待ち合わせ
教室のドアをくぐり、廊下を出てしばらくすると僕は白衣男に話しかけることにした。
「おい、これどういうことだよ」
「あれあれ、山田君。さっきそういう態度はやめましょうって言ったのわすれちゃったのかな?」
「何そらっとぼけてるんだよ。いい加減そのうさんくさい先生の振りはやめろって。ってか白井太郎ってどんだけ適当な名前名乗ってんだよ」
振り返ると男は舌を出す。
「どうだったかな?私の先生っぷりは?グレートなティーチャーって感じだった?」
「あほか。そんなくだらないことどうでもいいんだよ。なんでお前がここにいるんだよ!」
こいつどうやって学校にもぐりこんだんだ。いくらなんでも昨日の今日で学校に入るってどういう理屈だよ。
「つれないねーまあどうでもいいだけどさー。学校にこれた理由は業界の裏事情ってやつでさ、知りたい?まあ知ったら命狙われちゃうよ?大丈夫?」
ぐっ、そういわれるとなんだか怖い。
実際にこいつがこんなところで教師ができているということはそれだけの権力があるってことだ。
「あ、それと私がなんでここにいるのかってね?そりゃあ・・・観察だよ」
そういう男の目からはそれまでの軽薄な感じから一転して、一瞬鈍く光るような嫌な印象を与えられた。
「昨日も言ったよね。今この町は国をあげての大掛かりな実験をしているってさ。実験てさ、ただやるだけじゃ意味ないよね。実験結果は観察してまとめなきゃね。夏休みの宿題だってアサガオの絵日記書いてたでしょー?」
「ふざけるな!僕たちはお前にとってアサガオってことかよ。馬鹿にするな」
「あ、怒ったかい?別に悪気があったわけじゃないからさ、適当に聞いておいていいよ。僕にとっちゃそれが研究の対象であればアサガオも大統領も一緒さ」
こいつとは感覚が違いすぎるということは昨日の話の中で気づいていたが、こうやって話すと改めて食い違うことに気づく。
まともに取り合うほうが馬鹿をみてしまう。
「観察っていったよな?じゃあ、お前がいきなり襲ってくるってことはもうないってことか?」
「基本的にはそういうことになるねー観察対象を壊すってのはあまりないよね」
その一言を聞くと少し緊張の糸がほぐれた。
さっきから男の後ろをついて歩いていたのだが、いつ襲われてもいいように常に気を張りながら歩いていたからだ。
「君たちの活躍を見届けようと思ってねーがんばってね」
「活躍?どういうことだ?」
「だから、昨日言ったじゃん。バトルロワイアルだってさ。君たちが殺しあって敵を血祭りに上げる姿を見るのを楽しみにしてるんだって」
男は楽しそうに、さも愉快といった口調で話しかけてくる。
「そんなことはしない」
きっぱりと言い切ってやった。
家でもこ美と話し合った結果だ。自衛での戦いはしても相手を血祭りにあげるなんてしたいと思わない。
「ふーん。あっそう。まあいいけどねー。いつまでそんなこと言ってられるのかってのも見ものだしねー」
まあ、せいぜい頑張って下さいよ、と後に続ける。
気づけばもう物理室の前まで来ていた。
扉を開けて中に促されると言われるままに荷物を教壇の上においていく。
「そうそう、ありがとねーなんせ急な先生役だったから。疲れた、疲れた。いやー先生なんてやるもんじゃないねー。
まあ、いろいろ聞きたいこともあるだろうけどさ、しばらくは私もここにいるから、それじゃまた今度ねー」
いや、まだ聞きたいことはかなりあるんだが。
「おい」
声をかける。
「ほらほら、もう次の授業が始まるからさー。僕も小林先生の代わり大変なんだからー。さあ行った行った」
会話を一方的に切り上げられ、そそくさと次の授業の準備に取り掛かる男.
