今、真に恐れるべきは『ネクロノミコン』や『無名祭祀書』といった禁断の知識を狙う黒魔術師の存在にほかならなかった。
マヤ先生の言葉が正しいとすると、死骸は盗人のものであって、善良な市民のものではないことになる。こんな死に方をしなければならないほど、罪深い人物であったとは思えないが。
「マヤ先生、貴女は……」
マヤ先生に聞きたいことが山ほどあった。この死体の身元の心当たりとか、本当に貴女が殺したのか、とか……
しかし、冷静な思考、もっと言うと意識を保っていられるのは、どうやらここまでのようだ。わたしの意識が急激に混濁し始めた。考えがまとまらない。極めつけにグロテスクな死体を目撃してしまったことによるパニックと、先程のミード・ティーがもたらす酩酊とが入り交じり、わたしの意識を目の前の現実から遠ざけてゆく。いや、それだけではない。もっと別の原因を疑うべきだ。あのミード・ティーの素晴らしい、若干の辛味がある味わい――
「今日は疲れたでしょう、アリシア。おやすみ。良い夢を」
わたしの意識はそこで途切れた。