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マハト

軍事ものを久々に書いてみました。

あまり血なまぐさいとライトノベルっぽくないので(例外もありますが)死者がでにくい設定をつけてみました。

設定舞台は第一次世界大戦・日露戦争あたりを参考にし、町の様子はミュンヘンを舞台にした映画を参考にしました

一話 マハト


 硝煙の臭いと血の生臭さが残る風が低い草とまばらな森の残る平野に吹き荒れている。

 随所に地面を穿ったような大穴があき、その大穴から申し訳程度に草が生えていた。

 平野に南北に線を引くように塹壕が掘られ、北は大陸の北の玄関口であるクリスティーナ海、南は大陸を分断するアルゴン山脈まで数百キロも続いている。

 緑と青、二種類の軍服を着た将兵が塹壕や身を隠し、油断なく敵陣を観察している。

 戦線は膠着状態にあった。

 百年前、二百年前ならば砲兵が大砲を放ち、歩兵が砲兵の援護の下銃撃と共に突撃し、敵を追い散らした後騎兵が追撃してとどめをさすのが戦争だった。

 お互いの死傷者や捕虜の数などから勝敗が決定し、講和条約を結ぶ。

もしくは敵の首都を占領することで戦争は終わる。

そもそも余りに長い戦争を続けられないという経済的事情もあった。五十年戦争などの長い戦争でも五十年も一日も休まず戦争を続けられるわけではなく、農繁期には兵士が故郷に帰ったりするのだ。

 だが経済の発達は数年の戦争を可能にした。

 そして「マハト」を基にした兵器の発達は互いの防御線の突破を困難にする。


 塹壕の中で、緑の軍服を着たシュバルツバルト軍の砲兵が攻撃を開始しようとしていた。

砲兵といっても大砲を据え付けているわけではない。だが各自、敵の陣地へ向かい騎銃を突き出した。

「カノーネ」

その言葉と共に砲科の魔方陣である六角形の魔方陣が騎銃に輪を通すように浮き上がり、山吹色の淡い光を放つ。

「榴弾、仰角二十度、高低差二十メートル、風向南南西、風速約二メートル……」

 砲兵たちの分隊長が澄んだ声で魔砲の射撃照準を指示し、兵たちはそれに合わせ腕の向きを変えて照準を合わせていく。砲弾は空気抵抗や高低差といった様々な制約を受けるため、それに合わせ撃つ方向を変える必要があるのだ。

分隊長は戦場には似つかわしくない可憐な乙女だった。

 この世の宝石すべてが羨むような銀髪、彫りの深い顔立ちに意志の強さを感じさせながらも夜空の星のような輝きを放つ双眸。桃色の唇は戦場でも失われない艶があった。

「撃てえっ!」

 騎銃の銃口に集められ、球となった山吹色の光がひときわ鋭く輝き、放たれる。

発射時の衝撃が地を震わせ、乙女の全身が釣鐘が打たれたときのように振動する。

 彼女の銀髪が衝撃で広がり、すぐに重力に引かれて落ちた。

 魔砲弾が曲線を描いてセベンヌ軍の陣地に飛んでゆき、敵陣地の周囲で大地を揺るがしながら烈しい土煙をおこす。

 他のどの砲兵の放った魔砲弾より、彼女の放った魔砲弾は敵陣地の近くに落下した。

「やった!」

 彼女は拳を握りしめる。

 彼女の名はフォン・マルモールといった。分隊長だが、階級は少尉。

 貧しい寒村の出身に過ぎず、一生やせた土地と痩せた家畜の世話をして一生を終えるはずだった。

 だが隣国の皇太子が暗殺されたことで戦争が勃発し、シュバルツバルト国が隣国と同盟を結んでいたため戦争に参加することになり、彼女も徴兵され、一平卒として訓練を受けるさなか士官として見出されたのである。

