始まりの日
パソコンは苦手です…。入力が遅いです。
さて、最初のところは少ししっかり書きたかったので、ちなみに、ゆかりさんはヒロインです。文章は少し自分の中では不完全な気がします…。
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現実とは、いつも思い通りには行かないものだ。欲しいものは手に入らず、そうでないものばかりが自分の懐に溜まってゆく。
自分自身が行動を起こせば変わる、などとはよく言ったものだ。
梅木巧はそう思っていた。
そんなことできたら、自分はこうしちゃいないのに、と。
巧はため息を吐く。それは最近、巧が無意識のうちによくしていることだった。無表情な顔を上げ、巧は天井を眺めた。淡い光を放つ体育館のライトに、巧は心地良さを感じる。
…俺の高校生活、このまま終わるのかな?
その儚い想いと共に浮かんでくるのは、楽しいはずの高校生活だった。巧は少しだけ表情を顰めた。
…本当はもっと、楽しい高校生活を過ごすはずだったのに。
…いっそ、どこかにいなくなってしまいたい。どこか、遠くへ。
叫んで、転げ回りたい衝動を抑え、巧がもう一度ため息を吐く。すると、自分を見つめる視線に気が付く。元カノだ。
…いまさら、なんだって言うんだ。
巧は怒りにも似た感情を覚えた。だが同時に、申し訳ないような、切ないような感情も顔を覗かせた。
巧とて、これまで全く青春とは無縁だったわけではなかった。女性と付き合ったり、部活だってしていたのだ。だが、巧にとってはその全てが今となっては正しかったのかもわからなくなっていた。
クラスで話す友人は居ても、休日に遊ぶような関係でもない。
彼女には振られ、今更になって復縁をちらつかされている。
部活では、部員との大喧嘩以降、関係は芳しくない。
勉強も、志望校には届きそうにもない。まあ、こればかりは今からやらないとわからないことではあったのだが。
こんな、高校生なら誰もが持っているような悩みに、巧は心を蝕まれていた。
朝、目が覚めれば学校のことで憂鬱になり、学校では元カノが自分のことを悪く言っているのでは?と気が気ではなかった。
そんな巧には、希望がないわけではなかった。気になる女子だって居た。
時々、すれ違うだけでも、前を歩いているだけでも緊張して話しかけることすら出来なかったのだが。
…このまま、あの子たちとも、さよならかな?
そう、巧の気になる女子は1人ではなかった。女好き、と言われそうだが可愛いと思った人は可愛いものだ。
それが巧の考えだ。結婚とか、付き合うとかになれば別であるが。
そして、巧には話しかけようと思えば話しかける機会はあった。だが、元カノのことが頭をよぎり、ためらっていたのだ。どうしても、元カノに悪いような気がして。なんでなのかは、巧にもわからなかった。枷がはめられている、そんな感覚だったのだ。
そんなこともあってか、巧は何も変わらない、悠久の時を過ごしているかのように、無気力に、死んだように表情を失って、ただ月日が過ぎるのを眺めていた。
「センター試験まであと3ヶ月ですが…」
学年主任の山木先生の声が第2体育館中に響いていた。今は3学年の今後の学習について。という集会の最中だ。
先生の話を真剣に聞いている生徒もいるが、大半の生徒は聞き流している。巧もそんな生徒のうちの1人であった。
「受験のことは自分たちがよくわかっているのに…」
3学年になってから勉強についての集会が多くなっていた。巧としては憂鬱なことである。ポツリと独り言を漏らし、巧は周りに目をやった。巧の目に映る生徒はほとんどが女子生徒である。
というのも、巧が通う高校は10年前に共学となった元女子校であった。1学年320人の内、男子生徒はたったの20人だ。というのも、巧の住む県では元女子校は男子から人気があまりないからである。理由は色々とある。しかし、巧はそれを知って入学したのだ。
下心があったのか?と聞かれると巧は否定ができなかった。
しかしまあ、現実とはそんなに甘いものではなかった。
