新たな敵
翌日学校に向かうと白衣男はまた普通に授業を教えていた。
しかも違和感なく。
一見すればいつもどおりの日常、この光景だけ見ていると何か起きるとは思えない。
だけどそこにはやはりもこ美がいて、白衣男がいる。
今も事態は進行中ということだ。
授業を受けながらも思考はずっと同じことを考えていた。
これからどうしようか、と。
授業にも集中できず、ぼーっと考えを巡らせていたら、あっという間に3時限目も終わりを向かえていた。
次の授業は体育だ。
確か男子はサッカー、女子は水泳のはず。
うちの学校では水泳の授業は男女別。
毎回入れ違いで行われるのが通常だ。
ジャージに着替えるためにロッカーへ向かうと、そこで異変が起きた。
女子更衣室がざわついているのである。
少し聞き耳を立ててみる。
「あれ?ない、私の水着がない!」
女子の一人が声を上げるのが聞こえた。
廊下からも聞こえくらいの驚きの声だ。
その声に続くように更衣室からは、次々とクラスの女子の騒ぎ声が届いてくる。
私も、私もと。
さすがに更衣室に立ち入るわけにも行かず、緊急事態を報告しようと廊下に出てきた女子に話を聞いたところ、クラスの女子の水着が忽然と消えていたことが判明したのだ。
これは噂の水着泥棒の仕業だろうとにらむが、しかしどうやって盗んだのだろうか?
着替えを行うロッカールームは、正面玄関からは離れているし、しかも職員室の前を通った先にある。
普段ならまだしも、最近は水着泥棒の話が先生の間でも話題になっており、巡回を行っているというのを聞いている。
誰か不審者が入ってきたらすぐ気づくはずだろう。
もしかして、内部関係者の犯行なのか?
だが思い返す。
それも難しいだろう。
あれだけの被害が出ているんだ、ひとつふたつならいざ知らず大量の水着を漁った上にどこかに運んだりすれば、すぐにばれるだろう。
じゃあ、誰が?
どうやって?
「きっと例の水着泥棒よ。あいつのせいよ」
考えを巡らしているところに、アゲハが声をかけてくる。
「お前もやられたのか?」
「うん。ほんと気持ち悪い、怖いよ」
不安そうに声をあげるアゲハ。
一体どんな方法を使えばこんなことができるんだろうか?
頭を捻りながら、周りを見渡すと視界をよぎるものがあった。
それは廊下を走る人影だったが、その人影に僕は驚きを隠せなかった。
ここは学校だ、廊下を走っている人がいたって何も不思議じゃない。
だが、その姿が異様だった。
その人影は小学生くらいなのか、背丈が高校生にしては相当低い。
ただ、まあ身長が低いくらいのことでは、僕もそう取り乱したりはしない。
僕が驚いたところはそこではない。
なんとその人影はスクール水着姿なのだった。
スクール水着姿の少女というか、幼女が高校の廊下をとてとてと駆けている。
そして、その手にはその少女の半身はあるくらいのサイズの荷物を抱えているのである。
異様なその状況に唖然とするものの、これは絶対に事件と関係があると咄嗟に判断した僕は自然と駆ける少女の後を追うのだった。
少女の後を追っていくと、小走りで走るスクール水着姿の少女が階段を下っていくのが見えた。
追いかけてみて感じたのだが、少女の走る速度は思ったより早い。
とても見た目小学校低学年の女子のスピードとは思えない。
気を抜くと距離が開いてしまうのが目に見えたため、少女を見失わないように気合を入れて追いかける。
そんな僕の後をもこ美も無言でついてきている。
階段を下る途中で他の生徒ともすれ違うが、特段少女にを見て驚く者や、声をかけたりする様子が無かった。
さすがに何かしらのリアクションがってもいいはずだが、何も無いというのはなんだかおかしい感じだ。
最近に近い感覚を味わったばかりな気がする。
少女はそのまま一階まで階段をくだると玄関を抜けて、校舎から外に出て行ってしまう。
しかも裸足だ。
仕方が無いので上履きのまま少女を追いかける。
少女が向かう先はどうやら校門だ。
学校の外に出ていくらしい。
スクール水着姿で街中を走り回る少女って、かなり異常な光景だ。
校門の外までついていくが、外の通りには営業周り途中のサラリーマンや買い物へ向かう主婦など行きかう人達がちらほらいるのが見える。
しかし、誰一人としてスクール水着で町を駆ける少女に気をとめる様子はない。
僕はいやな胸騒ぎを覚えながらも、少女の後を見失わないようにつけていく。
それにしても結構な速さだ。
そのうえ、少女は疲れている様子はなく、ずっと同じペースだ。
