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フェチ×フェチ  作者: 兼平
第1章 僕ともこもこ
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事件発生

その日の授業が終わり、僕は自宅に帰る支度をすると教室を出た。


机を離れる際にはそれまでずっと眠りこけていたもこもこが、すっと起き、僕の後ろをついてくるのだった。


そろそろこの光景にも慣れてきてしまっている自分がいる。


慣れとは怖いものだななんて思う。


もこもこを従えて、下駄箱へ向かう、するとそこにはアゲハがいた。


「太一、今から帰りなの?」


僕はこくんと頷き、同意を示す。


「そうなんだ、だったら一緒に帰らない?どうせ家も近いんだし」


僕は少し考える。


高校生にもなると女子と二人きりで帰るのには勇気がいったりするときもある。


が、どうせ僕とアゲハが幼馴染みだってことは周知の事実だし、あんま関係ないか。なんて思い直すと、「わかった、一緒に帰るか」と言って、二人連れだって学校を後にしたのだった。正確には二人と一匹なんだけど…


帰り道では、日中の学校で話したようなくだらない話をして過ごした。


駅前に最近できた美味しいケーキ屋について、それに今はまっているゲームについて、話というか、お喋り。


「それでね、その時に何て言ったと思う?」


「あ、んーと…」


と不意に聞かれて僕は口ごもってしまう。


「あ、また何か考えてたでしょ?人と話してる時だっていうのに上の空、心ここにあらずって、失礼だよ。やっぱり、なんかあったの?」


と、突っ込まれてしまった。


もこもこのことを考えていて図星だった僕はなんと答えればよいのかと悩んでしまった。


ちょっと気まずい空気が流れかけたその時、僕の後ろでもこもこが「にゃぎー、にゃぎー!!」と喚きながら、まとわりついてきた。


僕は少し驚いた。


なぜなら僕の方からもこもこにアクションを取って怒らせることは多々あったが、もこもこから干渉してくるのは初めてのことだ。


それもこんなに激しく。


僕は不思議になりもこもこを見つめ、首をひねった。そんな僕を見て不思議そうにこちらを見るアゲハ。


良くわからない状況だった。


しかし、見えないもこもこが騒いでいたとしても、そんなの相手にしていたら、端から見たら変質者だ。


僕は無言で無視をして進んでいこうとする。


と、それを見たもこもこは「にゃぎぃぁーー!!」


とひときわ大きい声を上げ、こともあろうか僕に向けて突っ込んできた。


それだけならまだしも、僕の足首にかじりついたのだ。


僕はその愛くるしい姿には似合わない鋭い牙が突き刺さった痛みで、「ぎぃゃー!」と叫び足首を抱え込むように、その場にへたりこむ。


今のはちょっと痛かったぞー、と尻尾を切られて怒った宇宙人の王子がいたが、今ならその気持ちも分かる。


不意打ちは卑怯だよ、クリリンさん。


あまりの痛みでその場にうずくまったままの僕。


アゲハも心配して声をかけてくるが、彼女こそ意味不明な状況だろう。


全く、なんと説明したもんかなとか考えている、その時だった…


ビュオーー!!!っと勢いよく風をきる音がしたかと思いきや、僕の背後、つまり進行方向で、大人の体の大きさほどもある鉄骨がドグシャーンという物凄い音を立てて地面に激突したのだ。


あまりのことに頭は真っ白になり体は硬直し、視線はその落下現場に釘付けとなっていた。


鉄骨が落ちてきた・・・


あと少し、止まるのが遅かったらあの鉄骨の下敷きになっていた。


そう思うと、背筋がぞくっとした。死ぬって、マジかよ。


思わず鉄骨が落ちてきた先、近辺のビルの屋上のほうへと視線を動かす。


見上げるとすぐ近くのビルの上部で工事をしている様子で、青いネットがかかった現場で何人かの作業員がこちらに向かって頭を下げている姿が見えた。


あと少しで死ぬところだったんだ、謝って済む問題じゃないだろう。


作業員が必死で謝っている姿を見ながらも、心の中で憤りを感じた。


と、作業員達が集まって鉄骨が元々吊ってあったであろう場所、クレーンの先を見つめる僕の視界の端で少し違和感を感じるものが目の中に飛び込んできた。


それは白いもので、学校でもたまに目にするもの。


「白衣?」


僕はボソッとつぶやく。


こんな工事現場で白衣の人が歩き回るなんてことあるのだろうか?


疑問を覚えた直後、その白い白衣を着た人間をしっかりと見ようと視線を動かすが、その時にはもう既にその姿は無かった。


見間違いだろうか?


