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受験生、異世界で英雄となる  作者: 漆原 ともみ
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初めての出会いと始めての感情と

アーケード街は多くの人が行きかっていた。アーケードの天井からは色鮮やかな七夕飾りが吊るされている。それが、人の動きによってできる空気の流れよって、ユラユラと静かに揺れている。店では、客を呼び込もうと、従業員が声を大きくして宣伝をしている。だが、そんな声も、少し離れてしまえば人のざわめきの中に埋れてしまった。


「パパ、ママ、早く早く!」


少女が走って行く。


「こらこら」


そうは言いながらも、少女の両親は嬉しそうでもある。

というのも、少女はあまり物事に興味を抱かず、静かな子だったからだ。こうして、楽しそうにしている姿は珍しい。


…大きな飾り。なんだか、てるてる坊主みたい。


少女は七夕飾りを眺めた。


…こっちのは青色、あっちはピンク、折り紙の鶴がぶら下がっているのもあるのね。


少女はさらに奥へ奥へと進んでいく。本来の目的の物を探して。


…どこに短冊はあるの?


小さな不安が頭をよぎった。

少女は学校では、自分の席で座って、本を読んでいるような静かな子だ。同級生である小学2年生の子のほとんどは男女を問わず外で遊ぶので、教室に1人ということも多かった。外で遊ばないのは、少女が運動が苦手だったからである。それが原因で他の子と関わる機会が少なくなると、友達も作りにくく、空気として扱われることも多かった。少女の母親は類稀な美貌の持ち主であり、少女も幼いながらにその片鱗が覗いて見れたが、小学低学年の子供にはそんなことは関係なかった。

そして、少女自身は友達がいないことが悲しく、嫌だった。かと言って、気の弱い彼女には何もすることが出来なかった。今更、一緒に遊ぼうとも言えなかったのだ。


ある時、テレビに地元の祭りである、仙台七夕祭りの映像が映った。


「ママ、この大きなのはなに?」


「これはね、七夕の飾りなのよ」


「じゃあ、この人たちは竹の葉っぱに何をつけているの?」


「これは、短冊って言ってね、勉強ができますように、とか、お願いを書くと叶うって言われているのよ」


それを聞いた少女は思った。


…私もこれに、友達が欲しい、って書けば叶うのかな?


少女は神にも祈りたいほど、そう思っていたのだ。


「ママ、私も見に行きたいな」


「あらあら、そんなに興味を持つなんて珍しいわね。どうしたのかしら?ちょうど来週に七夕祭りがあるから、パパに頼んでみましょうね」


母親はいつもとは違う娘の様子を微笑ましく思った。



少女は短冊を探してキョロキョロとしている。


「おーい、あんまり離れちゃだめだぞー」


父親の声が聞こえる。少女は両親の元へ戻ろうと思った。

その時、ちょうど横断歩道が青になる。向こう側のアーケード街から大勢の人が流れ込んで来た。運悪く、少女はその波に巻き込まれてしまった。


「パパ!」


少女の声は届かなかった。人の壁に阻まれ、自由に動くことすらできず、流れに沿って移動するしかなかった。


「パパ、ママ、どこ…?」


最初の位置からだいぶ流されてしまった。今、自分がどこにいるのか、少女にはわからなかった。不安が突然襲いかかる。自分の目線より高い位置から見下ろしてくる大人の視線は少女にとって恐ろしいものだ。少女は、自分の存在がとても小さいもののように感じた。何もできず、頭の中が真っ白になって立ちすくんでいた。

すると…


「どうしたの?」


声がした。振り向くと、自分の背丈と同じくらいの男の子が立っていた。


「あ、あの…」


少女は知らない人だということに緊張をして、うまく言葉が出てこなかった。そして、そのことに対して恐れを抱いた。と言うのも、普段、学校などで同じように言葉に詰まると男子からはよく、なんだよ、早く言えよ、などと大きな声で言われるからだ。