すでに僕は相当疲労しているのにおかしい。
いい加減しんどくなってきたころ、学校からだいぶ離れたところで少女は止まった。
やっと追いついた僕は少女に声をかける。
「おーい、そこの子」
するとはっと気づきこちらを振り向く少女。
「こんにちは。何の御用でしょうか?」
礼儀正しく答える少女だが、やはり格好はスクール水着だ。
「さっきうちの学校にいたでしょ?というかその格好って…」
言い終わらないうちに彼女が答える
「お兄さん、私の姿が見えるんですね?」
うふふ、と微笑みながら。
何を言っているんだろう?と質問の意味を考えているときだった。
「じゃあ、私の敵ですね!!」
女の子は抱えた荷物を放り投げてこちらに両の手の平を向けてくる。
構えた両手の平が一瞬光ったかと思うと、そこから僕をめがけて勢いよく水柱が現迫ってくる。
水柱はものすごい勢いでうねりながら僕を飲み込む。僕は勢いそのままに道路沿いの壁にたたきつけられた。
突然の攻撃と水柱の衝撃で声がでない。
「か、かはっ」
膝をついて、地面に息を吐き出す。
嫌な予感が当たったことにめまいを覚えながら思考する。
この少女はもこ美やメガネ美人と同じフェチドールなんだと。
「お兄さん、ごめんなさい」
まったく悪いという気配を漂わせない、無邪気な笑顔で謝る少女の横からぬっと出てくる影があった。
「あれあれ、今日のハントは思わぬ収穫がありましたね。ぬふふ、まさかこんな獲物がついてくるなんて、今日もえらいですねスクちゃんは」
ぐふふ、と笑いながらスクちゃんと呼ばれた少女の頭をなでる男の姿。
「ご主人様ありがとうです。それと今日の収穫も見てください」
喜ぶ少女はさきほど放り投げた袋を手に取り、中身を男に渡していく。
その中身は水着。
やはりこの少女がうちのクラスの水着を盗んだ犯人だった。
「いつもえらいね。えらい、えらい」
はあ、はあと息を荒げながら水着を物色する男に嫌悪感を覚える。
「それに今日は大物もかかったようだしね。ちゃっちゃと殺して次のハントに向かわなきゃね。そろそろスクちゃんと会ってから一ヶ月、いいタイミングで現れた獲物だね。しかも弱そうだっていうのがまたいいね」
「はい、殺っちゃいましょ、ご主人様」
そう頷くが早いか、少女再び両手をこちらに構える。
「ちょ、ちょっと待てって。あんた達はフェチマスターなんだろ?だったら、少し話合おうよ。こんな戦いをしなくてもさ、きっと何かいい方法があるはずだよ、戦わなくていい方法が」
この前の白衣男の話を聞いてから考えていた。なるべくなら戦わないすむ方法を選択したい。
そんな思いで言葉をなげかける。
戦わないですむ方法が無いか、協力してもらえばなんとかなるかもしれない、そんな期待をこめた言葉だ。
「話し合おう?なにバカなこと言っちゃってんの、こいつ?俺はお前みたいな奴を早く狩って、この子ともっともっと遊ぶんだよ」
ちょっと待て、話せば分かるって。
そう言おうとした次の瞬間には既に目の前に水柱が迫ってきていた。
あいつこっちの話を無視して撃ってきやがった。
咄嗟に横に飛び回避する。
「ちょ、ちょっと待てって。だから戦いたくないって」
話を続ける僕に対して、次々と水柱が襲ってくる。
こちらの話にはまったく聞く耳がないようだ。
「太一何してるの、やるしかないわよ!あんなオタ野郎血祭りにあげるわよ!」
もこみが僕を抱きかかえ、かっさらうように飛び上がり電柱の上にとまる。
「なんなんだよあいつ、話し合おうって言ってるのに」
「さっきの様子見たでしょう。あれはまったく話が通じない相手よ。それにフェチドールを使って水着を盗もうなんて普通の人間がやることじゃないわ」
だからって、白衣男がいうような殺し合いをやりたいとは思わない。
何か方法がないかって、答えは出ていないけど考えたいと思っている。
しかし、そんな猶予を相手は与えてくれない様子だ。
「ぬふふ、逃げてばかりのチキンさんですね。これならあっという間に勝負がつきそうですね。ああ、時間がもったいない。早く殺ったって」
「はいは-い!ばばばーんと殺ったいます!」
ペースを上げて水流がこちらに打ち込まれる。
「どうするか?」
「いったん逃げましょう」
その場から逃げようとする僕たちに対して男が声をあげる。
「お、おい。待てよ、にげるな。は、早く帰ってうちのロリータちゃん達と遊ばなきゃいけないんだから、もう」
ん、今の言葉はどういうことだ?
