違和感
「いつつつつ」
教室の自分の机に座りながら首を押さえながらうめく。
「自業自得ね」
ふんっと鼻を鳴らし、横目でこちらを眺めるもこ美。
教室の後ろに設置してあるロッカーの上にいつものように陣取りながら悪態をつく彼女の姿は僕以外には見えない。
昨日は確かに調子に乗りすぎたな。
もこ美の電撃を喰らって、また一晩を床で過ごした僕の首はしっかりと寝違えてしまった。
ため息混じりに、ちょっとずつ正面を向けるようにストレッチを加えていく。
じんわり、じんわりと首の筋肉と相談しながらなじませていく。
この作業は慎重さが重要だ。
ゆっくり、ゆっくりと。
タイミングをずらした瞬間、悲鳴を上げる筋肉達の姿が目に浮かぶ。
まあ、この調子午前中をやりすごせばなんとかなるだろう。
と、そこで視界の端に見慣れないものが飛び込んできたもので、つい今の自分の状況を忘れて顔を向けてしまう。
「ぐっぐうう」
さっきまで微調整していた方向へ急に力を加えて、筋肉達からは壮絶な悲鳴が聞こえてくる。
いてえ。
しかし、涙目になりながらもさっき見えたもの、その方向に僕は話しかけていた。
「おい、どうしんたんだよアゲハ?その手は?」
僕は左手に包帯を巻いた幼馴染に声を掛ける。
「あ、ああ。太一?なんでも、無いよ。うん、そう、ちょっと転んだ、だけだから」
途切れ途切れに言葉をつなげるアゲハの様子はいつもの彼女の姿とはまったく違ったものだった。
心ここにあらずというか、ひどくおびえているような。そんな気までしてくる。
「おい、どうしたんだよ。転んだって、本当にそうなのか?酷く疲れているみたいだし」
いつもと違う様子になぜか底知れぬ不安が心によぎって、僕は言葉を続けた。
「う、ん。だからちょっと転んだだけなの」
アゲハは包帯を巻いた手を僕から隠すように机の影に移動させる。
明らかにつくり笑いとわかるような、引きつったような笑顔を浮かべる彼女に対して、僕はなんどか同じような質問を繰り返すが、結局返ってくる言葉は変わらなかった。
「何かあれば相談してくれよ。幼馴染なんだからさ」
「そうだね。ありがとう、太一」
彼女の目は本気で僕に感謝しているようだったが、どこかで何か違和感を感じる。
それがなんなのか、僕には最後までわからなかった。