「まだだよ、フォン」

 彼女の属する小隊の小隊長がやんわりと言った。

 彼の顔を見た途端、積もったばかりの雪のように白い彼女の頬が桜色に染まる。

 小隊長は弾丸の音と大砲の轟音の中でも、己の任務のみを考えただまっすぐに前を見る。

 意志の強さを体現したかのような両眼と、それに似つかわしくない優しげな雰囲気。戦争中でなければ老人か幼児の世話でもして暮らしていただろう。

 だが、彼は軍人となった。徴兵に従ったのでなく自ら軍人への道を志願した。

 彼の名はエルヴィン・クラウセヴィッツといった。階級は中尉。

「ヒンメル」

 視力強化の魔法を唱え、敵陣を見る。魔法による視力強化は、かつて将校が装備していた双眼鏡よりも精度が高い。

 水晶体を鮮明にし、網様体を強化し、視神経から大脳後頭葉までマハトが通じ、一次的に術者の視力を飛躍的に向上させる。



 マハトとは「力」を意味する古代語で、人体や天地に存在する、万物を支配するエネルギー体である。有史以来その存在が論じられていたが、この大戦の最中に国立の研究機関で存在が確認され、兵器として応用する方法が発見された。

 列強はこぞってマハトの研究に着手し、既存の武器は多くがマハトを応用したものにとって代わられ、新兵器も次々と生み出された。



 マハトで強化したエルヴィンの目には硝煙と土煙越しにでも、敵陣の様子がはっきりと見える。

 フォンの放った魔砲弾は、敵陣地の至近に落下し、敵兵がその爆風で吹き飛ばされて中を舞っているのが見えた。数秒後、彼らは重力に引かれ地面に落ちていく。

 エルヴィンは頭中の理論と実際の戦場の様子を素早く照合させ、砲兵の一部はそのまま砲撃させ、残りを歩兵の援護に回し、歩兵は総攻撃の準備に移らせる。

 かつては旅団以下の部隊では砲兵は砲兵の士官、歩兵は歩兵の士官がまとめて指揮していたが、マハトの発見により、砲弾や銃弾をマハトで代用できるため将兵が身軽に動けるようになり各部隊の独立性が飛躍的に向上したため、小隊・分隊クラスでも独立した戦闘を可能にするために各種兵科混合の部隊編成となっている。それに伴い分隊でも士官が分隊長を務めることもあった。

「砲種変換―!」

 フォンは戦場でもよく通る、甲高くも澄み切った声で号令をかける。騎銃を覆う魔方陣の形が変形していく。

 六角形をベースにした魔方陣が、三角形をベースにしたものへと変わった。

「一分隊機関銃、二分隊そのまま」

 塹壕に沿って整列した砲兵の騎銃から一斉に機関銃弾が、毎分八百発のペースで放たれる。本来機関銃は歩兵の武器だが、砲兵も自衛としてマハトの体系の中に組み込まれている。

 セベンヌ軍陣地から突き出ていた青い軍服を着た敵砲兵が機関銃の嵐を避けるためうずくまり、伏せる。

 攻撃が、一時的にだが止んだ。

「今だ」

 戦闘において好機は一瞬にして訪れる。タイミングを逃せば、次は無い。

 エルヴィンは煌めく軍刀を掲げ、前方に振り下ろして合図をだす。

「突撃!」

 優男が小隊全員に聞こえるほどの声で命令を下す。

 準備していた歩兵たちが銃剣を着剣した小銃を手に、一斉に駆け出した。小銃の先端と銃剣は淡く薔薇の色に輝いている。

先頭は小隊長であるエルヴィン、その後ろに曹長や伍長が続く。

 喊声と共に、二十名ほどの兵が一斉に駆け出す。

 マハトで全身を鋼のように強化しているとはいえ、敵の砲弾に当たれば重傷は免れない。

当たり所が悪ければ当然死ぬ。下手をすればバラバラの肉片と化すだろう。

 それを塹壕の中から見るフォンは、両手を胸の前で組み、戦争が始まってから祈るようになった神に十字を切って祈りをささげる。突撃は基本歩兵の役目であり、砲兵は余程の場合をのぞき突撃に参加しないのだ。だから彼のすぐそばにつくことはできない。