これだけの事件に驚いて、気が動転しているのかもしれない。

そんなことより、とりあえず今は生きていることに感謝しよう。


隣ではアゲハが「うわー!超危なかったー。危機一髪ってこのことだよね!最初太一がいきなり座り込んだときは心配だったけど、その太一のおかげでこうしてピンピンしてるんだから、不思議だよね。こういう時はなんて言うんだろうね?ありがとう?かな。ちょっと違う気もするなー」などと、テンションハイな状態で喋くっている。


そりゃ、こんな状況だ、アドレナリンが出ない方がおかしい。


「いや、さっきは急に足を捻っちまってさ。すげー痛かったけど、おかげで下敷きにならなくって良かったぜ。これこそ、猿も木から落ちるってヤツだな。今回は鉄骨だけに、鉄骨もビルから落ちるって感じか」


と、さきほどいきなりしゃがみこんだ時のフォローもしておいた。


「そっか、足を捻ったんだ。気をつけないと危ないよ。あと、こういう時には猿も木から落ちるって言葉は使わないからね。さらに、鉄骨をうまくかけたみたいな感じでドヤ顔しているけど、全然上手くないからね」


幼馴染の女子高生から的確なフォローが入っていた。


恥ずかしい、僕ドヤ顔してたのか…間違ったことを言ってドヤ顔を指摘されるのが、こんなに恥ずかしいことだとは知らなかった。


今後気をつけようと固く心に誓う僕がいた。


それにしても、今回の鉄骨落下事件だが、一番最初を思い出してみると、もこもこが騒ぎ出したのがはじまりだった。


もし、あの時もこもこが騒がなかったら、そして僕の足首に牙を突きたてなかったら、今頃僕は、怨みの門の前で、お逝きなさい!と言われているところだったかと思うと、ぞっとした。


いや、そんなに怨みあるか分からないし、着物美人も結構好きだけどね。


また話が逸れてきているので戻そう。


そうそう、もこもこが騒がなければ、死んでいたかもしれないということだ。


つまり、僕の命の恩人?いや、恩もこになるわけだ。


それにしても、こいつなんでいきなり騒ぎ出したんだろうな?


こうなることが分かっていたなんて、ことはないだろうな?


「まさかな・・・」


そんなこと、普通じゃありえないと思うが、もこもこがいる時点で既に普通じゃないのだ。そんなことがあってもおかしくないじゃないか。


しかし、僕にはそれを確かめる方法がないのもまた現実だった。


さて、当のもこもこはというと、これだけの事件があったにも関わらず、目をつぶって「にゃも、にゃも・・・」と、寝言らしきことを呟きながら、眠っていた。


騒いだことなんて、噛み付いたことなんて、無かったかのように眠っている。それが逆に不気味でもあった。


しばらくすると現場の工事責任者の方が、何名かを引き連れて謝罪をしに落下現場に来ていた。幸いけが人は誰もおらず、周りにいた通行者からかなりの不平を浴びせられていたが、まあ良かったといえるのではないのだろうかと思う。


僕とアゲハも最初はかなりの憤りを感じていたが、結果的には何も損害を受けているわけでもないのと、あまりにも必死で謝る工事現場の責任者の人の姿を見ているうちに興奮も冷めていった。


責任者の話では、原因は分からないとのことで、ロープに欠陥は無く、何か鋭利な物体で切られているような状態だったとのことだ。


事件性も考えられるため、今後警察からの調査もあるかもしれないので、連絡先と名前を控えさせてくれとのことだった。


僕は一瞬、さっき見た白衣の人物について喋ろうかと思ったが、やはり止めておいた。


あんなところにそんな人物いるはずがないし、もしそんなこと言って面倒ごとに巻き込まれるのも嫌だなという気持ちがあったからだ。


僕とアゲハは学生手帳を見せて、ケイタイの電話番号を教えると、責任者の方はペンでそれをメモした。


もし怪我などあったら、いつでも言ってきて欲しいと名刺を渡してもらい、僕らはその場を後にしたのだった。


もちろん、いつ目を覚ましたのか分からないが、もこもこもとてとてと着いてくるのだった。


「本当によかったーもし死んじゃったら、もう美味しいものも食べられないし、素敵な彼氏とディズニーランドで3時間待ちのアトラクションで長蛇の列で嫌気が差しながらも、君と一緒なら全然苦じゃないよって言われることも無かったんだなーと思うとぞっとするよー」


とアゲハは喋っている。


相当具体的な死ななくて良かった論の展開と、こいつの彼氏はかなりの忍耐力と紳士さが要求されるのだというプチ情報を海馬に焼き付けながらも、僕の心はやはり上の空だった。