「んー?困ってるの?」


彼の問いに少女は小さく頷いた。


「そうなんだ。迷子かな?」


少女は大きく頷いた。それを見て、彼は微笑んだ。


「なんだ、それなら僕が一緒にお母さんを探してあげるよ」


少女は彼の言葉に驚いた。なんで、そんなことを言うの?と。少し、警戒心すら覚えてしまった。だが、彼の笑顔は裏のなさそうな澄み切ったものだった。


「さっ、行くよ」


彼は少女に手を差し出す。突然のことにびっくりしつつも少女はゆっくりと、恥ずかしそうに手を握った。そうして、彼は歩き出した。少女もそれについて行く。

2人が歩く姿を、道行く人たちの目が捉える。やはり、少女にとってそれは恐ろしいものだった。男の子の手を、強く握ってしまう。彼は振り返り少女を見た。その目がどこを見ているのか彼は気が付いたようだ。


「怖いの?」


少女は静かに頷いた。


「大丈夫、君は僕が守ってあげる」


そう言って、彼は笑顔になる。少女の心には、衝撃が走るようだった。守る、そんなことは誰にも言われたことがなかった。それゆえ、少女は混乱していた。ましてや先ほどからの言動と言い、少女はまだ彼を信用してはいなかったのだ。だが、心のどこかは落ち着いているようでもあった。守ってくれると言う言葉に安心しているのかもしれない。そんな少女のことを知らないであろう男の子は、少女に尋ねるのだった。


「そういえば、名前はなんていうの?」


「木田…ゆかり…」


「僕は、巧。梅木巧だよ」


よろしくね、そう言ってまた彼は歩き出した。






2人は、人混みの中を歩いて行く。少しすると、ゆかりは短冊を発見した。お目当ての品だ。思わず足を止める。


「ん?どうしたの?」


巧は不思議そうに尋ねた。


「あの…あれ…」


ゆかりは見ていたものを指差す。


「ん?お願い事?なら、行ってみようか」


そう言うと、巧はゆかりの答えを聞く前に走り出した。ゆかりは、手を引かれ、走っていたが、その表情は嬉しそうにも見えた。


どうやら、短冊はボランティアがやっていたようで、高校生らしき女の子から、短冊を受け取り、近くの椅子に座り2人は短冊を書く。この状況はゆかりにとって幸運だったかもしれない。確かに、短冊をを書きたくてきたとはいえ、両親にはそれを言えなかったのだ。短冊に書きたかった内容も内容なので仕方ないかもしれないが。


ゆかりは、巧の方を見た。巧の短冊には「お金持ちになる」と書かれていた。

それを見たゆかりは、巧に隠すようにして、短冊を書いた。

「友達ができますように」と。


「友達が欲しいの?」


その声にゆかりは心臓が止まるかと思った。巧が覗き込んでいたのだ。そして、なんて思われただろう、と不安になった。ゆかりは今年で8歳なのだが、そんな子が何を書いているのか、とバカにされるのではないかと感じた。なので、次の巧の言葉に、ゆかりは心底驚いた。そして、その言葉を忘れることはなかった。


「なら、僕も友達になってあげるよ」


ゆかりは、え?、と頭の中でパニックとなった。友達?何を言っているんだろう。と。


「え、えっと…」


「僕じゃ嫌だった?」


巧が悲しそうに言う。ゆかりが考える間も無く言ってきたことに理解が追いついていなかったが、ゆかりは激しく首を横に振った。そんなわけない、と。


「じゃあ、友達になってくれる?」


ゆかりは小さく頷いた。だがまだ、友達、という実感もなかった。


「じゃあ、友達の証」


そう言うと、巧は、短冊を結ぶために用意されていたリボンの中から、水色のものをゆかりの手に巻きつけた。ゆかりはそれをまじまじと見つめた。


「友だち」


その言葉が心に響く。


…私は、友だちができたの?お願いが叶ったの?


