綺麗な花には何とやら
その女性はスカートをはいたスーツ姿で足元には黒いタイツをはいている。
髪は頭の上で結い上げられていた。
年は20代前半といったところだろうか。物凄い美人だ。
そして、何よりも彼女を特徴付けているのはその顔にかけられている眼鏡だった。
あまりにも眼鏡が似合いすぎている。
その眼鏡とあいまった容姿は、とても蠱惑的であり、この世のものとは思えないくらいだ。
なんだか、二人きりの放課後の教室で、個人授業を受けさせてもらいたくなってしまう。
そんな気持ちにさせられる。
いきなり紛れ込んだ不思議な世界で人がいたのだ、少なくとも話しかける権利ぐらいは僕にもあるだろう。
そう思い、「あのー」と彼女に声を掛けようとしたら、おもむろに彼女は眼鏡の縁にその右手を添えるのだった。
その所作はあまりにも洗練されており、流れるような流麗さを持っている。
そして、彼女が眼鏡に添えた右手をくいっと上に上げた。
これはいいぞ!と心の中で叫んだ僕が見たものは、その眼鏡からほとばしる先ほどのチカッという光だった。
次の瞬間、その光が収束し、一筋の線となって僕のとこに向かってくるのが見えた。
まずい!と思った瞬間にはもう手遅れだった。
避けなければいけないという意識はあるのだが、体がついてこない。
仕方が無い。
僕はぐっと、目を瞑り次の瞬間に受けるであろう衝撃に耐えようとする。
と、ぐいっと僕の右手が凄い力で引っ張られ、身体ごと宙に向かって浮き上がるのだった。
驚きのあまり瞑った目を開けると、地面から5mほどの高さを滑空している自分がいた。
その右手の先にはもこ美の姿が見える。
どうやら、もこ美が僕を連れて咄嗟に飛び上がって、レーザーの魔手から逃れさせてくれたようだった。
少しの浮遊感を味わったあと、僕ともこ美は再び重力によって地面へと落ちていく。
そのまま着地したのでは怪我をすると判断してか、もこ美が僕を両手に抱えて降ろしてくれたため、衝撃はあまりなかった。
「あなた、本当にバカね!少しは欲望を抑えなさい。私が助けなければ、今頃この世にいなかったかもしれないのよ」
もこ美に怒られて、自分の馬鹿さに改めてうんざりした。
さっきは本当に死ぬかと思った・・・
そうして、胸を撫で下ろしたのもつかの間、また視界の中でチカっという光が見えたのに気づく。
先ほどの眼鏡美人が、また次の一撃を準備しているのだろう。
「とりあえず、今はあの眼鏡女から逃げるのが先決よ」
「了解だ」
僕ともこ美は二人で商店街のアーケードを疾走する。
走り始めるとすぐに、
「直線的に走ってはダメ。左右に切り替えして。あいつの標準をずらしながら走りなさい」
もこ美から指示が出る。
「わかった」
僕は眼鏡美人に対してジグザグに走りながら距離を取っていく。
このもこ美の作戦が功を奏したようで、眼鏡美人のレーザーは僕の横を通り過ぎていくのだった。
どうも、標準を合わせてから発射するまでにタイムラグがあるようで、そのタイムラグの隙をうまくつくことができているみたいだ。
「もこ美!」
僕はもこ美に呼びかける。
「どうしたの?」
「この先の左に路地が見えるの分かるか?あそこに入ろう。そうすればあの眼鏡美人の死角になるから、レーザーも届かないだろ」
「わかったわ、そうする」
僕が指差した先に見える路地へと僕ともこ美は身体を滑り込ませた。
路地へはいった瞬間僕は壁に背中を預け、乱れきった呼吸を整えようと何度も息を吸う。
が、呼吸も、上がりきった心拍数も一向に治まる気配はなかった。
その間も商店街の大通りでは、レーザーが飛び交っている。
僕達のいる路地には届かないが、その入り口となる曲がり角を狙っているのはわかった。
「なん・・・ハア、ハア・・・なんだよ・・ハア、ハア・・・あの・・眼鏡は・・」
僕は息も絶え絶え、さきほどからの疑問を言葉に出してみる。
「私に分かるわけ無いでしょ。とりあえず分かるのは敵らしいってことだけね」
もこ美が答える。
「早く息を整えなさい。もっと距離を稼いで、なるべくあいつから離れましょう。幸い、さっきの場所から動いていないようだし、このままなら逃げ切れるわ」
逃げるという言葉を聞いて、僕は即座にどこへ?と思ってしまった。
この商店街、普段なら人で賑わっているはずなのに、さっきからレーザーが散々飛び交うという大事件が起きているのにもかかわらず、誰も騒ぎもしない。
人っ子一人いないのだ。
現在、僕達は今までいた世界とは全く違う世界に紛れ込んでしまっているのではないだろうか?
そんな疑問が浮かんでくる。
しかし、このままここにいてもしょうがないし、何より眼鏡美人がいつこちらに向かってくるかも分からないのだ。
まずは、今目の前にある危険から遠ざかることが先決だ。
その後のことは、落ち着いてから考えればいい。
そんなことを考えながらだが息を整えていると、少しだけだが僕の呼吸は落ち着いてきていた。
「いけそうなの?」
「あ、ああ。なんとかいける」
僕はもこ美にそう答えると。腰をあげ路地の先に進もうとした。
と、さきほど僕達が逃げてきた、商店街の大通りの方から何やら、ガー、ピーという音が聞こえてくるのだった。
「あー。テステス!マイクのテストちゅーう。あれ、これもっと大きな音になんないのかね?あー、あーあー。いいね、いい感じだねー!よーし、言っちゃうぞ!
それ、セ・ッ・○・ス・!!カッカッカ!言って見たかったんだよねーばかでかい声で一度!いいね、いいねー本日も晴天だねー」
と拡声器を通した爆音で、バカ丸出しの声が耳に入ってきた。