男子生徒は肩身の狭い学校生活を送っている。と言うのも、数が多い方が優勢となるのが人間という生き物だからである。いくらイケメンであろうと、多数の女子を侍らせてチヤホヤされたりなどしない。そんな漫画のような展開は存在しなかった。
女子は女子で複雑な勢力同士の争いを繰り広げている。男子はいつもそれを眺めているだけだった。
そういう抗争はもちろん裏での話だ。
巧が周りを見渡すと、あぐらをかいている女子がチラホラと見られた。
男子生徒を男として見ていないため女子力なるものが低下してしまうのである。おしとやかなタイプが好きな巧にとっては辛いものだった。だが今ではもう、これには慣れてしまっていた。
巧が、ぐるりと見渡していると1人の生徒と目があう。
木田ゆかりだ。黒髪をお姫様カット風にして、右耳の近くに水色の質素なリボンで髪を結んで控えめで清楚な雰囲気を出している。大和撫子という感じの和風美人である。他校の男子からも人気があるらしい。
ゆかりは巧の想いびとである。高校に入学した時から、ずっと巧が心惹かれていた人だった。
…やっぱり、美人な人だ。自分とは釣り合わないよな。
そんなことを思いながら巧が見ていたからであろうか。ゆかりが少し微笑んだように見えた。その女神のような顔に、なぜだか巧は恥ずかしくなり目をそらしてしまった。
美人にそうされると気があるのかと思ってしまうではないか、と。
巧は赤くなってしまった顔を控えめに手でパタパタとあおぐ。少し肌寒い10月には奇妙な光景だった。
巧がそんなこんなをしているうちに先生の話は終わってしまった。
これからも勉強に励むように。
先生はそう締めると、入り口の近くの6組の生徒から教室に戻るように指示する。
とたんに体育館中が騒がしくなった。
巧はというと、座ってぼけっとしながら自分のクラスの番を待っていた。
しばらくすると、出口付近の6組の生徒からにわかに声があがった。
誰かが悲鳴を上げる。
うるさかった体育館が一瞬で静かになった。まだ体育館内にいる大勢の生徒が悲鳴の聞こえた方に顔を向ける。そして、
「なになに?」
と、また体育館内はまた騒がしくなった。すぐに、悲鳴を聞いた先生が入り口へと歩いていく。
巧はなにも考えず黙ってそれを見つめていた。
…大事ではないだろう。
巧はそう思っていた。この段階では。
少し時間が経過しただろうか。先生は戻ってこない。巧のクラスの男子たちも数人が興味本位で入り口の方へと歩いて行った。
すると、先生が戻ってくる。入り口の付近に集まっていた生徒に何かを言う。「戻れ」あたりだろうか。巧はそう推測した。先生の顔は巧には少し疲れているように見えた。
全員が集会の時と同じように、元の場所へと戻った。少しすると、女子の情報網による速報が体育館中を駆け巡る。巧は女子が話してるのを小耳に挟んだ。
「体育館の外、無くなっちゃってるって言ってたよ」
「マジで?そんなわけないよねー」
その情報は巧としてもにわかに信じ難いことだった。何を言っているんだ?と思ったが実際に見てはいないので嘘か本当かも巧にはわからなかった。
女子の中には泣いている人もいる。よく、状況がよくわからなく不安になって泣き出す情緒不安定な部類の人だろう。女子の中に時々いる。だが、何であろうと、泣いている姿は可哀想だ、と巧は思った。
そんな間、先生は1人無言で考え込んでいたようだ。いつもの集会ならば他の先生もいただろうが、今回は喝を入れるという目的だったためか、忙しかったためか、学年主任1人だった。わけのわからない状況を1人でどうしようか考えるのは酷だろう。
ちなみに、巧の学校は正面の校門から入ると左手側に教室、特別教室などがある本校舎。右手側に第2体育館、部室、武道場、食堂がある建物からなる。第1体育館は本校舎にある。
そして、本校舎から第2体育館に移動するには、1度外を通る必要があるのだ。第2体育館の入り口から外を見ると、本校舎が見えるはずである。だから、さっき女子が外に何も無いと言ったということは、本校舎が消えたことになる。そんなこと、核弾頭でも落ちるか、宇宙人に連れて行かれるかしか思い浮かばない。少なくとも前者はこちら側もただでは済まないので違うと思うが。
そんなことを巧が考えていると
