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フェチ×フェチ  作者: 兼平
第1章 僕ともこもこ
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非日常は加速する

ピピピ、ピピピ。


聞きなれた目覚まし時計の音が部屋に響いている。


意識はまどろみ、薄く開けた瞳には薄暗い部屋の天井が映っている。


「にゃも。にゃも」


隣で声がする。


「にゃもーん」


相変わらず、よく分からない奇声が隣から聞こえてくる。


時刻は午前6時半。


ごろごろと寝返りをうつと、滑らかな体毛に顔がぶつかる。


そのふかふかとした極上の肌触り、そして、肌をなでる絹のような感触。

はふー。


「たまんねーぜー!」


大声を上げて抱きしめて、頬ずりを始める。


するとその物体は、突然「何すんのよ!」と叫ぶと、物凄い勢いで輝きはじめる。

直後、僕の身体にはとんでもない衝撃が走った。


ビリビリビリ。


電気うなぎも凌駕する20万ボルトの電撃が炸裂した衝撃だった。


僕はそのまま、天使のようなもこもこに包まれながら気絶した。


その閉ざされていく意識の中で僕は、今まで見たことが無い誰かの姿をぼんやりと認識しながら意識の底奥深くへと沈んでいった。


気がつくと朝7時半、学校にはまだ間に合う時間だった。


今日はついている。


普段なら、気絶して起きたら午前中の授業がすべて終わっていたなんてこともざらだ。


パジャマを着がえて、学校に行く準備を始める。

今日は金曜日。



確か、授業は体育があるはずだから、タオルを持っていく必要があるだろう。


後は、ノートに筆記用具。


それと、何か必要なものあったっけかな?


それに何か忘れていることもあったような気がするが、何だっけかな?


そうして、カバンにつめるものを探して、左右の手をあたりにはべらせていた。


すると、ふとこの世のものとは思えぬ、女神のブロンドにも勝るとも劣らない超ど級のもこもこに手が触れた。


そのもこもこは「いつまでやってんのよ!」と怒りをあらわにした声をあげる。


「あ、ごめん・・・」


僕はその声がする方向を向くと、自然な流れで謝っていた。

この状況があまりに自然でないのにも関わらずだ。


なぜこの状況が不自然かといえば、僕が謝っているその先には、なんと少女がちょこんと座っているのである。


もう違和感ありすぎだ。


僕の部屋に見ず知らずの女の子が座っているということだけでも、相当な不思議事件だ。


ミステリーハンターだって飛び跳ねてやってくるに違いない。


それだけでも問題なのにも関わらず、さらにその女の子が、なんというか、なんと言えばいいんだろう?


いや、ここはストレートに言わせてもらおう。


「もこもこしているのだ!!」と。


あえてもう一度言おう。


「もこもこしているのだ!!」と。


僕は無意識のうちに頭上の前方斜め45度に高々と掲げた右手を下ろしながら、改めて彼女の姿を見てみる。


年齢的には僕と同じくらいだろうか。


座っているので分からないが、僕より身長は低そうだ。


体型はボン、キュッ、ボンではないが、なかなか魅力的なのではないかと思う。


髪の長さは肩より少し長いくらいで、ふわふわとして物凄い綺麗だ。


その色は少しクリーム色がかった淡い金髪だ。


と、ここまでの説明ではさきほどの僕のもこもこ宣言を説明できていない。


そう、今説明してきた目の前にいる少女に対して、なぜ僕がもこもこしているのだ、と声を張り上げていたのか。


それは、この少女の姿かたちがまるでアニメに出てくる狼娘のような格好だったからなのだ。


具体的に言えば、両手両足を包むもこもことした毛。


その四肢の先にはぷっくりとした手と肉球が見える。


それに加え、お尻からはそれは見事なふさふさとした尻尾が生えている。


めちゃくちゃ触りたい。


顔のほうに視線を上げていくと、頭には垂らんと下がった猫のような耳が二つちょんとついているのが見える。


全身を見れば、水着のようなかたちのもこもことした服も着ている、言ってしまえば半裸に近い格好だ。


そして、お洒落なのか赤いマフラーを首から巻いているのが印象的だった。


そんな風にぐるぐると視線を動かしながら、相手を見ていると、はたと目が合った。


その瞳は底の見えない海を見ているような、深い青色だった。


姿の異様さと、状況の異常さからしっかりと相手の顔を見ていなかったのだが、目を合わせて改めてその少女の顔を見ると、それはそれは綺麗な顔立ちをしていたことに改めて気づく。


