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撃破

三話 撃破


「くっ……」

 全身に叩きつけられるような衝撃をこらえ、エルヴィンは目を開けた。

 マハトを全て肉体防護に回していたおかげで致命傷は免れたが、まだ耳がキンキンしている。

「―――長、長っ!」

 鈴の鳴るような澄んだ声が遠くから聞こえてくる。

 首だけを回して声のする方向を向くと、フォンが銀髪をたなびかせてこちらに駆け寄ってきていた。

地面に倒れている自分の頭の下に手を差し入れ、そっと上体を起こしてくれる。

 フォンの声が聞こえることからすると、鼓膜は破れていないらしい。手や足を動かしたり、体を捻ってみる。多少の痛みはあるが、動かない箇所はないし、出血もない。打撲だけで済んだようだ。

 だが目の前の自分の部下は、この世の終わりのような顔をして泣いていた。

「小隊長が、もう、死んだかと…… もう駄目かと……」

 涙で顔をぐしゃぐしゃにし、毒ガスや硝煙もないのに目を真っ赤にはらしていた。

 なんて言おうか。本来ならば「戦場でめそめそするな、貴様それでも軍人か!」と怒鳴りつけるべきなのだろう。

 だが思考とはうらはらに手が動いた。

自分のとった行動は、士官学校のクラスメイトや上官がやるであろう行動とは違っていた。ゆっくりと手を伸ばし、フォンの銀髪に手を置いて、頭を撫でていた。

なぜかわからないが、こうするべき気がした。

部下を落ちつかせることが最優先事項だと無意識に判断したのかもしれない。

「大丈夫だよ」

 笑顔を作りながら、ゆっくり丁寧にフォンの頭を撫で続ける。自分とは違う銀髪に、絹糸のようななめらかな髪質が指に心地よい。頭髪の隙間から、甘いようないい香りがした。

「しょ、しょしょ、しょうたいちょちょう」

 フォンは俯いて目を合わせないが、拒否はしない。

 表情が見えないから嫌がっているかわからないが、ひとまず落ち着いたようだ。

 初めて会った時は親の仇のような目で見られていたから、どう接していいのかいまいちつかめない。

 しかし自分が小隊に小隊長として着任してから、自分の陰となり自分を支えてくれていた。こうして自分が負傷したとき、真っ先に駆けつけてくれた。

 何かお礼がしたい。今度の休暇は何か奢ってあげよう。「貧乏少尉」、「ヤットコ中尉」といわれるくらい下級士官は薄給だがそれくらいはなんとかなる。

 あ、でも好物を聞いたことがない。酒保のコーラかサイダーでいいかな? 今度聞いておこう。 

 さっきの鋼の箱の駆動音が耳に入ってきた。

 神経が覚醒し、気持ちが切り替わる。

 目の前のフォンに注意が向かなくなり、周囲の状況把握に全神経が集中する。

 フォンから素早く手を離すと、自分がどれくらい意識を失っていたのか、部隊の被害状況、を聞き出す。

 幸い、被害は軽微だったようで、自分が意識を失っていたのもほんの数秒のようだ。

 フォンも軍人としての顔と態度に戻っていた。

「小隊長、先ほどの魔砲撃でわかりました。魔方陣があの鋼の箱の表面に浮かんだということは、人間はあの箱の中です。あのマハトで強化した箱の中にいれば防御は万全。しかも砲撃は可能。考えましたね」

 フォンは駆動音をあげて迫りくる、十の鉄の箱を憎々しげに睨んだ。

「どうする?」

「決まってます」

 フォンが脇を締め、騎銃を敵に向けた。腕に六角形の魔方陣を纏い、砲科の山吹色のマハト光が輝く。

「魔銃撃で駄目なら、魔砲撃です」

 騎銃の引き金を引くと同時、銃口に発現しているマハトの塊が発射された。

 地を震わせる轟音と共にフォンの騎銃から放たれた砲弾は、吸い込まれるように鋼の箱へ向かっていく。

 砲煙とともに甲高い音がする。金属に当たった時の音だ。

「よし、命中です!」

 フォンが拳を握りしめる。

「待て、フォン!」

 駆動音がまだ止まっていない。やがて砲煙が晴れてくると、表面が多少へこんだだけの鋼の箱はまだこちらへ向かってきていた。

「う、嘘」

 フォンは膝をつき、呆然としていた。

小隊最大の破壊力を持つフォンの魔砲撃が通じなかったことで、エルヴィンは小隊に動揺が走ったのを感じた。

まずい。このままでは小隊がパニックに陥る。

 どうする?

 撤退するか、攻撃するか。だが撤退命令は出ていないし、待っている暇もない。それに塹壕から外へ出たらいい的だ。だったら、攻めるか。へこんだのは確か。効いてはいるはず。