「とりあえず、ここにいるように。あと、男子諸君は集まってくれ」
と、先生は言った。
女子の視線を浴びながら男子が先生のいる所へと集まって行く。無言の者もいれば、「塾が〜」などと言ってヘラヘラとした態度の者もいる。巧も、クラスの人と「どうしたんだ?」などと言葉を交わす。
「全員いるな?知っている者もいるだろうが、外で異常が起こっている。何がかは見ればわかる。お前たちには校舎の周りを見てきて欲しい。」
先生が言った。「マジで?」などと言う声が聞こえてくる。巧としても驚きと興奮が半々だった。
……外は本当におかしいのか、どうなっているのか。
先生の後に続いて男子たちが歩く。そして、入り口の近くで履いていた体育館用の運動靴から、外履に履き替える。そして、ついに外へと足を踏み出した。
「なっ…」
外へと踏み出した巧はその光景を見て声を漏らしてしまった。事前に異常があると聞いて理解したつもりだったと言えど、目の前の光景は巧にとってもあまりにショッキングだった。
高圧的な校舎の白い壁はなくなり、代わりに地平線の先まで続いている草原がある。所々には、3m弱ほどだろうか?木が立っていた。遠くには森もあるようだ。こんな状況とはいえ、その風景には開放感さえ感じる。
…これは、戦争でも宇宙人でもなさそうだ。しかし、本当に何も無くなっていたとは。あの話しをしていた女子には疑って悪かったなぁ。
巧は体育館で外のことを聞いた時のことを思い出した。
「おい、どけよっ!邪魔だろ」
そう言って巧の背中を押してくる人物がいた。どうやら、外の風景を見て立ち止まってしまい、後ろが詰まっていたようだ。
「ごめんごめん」
その人物を見て、巧は素直に謝った。というのも、その相手が巧の苦手とする関原大貴だったからだ。いくら男子が少なかろうと全員が仲が良いわけではない。
関原とその取り巻きの2人がヘラヘラと話しながら外へと出る。偉そうに、巧は関原らに怒りを覚えた。巧はプライドが高い。それゆえ、自分が悪く言われたり、苦い思いをするのが嫌だった。
「すげー!!」
関原らはその景色に浮かれてか、子供のように奥へ向かって駆けだした。
「勝手なことをするな!」
その声に外にいた全員が振り向く。先生だ。巧ら生徒にとって先生が怒るということは、本能的な恐怖に近かった。
先生に言われては何もできないようで、関原たちは渋々と戻ってくる。不満そうな顔をしている。それを見た巧はさっきの怒りがスッと消えたようだ。
「これから全員で校舎の周りを歩いて何かないか調べるぞ。くれぐれも勝手な行動はするなよ」
そう言って先生は関原たちを見た。関原は悔しそうに先生を睨んだ。その目は殺意を孕んでいるのかと思うほど恐ろしかった。
…こいつも案外俺と似てるのかもな。だからこそ苦手なのか。
巧は関原が自分と、人に叱られるのが嫌いなところが似ているように感じた。
先生が歩き出す。生徒が後に続いた。周りの景色は緑の大地と澄み切った青空以外に何も無い。時々吹いてくる風が少し冷たく、体に心地いい。
校舎の調査は特に何も起こらずに終了した。体育館、武道場、部室、食堂以外のものは何もなかった。食堂のおばさんも7時間目の時間だったためか帰ってしまっていたようだ。入った時に、食堂の電気をつけようとしたがつかなかった。どうやら電気は断絶されているようだ。ということは、水道もおなじなのだろうか。また、幸いにも食堂には水や売っていたパン類が残っていた。240人分あるかどうかは別としてだが。先生と話した結果、明日の朝に食べることにした。ある食料は有効に活用するとのことだ。何日こんな状態が続くかもわからないので真っ当な判断だろう。
そんなことが判明したのち、先生と男子たちは体育館に戻った。すると、何人かの女子生徒が近づいてきた。
先生に、トイレの水が流れない、と言う。やはり、水も使えないようだ。
「しょうがないけど、トイレは外ですることにしよう」
先生の言葉に女子からは驚愕の声があがる。男子ならまだしも、やはり女性ともなると抵抗があるようだ。
「今日はみんなこの体育館にいるように。明日になったらどうするのか決めよう。これから夜になって寒くなるから、体育館倉庫の中の毛布を出すぞ」