綺麗なバラには棘があるのさ、と誰かが言っていたのをふと思い出してしまう。


その端整な顔立ちは魔性を秘めているような、そんな印象を見るものに与える。


僕はしばらく食い入るようにその少女を見つめていたのだった。


「いつまで見てんの?」


彼女の口から言葉が発せられる。


その一言で僕は、ハッと我にかえり、

「あ、ごめん・・・」と呟く。


「またそれ?すぐに謝るのね」


「あ、ごめん・・・」


僕はそう言ってから、また謝っていることに気づき、しまったと口に手を当てる。


そんな僕を見てか、彼女は下を向いてハアーッと大きなため息を一つついた。


そして、顔を上げるとおもむろにこんなことを言い出したのである。


「とりあえず、よろしく。私もよくわからないけど。こんな姿になったのも、きっと何か意味があるはずだから」と少女に挨拶をされる。


「あ、こちらこそ、よろしく」


僕は返事を返す。


「ところで、聞きたいことがあるんだけど・・・いいでしょうか?」


僕はさらにその少女に話しかける。


「え?質問?いいわよ、私に答えられる範囲であれば、答えるけど」


「あー、そうですね。とりあえず、どちら様でしょうか?」


僕は気になっていたことを話し始めた。


「何それ?」


少女は怪訝な顔で答える。


僕の質問が通じていないようだ。


うーん、何と伝えればよいのだろうか?


分かった!ここはきっとこれだ!


「May I ask who's calling?」


僕は最近覚えたての慣用句をぶつけてみた。


「何それ?」


あ、通じなかった・・・


「ちょっと待って・・・日本語だから、意味が通じてないわけじゃないって。さっきから日本語で会話しているのに、なんでそんな発想するのよ。意味分からないわ!しかもMay I ask who's calling?はたしかに“どちら様でしょうか”という意味だけど、電話がかかって来たときにしか使わない言葉よ?そこんとこ大丈夫?」


見知らぬ少女に事細かに間違いを指摘された・・・


「う・・・」


僕は言葉に詰まった。


彼女ははあーっとため息をつくと、こいつ本当に大丈夫だろうな?という心配した目つきで言う。


「どちら様でしょうか?という意味が、私が誰かってことなら、私は私としか言いようが無いわ。それにしても、この流れで私が誰かなんて、ちょっと考えれば分かることじゃないかしら?」


「いや、分からないから聞いているんですが。それに私は私って言われても・・・」


私は私。我思うゆえに我あり、的な発想だろうか?


僕の頭は混乱している。私は私?わたしはわたし?わたしはワタシ。わたしはタワシ・・・


「・・・タワシ?」


ゴンっ!


見知らぬ少女にチョップされた・・・


「は?何でタワシ?あなたの思考はいったいなんなの?壊れかけのレディオじゃ無いんだから・・・こんなんじゃ本当に先が思いやられるわ・・・」


彼女は、またはあーっとため息をつくと、


「私は私。あなたが、もこもこと呼んでいたものよ」

とさらっと言う。


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~!!!」


僕は驚きの声を上げる。


「ちょっと考えれば分かることじゃないかしら?なんて察しが悪いの・・・それとあなた、“ぇ”が多いわ。不愉快よ」


分からないって、この少女がもこもこだって?


どういうことだろう?


全くもって意味不明だ。


それにさりげなく僕の感嘆表現を侮辱された。


ぇ、が多いなんて聞いていて分かるものか?

「それで、これからのことなんだけど。」


僕の疑問を無視して彼女というか、もこもこだった者は続ける。


「とりあえず私に分かるのは、あなたに危険が迫っているということだけ。つまりあなたに危険が迫っているということは、私にも危険が迫っているということ」


どこかで聞いたような言葉だな、と思う。


「あなたが危険にさらされるのであれば、私はあなたを守らなければいけない、そう感じるの。これにも特別、理由と言える理由はないのだけれど」


そんな彼女に向かって、


「危険が迫っている、と言われてもいまいちピンとこないなー一体危険、危険って何がそんなに危険なんだ?」


僕は率直な感想を伝えた。


「それが分かれば苦労しないわ。私だって、よく分かってはいないのだから。分かることは、さっきから言っているように危険だということだけ・・・」


「そうは言ってもさ。それじゃ何をどう気をつければいいのか、見当もつけられない。近いうちに温暖化で地球が滅ぶかもしれないと言われたほうが、まだ対処のしようがあるくらいだよ」