 鋼の箱の駆動音と、地面を進む音がはっきりと聞こえ始めた。

「フォン! 君の出番だ!」

 エルヴィンは務めて大きく、明るくフォンに声をかける。

 フォンは呆然としていたが、小隊長の声に反応した。

「私の出番、ですか?」

 もはや百メートル近い距離にあの鋼の箱が迫り、今にも砲撃を再開しそうな気配だ。

 悠長に説明している暇はない。

 兵が逃げたがっているのが肌で分かる。

「あのでかいのを破壊するのにどれくらいの距離、角度で撃てばいい? 計算しろ!」

 兵に希望を持たせるように、フォンに希望を持たせるように言う。

 フォンは一瞬で冷静な表情へと変わった。目を細め、目標を見据え、風向、角度、高低差などを計算しだす。

 こうなるとフォンは強い。計算し始めると周囲の状況など気にせず、ただ数字の世界にのみ入り込む。

 一秒経たないうちに計算を終えたフォンは、授業中に余りに簡単な先生の質問に答えるかのような、落ちつき払った口調で答えた。

「魔砲の威力は高低差がないのなら距離に反比例するから、あの装甲のへこみ具合から見るにゼロ距離なら破壊できるはずです」

「よしみんな、それでいくぞ! 砲兵は分隊が横列になって一人一殺で鋼の箱を狙え! 歩兵は砲兵を援護! 砲兵に敵を近付けるな!」

 フォンの言葉が絶対という保証はない。だが、今は信じるしかない。

フォンの計算と、自分の決断を。

 兵は機敏な動きで配置についた。

 困難な状況下でも忠実に動いてくれる兵たちに、エルヴィンは心の底から感謝した。

 砲兵はマハトを練りに練り上げ、構えた騎銃の先に集中させ、少しでも強力な砲弾を創り上げようとする。一分隊十個の山吹色のマハトの塊が、銃口からあふれ出るマハトを吸い上げて大きくなり、強く輝いていく。

 歩兵も薔薇の色のマハトを銃口に集中させ、機銃と小銃弾を撃ちまくって随伴する歩兵を足止めする。

 セベンヌ軍の歩兵の足は止まった。だが鋼の箱はゆっくりと、確実に近づいてくる。

 時おり魔砲撃も交えてくるので、そのたびにシュバルツバルト軍は塹壕に設置されている砲撃をやりすごすための待避壕に隠れ、砲撃が止んだらすぐに元の位置に戻って撃ち返した。

 やがて、視界いっぱいにまで鋼の箱が接近する。

 ガガガガガ、と耳障りな駆動音。

目の前で出現した六角形の魔方陣。

そのゴムの板をかぶせた車輪は、すぐにでもこちらを踏みつぶすだろう。

魔方陣から放たれる魔法弾は、こちらの塹壕を廃墟と化すだろう。

 だが、準備していた我らがシュバルツバルト軍の方が早い。

「『ツザンメン・シ―セン』、撃て!」

 フォンの合図と共にカノーネより強力な十数発の魔砲弾が一斉に放たれる。

 目標が至近距離にあるため、発射直後に爆風と衝撃がすさまじい勢いで襲ってきた。

 だが先ほどの甲高い音はしなかった。

 爆風のためキーンと耳鳴がする。

 砲煙がゆっくりと晴れていく。

 緊張と共にその光景を、小隊全員が凝視していた。

 もしさきほどと同じようにへこんだだけならば、全員戦死だ。

 砲煙の切れ目から鋼の箱の角が見えてきた。

絶望が広がる。

 さらに煙が晴れてくる。

 目の前にあったのは、大穴を穿たれた鋼の箱だった。真っ黒な煙を上げ、ゴムの板は剥がれおち、車輪は外れ、原形をとどめていない。

「やったぞ!」

 ウオオ、と小隊に喜びの絶叫が広がる。

 だがフォンだけはゆっくりと腕を上げ、虚ろな瞳で一点を見ていた。

「どうした……っ!」

 エルヴィンはフォンの見ている方向に目を向け、愕然とした。

 一両だけ、まだ動いてる鋼の箱がある。車輪は落ち、箱の一部を吹き飛ばされて見る影もなく変形し、あらぬ方向に動いているが車体に砲科の六角形の魔方陣が浮き出ている。

 しかもその魔方陣の先の山吹色のマハトの塊は、フォンの方へと狙いを定めていた。

「――――っ」

 恐怖に染まったフォンの顔。

 それを見ると命令を下す間もなく、エルヴィンは自ら駆け出していた。

 軍刀を抜き、刀身に歩兵の薔薇の色のマハトを込める。

「クリンゲ」

 刃物の切れ味を爆発的に向上させるマハトだ。

刀身が薔薇の色に輝き、同時に足にもマハトを込めた。

 十メートル近い距離を一瞬で跳び、肉薄する。

「えええええいいいいっっ!」

 軍刀で魔方陣目がけて突きを叩きこんだ。

 士官のマハト、しかも近接戦闘最強の歩兵のマハトが込められた軍刀はマハトの塊を一瞬で破壊し、その先の鋼の壁を貫いた。

 

 

 

エルヴィンの小隊が敵の鋼の箱を全て破壊したことで、その日の戦闘は幕を閉じた。

 新兵器に対し一歩もひかず勇猛果敢に戦ったということで、エルヴィンの小隊は鉄十字勲章を授与された。

 新兵器の残骸は師団司令部から本国の武器研究所に送られ、シュバルツバルト国内ですぐに量産された。

 それは戦うものであり、車のようなものでもあることから戦車と名付けられた。

 その後も様々なマハトによる攻撃が行なわれたが、ことごとく失敗に終わった。

 毒性の霧を噴出し、こちらの塹壕を満たそうとしたり、こちらからも相手の塹壕の弱点から弱点へと流れるように浸透戦術で対応したり、捨て身の突撃で攻撃したり、坑道を掘って地下から攻撃したり、と様々な戦術が取られた。

 だが霧は防御のマハトの術式を改良すれば防御できるし、弱点から弱点へ攻撃してもすぐに兵力を補充されればそこで攻撃はとん挫した。捨て身の突撃で塹壕を取っても犠牲が大きすぎて次の攻撃へつなげず、坑道は掘るのに数カ月かかり現実的でなかった。

 戦車による攻撃も、貫通力に優れた砲弾を開発することで反撃できた。

 かくして戦線の膠着は続いたまま、数か月経った。


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