手伝ってくれ、と近くの生徒たちにも呼びかけて先生は倉庫に向かって行った。
毛布も全員に行き渡り、しばらく時間がたっていた。巧は、騒ぐ気にもなれず、1人壁際で毛布を掛けて足を伸ばしていた。毛布はそんなに大きくなく、脚にかけるくらいしかない。
外も日が落ちて暗くなったようだ。体育館の中も暗くなっている。所々から、スマホの明かりが漏れて人の姿を照らしている。
腹が減ったな、と巧は思った。しかし、巧は何も持っていなかったので我慢することにした。音楽でも聴いて気を紛らわすことも出来るが、電池が勿体無かった。
特にすることもないので辺りを見渡した。暗いので、集会の時のようにゆかりと目が合うこともなかったが、1人の女子生徒が目に止まった。巧と同じクラスの東條愛花だ。巧と同じように壁に寄りかかっている。暗闇の中でかすかに見えるその姿は寒さで震えているようだった。
…そういえば東條さん、ブレザー着てなかったな。
巧はそう思い出した。そのままにするのも可哀想だ。巧は愛花に近づく。
普段はあまり女子と話さない巧だが、相手が困っているなら話は別である。困っていると思ったら1度は話しかけておくのが巧の信念だった。というのも、小さい頃に道がわからなかった老人を案内したら褒められたからである。それ以来、巧は困っている人を見ると必ず声をかけることにしている。いい思いもすれば、逆もある。それでも、続けることに意味があると巧は思っていた。
実際、愛花と話すようになったのもその性格あってこそだったのだから。
「東條さん」
巧が話しかけると愛花がキョロキョロと辺りを見渡した。巧は愛花の方を軽く指でつつく。
「こっちこっち」
愛花も巧を発見したようだ。
「巧くん、どうしたの?」
愛花はいつからか巧のことを名前で呼んでいる。多分、この学校で唯一だろう。巧としても、名前で呼んでくれるのは新鮮で嬉しかった。
「東條さんが寒そうだったから。これ羽織って」
そう言って巧は自分の学ランを愛花の肩にかける。。
「え?」
愛花は驚き、恥ずかしくなって目を逸らして下を向いてしまった。
…いつもいつも、こういうことして。
愛花が下を向いてしまったので巧は首を傾げた。まあ、受け取ってくれてよかった、と巧は思う。
「トイレって使えないんだよね?」
「うん」
愛花が俯きながら答える。
「まあ、暗いから人には見られないか。行ってくるね」
そう言って巧はその場を離れる。なんだか少し気まずい感じがしたのだ。話す話題がないからかもしれない。本当はトイレなど行こうとは思っていないのだ。
「あの!」
愛花が巧を呼び止めた。
「巧くん。ありがとう」
愛花が言った。愛花の顔が赤くなっていたのは巧からはわからないはずだ。
「いえいえ」
巧はそう言ってその場を後にした。その顔はどこか、晴れ渡っていた。
巧は外へ出る。明かりもないので暗いのだろうかと考えていたのだが、巧はその光景に息を飲んだ。
夜空を覆い尽くす、星星星。大小、色彩もそれぞれ違う星々が集団で、あるいは単体で輝いている。
…昔、テレビで見た、ハワイのスバル観測所から見れる星空みたいだ。
巧はその思い、特にする事もないのでゆっくりと星を眺めようと草原に横になった。冷たい夜風が顔を撫でる。冷たいが今は心地よい。そうして、巧は何をするでもなく星を眺めることにした。
…外に来る前にもう少し愛花と話しておけばよかったな。あの終わらせ方だと変だと思われたかも…。
ふと先程のことを思い出して、巧は少し後悔した。そしてそれを忘れようと思い、星々の海を眺めるのだった。
もう何分経ったであろうか。巧が星を眺めている間には誰も外には出てこなかった。巧は、少し奥まで歩いてみることにした。離れたところに木が立っていたので、そこに腰掛けようと考えたのだ。巧は、木の元へ移動する。どうやら、先客がいるようだ。場所を変えるか、そう巧が考えていると
「あっ!」
木の下で足を伸ばしていた女子生徒が立ち上がり言った。巧はいきなりのことに驚く。
…もしかして、俺のことを見てなのか?もしかして、襲いにきたと思われた?
巧が不安に駆られていると、女子生徒が言った。
「巧くん?」
…へ?誰?