「神様、どうか小隊長をお守りください」

 心配で身も心も引き裂かれそうになる。

 だが、それ以上に。薔薇の色に光る煌びやかに光る軍刀を手に、部下の先頭に立つ彼は何よりも尊く、崇めるどんな神や天使よりも神々しく見えた。

 そんな彼を見るだけで、フォンの胸は火のように熱く、乙女のように焦がれた。

 エルヴィン率いる兵は塹壕の隙間に見える敵に発砲しながら突進してゆく。

 敵も反撃を試みているのだろうが、塹壕で身を伏せているので銃撃できていない。

「今度こそ」

 エルヴィン達は、敵の塹壕まであと数十メートルにまで迫った。

 シュバルツバルト軍の多くが、成功を確信した。



 だが先頭を行くエルヴィンに、薔薇色の光が微かに目の端にうつった。

「伏せ!」

 エルヴィンの号令を待つまでもなく、部下全員が倒れ込むように地に伏せた。

 機関銃の音が側面、味方がいないはずの位置から起こった。

 側面にセベンヌ軍の姿が見えた。どうやら先ほどの煙に紛れ、こちらの側面に移動していたらしい。浅く穴を掘り、その穴の中で伏せて射撃することによりこちらの射線から身を隠している。

エルヴィン達は匍蔔前進で前へ進んでゆく。前腕を地面にこすりつけるように匍蔔するので、マハトがなければ前腕の皮膚がえぐれることもある。

 伏せる前にいくつか当たった銃弾が身体を防御するマハトを大分削っており、今も何発か銃弾が体を掠めていった。

 伏せているとはいえ、ここは起伏に乏しい。

 背中や頭を銃弾が掠め、身を覆うマハトが銃弾の命中と共に木の皮をはぐように削られていく。

 肉体の周囲数センチを覆っていた防御のマハトが、数ミリにもなってしまった。あと少しで肉体に弾丸が到達するだろう。

 エルヴィンは部下に命じ、小銃と軽機関銃で応射させた。

 敵機関銃を狙って射撃したので、銃撃が多少大人しくなったが、地形が悪すぎた。

 ここは暴露地で、機関銃の良い的だ。

 対して敵は浅く掘った地面に身を隠しており、銃弾が当たらない。



 戦争が終わらない最大の理由が、マハトにより新しい武器として戦場に投入された機関銃と、地面に穴を掘り身を隠す塹壕である。

塹壕に身を隠せばほとんどの攻撃をやりすごせるし、敵が強引に突破しようとしても機関銃で防御されると敵歩兵の進路全てに、ほぼ間断なく攻撃を与えることができるからだ。

 塹壕を国境のほぼ全域に掘ってあるので回り込むこともお互い不可能となり、側背から攻撃を仕掛けることもできなかった。

 大砲で攻撃をしかけても、歩兵が突撃する際には味方を撃ってしまうので砲撃を止めざるを得ず、その隙に敵は塹壕の中で体勢を立て直し反撃してしまうことが多い。

 それでも砲兵と歩兵のタイミングが合えば第一線くらいは奪えることがある。

 続けて第二線、第三線と奪えば敵の塹壕線を突破し、弱点の背後から攻めることができる。将兵はその瞬間をつかむため、開戦以来攻撃を繰り返していた。

『クラウセヴィッツ小隊長、後退せよ』

 だが今回は分が悪かったらしく、リスペルンの魔法で耳に直接響く連隊長の命令と共に、エルヴィンは部下に後退の合図を出した。



 第一線の小隊であるエルヴィン小隊を撤退させたことで勢いづいたのか、今度は青を基調とした軍服に身を包んだセベンヌ軍が突っ込んでくる。

砲兵の援護と共に歩兵が魔小銃を手に、軍刀を掲げた小隊長を先頭に突撃してくるのはシュバルツバルト軍と同じだ。大陸では列強の軍装や装備には大差ない。

 だが今日はいつもと様子が違っていた。普段なら度重なる突撃と失敗に厭戦気分が感じ取れるはずなのに、今日はいやに自信満々だ。

「何か策が……? 『リスペルン』」

 エルヴィンはすかさず周囲の状況を確認しつつ、リスペルンの魔法で他の小隊や無線中隊に報告を行なう。有線よりも敵に切断されにくく、無線よりも盗聴されにくいので、現在の連絡はリスペルンの魔法による念話が主流だった。

