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白い姫君と黒い巫女  作者: 標準的な♂
復活の日
13/36

奇妙な少年

 その日の晩は珍しく、マヤ先生だけでなく、ブラックマン氏とも一緒に食卓を囲むことができた。


 中国人の知り合いができたので、わたしは思いつきで創作中華を振舞った。あまり普段は作らない料理だったが、自分で味見をした限りでは、まあまあの出来だった。


「うん、良いんじゃないかな。初めて作ったにしては上出来だと思うよ。アリシアは良いお嫁さんになれる」


 ブラックマン氏はいたく気に入ってくれた様子だった。こちらの絶賛は上述の通りの直球の表現であった。ブラックマン家の家事全般を任されているのは、花嫁修業の一環でもあったから、これはわたしにとっては最大の賛辞だ。もっと褒めてほしい。


「……辛いわ」


 その一方で、どうもマヤ先生の口には合わなかったらしい。アレンジが過ぎて原型を留めていない八宝菜、冒涜的な麻婆茄子、などといった酷評を頂いた。唐辛子の量を若干増やしたのがまずかったらしい。マヤ先生は辛いものがあまり好きではないらしいので、お気に召さなかったのだろう。


 マヤ先生は紅茶派で、ブラックマン氏はコーヒー派という点から判断できたことではあるが、どうやらこの二人の味覚はかなり違うもののようだ。両人共に満足するようなものを作るとなると、なかなか骨が折れる。


「どうして、慣れない創作中華なんか作ろうと思ったの?」


 マヤ先生は少し不機嫌な様子で、わたしに尋ねた。日常的な範囲の機嫌の損ね方だったから、あのときみたいに食べられたりはしないだろう――そう信じたい。


「中国人のお知り合いができまして、それで思いついたんです。趙江さんといって、変な人でしたわ」

「へえ……アリシアったら、変わったお友達ばかり作るのね」


 わたしの友人には悪いのだが、それは否定できない。アーカムに来てからできた友人と言えば、良くも悪くも話題のルースベン氏に、女性らしさを捨てて万夫不当の豪傑になったアビー、そしてオカルトマニアの中国人の趙江と、これまで一人も普通の人間が居ない。


 しかし、どれも得難い友人には違いない。つい最近までは本が友達、何処に出しても恥ずかしい、ひとりぼっちだったのだ。


「そういえば、その中国人の彼も、同じことを研究しているみたいじゃないか」


 これは意外だ。まだ話していない筈なのだが、ブラックマン氏は例の彼のことを知っているらしかった。


「もしかして、お知り合いでしたか?」

「ああ、趙江君だろう? 実はわたしも、ついこの間知り合ったんだ。最初に会ったのは吹奏楽の公演だったかな。よく、うちの教会にも出入りをしているから」


 ブラックマン氏によれば、趙江はフルート奏者としても有名な人物らしい。ミスカトニック大学では医者を目指しているとも聞いた。知れば知るほど、よくわからない人物である。ルースベン氏の同類だとは思ったが、趙江の方がよりミステリアスである。少なくとも、ルースベン氏の考えていることは概ねわかるが、対する趙江の頭の中は、さっぱりわからない。


「面白い研究仲間ができたようだけれど、最近の研究は捗っているかな?」

「それが……」


 よもや危険過ぎて試すわけにもいかない呪文や儀式ばかり習得することができました、などとは言えず、あまり捗っていないと説明する。


 それに、わたしの目的が完全に達成されたわけではない。あの恐ろしい存在をこの世界に招いたところで、わたし自身の身の安全が保証されるものではないのだから。


「そうか――ときにアリシアは、大きな成果を急ぎ過ぎているということはないかな?」

「大きな成果――ですか?」

「そうだ。最も身近な魔術が何かを思い出してみると、新しい発見があるかも知れないよ」


 ブラックマン氏の指摘は実に的を得ていた。恥ずかしながら、直接的な危機に陥った場合のことしか考えていなかった。わたしの目的はそもそも、自分に敵対する輩を抹殺することではなく、安全を確保することではないか。


 最も身近な魔術――古今東西において、あらゆる魔術の基本とそれるもの、それは占術だ。


 歴史を見ればわかるとおり、古い魔術師達は敵を呪い殺すことよりも、吉凶を占うことを重要視していた。その極意は福を招き災いを退けることにあり、そのための行動の指針を得る術が占術である。