巧などと呼ぶ人はいない。親くらいだ。
月明かりに照らされて見えたのは木田ゆかりだった。月の光を受けるその姿は息を飲むほど美しい。巧はその姿を真っ直ぐ見ることができなかった。
「き…木田さん…?」
緊張のあまり噛んでしまった。
「…私の名前…覚えてくれてたんですね…」
小さな声だった。ゆかりは少しだけ声を震わせている。怖がられているのか、と巧は思った。
「え?」
ゆかりの言ったことに巧は困惑する。
…この人、何を言っているんだ?こんな美人、みんな知っているだろう?
「え、えっと。木田さんは、星を見てたの?」
ゆかりが小さく頷く。
「う…うん。中は少し居にくくて…」
ゆかりが言葉を濁す。
…もしかしたら、この子は1人だったのかな?
巧はそう思った。そうだったら、自分と似ているのかもしれないな、と。それとともに、こんな美人なんだからそんなことないか、とも思う。
そんな中、ふと、男の言い争うような声が聞こえた。なんだ?、巧は声のすると思われる方を見る。ゆかりも気が付いたようで、巧と同じ方角を見た。
2人の男がいる。残念ながら距離があり、顔までは確認出来ない。
「関原大貴…」
ゆかりがぼそりと呟いた。どうやら、1人は関原のようだ。なぜ知っているのか、と巧は思う。もしかしたら好きなのか、と思うと胸の中がモヤモヤとする。故意的に意識をそらす。では、もう1人は?と。巧は目を細める。たが、それ以上に興味を惹きつけられる事が起こった。関原だと思われる男が何処からか、細長い物体を取り出したのだ。それは、月の光を反射して鈍く輝いていた。彼がそれを振り下ろす。それを受け、もう1人の男は倒れてしまった。
…もしかして、鈍器の類か?それとも刃物?まさか、殺人!?…。
巧の鼓動が早まる。見てはいけないものを見てしまった、と思うと同時に、見つかってはいけない、巧は本能的に察しその場にしゃがみ込んだ。ゆかりの手も掴み引っ張る。
「え?」
ゆかりが驚き、声を上げた。
「静かに。見つかったら大変だ!」
巧は、そんなことを言いながらも、自身の恐怖心、不安が次々と湧いてくるのを感じていた。
関原が周りを見回す。そして、巧たちの方へと歩いて来る。巧の心臓の鼓動が跳ね上がる。不意に、巧の手が強く握られている感覚がした。ゆかりが巧の手を握りしめている。
…そういえば、握ったままだったな。当然、この子も怖いんだよな。
巧はゆかりの耳元で周りには聞こえないように囁いた。
「安心して。君のことは守ってみせるから」
ゆかりは、一瞬驚いたような顔をしたが、表情を緩めた。
関原が近づいて来る。心臓の音が聞こえるんじゃないだろうか、というくらい巧は緊張していた。
…逃げるべきか?でも、まだ気が付いてないのかも知れない。どうするべきだ…
関原が近づくに連れて、巧の頭は真っ白になっていく。巧は、正気を保つためにゆかりの手を握る力を強めた。ゆかりの手は、細く、暖かだった。
こちらに向かっていた関原が立ち止まる。そして、元来た道を戻って行った。
関原が体育館内に入っていく。巧たちは、それを確認してから倒れている男の方へと向かった。巧とゆかりは手を握ったままだ。
倒れている男は、山木先生だった。刃物で肩を切られている。多分、死因は失血だろう。先生の着ていた服の色が肩の部分を中心に黒っぽく月の光を受けて輝いている。血だ。
それを見てしまったためか、辺りから血生臭い匂いがする。
「見てはダメだ!!」
巧は思わず声を大きくする。ゆかりの手を引いてその場を離れた。巧は、足元がフラつき、何度も先生の姿が頭の中でフラッシュバックする。吐き気すら覚える。内臓が重く、進める足取りも重い。背中からは冷や汗が出る。多分、ゆかりも見てしまったのだろう。顔が俯いている。
巧は立ち止まり、言った。
「逃げよう。体育館は危険だ」
ゆかりは、顔を上げて頷いた。そうして、遠くに見える森の方へと2人は歩いて行った。
しばらく歩くと森の入り口へとたどり着く。木々からは、フクロウだろうか?鳴き声が聞こえる。巧は森の中へと足を踏み入れた。
