逃走者
タッ、タッ、タッ、タッ、タタッ。
はあ、はあ、はあっ。
静寂な空間の中で、自分の荒くなった息の音がやたらと大きく聞こえる。
さっきから走りっぱなしで、既に足はがくがくだ。
それでもなお先を急いで足を進める。
目的の場所があるからというわけではない。
なんでもいいから一歩でも先へ進まなくてはいけない。
「なんで、なんでこんな目に…」
悪態が口をついて出る。
通りから影になっている路地裏に体をすべり込ませると壁に体をゆだねる。
なんとか息を整えようと、胸に手をあてて意識をするが、意識すればするほど呼吸が荒くなっていく。
どうすればいい?
考えなければいけない。
なんとか、なんとかして逃げないと。
あいつに捕まったらどんな目に遭うかわからない。
ほんとどうしてこんなことになってしまったんだろう。
何か悪いことをしたわけでもないのに。
普通に、普通にしてただけなのに。
頭を抱えて、幼児のように左右に首を振ってみるが、まったく事態は変わらない。
ゴツッ。
そう遠くない距離で、何かがぶつかる音が聞こえた。
ビクッと肩を震わせて、音がした方向に視線を向けるが、壁越しには何も見えない。
恐怖が疲労を凌駕して勝手に足がその場を離れようと動く。
息が切れる。
でも見えない視線から少しでも遠くへ逃げろと本能が叫ぶ。
様々な感情がせめぎあい叫びだしたいところを口に手を当てることで何とか押しとどめる。
今はただ、先へ進むことしか出来ない。
そしてそれを放棄すれば暗澹たる未来しか待っていない。
目の前に広がる夜道は、冥界にでもつながっているかのように暗い。
誰か、誰か助けて!
心の中で叫ぶが、誰も助けに来てはくれなかった。