 思い立ったが吉日とは、古い諺にある。わたしはイブニング・ティーのついでに、茶葉を用いた占いを行なうことにした。これは茶漉ちゃこしを用いずに紅茶を注ぎ、カップに入った茶葉の枚数や、それが形成する図形で未来を占うものである。


『変化あり。残酷な敵。栄光』


 ……付け焼刃の占術故に、よくわからない結果が出た。わたしには何らかの変化が訪れるらしい。既にあれだけの怪異に遭遇しているのだから、次の出来事で認識の一つや二つが変わることは大いに考えられる。残酷な敵も、心当たりが無いわけではない。まだ会っていないが、敵はいつ現れても不思議ではない状況だ。しかし、栄光だけはよくわからない。わたしは作家を目指してはいるが、何か重要な賞でもとれるのだろうか?


 意味がよくわからないので、もう一度同じ手順で紅茶を注ぐ。


『変化あり。残酷な敵。栄光』

『変化あり。残酷な敵。栄光』

『変化あり。残酷な敵。栄光』


 しかし、何度やっても同じ図形を描く。つまり同じメッセージが求められるわけだ。こうなると、当たるも八卦、当たらぬも八卦などとは言っていられない。


 結局のところ、来るか来ないかわからない脅威が、確実に訪れるということがわかっただけだった。


 こうなると、迫り来る脅威よりも、他の図形が意味するところ、変化と栄光について目を向けるべきのように思えてくる。これらは謎のメッセージだ。特に変化は、それが良いものなのか、それとも悪い変化なのか、まるで判断がつかないのだ。考えられるものとしては、新たな怪異に遭遇したことによる考え方の変化だろうか。


 それ以上は考えてもしょうがないので、わたしは占いに用いた紅茶を飲んだ。飲みすぎで少し気分が悪くなったが、一応の成果はあった。変化と災難が訪れることが予見された訳で、これらに対する心の準備を行うべしというメッセージと、わたしは解釈した。


 今現在の状況から、今回の占いの結果には、昨日あの奇妙な少年が関わっていることが、容易に想像できる。これはあくまで直感に過ぎないのだが、悪いことに、わたしの直感はよく当たるのだ。


 翌日、わたしが図書館で昨日の作業の続きをしていると、趙江と再会した。


 例の資料のコピーはとったが、今にして思えば、これが良い判断だったのかは疑わしい。もし趙江が有害な意図を持った輩であった場合、その魔術的な知識を悪用されかねないのだ。


 とはいえ、趙江がわたしが懸念するような悪しき魔術師であったのなら、断れば脅迫、強盗等の不正な手段に訴えるはずだから、せめてこの場面だけでも穏健に済ませるのが正解である――そう思うことにする。彼が善良な人間なら、貴重な友人ができて喜ばしいことだと思えば良い。


「アリシアさん! 探しましたよ」


 相も変わらず人懐こい様子の少年は、やはりわたし自身よりも、わたしが持つ資料に興味がある様子だった。


「約束の資料ですわ、趙江さん」


 趙江少年は相変わらずの様子で、連れてきた彼女もそっちのけに、その瞳に輝かんばかりのどぎつい好奇心を溢れさせていた。その視線の向かう先は言うまでもなく、わたしの資料のコピーである。さながら餌を前にした犬とのようだ。


「ありがとうございます。ぼくのために」

「いいえ、お気になさらず」


 趙江はわたしの資料を読み漁っていた。興奮も隠しきれない様子だ。


 以前、彼はルースベン氏と同類だと以前述べたが、それを今、訂正しようと思う。こちらの方がより情熱的で、ともすれば病的ですらある。その瞳は興奮のあまり血走っており、いささか狂的なものさえ感じ取れた。


 わたしの懸念が正しいものであるという確信が芽生えつつあった。


「いやあ、素晴らしい資料でした。今度はこちらも資料をお持ちしますから、是非、またお会いしましょう」


 一度疑念が確信に変わると、途端にこの人懐こい笑みの奥底にあるものに対する不安がよぎった。昨晩の占いの結果もあることだし、当分はこの奇妙な少年への警戒を怠らないようにするべきだと判断に至った。


 この判断は、もっと早くにしておくべきだったのだろう。

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