2人は黙々と奥へ進む。足元は苔だったためか、足を痛めることもなかった。高さが10mもあろうかという巨木が数多くある。夜の森は神秘的であり、言い表せない恐怖感もある。何処からか危険が迫ってこないか、巧は神経を尖らせている。
少しすると、足元に岩が増えるようになってきた。すると、水の流れる音がした。近くに、幅が5mもなさそうな小さな川があった。
そこで、2人は足を止めた。すると、どっと疲れが流れ込んでくる。2人は近くにあった岩に腰を下ろした。緊張から解放されたようだ。すると巧は、ゆかりと手を繋いだままだということに気が付いた。パッと手を離そうとしたが、ゆかりが手を握りしめているままだ。巧は、先ほどとは違った緊張感に覆われる。しかし、巧としても別に手を繋いでいることが嫌ではない。いや、むしろ嬉しいのでそのままでいることにした。無論、心拍数は上昇しているが。
ゆかりは、自分の気持ちに整理がつかないでいた。体育館の中では、女子がグループごとに集まっていた。どこのグループにも所属していない、いや、決して友達がいないということではないのだが。そんなゆかりは体育館の隅っこで、ただ座っていた。そして、偶然にも外に出た。特に目的もなく。外の満点の星空を見て、不安な気持ちは薄れた。そこに、巧が現れたのだ。神のいたずらかと、ゆかりは驚いた。それに追い打ちをかけるように、関原が先生を殺すのを目撃し、巧に手を引かれ今に至る。そして、なによりもゆかりの冷静さを奪ったのは巧のあの台詞だった。
…やっぱり、変わってないのね。
ゆかりは、懐かしく、そして、どこか嬉しいと思った。
「木田さん?」
巧がゆかりに話しかける。はっ、とゆかりは現実へと戻された。
「はいっ?」
突然のことに少し声が上擦ってしまった。
「木田さんまで巻き込んでごめんね。勝手に木田さんまで連れてきて…」
巧はゆかりに対して罪悪感を感じていた。状況が状況だったとはいえ、少女を1人連れ、一緒に逃げるというのはどうなのかと。もしかしたら、嫌だったのかもしれない。と。
しかし、ゆかりは
「い…いえ。こちらこそ、助けてくれてありがとうございます…。巧くんがいなかったら…どうなってたかなって」
その言葉に巧は一応は安心した。大丈夫かな、と。
「これからどうしようね。体育館は怖いから近寄りたくないし…まず、俺たちがいるこの場所すらわからないしね。もしかしたら、違う世界かもしれないし…」
そう、巧はまだ何も知らない。知らないということは不安、恐怖であった。
「私は…何も考えてませんでした…ただ、私も体育館には戻りたくない…」
「そうだよね。じゃあいっそ、遠くに行こうかな?」
巧は、わざと、ゆかりに聞こえるか聞こえないかの声で言った。これには無論、理由がある。ゆかりの反応が知りたかったからだ。森の中で生活するのは難しい。体育館にも戻りたくない。ならば、動くしかないと考えた。と、言うのは表面上である。遠くに行く、このことは、外を見た時から思っていたことだったのだが。
実はというと、巧は、ファンタジー小説が好きだった。名作から、最近ではラノベまで、たくさんのものを読んでは、空想の世界に浸る。それが、巧の趣味であり、唯一の救いであった。
…もしも、自分が物語の主人公だったら。
誰もが浸ったことのある空想ではないだろうか?その空想は果てしなく、どんなことよりも巧を楽しませた。ある時は魔法を使い、ある時は騎士、ある時は未知なる世界の探検家であった。そんな状況が現れたのだ。巧自身に。現実から離れた、未知なる世界。ただ、巧も常識を持ち合わせている。危険かもしれない。大変に違いない。当然ながらそうも考えていた。しかし、自分の高まる思いを抑え込むのは難しかったのであった。それはある意味、巧から冷静さを奪っていた。
やりたいことはやってみればいい。よく、祖父が言っていた言葉だ。祖父は兄からよく言われたらしい。その言葉が背中を押した。
そもそも、なんでこのような事を巧は考えたのか、それは巧が現実から逃げ出したいと思っていたからだ。