「返り討ちにします。『カノーネ』」

 フォンはすでに砲弾の生成を完了し、部下に合図を出していた。

 十数発の砲弾がセベンヌ軍の将兵に降り注がれる。

 砲弾の爆風で敵は吹き飛び、宙に舞い、ある者は砲弾の破片で肉体を削ぐように切り取られる。足や頭から血を流した兵がのたうち回るのが硝煙の隙間から見えた。

 防御のマハトをまとっているのでそう簡単に致命傷にはならないが、苦しみは変わらない。

「何度見ても慣れないな」

 エルヴィンは呟く。だが手加減はできない。そうすれば負けるのはこちらなのだ。 

 砲弾の音に混じり、聞き慣れない、機械の駆動音のようなものが聞こえてきた。



 砲撃で更地と化した丘の陰から、「それ」は姿を現した。

 黒い、重厚な塊であり、四角い、巨大な鋼の箱。両側には複数の車輪がついている。

車輪が地面の穴にはまり込んでも進めるように、曲がる板のようなものをかぶせてある。材質はゴムのようだ。砲弾による穴が無数にあるこの地形では、車両は簡単に車輪がはまり込むのだが、その曲がる板のおかげかその箱は苦もなく進んでいる。

「なに、アレ……」

 将兵から口々に漏れる言葉。ある者は呆然とし、ある者は目を丸くする。

 だが小隊長であるエルヴィンの決断は早かった。

「とにかく、撃って! 怪しいものは近付けないに限る」

 疑わしきは撃て。味方でなければ敵と思え。

それが戦場の鉄則だ。

 味方ではない。それだけで銃撃を浴びせるには十分だ。

 部下に命じ、一斉射撃。薔薇の色に輝いた魔銃口から一斉に小銃弾が放たれる。 

 だがカンカン、という無数の澄んだ音がその箱の表面に響いたのみで、その箱には傷一つ付かず、歩みを止めることもできなかった。

 だが音が響いた瞬間、ヒンメルを使っていたエルヴィンの目には箱の表面に無数の火花が散るのが見えた。あれは防御のマハトが反応したものだ。

「あれは、マハト……?」

 あんな巨大な箱に板をかぶせた車輪をつけて動かすなど、初めて見たマハトだ。

 だが、確かなことは一つだけあった。

 ここが戦場であり、そうである以上確実にあれはこちらに攻撃をしかけるマハトであるということだ。

「こっちに来ますよ!」

 兵の一人が叫ぶ。

 一両ではなかったのか、丘の陰から次々と「それ」は出てきた。

 その数、およそ十。

 一列横隊を組み、こちらに向かってくる。

 動きは鈍重で、徒歩程度の速さだ。

 だが駆動音は少しずつ、すこしずつ大きくなっておりそれがこちらの恐怖を煽りたてた。

 攻撃が効かないものがこちらに向かってくる、それがどういう結果になるか、皆知っているからだ。

 このまま来たら、間違いなくこちらの防御線は突破される。

 重量がいくらあるか知らないが、あの巨体ではこちらの塹壕を乗り越えてしまうだろう。

 そうしたら、自分たちはどうなる?

 ベギ、と板をかぶせた車輪が人の頭大の石を砕く音が聞こえた。

「あれを操っている人間がどこかにいるはずです!」

 気がつくと、フォンがエルヴィンの近くに来て大声で喋っていた。

「小隊長、マハトは人間が使うものです。しかもあの巨体、かなり近くに操っている人間がいるはずです。しかもあの箱のサイズから考えて、複数」

 エルヴィンはヒンメルのマハトを使い、轟音と共に近づいてくる箱の周囲を注視して術者を探ろうとする。

 だが、術者らしき人間は見当たらない。ここは見渡す限りの平地で、隠れようがない。

「地面の下か?」

 だが箱の表面に六角形の魔方陣が描かれたのを見て、エルヴィンは思考を止めた。

「伏せ!」

 エルヴィンが頭を下げた途端、頭上を砲弾の爆風が掠め、一瞬遅れてエルヴィンの体をバラバラにするような衝撃が襲う。

 砲弾の爆風が、身を覆うマハトの防御力を凌駕した。


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