ふと沸いた疑問を男にぶつける。
「おい、お前今うちのロリータって言ったよな?それはなんだ?」
「ロリータちゃんはロリータちゃんですよ。まあ君はここで死ぬわけだし教えますけど、今我が家にはたくさんのロリータちゃんが僕の帰りを待っているんですよ」
どういう意味だ?
「まさか、お前フェチマスターの力を使って・・・」
「攫った?人聞きが悪いですねーこの俗世間で汚されないように保護しているといって欲しいんですが」
なんてことだ、こいつはフェチマスターの能力を使って水着泥棒だけでなく、人攫いまでしてやがったんだ。
こいつを放っておいたらこいつに攫われる女の子が増えることになる。
「お前ふざけんなよ。人間を何だと思ってやがる」
「ロリータちゃんはロリータちゃんですよ、愛すべき僕のもの」
「太一、あいつ殺るわよ!」
もこみが僕の心を代弁してくれる。
俺だって争いなんてしたくない。
だからといって人を攫うような奴と仲良くしようとも思わない。
こいつを止める。
まずはそこからだ。
「もこみ、あいつらを倒すぞ」
こうなったら何としてでもこいつを抑えるしかない。
逃げまわっているのはおしまいだ。
まずは相手の動きをなんとかして封じなければ。
僕の許可が下りるが早いかもこみは少女に飛び掛っていく。
高い身体能力を生かして水柱をかわしながら打撃を繰りだすもこ美。
が、なかなか攻撃を当てられないでいる。
どうもスクール水着の少女の身体能力もなかなかであるようだ。
普通の人間ではありえないほどのスピードで両者が打撃を繰り返すのが見える。
肉弾戦では五分と五分といったところだろうか。しかし、少女の水流による攻撃の分だけもこ美が押されているのはわかった。
しばらく打ち合うと距離を開けて、水流による中距離の攻撃で体力を削るという戦法を繰り返す少女にもこ美の体力がじりじりと削られている。
このまま体力を削られていけば、こちらの不利になるのは明らかだ。
だが、それでも同じように連打を繰り返すもこ美。
一見、ただの悪あがきに見えるようなその戦い方。
だが、もこ美も僕もわかっている。
この繰り返しには意味があることを、一見無駄なようにみえるこのやり取りは相手に隙を生むための作戦だ。
同じことを繰り返せば慣れが生じる。
慣れが生じれば、誰であれ思考にパターンを持ってしまう。あえて一定パターンを相手の中に形成させたところで、パターンと違うアクションを起こすことで相手に不意打ちを与えることができる。
その瞬間をもこ美は狙っているはずだ。
何度目かの攻防が行われて、もこ美が少女から離れる。
パターン化した攻撃として、少女がさきほどまでと同様にもこ美めがけて水流を放ったそのときだ。
もこ美の体が発光するのが見えた。
そして、その直後にもこ美の両手からはもの凄い勢いで電撃が走り出す。
放出された電撃は少女が放った水流にぶつかると、そのまま逆襲して少女を目がけてほとばしっていく。
水は電気を通す。
小学生でも知っていることだ。
「よっしゃ!」
思わず握った手を前に突き出し、僕は声をあげた。