経済危機。自国に利益がないからといって見捨てられる難民。戦争の種となる、宗教対立。例を挙げると終わりがみえない。ただ、巧は心底そういったものに絶望していた。自分1人ではどうしようもない。それは、巧の心に深く突き刺さった。表面上ではその通りと思っていてもだ。
だから巧は現実とは違う「物語の世界」へ逃げ込んだ。英雄や勇者という主人公は自分の力で未来を切り開いている。巧はそれが羨ましかった。
そして、その考えは、受験が近づくほど強くなる。判定が悪い、それだけで不安なものだった。巧は日に日に現実から心を遠ざけていったのである。
…なに言ってるの?とか、変な人、とか思われたらどうしよう。
巧は心配していた。内心はビクビクしている。
ゆかりは、クスリと笑う。どうやら、しっかり聞こえていたようだ。巧は終わったかな、と思い、不安になる。
しかし、
「巧くんは…面白いね。私も…付いて行っていいのかな?」
「い、いいですとも!」
ゆかりは微かに微笑んだ。それに、巧は心の中で狂喜した。期待していたとはいえ。
もしかして、吊り橋理論的に好意を持たれり?などという淡い思いも抱いている。
だが、同時にやはり罪悪感も感じた。半強制的に連れてきただけだ。彼女に選択権は無いに等しいよな、と。
「嫌なら、いいんだよ?俺が勝手にここまで連れてきたっただけだしさ…」
「そんなことない!」
なぜか、ゆかりは声を大きくした。巧は驚きのあまり言葉が続かなかった。
「わ、わかった…」
巧は言葉に詰まった。
「でも、なんで旅をしたいんですか?」
ギクリ、巧は冷や汗をかいた。言うべきか?適当なことを言うか?悩んだ末に、嘘をついてもいいことはないと、正直に自分の気持ち、考えていたことを話すことにした。ゆかりは真剣に聞いてくれた。巧からは次々と言葉がでた。時々、
「私も、その物語、読んだことあります」
ゆかりがそう言ってくれるだけでも巧は嬉しかった。合わせているだけかな、と不安にもなったが、自分の誰にも話したことがない本音を話すのは、巧も初めてだった。2人は、その後も話に花を咲かせた。本の話、紛争、経済まで。話すのはほとんど巧だったが。
「でも、本当にいいの?」
「はい、巧くんの言うこと、面白いです」
「ただの恥ずかしいことだと思うけど…」
「いいと…思います」
「う、うん…。そ、そういえば、今って何時だろう?」
恥ずかしくなった巧は話をそらす。スマホの電源を入れるが、時間は表示されない。どうやら、本当に日本でも、地球でもないようだ。地球なら、どこの国だろうと時間は表示されるはずだ。僻地以外は…。アプリによると、日本時間で23時50分とでた。
「ありゃ?夜中だ!」
「実は、私…少し眠かったです」
「え?眠かったの?」
「少しだけなのですが…。巧くんと話すのが楽しくて…」
顔を赤くしながら言う。巧も照れてしまう。
「じゃあ、先に寝るといいよ。俺は見張りしてるから」
「え?でも…」
「変なことしないから安心して。まあ、そう言われても不安かもしれないけど。あと、何が起こるかわからないし、見張りは必要かなって。木田さんが起きたら変わってくれればいいよ」
「わかりました…。あと、一つお願いがあるのですが、私のことは、ゆかり、って呼んでくれませんか…?」
「え?えっと、う、うん…。わかったよ。ゆ、ゆかり」
巧は吃りながら言った。心拍数が上がる。ファーストネームで女子の名前を呼ぶのはしばらくぶりのことであった。どうしても慣れない。
一方、ゆかりはゆかりでドキドキしている。だが、それは巧のそれとは違い心地いいものであった。
「ありがとう」
そう言って、ゆかりは満面の笑みで巧にもたれかかってくる。突然のことに巧はびっくりする。寝る場所もないので仕方ないのかもしれないが。しかし、巧は緊張して背筋が伸びる。そんな巧を知ってか知らないか、ゆかりは目を閉じていた。
それからしばらく、巧は自分の心臓の鼓動が高鳴るのを聞いていた。
なぜ、ゆかりがこんなことをしてくるのかわからなかった。
…美人だから、慣れているのかな?
気がないにしろ、巧は恋に落ちてしまいそうな気分だった。
ゆかりから漂う甘い香りとぬくもりを感じる。巧は空を見上げた。