そんな感じで帰り道を進み、家まであと少しの交差点。


「それじゃ、またねー明日は遅刻しないようにねー」とアゲハは右手を上げて左に折れていく。


そういえばこいつの家はここから違う方面だったっけ。


小学校以来、家まで遊びに行くことなんて無かったが、それでも覚えているものだ。


「おう、それじゃ明日」


僕も簡単に右手を上げてそれに応えると、そのまま交差点を直進するのだった。

家まではあと少し。


太陽も少し傾きはじめ、日中に比べると少しはましだが、それでもまだ生暖かい風が頬の周りを流れていく。


既にシャツは汗でベタベタだったが、それはこの暑さだけによるものではないのは分かっている。


住宅街を一人歩きながら僕は後ろを振り向かずに話しかける。


「お前、俺を助けてくれたんだよな。きっと。よくわからないけど、俺はそう思うんだ。だから、ありがと」


と言って、あらためて後ろを振り向くが、言われた言葉の意味が分かったのか、分かっていないのか、「みゃふー」という鳴き声を上げるもこもこがそこにいた。


まあ、答えなんて期待してなかったけど。


でも、言っておかないといけない気がしたから。


僕は、また無言となり、蝉の鳴き声が響く、夕方の住宅街をとぼとぼと歩いていくのだった。


家に着いてからはいつも通りのルーチンワークを済ます、着替えをして、夕食を食べて、風呂に入って、ゲームをする。


そんな風に雑事にかまけていたら、気がつけばもう寝る時間。


僕は最近の遅刻常習犯としてのレッテルを少しでも剥がさなければという思いが無いわけではなく、これ以上不必要な注目を浴びたくないという気持ちもあったので、そこまで眠いわけではなかったが、ベッドに入ることにした。


ベッドには厳選のマイもこ毛布が入っており、その毛布に頬ずりをしていればいつもはすんなりと寝れるのである。


今日もそんな調子で目を瞑った。


が、今夜はなかなか寝付けなかった。


あんなことがあったのだから仕方が無い、表面上は普通にしているつもりなのだが、心の奥深くでは興奮しっぱなしだったのだろう。


仕方が無いので、今日あった事件について思い返してみる。


急に騒ぎ出したもこもこ。


ビルから落下した鉄骨。


そして、そのビルで見えた謎の白衣の人物。


すべてに意味がありそうで、だからと言ってそれらがどう関与しているのか、そもそも関連性があるのかは、考えてみても僕には全く分からなかった。


ぐるぐると同じところを廻っているような錯覚を覚える。


こんな時、誰かが答えを教えてくれれば助かるのだけど、それを教えてくれる人もいない。


眠ってしまえばいいのだが、なかなか眠りにつけないため、一人もんもんと毛布の中で考えている僕がいた。


それでも人間の本能というのは凄いもので、深夜になるころにはうとうとと瞼も下がってきて、僕は眠りにつくのだった。


「イ・・・チ・・・タ・・・イチ・・・キヲツケテ・・・タイチ・・・アブナイカラキヲツケテ・・・」


どこからか声が聴こえてくる。


それは、どこかで聞いたことがあるような少女の声。


しかし、どこで聞いたのかが思い出せない。


確かに聞いたことがあるはずなのに。


その少女の声は続ける。


「太一、気をつけて。あなたに危険が迫っている。すぐそこまで、それは近づいている。危ないから気をつけて」


今度は鮮明に聞こえた。


気をつけろだって?


一体何に気をつけろと言うんだ。


僕はその少女の声のする方向に顔を向けようとするが、うまくいかない。


かろうじて視界の端に声を出している少女の姿の輪郭が捉えられたが、どんな顔をしているのか、よく分からなかった。


なんとか身体も動かそうとするが、いくら力を入れてもうまく動かすことはできなかった。


金縛りというやつだろうか?


僕はせめてもと思って、声をあげる。


「君は一体誰なんだ?それに気をつけろって、何に気をつければいいんだ?教えてくれ!」


必死に声を出すが、その声は僕の声が聞こえていないかのように続ける。


「それはすぐそばまで迫っている。だから気をつけて」、と。


「だから、僕は何をすればいいんだよ!」


混乱する頭の中で、僕はわめき散らしていた。


だが、少女の声は「気をつけて」と言う言葉を繰り返すだけで、僕の言葉には答えてくれない。


さらにその声は徐々に遠のいているようだった。


視界の端で何とか捕らえていた少女の姿も合わせて霞んでいく。


「どうすりゃいいんだよ!!」


僕はひときわ大きな声で叫ぶが、その言葉はどこにも届かず、世界は暗闇へと閉ざされていくのだった・・

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