僕がその後いくら声をかけても、「後で、後で」と取り合わなかった。
いらつく僕がそれでも何度も声をかけると、明らかにめんどくさいといった様子で机の裏に散らかった紙の裏面に地図を書く。「学校が終わったらここで」と言い残すと、男はまた作業にとりかかってしまう。
仕方がないので、僕達はその紙を受け取ると男をおいて物理室を後にした。
教室に帰る道すがらもこ美に小声で話しかける。
「なんなんだ、あいつ。学校の先生になるってどんだけの組織力だよ」
「普通に考えればありえないわね。こうなってくるといよいよ昨日の男の話が真実味を帯びてくるわ。政府を巻き込んだ実験というのもあながち嘘じゃなさそうね」
恐ろしい、あんな馬鹿みたいなSF小説みたいなことが実際に行われているなんて。
そしてその当事者になるだなんて。
人生どこに不幸が転がっていかだなんてわからないもんだ。
「それで、どうするの?放課後その地図の場所へ行くの?」
「行くしかないだろ。他にやるべきこともないし。なんか今後のヒントとかあるかもしれないし」
「もし罠だったら?」
「たしかに罠かもしれないけど、行くしかないだろ。その時はその時だ」
はあーっとため息をつくもこ美。
「本当に何も考えてないのね。あなたの危険は私の危険でもあるのよ?」
「その時は一緒に乗り切ればいいだろ?昨日みたいにさ」
「その無駄な前向きさはなんなのかしらね、まったく。まあ、あなたの言うことも確かよ、これからどうするか。それを考えるためにももっとあの男に聞きたいことはあるし」
「それじゃ、決まりだ」
確かに危険はあるかもしれないけど、先が見えないこの状況を変えるにはアクションを起こすしかない。
少しでも前に進める可能性があるなら何でもやってみる。
まずはそこからだ。
実をいえば、何もせずこの不安定な状況に置き去りにされていることのほうが、ずっと不安だと感じていたことも事実なのだけれど。
僕たちは放課後を待つことにした。
放課後。
授業が終わり部活へ行く生徒、家に帰る生徒はさっさと教室を後にし、ぐだぐだとやることもなくおしゃべりをしている生徒がちらほらと残るだけだ。
僕は白衣男が残したメモを手にして、あたらめて確認する。
地図には学校を起点として、近くの公園の場所までの経路が記されており、公園にはドクロマークが書かれている。
悪趣味にもほどがある、何度見ても不吉な予感しかしない。
「それじゃあ、さっさと行きましょうか」
もこ美に促されるままに目的地へ向かうのだった。
初めて向かう場所でしかも男の地図が適当すぎるので、何度か道に迷ったのだが、そのつどもこ美が、
こっちかしら、と指をさす。
理由を聞いても「なんとなく」としか回答がないが、言われた方向に向かっていくと目的地の公園にたどりくことができた。
野生の感というやつだろうか?
夕暮れの公園、といっても住宅地に無理やり作ったという感が否めないその場所には、ベンチが数台並んでいるだけ。
そんな場所に男は昨日のメガネ美人と一緒に立っていた。
しかも学校にいる時と変わらない白衣で。
住宅街で仁王立ちをしている白衣の男という光景を目の間にして、一瞬このままなかったことにして家に帰ろうかという思いがよぎる。
「おおーい。こっちこっち、待ってたよー」
呼ばれてしまった。
しかたなく男が立つ場所まで向かう。
「それでどうしたの?なんか聞きたいことがあるんでしょー?」
だしぬけに聞いてくる。
「そうね、昨日の話の中でいくつか聞きたいことがあるわ。まずは私たち以外でこの実験に巻き込まれている人間、つまり私たちを襲ってくる危険のある人間の数よ」
「他のフェチマスターの数ってことだよねー?正確な数はわからないけどだいたいこの町で30人ってところかなー?まあ、君たちみたいに新しく見つかったり、負けて減ったりすることがあるから増減するけどねー」
ということは、僕の住んでいるこの町は人口約10万人だから、3000人に1人くらいの割合か。それなら遭遇率もそんなに高くはないのかな。
「それじゃあ、次の質問よ。他のフェチマスターの情報。どんな人間がマスターで、どういった能力があるのか教えなさい」
「それはダメー」
即答だった。
「なんでよ!」
「だって面白くないでしょ?次に戦う敵の情報がわかってるゲームなんてどこが面白いのさ?これだから現代っこは。ググってもわからないことが世の中にあることを学びなさい」
ぐっ、と息を呑むもこみ。
「いいわ、そもそも期待なんてしていないし。それなら、昨日の空間のことは?あの無人の空間。あれは何?」
「あれは今回の実験にあわせて作り出した闘技場みたいなものだよ。中世のコロッセウムみたいなね。実験の産物でね。空間を捻じ曲げて、現実世界と同様のかたちながら、どんなに暴れても問題ないというこの実験にふさわしい空間なんだよ。思う存分殺し合いができるよね」
あの空間ってそんなよくわからない場所だったのか。
いきなり人が消えてしまうし、あれだけの戦いがあったのにもかかわらず何もなかったかのように戻っていたのは、特殊な空間に巻き込まれていたせいらしい。
「はい、そしたら次の質問」
「あなたたちの組織は?」
「秘密の組織でーす」
「えっ?それだけ?」
「はいそーでーす。おしまい。質問タイム、しゅーりょー」
なんじゃそりゃ。
「そしたらこっちからご連絡ね。昨日もいったけど、まずは1ヶ月の期限で殺し合いってのはオーケー?
そんで、フェチマスターは負けるとフェチドールが消えて廃人になります。で、気づいてるかもしれないけど、フェチドールはそれぞれ特殊能力がありますので、うまく使って戦ってね。能力はそれぞれ固有であるからいろいろ発見していってね、以上」
「じゃあ、帰りますか」
唐突に帰り始める男。
毎回この男の行動は事前動作がない。
どんどん勝手に進めてしまう。
また、取り残されてしまった。
遠くからはカラスが鳴くから帰ろう、のメロディーが響いてくるのだった。