未だ、そのことが受け止められずにいた。ゆかりは巧を見る。彼は、満面の笑みでゆかりを見ていた。その笑顔に、ゆかりは少し恥ずかしくなった。だが、彼の笑顔は、ゆかりを安心させた。その、裏表のない笑顔から、彼は、心から友達になりたいんだと薄っすらと感じ取ることができた。


「ありがとう」


この時、ゆかりは初めて笑った。まだ、その笑顔はぎこちなかったが。そして、大切そうにリボンを触ったのだった。






その後、結局巧だけが短冊をつけた。ゆかりは、つけないの?、と聞かれたが、断った。願いは叶ったのだから。ゆかりの心は、これまでにない位に晴れ渡っていた。友だちとはいえまだ出会ってすぐ。それでも、友だち、という響きはとてもいいものだった。頭の中では、何度も、友だち、という言葉が反復されていた。初めて出来た友だちだったのだ。嬉しさは格別だった。


2人はあるきだす。ゆかりの足取りは、最初よりも軽くなっていた。





「ゆかり」


母親の声が聞こえた。


「ママ!」


ゆかりは声のした方を探した。両親が駆け寄ってくる。


「心配したのよ。ゆかり」


母親が抱きしめてくる。父親も、どこに行ってたんだ、と言いながらも、ゆかりの頭を撫ででいた。巧はそんなゆかりの姿をニコニコしながら見ていた。


「あら、この子は?」


母親がゆかりに尋ねる。ゆかりが答える前に、巧が答えた。


「僕は、梅木巧。迷子だって言ってたから一緒に探してたの」


「あらあら、それはどうもありがとうね」


母親が微笑む。


「それで、巧くんは1人で来たの?」


「お母さんと一緒だったけど、はぐれちゃった」


「「「え?」」」


巧の言葉に木田家一同は驚いた。なんで人助けしてるの?と。


「なんで、ゆかりをたすけてくれたの?」


母親が問う。


「だって、困ってたから…」


「そうだったのか。君は優しいんだね」


父親も素直にそう思った。


「なら、私たちで巧くんのお母さんを探しましょうか」


母親は、ゆかりと巧の手をとって歩き出すのだった。

その後、無事に巧も母親は現れ、引き取られて行った。去り際、悲しそうな顔をするゆかりに巧は言った。


「また会えるよ」


そうして2人は別れた。








13歳の夏、ゆかりは駅にいた。県で最大の駅だけに人の往き来も多い。足元には、大きなボストンバッグやお土産の袋が置かれていた。中学の部活の茶道部は夏休みに活動がなかったので、仕事がある両親より長めに実家に残っていたのだ。


…パパ、まだかな。


ゆかりは時計を眺めた。ちょうど、正午を回ったところだ。ゆかりのことを見て、道ゆく人が何人も振り返る。ゆかりは、母親譲りの美しい容姿に成長していた。だが、そんな目を嫌うゆかりにとって現在の状況は辛いものだった。

そうして待っている間に、3人ほどのグループの男がゆかりを見て近づいてきた。ゆかりは、嫌な予感がした。そして、その予感は当たった。


「君、どうしたの?時間あるならどこか行かない?奢るよ?」


男の1人が話しかけてくる。あとの2人は後ろでニタニタと笑っていた。


「待っている人がいるので」


ゆかりはキッパリと言った。

小学校の高学年頃からクラスの男子や中学生、高校生までもがゆかりを女として見てくるようになった。何度も告白もされた。しかし、ゆかりがそれに応えることはなかった。ずっと空気として扱われていたものを、いきなり態度を変える男を気味悪く思ったからだ。そうして、ゆかりは男を信用しなくなっていった。ただ、1人。一度しかあったことのない彼を除いて。男子の間では、ゆかりを陥落させた者は英雄だとまで言われ、ゆかりは鉄壁、難攻不落と噂された。なので、冗談半分で告白してくる輩も多かった。それも影響してか、ゆかりはよく彼のことを思い出した。ゆかりが着けている水色のリボン、それを貰った人を。


…あの人、巧くんだったら、どうだったんだろう。私のこと、どう思ったのかな?