そんな言葉を言ってしまってから、僕は彼女の表情が曇ったことに気づき、やってしまったと思った。


「・・・分からないものは、分からないのよ・・・」


そう言うと彼女は黙ってしまう。


そして、気まずい沈黙・・・


自分が言いすぎたのが悪いのは分かった。


なんとか空気を良くしようと思い、とりあえず話してみる。


「そ、そういえばさ。君はもこもこなんだろ?ってことはさ、昨日鉄骨が落ちた時に助けてくれたのも、君ってことだよね?」


僕が昨日の件に触れると、彼女はこくん、と頷き、

「まあ、正確ではないのだけど、一応そう言えるわね・・・」と話す。


「そっか、それならさ、昨日も言ったけど、改めて言っておくよ。昨日はありがとう!」


僕は昨日の帰り道、誰ともなしに言った感謝の言葉を、今度はしっかりと届けるべき相手に向かって告げていた。


「本当にありがとう」と。


すると彼女の表情の曇りは少し晴れたように見えた。


「だから言っているでしょ。あなたに危険が迫っている、そしてその危険を取り除くことが、結果的には私の安全に繋がるだけのことよ」


少しは機嫌が直ったかと思ったが、彼女はぶっきらぼうな感じの受け答えをするのだった。


しかし、彼女が話している時、僕は見逃さなかった。


彼女のお尻のあたりから生えているふさふさの尻尾がピクッと動いたことを。


そして、その尻尾がゆっくりではあるが、左右に揺れていることも。


これはいけるかもしれない、と僕は心の中で感じた。


そして、「いや、本当君がいなかったら僕は今頃死んでいたかもしれないんだ。君は命の恩人だよ。凄く感謝してる」と、さらに感謝の言葉を続けていく。


「だから、別に感謝なんか必要ないの・・・」

と彼女はぼそっと言った。


が、その感情を殺した表情の後ろで、左右に揺れる尻尾のスピードは加速している。


よし、きてる、これはきてるぞ!僕は確かな手ごたえを胸にして、さらに続ける。


「助けてくれただけでも嬉しいのに、君みたいな可愛い子に助けられるなんて、嬉しさも倍増というか、一粒で二度美味しいというか。めちゃくちゃ幸せだよ」


だんだん意味が分からなくなってきたが、僕は誉め言葉を連呼し始める。


彼女は「別に」とか「ふんっ」とか、しか答えないが、彼女の尻尾は左右にぶんぶんとさらに大きく揺れていくのだった。


そんな状況に心を良くした僕はついつい言ってしまったのだった。


「本当に感謝してるよ。ぜひとも君みたいな可愛い命の恩人に、もこもこニット生地のセーターを着てもらって。あ、もちろんノーブラでね。そのニットを着た君を後ろから抱きかかえるようにして、ニットの上からくんずほぐれつ一日中毛布にくるまってゴロゴロしたいくらいだよ。こんなことを僕に言わせるなんて・・・君にはそれくらい感謝しているんだよ!」


そう言った後に、顔を伏せている彼女の尻尾がピタっと静止していることに気づく。


そして、ブチンっと音が聞こえた気がした・・・


なんの音だろ?


あれ、堪忍袋の緒が切れるって言葉はしっているけど、あれって比喩だよね。

本当に緒が切れるってことないよね?


しかもブチンって音つきで・・・


彼女は顔を上げると物凄い形相で、

「気持ち悪いー!!何がくんずほぐれつ?死んでしまえ!!!」

と叫ぶと、ピカピカと身体を光らせている。


これは、ヤバイ!


「あ、あ、違うんだって」


僕は取り繕う言葉を必死で搾り出す。


「違うって、何が?」


一触即発な雰囲気をぷんぷんと漂わせ、彼女は怒りを押し殺した声で聞いてくる。

よし、ここが勝負どころだ、この段階で彼女の怒りを治めることができれば、なんとか大丈夫。


まさにデッド オア アライブ。


決めるんだ、ここでしっかりきめるんだぞ、太一。


輝け、僕のコスモォォォォォォォォォ!!


そして僕はおもむろに、

「何を勘違いしてるんだって。くんずほぐれつというのはさ。サンスクリット語で、“出稽古”って意味なんだ。由緒正しい言葉なんだぞ☆」


と、僕は相撲部屋の親方がテレビでやるように、いつでも飛び込んでこいといわんばかりに両手を左右に広げ、とびっきりの笑顔を披露してみせた。


それを見た彼女は、

「いっぺん死んでこい!!」


と声をあげ、とびっきりの電撃を僕に食らわせた。


あまりの衝撃に途切れゆく意識の中で僕は、

「技のデパート、舞のう・・み・・・」


断末魔の声をあげながら、気絶していくのだった。

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