きっと私によくしてくれるよね?、いつしかゆかりは、恋心を抱いていた。自身でも気がつかないうちに。あまり、人と親しくしてこなかったのも影響しただろうか。あの時から、話すようになった女子はできたのだが。ゆかりは巧のことを白馬の王子様のように想うようになっていた。あの人なら…と。彼の笑顔を思い出すと、少し胸が締め付けられるようだった。それとともに、どこか懐かしいようでもあった。


…また、会えるよね?


「えー?じゃあメアドくらい教えてよー」


男はまだ粘っていた。正直、鬱陶しかった。いつもなら立ち去るところだったが、今日は荷物が多く移動は大変だった。どうしよう、とゆかりが不安になっているところに


「おーい。そんなところにいたの?」


助けは来た。見ると、ゆかりと同じくらいの背丈の少年が小走りにこちらに向かってきた。


「は?なんだお前」


男は吐き捨てるように言った。少年が目を細める。


「そうですね。彼女は…私のもの、でしょうか」


ちっ、彼氏かよ、そう言って男たちはその場を離れて行った。半分遊びだったのだろう。他の2人は男を笑っていた。


「あー。ごめんね」


「え?」


いきなり誤ってくる少年に、ゆかりは驚いてた。


「勝手に、俺のものとか言って」


忘れて!、と言わんばかりに少年は手を合わせた。


「いえいえ、助けてくれてありがとうございます」


ゆかりは素直にそう思った。


「そっか。よかった」


少年が微笑んだ。その笑顔にゆかりは驚きを隠すことができなかった。なぜなら、その表情は、記憶の中のそれと同じだったから。


…ここ人は、巧くん?


あの頃と比べると、顔が少し細くなって男の子らしくなっていた。だが、どこかか弱いような、女性らしい雰囲気もある。そうか!、ゆかりは気が付いた。それは、彼の母親から譲り受けたものなのだと。記憶の中の情景は、今までよりも鮮明であった。

それとともに、ゆかりは胸が高鳴るのを感じたの。そして、ゆかりの心はあの頃のような気弱なものへと戻っていた。巧くん?、とは聞けなかった。恥ずかしかったのだ。モヤモヤとした感情がゆかりの心に巣食う。


「誰かを待っていたの?」


「…お父さんを…」


ゆかりの返答は先ほどまでとは違い、どこかたどたどしかった。


「なら。少しそばにいよう」


「え?」


「だって、さっきの人が来たら大変でしょう?」


「う、うん…」


「大丈夫。君は俺が守ってあげる」


ニシシ、と少年は笑った。ゆかりの中で過去と今とが交差する。記憶の中の少年は行った。


「大丈夫。君は僕が守ってあげる」


今まで聞こえていた周囲のざわめきが消える。世界にはゆかりと少年だけが取り残されていた。ゆかりは少年を見つめた。


そんな世界は、突然に崩壊する。


「おーい。ゆかり」


父親だ。


「あ、来たみたいだね。じゃあ、これで」


少年はゆかりに手を振った。その場を立ち去ろうとする。


「あなたの…名前は…?」


混沌とした意識の中からゆかりはやっとのことでその言葉のみを紡ぎ出した。


「ん?梅木巧だよ」


巧は去った。


立ちすくむゆかりの元へ父親はたどり着く。


「今の子は?」


ゆかりは父親を睨んだ。八つ当たりだとはわかっていた。だが、それでもゆかりはもう少しだけ彼、巧と居たかったのだ。

娘の目に父親は恐怖を感じた。遅かったからかな?、そう思いながら。


「ごめんね」


父親はそれしか言えなかった。


帰りの車の中、ゆかりの頭にはいつかの巧の声が響いた。


「また会えるよ」




その後、ゆかりは巧と高校の入学式で再開するのだが、それはまた別のお話。











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